同じ「朝6時」であっても鹿の動きは日々違う
平面上のX・Y軸を辿るのは、地図を俯瞰(ふかん)して見ているようなものだ。座標が変化すれば、草地だったり、川だったり、森だったりと、環境が変わる。鹿はそれぞれの環境を使い分けて暮らしている。敢えて単純化すると、草地=食事、川=水飲み、森=休憩、といったところだ。Z軸は標高。X・Y軸と同義な部分もあるが、時間軸とより密接に関係している気がする。
鹿は本来、夜行性ではなく、昼でも夜でも活動して寝たい時に寝る動物だそうだ。しかし、ハンターの圧力がかかっている場所では、どんどん夜行性に傾いてゆく。法律により、発砲していいのは日の出から日の入りまでと定められていて、日中に出歩けば弾を喰らう危険性があるからだ。だから、夕方から明け方にかけて山を降り、草地で食事をして川で水を飲む。
ハンターにとっては、鹿が動いているほうが見つけやすい。だから、日の出直後と日没直前が、最も獲りやすいタイミングだ。
ところが、その時間帯に鹿がどれだけ活発に動くかは日によって異なる。
例えば大きな影響を与えるのが、それまでの気象だ。日の出が朝6時だったとしよう。猛烈な低気圧が通過したばかりの6時と、晴れて暖かい日々が続いたあとの6時では、鹿にとって全く違う意味を持つ。
更に、風の向きと強さ、雲の厚さ、朝霧の有無など、変動要素は枚挙にいとまがない。毎日決まって、時計の針が文字盤の6の数字に重なる瞬間が訪れようとも、実際には同じ6時など存在しない。日々変わる「朝6時」をどう解釈するか。それがハンターの力量である。
だが自分の読みがピシャリと当たることは少ない。「今日は確実にあの場所にいるに違いない」と考え、絶対に見つからないと思われるルートを苦心惨憺(さんたん)して辿り、理想的なポジションから覗き込む。結果、そこに鹿は1頭もいなかった、といった事態は日常茶飯事だ。
それでも、場数を踏むと共に確度は上がる。山の中で一人、喜びも悔しさも独り占めにしながら、ハンターとしての僕は少しずつ成長してゆくのだ。
(第5回に続く)
【プロフィール】
黒田未来雄(くろだ・みきお)/1972年、東京生まれ。東京外国語大学卒。1994年、三菱商事に入社。1999年、NHKに転職。ディレクターとして「ダーウィンが来た!」などの自然番組を制作。北米先住民の世界観に魅了され、現地に通う中で狩猟体験を重ねる。2016年、北海道への転勤をきっかけに自らも狩猟を始める。2023年に早期退職。狩猟体験、講演会や授業、執筆などを通じ、狩猟採集生活の魅力を伝えている。著書に『獲る 食べる 生きる 狩猟と先住民から学ぶ“いのち”の巡り』。https://huntermikio.com