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柚木麻子氏、最新短編集インタビュー 「世代の違う人と話すだけで視界が変わるし、問題も場所や時間をズラすと解決するかも」

柚木麻子氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

柚木麻子氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

 柚木麻子氏の最新短編集『あいにくあんたのためじゃない』。収録作が書かれたのは、著者が出産や育児やコロナ禍で外出できなかった時期とほぼ重なるという。

「私は15歳のときに第3話『トリアージ2020』にも出てくるレジオネラ肺炎にかかっていて、そのためコロナでも自宅から出られない期間が人より長かったんです。その誰とも会えない時期にSNSなどを駆使して連絡を密に取り合ったり、街をやっと出歩けるようになった時の楽しさなんかも全部、この中には入っている感じがします」

 その3話では感染拡大の渦中にシングルでの出産を決めた主人公と、人気医療長寿ドラマ〈「トリアージ~呼吸器内科医・宝生雅子~」〉が縁で知り合ったTwitter仲間〈よこちん〉や近所に住むその母親〈横山さん〉のささやかな交流が描かれる。そして著者は、コロナ前後の窮屈な空気や暴力以前の見えない暴力を具に焙り出しながら、6編全てに光を用意する。それは善意によるか悪意によるかすら問わない、レッテルからの解放だ。

「タイトルはモーニング娘。’23さんが昨年出された『Wake-up Call~目覚めるとき~』という楽曲の中に、アイドルとしては斬新な歌詞があったんです。らしさの強要に対する、『生憎あんたのためじゃない』っていう。それをぜひ次の本に使いたいと思って、ハロプロさんに許可を頂きました。

 1話1話のテーマはSNSとかお金とかシスターフッドとか、執筆時の依頼によっても結構違う。でも通しで見ると他者からラベリングされることへのささやかな抵抗みたいな話が多くて、このタイトルにして正解だったと思います」

 例えば第1話「めんや 評論家おことわり」の〈佐橋ラー油〉の場合。一時は〈非モテ独身自虐キャラ〉のラーメン評論家として番組まで持つほどだった彼の人気が翳り始めたのは、〈全方位型淡麗大航海時代〉の嚆矢とされる老舗〈中華そば のぞみ〉を久々に訪れ、2代目店主〈柄本希〉に追い払われた2年前からだ。佐橋は早速評論家仲間とのぞみ批判を始めるが、その横暴なやり口や過去記事が反感を買い、他のラーメン店でも出禁になる始末。

 やがて仲間も離れていき、先代のぞみの味を懐かしく思う佐橋は、客や店員の写真を勝手に載せ、一方的にコメントしてきた今までの態度を謝罪するが、その記事までが炎上するに至り、完全に成す術を失っていた。

 そんな時、人気YouTuber〈替え玉太郎〉から、希が謝罪文を読み、来店を歓迎していると伝え聞いた彼は、早速のぞみを訪れることに。そこには見覚えのない客や店員が多数待ち構えており、佐橋は自分が自覚もなしに彼らに何をしたかを、ようやく思い知ることになる。

「私がコロナ下で最も飢えていたのが外食なんですが、子連れって日本では日々ネットで叩かれていますよね。

 たぶんSNSに子連れを晒す人達って、相手は力も弱いし、やり返せないって油断してると思うんです。でも10年経ったらその子や母親が社会的地位をもって反撃してくる可能性もあるし、自分のつらさを理由に、より立場の弱い人を探して叩く人達は、時間が経てば状況は変わるってことを、考えてないんだなって思う。

 女性の容姿を必要以上に気にしたり、他者にラベルを張りたがる人達の不安を私も40代になってようやく分かりつつあるんですけど、別にその人は自分のために存在しているわけじゃない。若者と話が通じないと言う人も多いけど、若者は別にあなたのために生きてるわけじゃないんです」

 希達が〈勝手に名付けられた自分〉を自分達の手で取り戻すように、一つ一つは小さな、善意にすら映る暴力に本書の誰もが晒され、それを行使する側も無自覚なだけに、問題の根は深い。

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