観光大使を務める与那国島へ旅立つみやぞん。手には高級ブランドバッグが……(本人のインスタグラムより)
「当初、コンビの収入は同じくらいでしたが、忙しさに比例して2人の収入の差は広がっていくばかりだったそうです。あらぽんはいろいろなネタに挑戦したかったのですが、歌ネタのイメージが定着してしまい、コンビ名にもなっている“漫才”はできる状況ではありませんでした。
実家も近所で仲の良かった2人でしたが、みやぞんが多忙過ぎて、あらぽんと顔を合わせても目の前の仕事のことでいっぱいいっぱい。最近の会話は事務的な内容が多かったようです」(同前)
解散発表後、あらぽんは自身のブログで「まさか自分が解散のご報告をするなんて思いませんでした」と語り、「コンビ歴23年、友達歴36年」のみやぞんへ感謝の思いを書き残していた。
《2歳からの幼馴染で相方のみやぞん 成功するなんてなんの根拠もなかったのに『大丈夫だ!』っていう言葉だけでコンビ組んでくれました。なんの結果も出ない時期は深夜の荒川の土手で週7でゲロ吐くほどネタを練習してたのを覚えています(略)ここまで大きくなったのはみやぞんの頑張りがあったからだと今でも思っています。本当にありがとう。応援してるから頑張れよ!》
相方みやぞんとは別々の道を進むあらぽんは、芸人引退も考えた時期があったという。
「コロナ禍もあり、収入は不安定になりました。ギャラがない月もあったようで、みやぞんから解散を相談されたときは芸人を辞めることも考えたそうです。あらぽんは多趣味で、10年ほど前から“ひょうたん”を使ったアーティストとしても活動しています。今後はピン芸人として食レポのTikTokやYouTubeにも本格的に力を入れていくそうです」(同前)
ANZEN漫才でありながら、皮肉にも“漫才”を続けることが難しくなったコンビの終幕だった。