大阪メトロの中央線と堺筋線が乗り入れる堺筋本町駅から徒歩6分、商人(あきんど)が行き交うこの地に店を構えるのが「木下裕義(ひろよし)酒店」。入り口にかかった臙脂(えんじ)色の大暖簾をくぐると、目に入ってくるのは客らが細長いカウンターの先を見上げる光景だ。その視線の先にあるのはテレビ、4画面もある。
「うちをスポーツバーと思うてはる仕事帰りのお客さん、ようけ居てはります」と語る2代目店主の木下忠彦さん(62歳)は、「僕はラグビー好きでね、お正月の花園の高校ラグビーを全試合同時に見たいからこうしたんよ。そやけど今年は野球の年やったわ」と笑う。
その隣で、オリックスバファローズTシャツを来て働く義弟・尾崎廣さん(53歳)も、「そやな、ほんまに野球で盛り上がったな」と相槌を打つ。
尾崎さんは、最高のタイミングでつまみを運ぶと評判だ。
「常連さんは、飲むもん、食べるもん、大体同じやからみんな覚えてる。そろそろやなと思ったら出すだけやし。前職はホテルマン? ちゃいますわ(笑い)。この仕事の面白いのは、お客さんといろんな話ができることと、お客さんが笑顔で帰られることやね」(尾崎さん)と控え目に語るが、この店の“看板サービスマン”と言われる人気者だ。
今年は、阪神優勝に沸いたが、実はさまざまなチームの野球ファンが集う店だという。
「やっぱし阪神ファンが多いんは多いけど、うちは、オリックス、広島、巨人のファンが呉越同舟で観戦しながら一杯やってますよ。ユニフォーム姿で来る人もいるから、色んな色が入り混じってカラフルで、見た目も賑やかやな(笑い)」(店主)
大阪には、広島出身の人や東京から転勤で来た人も多いという事情もあるが、地元チーム以外を応援する理由はさまざまだ。
「知り合いがプロ野球選手にいたりする。会社の社長の親戚の息子だったり、友達の子供が野球部でその大先輩だったり。そうするとやな、そのチームを応援するよな。がんばりやーゆーてな。そういう人も結構多いよ。横浜(ベイスターズ)にも友達の息子がおるよ」(60代、飲食店経営)
とはいえだ。もちろん、今や最も意気軒高なのは虎党。「今年の大事な試合は、ほとんどここのテレビで見た。優勝、ついにやりよったわ」と昂る常連たち。
「これからも阪神が優勝してくれるんやったら、うちの儲け全部差し出しますわ!」(50代、経営者)、「なんせ、うちは子供の頃おかんが台所で大根おろしながら、六甲おろしを歌うとる家やったからな(遠い目)」(50代、労務関連)、「親の墓参り行かなな。報告したらなあかん。見たがっとったもんな」(50代、自由業)と皆、目尻が下がり、口元は緩みっぱなしだ。