常に持ち歩いているフリップケース
15分ネタでギャラ8万円、「コロナバブル」の到来
人気アーティストのような舞台を終えると間もなく、新型コロナが流行し、外出が規制されるロックダウンが始まった。ところがほりっこしに吹いた追い風はおさまらず、その勢いが増した。スタンダップの仲間たちとネットでライブを始めると、大当たりしたのだ。フィリピンは出稼ぎ大国で、家政婦などの女性を中心に、日本を含む海外に大勢のフィリピン人が暮らす。その数は人口(約1億1000万人)の1割に相当すると言われる。そんな彼女たちがコロナで家に閉じこもっている中、フィリピンのお笑いを求めていたのだ。
「仲間内のグループで超売れっ子になったコメディアンがいて、その人が出るオンラインライブに参加させてもらうとチケットが売れるんです。それで1回のライブで最高、15分だけネタやって3万ペソ(約7.8万円)もらったことがあります」
まさしく「コロナバブル」である。おまけに外出もしないからお金も使わない。気づけばバイトもせずに芸人だけで食べていけるようになっていた。日本人トリオでの活動も終焉を迎えてそれぞれの道を歩み始め、ほりっこしはピンで挑み続けた。もうタガログ語にもほとんど困らない。うだつの上がらない日本での芸人人生を捨て、海外に飛び出したことで希少な存在になれたのだ。
それでも芸人人生に悩みは尽きない。フィリピン社会にどっぷり浸かったがゆえに見える景色がある。最近、仲間内のグループが分裂してしまい、その複雑な人間関係に巻き込まれてしまった。原因は、1人だけ抜けている売れっ子コメディアンに対する嫉妬だ。
ほりっこしは双方のグループと仲良くしたいが、そうは問屋が卸さない。片方のグループのライブに出ると、もう一方からライブの出場回数を減らされるといった嫌がらせを受けた。大親友だったコメディアンの遅刻癖が理由で仲違いし、グループ内で孤立してしまう時もあった。だが、ほりっこしはそうした環境をネガティブに捉えず、逆に独立する好機と考えている。
「もうグループのいざこざに頭を悩まされるのが疲れました。それにいつまでもグループの知名度におんぶや抱っこではそのうち限界がくる。いつかはそこを抜け出し、単独ライブで大勢のお客さんを集められるような芸人にならないとダメですね。これも良いきっかけです」
そう語るほりっこしの表情には、新たな覚悟が滲んでいた。フィリピン住みます芸人の奮闘はまだまだ続く。
(了。前編から読む)
◆取材・文 水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ノンフィクションライター。
1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒。新聞記者、カメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを中心にアジアで活動し、現在は日本を拠点にしている。11年に『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で開高健ノンフィクション賞を受賞。近著に『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。