国内

【心のなかで「うちの息子たち」と呼んでいます】刑務所勤務の管理栄養士が見た受刑者たちの意外な一面

管理栄養士の黒柳桂子さん

刑務所勤務の管理栄養士・黒柳桂子さん

「ムショ仲間」と私は吹聴している。刑務所ルポを一昨年に綴って以来、塀の中の人と出会う機会が増えた私はいま、刑務所勤務の管理栄養士・黒柳桂子 さん(“柳”の正式な表記は“木へん”に“夕”に“ふしづくり”) から聞く話が面白くて仕方がない。更生過程にある若者と彼女が「食」を通して心を通わせる様子は、さながら母子の物語のようだ──。“オバ記者”こと野原広子が、黒柳さんにインタビューした。【全3回の第3回。第1回から読む

 * * *
──身近に接すると、受刑者たちの意外な一面が見えてきますか?

「炊場で働く彼らは雑居房でも一緒。職住一緒で気の置けないぶん、作業中にちょっとしたことから互いの口調や態度が荒くなったりするときがあります。

 炊場には包丁のほかにも危険物があります。どうしよう!?と思って私が動けないでいたら、私の前にさりげなくス〜ッと体を入れてくれた子がいたんです。私を守ろうとしたんですね。そのときのお礼を言うこともなく彼は“卒業”していきましたが、忘れられないシーンです。

 あと、私が重いものを持っていたら、『先生、おれが運びます』とか。実は『根はいいやつじゃないか』と思うことは、それはもう、いろいろありますよ。私が新メニューのドーナツにバターを入れ忘れるという大失敗をしたときに天を仰いで嘆いていたら、『気にしないでいいっすよ』なんて大人ぶって慰めてくれたり。

 そんな彼らのことを私は『受刑者』とは呼ばず、『うちの息子たち』と心の中で呼んでいます」

──黒柳さんのお人柄でしょうか、若者たちも親しみを覚えているんでしょうね。

「私の使命は、与えられた材料と条件の中でどれだけおいしいものを食べさせてあげられるか、です。そこにおいては、彼らの犯罪歴は関係ありません。

 それぞれが自負を持って更生しようとしている彼らを、食で励ましてあげたい。そう思っています」

──それにしても、お堅い法務省所属の国家公務員で、刑務所勤務という環境にある黒柳さんがここまで頑張れるのはなぜですか? 公務員なら無難におとなしく勤めることもできるでしょうに。

「そうですねぇ……特徴あるメニューを出したくて上司や業者と交渉したり、息子たちの尻を叩きながら調理作業を教えたり……お役所ですから、新たなことをしようとするとそれなりの軋轢があるわけですが、中でも今回、刑務所内の様子を単行本にしたことは大変でしたね。『懲戒処分』という言葉がチラつきました(笑い)。それでも、できることはしたいじゃないですか」

──なんでそこまで?

「う〜ん、それは私の育ちかもしれない。うちは祖母の料理を食べる機会が時々あったんですけど、子供心にムリっていうくらいド下手、というか、まずかったんですよ。それで小学校に上がる前から『私が作る』って台所に立っていました。だから私は、小2であじを3枚におろせたんですよ。

 ……それなのに父親は、死ぬまで私の作った料理を『おいしい』とほめませんでした。娘をほめたら男の沽券にかかわるって感じで。だから、男の人から『おいしい』と言われることを人一倍、望んでいるのかもしれません。

 私は仕事の合間を縫って、会社を退職した料理未経験のおじさんたちに料理を教えているんですが、ふとそんなことを考えました」

──なるほどねぇ。父親に対する仕返し?

「かもしれない。それと、『おいしい』と言われてうれしいのは、息子たちも一緒なんですよ。洗濯工場や営繕工場の仲間から『昨日のアレ、すげぇうまかったけど、誰が作ったの?』と聞かれて、『“おれ”って答えた』。そう言って自慢話をする彼らのうれしそうな顔! そうしたことが自信になって、社会復帰するときのモチベーションになってくれたらうれしいな……なんて、卒業生を送り出すたびに思うわけですよ。

 刑務所ご飯はお金も手間もあまりかけられないから、一般の人から見たらおいしさに欠けるご飯かもしれない。でも、受刑者たちは彼らなりに、拙いながらも一生懸命に調理している。それなりに心をこめているわけですよ。その心意気をミシュランみたいに高く評価したい。ミシュランならぬ『ムショラン』の料理で、いつか星を取ってやろうとひそかに思っています」

(了。第1回から読む

オバ記者が刑務所勤務の管理栄養士と対談

オバ記者こと野原広子

【プロフィール】
黒柳桂子/管理栄養士(法務技官・岡崎医療刑務所勤務)。1969年、愛知県岡崎市生まれ。老人施設、病院勤務等を経て、2012年から岡崎医療刑務所勤務。受刑者たちの食事作り及び調理作業の指導を行う。主宰した「男の料理教室」では、延べ1000人の高齢男性に料理を伝授した。著書『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版、1650円)が発売中。

「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県桜川市生まれ。喜連川社会復帰促進センター、旧黒羽刑務所(いずれも栃木県)を一昨年取材。罪を犯した若者が更生の道を辿る過程に強い興味を抱く中、法務技官の管理栄養士・黒柳桂子さんと出会う。

取材・文/野原広子 撮影/浅野剛

※女性セブン2024年2月15日号

関連記事

トピックス

(時事通信フォト)
《佳子さま盗撮騒動その後》宮内庁は「現時点で対応は考えておりません」…打つ手なし状態、カレンダー発売にも見える佳子さまの“絶大な人気ぶり”
NEWSポストセブン
2025年7月場所
名古屋場所「溜席の着物美人」がピンクワンピースで登場 「暑いですから…」「新会場はクーラーがよく効いている」 千秋楽は「ブルーの着物で観戦予定」と明かす
NEWSポストセブン
アメリカから帰国後した白井秀征容疑(時事通信フォト)
【衝撃の証拠写真】「DVを受けて体じゅうにアザ」「首に赤い締め跡」岡崎彩咲陽さんが白井秀征被告から受けていた“執拗な暴力”、「警察に殺されたも同然」と署名活動も《川崎・ストーカー殺人事件》
NEWSポストセブン
ドバイの路上で重傷を負った状態で発見されたウクライナ国籍のインフルエンサーであるマリア・コバルチュク(20)さん
《“ドバイ案件”疑惑のウクライナ美女》参加モデルがメディアに証言した“衝撃のパーティー内容”「頭皮を剥がされた」「パスポートを奪われ逃げ場がなく」
NEWSポストセブン
今はデジタルで描く漫画家も多くなった(イメージ)
《漫画家・三田紀房の告白》「カネが欲しい! だから僕は漫画を描いた」父親の借金1億円、来る日も来る日も借金を返すだけの地獄の先に掴んだもの
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
【伊東市・田久保市長が学歴詐称疑惑に “抗戦のかまえ” 】〈お遊びで卒業証書を作ってやった〉新たな告発を受け「除籍に関する事項を正式に調べる」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者が逮捕された
《不動産投資会社レーサム元会長・注目の裁判始まる》違法薬物使用は「大きなストレスで…」と反省も女性に対する不同意性交致傷容疑は「やっていない」
NEWSポストセブン
女優・福田沙紀さんにデビューから現在のワークスタイルについてインタビュー
《いじめっ子役演じてブログに“私”を責める書き込み》女優・福田沙紀が明かしたトラウマ、誹謗中傷に強がった過去も「16歳の私は受け止められなかった」
NEWSポストセブン
13日目に会場を訪れた大村さん
名古屋場所の溜席に93歳、大村崑さんが再び 大の里の苦戦に「気の毒なのは懸賞金の数」と目の前の光景を語る 土俵下まで突き飛ばされた新横綱がすぐ側に迫る一幕も
NEWSポストセブン
学歴を偽った疑いがあると指摘されていた静岡県伊東市の田久保真紀市長(右・時事通信フォト)
「言いふらしている方は1人、見当がついています」田久保真紀氏が語った証書問題「チラ見せとは思わない」 再選挙にも意欲《伊東市長・学歴詐称疑惑》
NEWSポストセブン
参院選の東京選挙区で初当選した新人のさや氏、夫の音楽家・塩入俊哉氏(時事通信フォト、YouTubeより)
「結婚前から領収書に同じマンション名が…」「今でいう匂わせ」参政党・さや氏と年上音楽家夫の“蜜月”と “熱烈プロデュース”《地元ライブハウス関係者が証言》
NEWSポストセブン
かりゆしウェアをお召しになる愛子さま(2025年7月、栃木県・那須郡。撮影/JMPA) 
《那須ご静養で再び》愛子さま、ブルーのかりゆしワンピースで見せた透明感 沖縄でお召しになった時との共通点 
NEWSポストセブン