弱肉強食もある程度は仕方ない

 物語前半の歌舞伎町にはそんな七瀬や、ユタカ達に〈歩くATM〉扱いされている愛莉衣(ちなみに本名)の他、今時パンチパーマで決めた内藤組の行儀見習い〈颯太〉や若頭の〈矢島〉、さらに貧困者の救済を掲げるNPO代表〈藤原悦子〉や都知事の〈池村大蔵〉ら、裏も表も様々な人間がいた。

 その中で七瀬が唯一心を許すのが、ゴールデン街の生き字引〈サチ〉で、終戦直後からこの街を知る彼女は、〈怖い男たちがいなくなったもんだから半端者が幅を利かすようになっちまってさ〉〈浄化なんてしないでいいのよ。放っときゃいいの。綺麗にされちまったら生きづらくなる人間だっているんだ〉と言う。

 そのサチにガーナ出身の売人〈コディ〉との仲介役を頼まれ、半グレの〈浜口〉の店でガールキャッチも手伝う七瀬を、愛莉衣は〈うちはなあちゃんに人を好きになってもらいたいし、素直になってもらいたい〉と咎め、七瀬は七瀬で〈おっさんのチンポしゃぶって稼いだ金をホストに貢いで、周りに求められるがままに金を貸して〉〈救いようのないバカ〉と苛立ちをぶつけてしまうのだ。

『悪い夏』では生活保護の不正受給、『正体』では再審請求の問題点を扱い、社会派とも称される染井作品だが、自身の憤りを出発点にすることはほぼないという。

「その点もどっか冷めてるんですよ。今の日本が弱肉強食になっていくのも世の摂理というか、ある程度は仕方ないのかなって。

 ただ弱者を利用するのはさすがにどうかと思うし、自分達が搾取されていると気づける人はまだいいけど、気づけない人も大勢いる。そういう人を食い物にする連中が後を絶たない構図を今作でも投影しつつ、説教臭い話にはしたくなかったし、本書の七瀬だって詳しくは言えないけど相当悪いですから。

 その悪くて酷いダークヒーローが最後まで日和らずに突っ走っても許されるのが、歌舞伎町という舞台なのかなって。僕自身はどちらかというとノンフィクションを読むことが多かったんですけど、それでも中学生の頃に読んだ『不夜城』の妖しさだとか、フィクションの影響も当然あるとは思います」

 誰かが急に姿を消しても特に驚かないのも歌舞伎町なら、その時代時代の空気を映すのも歌舞伎町だ。

「あの街は5年程前にもスカウト狩りなんかで抗争があったりして荒れていた。具体的事件は書けないなりに織り交ぜつつ、その中で七瀬を立ち回らせると面白いかなあと思って。

 特に最近は観光客があまりにも多いし、かと思うと警官の目の前でおっさんが若い子と値段交渉をしていたり、ここは日本かと思うこともあるくらい何かが明らかに違う。このまま上っ面だけ整った観光の街になるとしたら苦しい気もしますが、時代に呑まれるだけじゃなく、抗うんですよ、あの街は。たぶん歌舞伎町はどこまで行っても、歌舞伎町なんだと思います」

 その街の今をそのままに書く。しかも面白く、読みやすくというのが、エンタメに徹する著者唯一の拘りなのだ。

【プロフィール】
染井為人(そめい・ためひと)/1983年千葉県生まれ。芸能マネージャー、演劇プロデューサー等を経て、2017年『悪い夏』で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。2020年刊行の『正体』は2022年に亀梨和也主演でドラマ化、2024年に藤井道人監督、横浜流星主演で映画化され、日本アカデミー賞で最優秀監督賞と主演男優賞を獲得するなど、話題に。また城定秀夫監督、北村匠海主演の映画『悪い夏』も絶賛公開中。著書は他に『鎮魂』『滅茶苦茶』『黒い糸』『芸能界』等。175cm、70kg、A型。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2025年5月2日号

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