ラベリングより生身の感情が先
「確かに前作を出した時は、元ヤングケアラーが書いた小説としてラベリングされることへの、違和感やモヤモヤはかなりありました。でも活動家二世は初めて聞いた時に、あ、人と繋がる言葉だって思ったんです。それがホクホクしたおいもの匂いが好きな人は誰でもウェルカムな連帯のイメージに繋がり、そう思わせてくれた編集者の方が、千秋にとっての〈佐和子〉に近いかもしれません」
第2話「佐和子とうそつき」の話者・佐和子のことである。ロシア文学翻訳家の彼女は、元議員の母親を看取ろうとする最中に千秋と知り合い、こう言った。〈わたしは母の言葉を借りてしまう。母の物語に乗ってしまう。だからここで、言語を手にしようとしているんだと思います〉〈奪われない言葉を得ないと、ひとは生きていかれないから〉。
さらに来る生徒会長選のPR映像の制作を任された千秋の同級生〈浅間〉や、父憎さからネットでの左翼叩きにのめり込む健二など、誰かの言葉が誰かを変え、SNSを通じて影響しあう光景を両面的に描きながら、2000年生まれの著者はなおも言葉を信じようとする。
「私がというより、千秋がそういう子だったんです。諦めない千秋とネットに逃げた健二は同じ兄妹でも全然違うし、いろんな人の固有の怖さみたいなものを、私は書いているんですね。特にこの親子3人は会話が全然足りてなくて、親を嫌いになるのが怖いとか、怖いと思っているのをわかってほしいのにとか、生身の感情の方がラベリングより先にある。でも怖がることって別に悪いことじゃない。それを小説ならみんなが読んでくれるし、フィクションの場面や情景だからこそ、本当を伝えられることはあるなあ、と思います」
例えば冒頭の場面は西川美和監督『永い言い訳』の鏡越しにすれ違う視線など、印象に残る映画や小説から場面を連想することも多いという上村氏。その抽斗は今なお絶賛増量中で、それらの場面をヒリヒリするほど精密に描ききる瑞々しい筆力を、ぜひご堪能あれ。
【プロフィール】
上村裕香(かみむら・ゆたか)/2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学文芸表現学科在学中の2022年に「救われてんじゃねえよ」が第21回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞し、同大学院進学後の今年4月、新たに2話を加えた『救われてんじゃねえよ』で単行本デビュー。発売即重版が決定するなど注目を集める。本書は単行本第2作。卒業制作として書かれた第1話は学長賞にも輝く。「元活動家の父という意味では奥田英朗さんの『サウスバウンド』にも影響を受けています」。148cm、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年8月8日号