ヨーロッパ勢力のインドへの進出は、すでにムガール帝国の成立以前から始まっており、十五世紀末の大航海時代にポルトガルではヴァスコ=ダ=ガマが初めてアフリカ南端の喜望峰を迂回する東廻りでインド西岸のカリカットにつなぐインド航路の開拓に成功していた。イスラム教徒の妨害によってインド航路への進出が遅れたスペインはイタリア人のコロンブスによって西廻りの航路を開拓しようとしたが、コロンブスは途中にあったアメリカ大陸をインドと勘違いし先住民を「インディオ(スペイン語でインド人)」と呼んでしまったことはすでに触れた。

 十五世紀から十七世紀にかけての海洋帝国はスペイン、ポルトガルだが、十八世紀以降の海洋帝国の代表はイギリスとフランスであった。この両者の間には、科学の進歩による「質の違い」がある。スペインやポルトガルの商船あるいは海軍の艦艇は風力で動く木造帆船であったのに対し、イギリスやフランスのそれらは石炭で動く蒸気船であったことだ。パワーも航続距離も積載量も木造帆船と蒸気船では比較にならない。木造帆船では搭載不能であった重砲も搭載できるから、艦砲射撃で洋上の安全な場所から敵の拠点を破壊できる。

 日本がアメリカと日米和親条約や日米修好通商条約を結んだとき、それまで寒村であった横浜を貿易港にしたのは江戸湾が貿易に不向きだからでは無い。むしろ巨大戦艦が品川沖から江戸城に肉薄できるほど喫水の深い優秀な港湾であったために、幕府はあわてて横浜を開港したのである。黒船を品川に入れれば江戸城が重砲の射程に入ってしまう。突貫工事で「砲台用の人工島」つまり「お台場」を建造したのもそのためだ。

 つまり、木造帆船の時代はスペインだろうとポルトガルだろうと日本を占領するなどまったく不可能だったが、蒸気船の時代はそれが可能になった。洋上から艦砲射撃で江戸城を破壊し、その後木造帆船とは比較にならないほど多数乗船させられる兵士を上陸させればよい。アヘン戦争も薩英戦争も馬関(下関)戦争も、欧米列強はこの手で勝利を収めた。それに対抗するにはこちらも西洋文明を取り入れて海軍を作るしかない。これが「黒船ショック」の実態である。

 木造帆船では大量の兵士を輸送できないので、植民地支配といっても支配できるのは拠点だけになる。現にインド航路を開拓したポルトガルは亜大陸西岸のゴアを占領し貿易拠点としたが、さらなる広大な領土を獲得することは不可能だった。それに必要な巨大な兵力を展開することが不可能だったからだ。

 しかし「黒船=蒸気船」の時代なら可能だ。それも国家の出馬を仰がなくても一民間会社の兵力でそれが可能になった。それを世界に示したのがプラッシーの戦いであった。これは一七五七年(日本では宝暦7)にムガール帝国のベンガル州総督だったシラージ・ウッダウラおよびフランスの同盟軍と、かねてからベンガル州に領土的野心を持っていたイギリス東インド会社のロバート・クライブ率いる軍勢との戦いである。

 ベンガル州西部のプラッシー(ベンガル語ではポラーシー)で両軍は激突したが、イギリス側は正式な国軍では無く傭兵部隊で人数も二千人あまり、一方ベンガル側は三万人以上の兵がいたが、フランス軍は全面的に肩入れせず少数の砲兵部隊を参戦させただけであったため、火力は圧倒的にイギリス側が有利だった。そのため戦闘はイギリス側が圧勝し、ベンガル州は事実上「イギリス東インド会社領」になり、フランスは逆にインドから手を引きアフリカやインドシナに「専念」するようになった。わざわざイギリスと戦わなくても、他にいくらでも植民地化できる国々があるということだ。

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