プロボクサーとして青春を駆け抜けた巖さん (写真/(c)Rain field Production)
笠井監督は、事件が起こる前の巖さんの人生にも焦点を当てる。プロボクサーとして青春を駆け抜けた巖さんは、30歳で突然、逮捕された。
「巖さんについての報道はいつも1966年の事件が出発点ですが、その前に、殺人犯や死刑囚という肩書きのない普通の子ども時代や青春時代があった。そのキラキラした時代こそが本人にとって大事な時間で、巖さんという人を理解するためにも重要だと考えました。死刑囚ではない巖さんの人生を伝えたかった」
刑事司法に翻弄された釈放後の巖さんと秀子さんの10年間の生活と、青春時代を追った映画に、笠井監督は『拳と祈り』というタイトルをつけた。
「拳は、青春時代に打ち込んだボクシング。祈りは、いまの巖さんを表現するならどんな言葉がいいのかと考えた末に浮かんだ言葉です。普段の巖さんは寡黙で、自宅では椅子に腰かけて過ごす時間が長い。その静かに佇んでいる時に、心の中では神の世界を反芻し、闘われている。その姿は祈りだと感じました。拳という肉体の闘いから、獄中を経て、心の内の闘いに移行されていった。巖さんは若い頃からずっと“闘う人”なのだと思います」
映画には、9月26日の無罪判決後の姉弟の様子までが収められているが、監督曰く「撮影にゴールはない」。今後も2人の普段の生活を記録し続ける。
【プロフィール】
笠井千晶(かさい・ちあき)/1974年生まれ、山梨県出身。ドキュメンタリー監督・ジャーナリスト。静岡放送、中京テレビで報道記者としてドキュメンタリー番組等に携わり、2015年に独立。 2017年、映画『Life 生きてゆく』で第5回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞。2019 年、小学館ノンフィクション大賞受賞作『家族写真 3.11原発事故と忘れられた津波』刊行。映画『拳と祈り─袴田巖の生涯─』は、東京・ユーロスペースをはじめ、全国50館以上で順次公開。
写真/(c)Rain field Production 文/城川佳子
※週刊ポスト2024年11月8・15日号