カウンターはなぜ低い?
岸和田の人は話好きだ。だから、こういう店が開いている意味がある。いろんな話が自由に飛び交う場なのだ。
常連の50代(設計業)にこの店の魅力は?と聞いてみると、「え? あらためて問われてもなー、勝手知ったるいつもの雰囲気や。この雰囲気が好きやねん。言葉にするなら、のんびりしてるし活気もある、両方が同時にあるやん」。
40代の常連(建設業)は「山長さんは古いから居心地がええねん。『きっと色々ありつつ、長いこと経ったんやろうなあ』と想像しながら、今日、飲めるのが嬉しいんやん。僕が、ああ、長い時間のなかに溶け込んでるわ~と思えるんや。新しい店やったらこうはいかんぞ」。
言葉少なながらも、リスペクトの気持ちを教えてくれた。
店主の笑顔に引き寄せられて話も弾む
50代後半の男性(自由業)は「ここは中学の後輩の店よ。彼の人柄もあって、フレンドリーな店や。新規の人でもゆっくり楽しめるから心配ないで。しゃべらんといてというオーラを出してる人には誰も話しかけへんし、『何がおいしいですか?』と聞いてくれたら色々世話を焼くしな。岸和田ゆうたら、そういうとこなんやで。岸和田らしい店やんか」と飲む手を止めて話してくれた。
この日は、ユーチューバーも撮影で来店していた。曰く、「ここはさまざまな原石が光っている店なんです。そのどれかを見つけた人は、また来たくなるんです」と教えてくれた。「地場の野菜を使っているのもいいんですよ」というので、店主にたずねると、20年前から、自分の畑でジャガイモ、玉ねぎ、ニンニクを作っているという。
ジャガイモは美味しい特製コロッケや肉じゃがに、ニンニクは肉を炒めるときに使う。「季節の路地ものを味わっていただきたいんです。その思いからです」と話した。
「大阪は堺から南に行くと、どんどん味付けが甘くなるんや。そやけど、ここのお母さんはちゃうねん。キリッとしてるねん。そこがええ」という舌の肥えた50代の証言もあった。
かと思えば、「こんばんは~」とまた暖簾がひらりとして、20代の女性(金融業)が三人連れで入ってきた。「ええ店あるからいきましょうとゆうたら、上司がふたりもついて来てくれた。ええ上司やろ? この店を気に入ってくれたら嬉しい。わたし、ここで飲むの好きやねん」。さっそくこの店の良さを体現している。
カウンターはいろんな世代の人間交差点だ
いちばん奥で飲んでいるのは、「わしは重役出勤やから16時から来てるわ~」ととぼける70代。この店は14時開店だ。先代の時から飲んでいる、だんじり祭りの重鎮だった。「ここは角地やから店がけっこう広いねん。だからゆっくり飲める。お酒もアテも安く出してくれるやろ。ええ店や。ずーっとおりたいやんか」
こんなふうに、多種多彩とも百花繚乱ともいえるお客さんがカウンターで飲んでいる。
楽しそうに盃を傾けている方と話していると、「あ、この店のええとこ、思い出したわ」と60代(漁業)が話しかけてくれた。「カウンターが低いねん。そう思わん? 絶妙に低いやろ。だから空間が広い」。
そう言われると確かにそうだ。アルファベットのJの文字型のカウンターは低く、独特な高さだ。もたれやすく、つかまりやすく、くつろぎやすい。おまけに、低い分、空間が広く感じられる。この店のリラックス感の秘密は、この高さかもしれない。
「手をついてな。右足を前に出したり、左足を出したりして、飲むねん。それが癖になるんや。ここは夏もええけど、冬のおでんは絶品やぞ。菊菜を入れて玉子でとじてあるねん。うまいぞ」。
そんなことを話していたら、すかさず静子お母さんが「カウンターの高さ? なんか聞こえたで~。それはな、皆がお酒をこぼすからどっさり吸って、下がってん!」と返した。
カウンターの端から端まで笑いが広がったところで乾杯だ。
「焼酎ハイボールはドライやから肉に合う。嫌味のないええ味や。だんじりの日にも飲むで」
カラッと揚がったコロッケには辛口の焼酎ハイボールが合う
■山長(やまちょう)酒店
【住所】大阪府岸和田市岸野町19-10
【電話】072-439-9475
【営業時間】14~20時 日祝休
焼酎ハイボール200円、ビール大びん430円、どてやき400円、イカ焼き350円、自家製コロッケ1皿(2個)300円