保身の嘘や、盛ったSNSが周囲を壊す。7月発表の直木賞候補になった注目作
溶けるような暑さが続く今年の夏。そんな現実を忘れるためにも、本の世界にダイブしてみてはいかがでしょうか。おすすめの新刊を紹介します。
『嘘と隣人』芦沢央/文藝春秋/1760円
神奈川県警を定年退職しベランダ菜園に励む正太郎。彼に持ち込まれた困り事や、記憶に浮かぶ現役時代の事件を描く。ストーカー、マタハラ、痴漢冤罪、外国人労働者、SNSによる誹謗中傷など、どれも身近なテーマ。保身のための嘘や盛った話が、周囲をジワジワ浸食していく様は現代病のようだ。正太郎の今後が表題作のラストで示唆される。シリーズになりそうで楽しみ。
婚約破棄した女友達、ヨガ教室の憧れの女性、男に物を投げて立ち去る女性。みんな生きてる
『スノードームの捨てかた』くどうれいん/講談社/1705円
著者は歌人・俳人・エッセイスト。小説はこれが2作目。6短編の中の1編が本書の性格をよく表しているように思う。思い出したくない指輪を思い出す機会がないよう処分してしまいたい女性の話だ。彼女の願いは“非物語化”。また別の1編では、若い男女の間の恋の予感もあっさり消滅する。泣かせへも爆笑へも誘導しない書き方が、等身大の"私達"の心音を伝えて心地いい。
慶應大学における最終講義。AIにはできない記号接地が我々の武器に
『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』今井むつみ/日経BP/990円
日常でも仕事でもしばしば起こるコミュニケーション不全。これは両者のスキーマ(意識下の知識の枠組)が違うから。我々はスキーマを使って行間を埋めているという。記号接地という難しい言葉が出てくる。これはリンゴならリンゴを嗅覚などの感覚器官も使って概念統合、ミカンと区別できるようになること。スキーマを深め、記号接地を増やすことでよりよく生きられそうだ。
周りからちょっと浮いた少女が自分の人生を編み始めるまで
『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』三國万里子/新潮文庫/781円
編み物作家である著者の半自伝的エッセイ。新潟の中学時代、部活の家庭科部で編み物をしていると本来の自分に戻った気がしたという。仏文科卒業後、フランス留学費用を貯めようと山奥の温泉宿の仲居に。戻った東京のバイト先で三國さん(半年後の夫)に恋をする。大きな仕事が片付くと記念品として買う腕時計や指輪などの骨董品、自作の人形用ニットなどの写真も目に楽しい。
文/温水ゆかり
※女性セブン2025年7月17日号