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【柴崎友香氏インタビュー】芥川賞作家がADHDの診断を通じて考えたこと「いろんなものがただ同時にある感じを私はずっと小説で書きたいと思ってきた」

柴崎友香氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

柴崎友香氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

 シリーズ『ケアをひらく』という話題の作品群がある(医学書院・2019年に毎日出版文化賞企画部門を受賞)。従来の専門書や闘病記の類とはまるでアプローチの異なる作品群(現在45作)は、当事者の言葉や感覚を丁寧に伝え、人間の不可思議さにすら迫る良著揃いだ。

 その中の1冊、『あらゆることは今起こる』が評判を呼んでいる。〈別の世界に来てしまったのかも〉という幼き日の戸惑いから始まる本書は、2021年9月に発達障害との診断を受けた芥川賞作家・柴崎友香氏が検査や診断を通じて考えたことを、自身の経験として綴った1冊。

 例えばADHDは注意欠如多動症と訳されるが、〈むしろ私は「動けない」ADHDだと思う〉。つまり何をするにも〈頭の中が多動で動けない〉状態に陥り、〈一日にできることがとても少ない〉のが一番困る事だったりと、多動と言っても人それぞれなのだ。何より本書は作家の身体感覚を内側から綴った書であり、新たな視界や補助線を得ること、必至である。

「やはり職業柄、ADHDのことを書きたいとは思っていたんです。ところがいざ診断を受けてみたら想像以上に興味深いことが多くて、これを書くのは難しいなあと思っていた矢先に、横道誠さんの『みんな水の中』という、ASD(自閉スペクトラム症)の当事者の方の本を読んだんです。

 同じシリーズの。その中にASDの当事者の自伝的な本はあるのに、ADHDの本はないとあって、だったら私が書こうかなと。このシリーズならいろんな読み方をしてもらえそうでしたし、書かせて下さいと自分からご連絡しました」

〈自分は自分の身体や認識しか経験できない〉とある。その絶対に経験しえない他者への興味が、今も作家生活の原点にはあるという。

「私は小児喘息だったので元々できないことが多く、例えば走ると息苦しいから体育を休む自分と、苦しくても走れる人の息苦しさはどう違うのかを純粋に知りたかった。困ることや難しいことは多くありましたが、その好奇心が小説を読み、書くことにも繋がったんだと思います」

 約20年前にサリ・ソルデン著『片づけられない女たち』を読んで発達障害を疑い、数年前にSNSがきっかけで靴のサイズの誤りに気づいた著者は、〈なんでもプロに見てもらうのはだいじやな〉と痛感して病院を探し始めた。眠気や忘れ物にも悩まされていたが、治療薬コンサータの服用後は小学校の修学旅行以来ほぼ36年ぶりに目が覚めたのを実感し、映画もゴダールを2本連続で観られるなど、〈地図を手にして、私は歩き始めた〉と書く。

「あなたはADHD要素が何%ですとか、白黒つけるものではないんだなと。多面的に特性がわかって、メモリーは多いのに処理速度が遅く、部屋も頭の中も散らかりがちな私の場合、入ってくる情報を極力減らし、持ち物の色数も減らすとか、地図があれば対処も考えられます」

 注意したいのは、〈そうは見えない〉〈誰でもある〉といった物言いが個々の困り事を軽んじかねないこと。そうした態度は〈「同じである」ことが「よいこと」である前提〉や〈「違うこと」はないほうがよい〉とする風潮をより強固にもすると、柴崎氏は自戒も込めて書く。

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