ライフ

【逆説の日本史】「自浄作用の無い組織は必ず滅びる」という歴史の大原則

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十五話「大日本帝国の確立X」、「ベルサイユ体制と国際連盟 最終回」をお届けする(第1465回)。

* * *
最近、NHK BSでメジャーリーグ中継をよく見ている。もちろん大谷翔平選手が目当てだが、中継の様子に違和感を覚えることもある。たとえば、この稿を書いている数週間前に大谷選手の所属するロサンゼルス・ドジャースの本拠地ドジャー・スタジアムで開催されたゲームで、満員のドジャースファンが敵チームの某選手が打席に立つたびに激しいブーイングを浴びせていた。

特定の選手にブーイングが集中するのは、アメリカでは珍しいことではない。元は自分がひいきするチームにいたのにライバルチームに移籍してしまった選手とか、大谷選手のように勝敗を決めるようなバッティングをする選手には、敵チームのファンからブーイングが浴びせられるのは常識だ。しかし、この日のドジャースファンの当該選手へのブーイングは、あきらかに常軌を逸していた。

ひょっとしたら中継音声を絞っていたのかもしれないが、ブーイングというより罵声に近いものであったことは間違い無い。問題は、中継のアナウンサーがその理由についてまったく言及しなかったことだ。正確に言えば、私も全身全霊を込めてアナウンサーのコメントを一言一句聞き漏らすまいと集中していたわけでは無いので、ひょっとしたら聞き逃したのかもしれないが、少なくともその理由を丁寧に説明することは無かったように記憶している。そして、これははっきり言うが、それをしなかったのはアナウンサーとしてきわめて勉強不足か、あるいは不見識かのどちらかであろう。ドジャースファンにはその選手に憤激する理由があった。

当該選手が所属していたヒューストン・アストロズは、二〇一七年にドジャースとワールドシリーズを争った際、ドジャースバッテリーのサインを盗むという不正を犯していたのである。具体的には望遠カメラでドジャースのキャッチャーのサインを読み取り、ベンチのゴミ箱を叩くことで次の球が直球か変化球か打者に伝える。球種までは伝えられなかったが、こんなことをやられればピッチャーは三振を取ることがほぼ不可能になる。

野球ファンならおわかりだろう。次の球が速い直球か遅い変化球か予測できないからこそバッターは空振りするのである。わかっていれば、プロの打者として相手ピッチャーを打ち崩すことは難しくない。実際にアストロズはドジャースのエースを打ち崩し、四勝三敗でワールドチャンピオンになった。

念のためだが、これは「サイン盗み疑惑」では無く、「サイン盗み事件」である。メジャーリーグ機構が内部告発を受けて本格調査に乗り出し、二〇一九年に「サイン盗みはたしかにあった」と断定し、球団に五〇〇万ドルの罰金を科してGM(ゼネラルマネージャー)と監督は退任に追い込まれた。本人たちも罪を認めている。つまり有罪判決が確定している事案なのだ。

ところが問題は、この件に関して選手たちは一人も処分を受けなかったことだ。労働組合の力が強く追及の手を逃れたのだとか、球団の責任を認めさせるためにメジャーリーグ機構が選手の免責を認めたのだとか、さまざまなことが言われているが真相は定かでは無い。確実なのは、実際に「手を下した犯人たち」が罪を免れたということだ。

その後、個人的に謝罪した選手もいないではないが、なかには自分は知らなかったと開き直った選手もいる。そんなはずが無いではないか。草野球でもなんでも、野球をやったことのある人なら、そんなことがあり得ないということがわかるだろう。だからこそドジャースファンは、そうした連中がいまだに野球をやっていることに憤激し、彼らがバッターボックスに立つと「この卑怯者!」という怒りのブーイングを浴びせるのだ。

当然の反応ではないか。そんな事情を一切語らずにただ「淡々と」中継をすれば、いかにもドジャースファンが非常識に見えるだろう。だからこそ私は、中継のやり方が不見識だと言っている。

少なくとも、二〇一七年のワールドシリーズにおけるアストロズの優勝は取り消し、ドジャースにトロフィーを与えるべきだと私は思う。これは決して極端な意見では無いことは、おわかりだろう。たとえば、ニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジ選手はそうすべきだと堂々と公言している。これはネット上に公開されている映像でも確認できるはずである。

このアストロズの不正でもっとも被害を受けた野球選手をご存じだろうか? じつは、当時ドジャースのエースだったダルビッシュ有投手なのである。彼はチーム内でもっとも信頼できる投手として、ワールドシリーズ全七試合のうち二試合に登板した。しかし、その二試合とも早い回で大量失点し、ノックアウトされた。もちろんサインが盗まれていたからだ。

とくに三勝三敗で迎えた運命の第七戦にも、ダルビッシュ投手は先発に選ばれた。首脳陣がもっとも信頼していたということだ。ところが三回までに五点取られてノックアウトされてしまったため、ドジャースはワールドチャンピオンになることができなかった。

関連記事

トピックス

群馬県前橋市の小川晶市長(42)が部下とラブホテルに訪れていることがわかった(左/共同通信)
【前橋市長のモテすぎ素顔】「ドデカいタケノコもって笑顔ふりまく市長なんて他にいない」「彼女を誰が車で送るかで小競り合い」高齢者まで“メロメロ”にする小川市長の“魅力伝説”
NEWSポストセブン
関係者が語る真美子さんの「意外なドラテク」(getty image/共同通信)
《ポルシェを慣れた手つきで…》真美子さんが大谷翔平を隣に乗せて帰宅、「奥さんが運転というのは珍しい」関係者が語った“意外なドライビングテクニック”
NEWSポストセブン
『ウルトラマン』の初代スーツアクター・古谷敏氏(左)と元総合格闘家の前田日明氏
《「ウルトラマン」放送開始60年》スーツアクター&格闘王の特別対談 前田日明氏「絶対にゼットンを倒すんだと誓って格闘家を志した」
週刊ポスト
部下の既婚男性と複数回にわたってラブホテルを訪れていた小川晶市長(写真/共同通信社)
《部下とラブホ通い》前橋市・小川晶市長、県議時代は“前橋の長澤まさみ”と呼ばれ人気 結婚にはまったく興味がなくても「親密なパートナーは常にいる」という素顔 
女性セブン
イケメンとしても有名だった丸山容疑者
《殺人罪で“懲役19年”を支持》妻殺害の「真相を知りたい」元長野県議・丸山大輔被告の控訴を棄却…老舗酒造「笑亀酒造」の現在
NEWSポストセブン
群馬県前橋市の小川晶市長(42)が部下とラブホテルに訪れていることがわかった(HPより)
《ミニ・トランプ化する日本の市長たち》全国で続発する市長の不祥事・トラブル ワンマンになりやすい背景に「米国大統領より強い」と言われる3つの“特権”
週刊ポスト
ファーストレディー候補の滝川クリステル
《ステマ騒動の小泉進次郎》滝川クリステルと“10年交際”の小澤征悦、ナビゲーターを務める「報道番組」に集まる注目…ファーストレディ候補が語っていた「結婚後のルール」
NEWSポストセブン
男性部下と“ホテル密会”が報じられた前橋市の小川晶市長
「青空ジップラインからのラブホ」「ラブホからの灯籠流し」前橋・42歳女性市長、公務のスキマにラブホ利用の“過密スケジュール”
NEWSポストセブン
八田容疑者の祖母がNEWSポストセブンの取材に応じた(『大分県別府市大学生死亡ひき逃げ事件早期解決を願う会』公式Xより)
《別府・ひき逃げ殺人の時効が消滅》「死ぬ間際まで與一を心配していました」重要指名手配犯・八田與一容疑者の“最大の味方”が逝去 祖母があらためて訴えた“事件の酌量”
NEWSポストセブン
新井洋子被告(共同通信社)
《元草津町議・新井祥子被告に有罪判決の裏で》金銭トラブルにあった原告男性が謎の死を遂げていた…「チンピラに待ち伏せされて怯えていた」と知人が証言
NEWSポストセブン
東京・表参道にある美容室「ELTE」の経営者で美容師の藤井庄吾容疑者(インスタグラムより)
《衝撃のセクハラ発言》逮捕の表参道売れっ子美容師「返答次第で私もトイレに連れ込まれていたのかも…」施術を受けた女性が証言【不同意わいせつ容疑】
NEWSポストセブン
「ゼロ日」で59歳の男性と再婚したという坂口
《お相手は59歳会社員》坂口杏里、再婚は「ゼロ日」で…「ガルバの客として来てくれた」「専業主婦になりました」本人が語った「子供が欲しい」の真意
NEWSポストセブン