上村裕香氏が新作について語る(撮影/国府田利光)
〈警報級大型新人到来〉として注目された前作『救われてんじゃねえよ』では、難病の母親の介護を一身に担う主人公の日常に、「ヤングケアラー」という言葉が。そして本作『ほくほくおいも党』では、左翼政党の専従職員を父にもつ高校3年生〈豊田千秋〉の日常に〈活動家二世〉なる言葉が唐突にもたらされ、そこに生じる反発やモヤモヤや、どんな言葉をもってしてもこぼれ落ちてしまう情景を、上村裕香氏(24)はその言葉による文芸、つまり小説の形で、見事描いてみせる。
もうすぐ18歳になる娘におめでとうではなく選挙や入党の話をする父〈正〉や、引きこもりの兄〈健二〉との日々を千秋の目線で描く第1話「千秋と選挙」など、本書では〈共政党〉にそれぞれの温度で関わる人々を視点とした計6篇を所収。
例えば〈わたしたちは小学生のころからずっと保守政権下にいて、父は野党の左翼政党に属していて、だからわたしは「おまえの父ちゃんゼーキンドロボー」なんて言われたのだった〉と振り返る千秋にとっては、ここ数年は選挙にも出るようになった父が5連敗中で、そのことが家計を圧迫し、母が家を出ていったことは、日常でも非日常でもあり、一言では括り様がない。それでいて不思議な表題の通り、読み口は軽く、どこかユーモラスな一冊だ。
現在も京都芸術大学大学院に学び、本書の第1話を当初は学部時代の卒業制作として執筆した著者自身、活動家二世という言葉とは思わぬ形で出会ったという。
「その卒業制作を書く前に、やはり親が左翼政党にいる別の女の子の話をある文芸誌に書いたことがあって。それを読んだある編集者の方が京都まで会いに来て下さって、『実は私も活動家二世なんです』って言われたのが最初でした。
私はそれまでその言葉を全く知らなくて、その方を通じて他の二世の方に話を伺ううちに、あ、いろんな人生があるなって。それを小説にしたら1冊の本になるかなと思って、この連作短編集の形になりました」
舞台は2022年夏の参院選を前にした九州北部の小都市。県営住宅の狭いベランダで千秋が父に髪を切ってもらう場面から、物語は始まる。
〈丸くくりぬいた新聞紙をかぶり、ベランダに出る〉〈昔風呂場で使っていた小さな椅子に腰かけ、父の手が髪をなでるのを感じる。ふた月に一度、髪を切るときだけ、父はわたしと鏡越しに向き合ってくれる〉
が、今日は友達の誕生日会があるから夕飯は要らないと言う娘に、〈十八歳選挙権はね、共政党が戦前から主張してきたとよ〉と父は話をまたしても政治方面に広げ、鏡越しにもすれ違う視線に〈ただ父と、親子の会話がしたいだけなのに〉と千秋は思う。思うだけで、口にはしないが。
家事も選挙準備で忙しい父の分まで担い、兄が何もしないのはいつものこと。そして18歳になると当然のように党事務所に呼ばれて、父の後輩〈岩崎さん〉から入党申請書を渡され、父は説明すらしてくれない。
そんな父のブログをいつからか荒らす人物が出現し、〈しろたん@ほくほくおいも党〉を名乗るその人物を、千秋は兄ではないかと直感。奇しくもその直後に起きた元首相の銃撃事件に関して〈宗教二世より左翼政党員の子どものほうがよっぽど悲惨〉などと書き込むその人に千秋はDMを送り、活動家二世の救済を目的とした自助組織、ほくほくおいも党の存在を知るのだ。