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作家・井上荒野氏、恋愛長編小説『だめになった僕』インタビュー 「愛というのは大抵思い込み。でも思い込むこと自体は美しくて、だから切ないんです」

井上荒野氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

井上荒野氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

 視点人物は2人。実家のペンションを継ぐ傍ら漫画家として活動し、初サイン会を前に吉祥寺を4年ぶりに訪れた私、〈音村綾〉と、ふと気づくとその会場の前にいて、整理券を渡されるまま列に並んだ僕、〈祥川涼〉である。

 井上荒野氏の新作『だめになった僕』は、酒に溺れ、幻覚まで見えているらしい涼と、彼の姿を発見し、思わず目を伏せた綾の約8年ぶりの再会劇を描く〈1[現在]〉から始まる。

 物語はその後、[一年前][四年前][八年前]……と時を遡る形で進み、読者は当時20歳の綾と34歳の涼が吉祥寺〈ギャラリーいなだ〉のアルバイトと新進画家として出会った[十六年前]、さらに最終章の[現在]へと、過去を断片しか知り得ない彼らに関する多くの「なぜ」を追いかけることになるのだ。

 2人はどこで何を間違い、なぜあれほど惹かれながら結ばれなかったのか──。そんな「どこにでもありそうな、ありふれた恋愛や人生のありがたさ」をこそ、井上氏は逆行という手法を通じて描きたかったという。

「1つのきっかけとしては、半世紀以上前に書かれながらわりと最近になって再評価されている『ストーナー』という小説(J・ウィリアムズ著、1965年)を読んでみたら、平凡で冴えない国語教師の一生みたいな地味な小説なのに、本当に良くって。

 映画や演劇もそうですが、小説って何か起きたことを書こうとするじゃないですか。でも特別なことは何も起きない人生や、普通すぎて、人から見たら笑っちゃうような恋愛でも、緻密に丁寧に書いていけば十分小説になる。むしろ、こういうことだよな、人生って。そう思ったんですよね」

 もう1つのきっかけは、これも20年以上前に公開された映画『アレックス』(G・ノエ監督 2002年)だ。

「映画自体はそれほどいいとは思わなかったんですが、最初にある事件が起きて、そうなるに至る過程を少しずつ見せていく、逆回しの手法が印象に残っていて。

 例えば何も起きない話を逆回しで書いたら、ここでもしこんなことがなければこうはならなかったとか、ベースが普通でありふれた恋愛でも面白い小説になるんじゃないかと。どんな恋愛や人生もその人達だけに固有の、その人達だけのものなんだよなという思いで書いてみました」

 まずは[現在]の時点で、コミックサイトに〈「ありふれた人たちのここだけの話」〉を連載中の綾が、サイトの〈荒らし〉被害に遭っており、既に編集者が警告の表示や犯人の特定に動きだしているらしいことが分かる。また、作中のキャラクターである〈ブッダラタ〉が登場する日に限ってなぜかサイトが荒れることに気づいていた綾が、今回のサイン会に合わせてあえてそのキャラを登場させたことも明かされ、冒頭から嫌な予感しかしない。

 そして、〈涼さんへのメッセージ〉としてブッダラタを描いた綾は、サイン会の列に並ぶ彼を見つけるのだが、その後ろには信州から駆け付けた夫と幼い息子が手を振っていた。1人また1人と列が進み、ついに涼が先頭に立った瞬間、綾は突如、視界を失うのである。

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