ライフ

【逆説の日本史】「対ソ干渉戦争」失敗の原因となった「シンボルと新国家のビジョン」欠如

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その14」をお届けする(第1437回)。

 * * *
 日本にとってロシア帝国は「恐怖」であり、「懸案事項」でもあった。ところが、そのロシア帝国が革命で崩壊し赤軍と白軍の対決の場、すなわち内乱状態となった。「懸案事項」を解消する千載一遇の好機である。

 幸いにも、「同盟国」で第一次世界大戦をともに戦っているイギリスもフランスも、共産党によって成立した「ロシア社会主義連邦ソビエト共和国」には嫌悪感を抱いている。つまり、日本が白軍を応援することになんの異存も無い。日本としては旧ロシア帝国の東側、バイカル湖以東をすべて手に入れることは不可能にしても、そこには白軍主体の「新ロシア帝国」を成立させ、日本がそれを援助する見返りにシベリアや樺太北部そして沿海州を租借することは決して夢物語で無くなった。

 そうした日本の動向に「中国侵略を意図している」と深い疑心を抱いていたアメリカも、ドイツを倒すために英・仏・日の側に立って参戦することになり、日本の「シベリア出兵」を認めざるを得なくなった。日本から見れば、すべて思惑どおりになったわけだ。実際、シベリアに向けての日米共同の派兵は実現したのである。

 しかし、ここで読者は疑問に思うかもしれない。すべての客観情勢が日本にとってじつに都合よく展開したのに、なぜ「シベリア出兵」、言葉を変えて言えば日本の「新ロシア帝国建国」計画は失敗したのか、と。

 日本の計画が完全に挫折したのは一九一七年(大正6)の五年後、一九二二年(大正11)である。前回述べたように、この年赤軍つまり共産党(ボリシェビキ)は白軍を完全に打ち破り、その占領下にあった地域をすべて「解放」して「ロシア社会主義連邦ソビエト共和国」を「ソビエト社会主義共和国連邦」としたからだ。では、この五年間にいったいなにがあったのか?

 この間の事情はじつに複雑で、それを詳細に語ろうとすれば一冊の本になってしまう。いや一冊どころか、このシベリア出兵を題材とした作家高橋治の史伝的作品『派兵』(朝日新聞社刊)は第四部(単行本4冊)まで書かれたが、とうとう未完に終わってしまっている。「山県有朋の夢の絵図」で紹介したコミック『乾と巽―ザバイカル戦記―』(安彦良和著 講談社刊)は見事完結したものの、全十一巻である。

 この「戦い」をまともに描こうとすると、それだけの紙数を必要とするということだ。だが、この『逆説の日本史』は通史であるので、いかに重大事件とは言えそんなバランスを欠いた叙述はできない。そこで手っ取り早くこの五年間を理解してもらうために、二人の人物の経歴を紹介したい。

 一人目は、グレゴリー・ミハイロビッチ・セミョーノフ。ロシアのコサックで、アタマン(頭目)と呼ばれた男である。二人目は、アレクサンドル・ヴァシーリエヴィチ・コルチャーク。ロシア帝国海軍で提督まで昇りつめた男である。

 まず、セミョーノフ(1890~1946)だが、『世界大百科事典』(平凡社刊)では次のように説明されている。

〈ロシアの反革命派の軍人。ザバイカルのコサックの出身で、一等大尉。ロシア革命直後、〈満州特別部隊〉と称する白衛軍組織を編成してザバイカル州の革命勢力と対決した。その活動に着目した日本の参謀本部は武器と資金を提供し、軍事顧問団を派遣するなど、密接な関係をもった。1918年8月に連合国の本格的なシベリア軍事干渉が開始されると、日本軍の支援のもとにザバイカル州に反革命地方政権を樹立し、州民に対して苛酷な軍事独裁体制をしき、他方コルチャークの反革命軍事独裁政権とも対立した。1920年初頭にコルチャーク政権が崩壊したのちもチタ地方に居すわったが、同年秋に極東共和国人民革命軍に敗北し、そのころまでに日本の支持も失い、その政権は崩壊した。(以下略)〉

 次に、コルチャーク(1873~1920)も同事典に以下のように記述されている。

〈帝政ロシアの提督。日露戦争に従軍、戦後の海軍再建に奔走した。二月革命時に黒海艦隊司令官であったが、革命で高揚した水兵の要求で1917年6月に辞任に追い込まれた。臨時政府によりアメリカに派遣されたのち、帰途、横浜で十月革命の報に接した。対ドイツ講和を結んだレーニン政権に対抗すべく、連合国とくにイギリスの後援をえてシベリアに乗り込み、18年11月に〈全ロシア政府〉陸海軍相、次いで同月のオムスクにおけるクーデタにより〈最高執政官〉に就任して軍事独裁体制をウラル以東のほぼ全域に樹立した。しかし軍事的敗北にともない、翌年末までにこの体制は崩壊した。イルクーツクで革命委員会の裁判をうけ、銃殺された。〉

関連キーワード

関連記事

トピックス

麻原が「空中浮揚」したとする写真(公安調査庁「内外情勢の回顧と展望」より)
《ホーリーネームは「ヤソーダラー」》オウム真理教・麻原彰晃の妻、「アレフから送金された資金を管理」と公安が認定 アレフの拠点には「麻原の写真」や教材が多数保管
NEWSポストセブン
”辞めるのやめた”宣言の裏にはある女性支援者の存在があった(共同通信)
「(市議会解散)あれは彼女のシナリオどおりです」伊東市“田久保市長派”の女性実業家が明かす田久保市長の“思惑”「市長に『いま辞めないで』と言ったのは私」
NEWSポストセブン
左から広陵高校の34歳新監督・松本氏と新部長・瀧口氏
《広陵高校・暴力問題》謹慎処分のコーチに加え「残りのコーチ2人も退任」していた 中井監督、部長も退任で野球経験のある指導者は「34歳新監督のみ」 160人の部員を指導できるのか
NEWSポストセブン
松本智津夫・元死刑囚(時事通信フォト)
【オウム後継「アレフ」全国に30の拠点が…】松本智津夫・元死刑囚「二男音声」で話題 公安が警戒する「オウム真理教の施設」 関東だけで10以上が存在
NEWSポストセブン
二刀流復帰は家族のサポートなしにはあり得なかった(getty image/共同通信)
《プールサイドで日向ぼっこ…真美子さんとの幸せ時間》大谷翔平を支える“お店クオリティの料理” 二刀流復帰後に変化した家事の比重…屋外テラスで過ごすLAの夏
NEWSポストセブン
9月1日、定例議会で不信任案が議決された(共同通信)
「まあね、ソーラーだけじゃなく色々あるんですよ…」敵だらけの田久保・伊東市長の支援者らが匂わせる“反撃の一手”《”10年恋人“が意味深発言》
NEWSポストセブン
鉄板焼きデートが目撃されたKing & Princeの永瀬廉、浜辺美波
《デートではお揃い服》お泊まり報道の永瀬廉と浜辺美波、「24時間テレビ」放送中に配慮が見られた“チャリT”のカラー問題
NEWSポストセブン
8月に離婚を発表した加藤ローサとサッカー元日本代表の松井大輔さん
《“夫がアスリート”夫婦の明暗》日に日に高まる離婚発表・加藤ローサへの支持 “田中将大&里田まい”“長友佑都&平愛梨”など安泰組の秘訣は「妻の明るさ」 
女性セブン
経済同友会の定例会見でサプリ購入を巡り警察の捜査を受けたことに関し、頭を下げる同会の新浪剛史代表幹事。9月3日(時事通信フォト)
《苦しい弁明》“違法薬物疑惑”のサントリー元会長・新浪剛史氏 臨床心理士が注目した会見での表情と“権威バイアス”
NEWSポストセブン
海外のアダルトサイトを通じてわいせつな行為をしているところを生配信したとして男女4人が逮捕された(海外サイトの公式サイトより)
《公然わいせつ容疑で男女4人逮捕》100人超える女性が在籍、“丸出し”配信を「黙認」した社長は高級マンションに会社登記を移して
NEWSポストセブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
「同棲していたのは小柄な彼女」大麻所持容疑の清水尋也容疑者“家賃15万円自宅アパート”緊迫のガサ当日「『ブーッ!』早朝、大きなクラクションが鳴った」《大家が証言》
NEWSポストセブン
サントリー新浪剛史会長が辞任したことを発表した(X、時事通信フォト)
大麻成分疑いで“ガサ入れ”があったサントリー・新浪剛史元会長の超高級港区マンション「かつては最上階にカルロス・ゴーンさんも住んでいた」
NEWSポストセブン