世界にイスラム革命を輸出
最悪の展開を喜ぶのはほかでもない、ISだ。ロシア当局が戦争とテロ対策に忙殺されている隙に乗じ、アフガニスタンのイスラム過激派が、ロシアの勢力圏で支配権の確立を試みる可能性があると私は見ている。
狙われうるのはタジキスタン、ウズベキスタン、キルギスにまたがるフェルガナ盆地。各国の警察権が弱く、タジキスタン国境のロシア国境警備隊が突破されれば危険だ。
実現の暁にISは、ここを拠点に、世界にイスラム革命を輸出する。そうなると世界各国でテロが多発する可能性がある。
日本では林芳正・官房長官が25日、モスクワのテロを非難し、ロシアの犠牲者に寄り添う声明を発表した。これは妙手だったと見てよい。
今後もウクライナは「関与せず」の主張を貫き、米国はこれを支持し続ける。日本もその路線の枠内を外れることはできない一方、最悪の大戦争を阻止するため、「真相はわからない」と言うぐらいの距離感は保つべきだ。西側とロシアの仲介役が死活的に重要になるからだ。日本にはこの役割を果たせる可能性がある。他のG7各国と異なり、ウクライナに対して殺傷能力を持つ武器供与をしないアプローチで戦争と向き合ってきたからだ。
これは、士気、能力共に高い官邸官僚が「ウクライナ支援」だけに熱しがちな世論に流されず、消極的政策を冷徹に打ってきたことが功を奏した。岸田(文雄)首相や林官房長官らの政治家が裏金問題などにかかりきりで、外交に関してまで手を付ける余裕がなくなっているので、官邸官僚たちはプロフェッショナルな外交政策に集中できた。
岸田首相が、内政をめぐる問題で身動きが取れなかった状況が皮肉にもプラスに作用したのだ。
【プロフィール】
佐藤優(さとう・まさる)/1960年、東京都生まれ。ジャーナリスト。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本国大使館などを経て外務省国際情報局に勤務。現在は作家として活動。主著に『国家の罠──外務省のラスプーチンと呼ばれて』などがある。
※週刊ポスト2024年4月12・19日号