中学時代のことは人生で一番よく覚えているんじゃないか
京都で生まれ育った綿矢さん。これまでにも京都は小説の舞台として何度も描いてきたが、今回の小説では京都の町の、久乃や綸に生きづらさを感じさせる独特の空気が書き込まれている。
「今回も、背景として京都を書こうと思っていたんですけど、2人の恋愛に京都という町がすごくかかわっているなとわかって。小説の主題と関係ないから、ぼやかして書いたら、両思いの2人の恋愛がなんでうまくいかないのかがこれではわからないと思って、京都の町や彼女たちが育った時代についても書き足していきました」
京都の街並みや繁華街の情景、中学生同士の会話、流行りのファッション。中学生が笑いさざめく空気が伝わり、綿矢さんの記憶の確かなことにも驚く。
「このころのことは人生で一番よく覚えているんじゃないかと思います。脳が一番元気だったからか、大人と子供の間で、目に入るものすべてが新鮮だったからなのか。よくわからないですけど、あんな嫌なことがあったとか、あんなん流行ってたなとか、書きながらどんどん思い出しましたね」
中華料理屋を営む綸の両親は中国出身であるらしい。久乃たちが通う中学では人権の特別学習があって、差別はいけないと教える一方で、外国籍の親がいる生徒だけ呼び出され、呼び出された人が該当者だと伝えることにもなる。
久乃は、父方の親族から母が疎まれていることを知っており、父方の伯母から久乃が言われた言葉がもとで、綸との関係にも亀裂が入る。
「人権学習って全国的にみんな受けているものだと思ってたけど、東京に来て、こちらではそこまで熱心に行われていなかったと知りました。改めて思い出して考えると、先生たちはすごいがんばってたけど、過渡期の手探り状態だったのかと思います。
京都の美しい自然やお寺のことを書くたび私は幸せな気持ちになるんですけど、やっぱりそれだけじゃないと思うようになって。京都は伝統を守るのをすごく大事にしていて、それ自体はいいことで大切なんですけど、そこで固定観念を変えたり、精神を更新したりしていくのはなかなか難しいと思う。そういう、書きにくい京都のことも、今回の小説では書いています」
【プロフィール】
綿矢りさ(わたや・りさ)/1984年京都府生まれ。2001年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。2004年「蹴りたい背中」で芥川賞、2012年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞、同年に京都市芸術新人賞、2020年『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞を受賞。他の著書に『勝手にふるえてろ』『私をくいとめて』『嫌いなら呼ぶなよ』『パッキパキ北京』など。本誌で連載していた『グレタ・ニンプ』は2026年2月頃に刊行予定。
取材・構成/佐久間文子 撮影/篠田英美
※女性セブン2025年9月18日号