ライフ

【書評】山内昌之氏が選ぶ、79年前の戦争を知るための1冊 『統帥綱領入門』陸軍を“受験秀才の天国”にした陸大の致命的欠陥

『統帥綱領入門 会社の運命を決するものはトップにあり』/大橋武夫・著

『統帥綱領入門 会社の運命を決するものはトップにあり』/大橋武夫・著

 敗戦から今夏で1979年。戦争を体験した世代の高齢化に伴い、300万人以上もの犠牲者を出した、悲惨な先の大戦に関する記憶の風化が心配されている。いっぽう、世界を見わたせばウクライナやガザなど、未だ戦火は絶えず、さらに海洋覇権奪取を目論む中国、核ミサイルの実戦配備を急ぐ北朝鮮など、我が国を取り巻く状況も大きく変化してきている。

 79回目の終戦の日を前に、「あの戦争とはなんだったのか?」「あの戦争で日本人は変わったのか?」などを考えるための1冊を、『週刊ポスト』書評委員に推挙してもらった。

【書評】『統帥綱領入門 会社の運命を決するものはトップにあり』/大橋武夫・著/PHP文庫(2014年11月刊)
【評者】山内昌之(富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問)

 東京の青山一丁目交差点の近くに港区立青山中学校がある。この場所がかつての陸軍大学校だったことを知る人は今では少ない。大学といっても旧陸軍の大尉・中尉が学生であり、1期50人から60人を合格させ未来の将軍や参謀を育成したのであった。

 彼らが教えられた統帥(大軍の指揮)のあり方は、戦前では軍事機密とされた。しかし戦後になると、軍司令官や方面軍司令官の大軍運用術を諭した『統帥綱領』が知られるようになり、その最高機密性を保持しながら兵学教官が講義用に書き下ろした『統帥参考』も容易に読めるようになった。本書は、この二冊のテキスト抜粋と『作戦要務令』を収めている。要務令は師団長以下の団隊長による指揮のための教令にほかならない。

『統帥綱領』『統帥参考』の主張は、ほぼ4点に尽きる。(1)ピンチはチャンス。(2)軍の勝敗を決するのは将帥(高級指揮官)の力量・人格である。(3)統帥は全体の方向を示し、後方(補給)を準備する。(4)統帥とは、戦略・戦術を人間に適用することだ。作戦要務令は、戦闘でいかに勝つかを具体的に示し、必勝の信念と厳正な軍紀を重視すべきことを説いた。このように、統帥綱領では補給を重視したのに、第二次大戦になると、兵站を無視した旧軍は戦闘以前に多数の餓死者を出す惨状を呈した。

 陸大には致命的欠陥があった。それは教育の重点が、政務や外交にも通じ精神的感化力も高い教養とリーダーシップの才に恵まれた将帥を育てるのか、平時と戦時のスタッフ・ワークをそつなくこなす有能な参謀を育成するのか、不明瞭だったことだ。

 結局、陸軍は強引な理屈を高圧的な弁舌で正当化し、大臣・次官・局長や師団長以上の司令官をないがしろにする“受験秀才の天国”にもなった。その姿は、いまの“偏差値秀才”や“テレビクイズ王”にも通じる。日本を滅ぼす人間の類型と大局観なき一部マスコミの姿に共通性が見られる点がこわい。

※週刊ポスト2024年8月16・23日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

大谷が購入したハワイの別荘の広告が消えた(共同通信)
【ハワイ別荘・泥沼訴訟に新展開】「大谷翔平があんたを訴えるぞ!と脅しを…」原告女性が「代理人・バレロ氏の横暴」を主張、「真美子さんと愛娘の存在」で変化か
NEWSポストセブン
小林夢果、川崎春花、阿部未悠
トリプルボギー不倫騒動のシード権争いに明暗 シーズン終盤で阿部未悠のみが圏内、川崎春花と小林夢果に残された希望は“一発逆転優勝”
週刊ポスト
「第72回日本伝統工芸展京都展」を視察された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月10日、撮影/JMPA)
《京都ではんなりファッション》佳子さま、シンプルなアイボリーのセットアップに華やかさをプラス 和柄のスカーフは室町時代から続く京都の老舗ブランド
NEWSポストセブン
兵庫県宝塚市で親族4人がボーガンで殺傷された事件の公判が神戸地裁で開かれた(右・時事通信)
「弟の死体で引きつけて…」祖母・母・弟をクロスボウで撃ち殺した野津英滉被告(28)、母親の遺体をリビングに引きずった「残忍すぎる理由」【公判詳報】
NEWSポストセブン
焼酎とウイスキーはロックかストレートのみで飲むスタイル
《松本の不動産王として悠々自適》「銃弾5発を浴びて生還」テコンドー協会“最強のボス”金原昇氏が語る壮絶半生と知られざる教育者の素顔
NEWSポストセブン
沖縄県那覇市の「未成年バー」で
《震える手に泳ぐ視線…未成年衝撃画像》ゾンビタバコ、大麻、コカインが蔓延する「未成年バー」の実態とは 少年は「あれはヤバい。吸ったら終わり」と証言
NEWSポストセブン
米ルイジアナ州で12歳の少年がワニに襲われ死亡した事件が起きた(Facebook /ワニの写真はサンプルです)
《米・12歳少年がワニに襲われ死亡》発見時に「ワニが少年を隠そうとしていた」…背景には4児ママによる“悪辣な虐待”「生後3か月に暴行して脳に損傷」「新生児からコカイン反応」
NEWSポストセブン
部下と“ラブホ密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(左・時事通信フォト)
《黒縁メガネで笑顔を浮かべ…“ラブホ通い詰め動画”が存在》前橋市長の「釈明会見」に止まぬ困惑と批判の声、市関係者は「動画を見た人は彼女の説明に違和感を持っている」
NEWSポストセブン
バイプレーヤーとして存在感を増している俳優・黒田大輔さん
《⼥⼦レスラー役の⼥優さんを泣かせてしまった…》バイプレーヤー・黒田大輔に出演依頼が絶えない理由、明かした俳優人生で「一番悩んだ役」
NEWSポストセブン
国民スポーツ大会の総合閉会式に出席された佳子さま(10月8日撮影、共同通信社)
《“クッキリ服”に心配の声》佳子さまの“際立ちファッション”をモード誌スタイリストが解説「由緒あるブランドをフレッシュに着こなして」
NEWSポストセブン
“1日で100人と関係を持つ”動画で物議を醸したイギリス出身の女性インフルエンサー、リリー・フィリップス(インスタグラムより)
《“1日で100人と関係を持つ”で物議》イギリス・金髪ロングの美人インフルエンサー(24)を襲った危険なトラブル 父親は「育て方を間違えたんじゃ…」と後悔
NEWSポストセブン
自宅への家宅捜索が報じられた米倉(時事通信)
米倉涼子“ガサ入れ報道”の背景に「麻薬取締部の長く続く捜査」 社会部記者は「米倉さんはマトリからの調べに誠実に対応している」