『ジェイムズ』/パーシヴァル・エヴェレット・著 木原善彦・訳
【書評】『ジェイムズ』/パーシヴァル・エヴェレット・著 木原善彦・訳/河出書房新社/2750円
『トム・ソーヤーの冒険』は、トムがハックルベリー・フィンとともに悪党のインジャン・ジョーの隠し金を手に入れるまでの物語だ。その後、ハックは信心深いダグラス未亡人に引き取られる。風来坊のハックにとって彼女との暮らしは窮屈そのもので、もっと悪いことに、ろくでなしの父親が町へ戻ってくる。
ハックは一計を巡らせて町から逃げ出し、筏を拾って広大なミシシッピ川をあてどなく下っていく。道中、自分と同じように持ち主の元を逃げてきた顔馴染みの黒人奴隷との邂逅を果たす。
不朽の名作『ハックルベリー・フィンの冒険』は『トム~』の後日譚であると同時に、ハックが逃亡奴隷のジムをたすけ、幾多の困難に見舞われながらも、とうとうジムが自由を掴み取るまでを描いた痛快な冒険譚だ。
そんなわけで、私は本書『ジェイムズ』を『ハック~』の後日譚だと早合点してしまった。身分上は自由になった奴隷のジムの、その後の受難の物語かなにかだろうと。結論から言えば、それは半分だけ当たっていた。
物語の中盤まではハックとの旅をジムの視点から捉え直した、いわばスピンオフの様相を呈する。つまり、後日譚などではない。ただし読者はここで、奴隷たちのふたつの顔を見せつけられる。ひとつは黒人たちが白人に見せている作り物の顔。いまひとつは深い知性を具え、情感豊かな彼らの本当の顔だ。
内省的なジムがついに奴隷としての仮面を脱ぎ捨て、本当に望むものを追い求めて奮闘する姿が本書の読み所だ。マーク・トウェインは奴隷制というパラダイムのなかで天真爛漫な少年の目に映る古き良き南部を描いたが、言うまでもなくそれは白人の幻想である。エヴェレットの目的は黒人たちの受難の記憶を風化させないことにあるのだと思う。虐げられし者の側からは、トウェインの構築した世界がこのように見えているのだ。
※週刊ポスト2025年8月29日・9月5日号