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【逆説の日本史】「虫けら同然の野蛮人」と義兄弟になった清朝皇族・粛親王善耆

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その2」をお届けする(第1425回)。

 * * *
 満蒙独立運動のキーマンは、日本側が「大陸浪人」川島浪速、清国側は粛親王善耆だったが、いかに清王朝の皇族であったとは言え、彼クラスの大物は他にもいる。それでも彼がキーマンとなったのは、第一に皇族のなかでももっとも開明的であったことだろう。もちろん開明的と言っても、あくまで皇帝制の枠内での話だ。

 思い出していただきたい。清朝末期の中国では西太后が国を私物化し、北洋艦隊の充実より頤和園の造成を優先し、日清戦争敗北の一因となった。そののち欧米列強や日本を排除するため民衆の間から義和団の乱が起こると、西太后は一度はこれを全面的に支持し列強に宣戦布告したにもかかわらず、形勢不利と見るや彼らを見捨てて北京を逃げ出した。このとき随行したのが、粛親王善耆である。

 西太后は貧しい庶民に変装し、危機を脱したという。つまり、正規の護衛兵を連れて行ける状態では無かったということで、こういうときに選ばれるのは、側近中の側近である。暗殺される危険があるからで、善耆が選ばれたのは西太后に深く信頼されていたということだ。

 しかし、善耆は西太后のような超保守主義者では無かった。そして日清戦争敗北にあたって国家の近代化を進めるべきだと考えた善耆は、「日本人に学ぶ」政治姿勢をとった。具体的には、明治期の日本における「お雇い外国人」のような形で近代化推進のスタッフとして日本人を雇ったということだ。そうしたなか、中国語が堪能な川島と深い交わりを持つようになった。そして、西太后の意向には反する改革を促進した。

 めざすは、皇帝を中心とした立憲君主制である。気骨のある優秀な人物であったことがわかる。なぜわかるかというと、この間宮廷を仕切っていたのはやはり西太后であったからだ。光緒帝は幽閉されていた。つまり西太后は超ワンマンで、気に食わない家臣を死刑にできた。

 決して誇張では無い。現に義和団の乱のとき、欧米列強に宣戦布告するのは自殺行為で絶対にやめるべきだという正論を唱えた家臣を、西太后は自分の意に沿わぬ者として処刑している。この乱の敗北で、さすがの彼女も改革の必要性は認めたのだが、それでも超ワンマンの彼女がいつ考えを変えるかわからない。つまり、改革は命懸けなのである。それに日本人と親しく交わったということも、きわめて重要だ。

 善耆は皇族であり、「中華の民」の頂点にいる。そこから見れば日本人など野蛮人の極致であり、川島は皇族ですら無いただの日本人だ。つまり、善耆から見れば「虫けら」同然なのである。しかも、ただの虫けらでは無い。全世界の支配者である中国皇帝に対し、「そちらが皇帝なら、こちらは天皇だ」と東アジアのなかで唯一主張した傲慢無礼な民族の一員であり、さらに日清戦争では多くの清国人を殺した連中の仲間でもある。にもかかわらず、善耆は「日本人に学ぶ」姿勢をとり、川島と深く交わった。その深い交わりを象徴する存在が、川島芳子である。

《きんへきき 【金璧輝】
Jin Bihui
本名:愛新覚羅顕  字:東珍 日本名:川島芳子
1906[光緒32]~48・3・25
清朝の皇女、日本のスパイ。
満洲ジョウ(かねへんに襄)白旗、粛親王善耆の14女。清朝復辟(ふくへき)をめざす実父、善耆が盟友の川島浪速に養女として託し、1915年[大正4]から日本で教育をうけた。バボージャブの次男ガンジュールジャブ(1903~68)と結婚した[27]がほどなく離婚、その後、溥儀の妻婉容を天津から大連に護衛するなど、関東軍の依頼の下で秘密活動を行う。〈満洲国〉崩壊後、北平(北京)で国民党軍に捕まり[45]、死刑判決をうけ[47]、北平第一監獄にて銃殺。〈男装の麗人〉〈東洋のマタ・ハリ〉として当時からメディアを賑わした。》
(『世界人名大辞典』岩波書店刊)

 いま放映されているNHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』に、女性なのに男装しかしない人物が登場し、「素敵!水の江瀧子みたい!」と声をかけられる場面があった。

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