通算勝利数は日本競馬史上10位で現役最多という名伯楽・国枝栄調教師
話は少しずれるが、競馬業界でサラブレッドを研究するにあたっては「血統」というジャンルがあり、本が出されたり、専門家がメディアの解説者として出演したりしてビジネスとして成り立っている。しかし、競走成績がよい良血牝馬にリーディング上位の種牡馬をつければ必ず走るわけではない。
スピードに秀でた馬やダートが得意な馬、あるいは体質が丈夫な馬が出るという確固とした配合のセオリーがあるわけでもない。ましてや父と母がまったく同じでも、走る馬と走らない馬がいる。アーモンドアイの15戦11勝、うちGIが9勝、獲得賞金19億円という成績を、「血統」で説明することはできないだろう。
デビューしても勝ち上がれる馬は半数以下。1億円を超える高額で競り落とされた馬が、ただの1つも勝てないなどということも珍しくはない。競走馬の生産はある意味大いなる「無駄」の繰り返しだ。
だからこそ夢があり、携わる人々が夢を追いかける。誰でもくじを引くことができて、「はずれ」が多いかもしれないけれど、どこかに必ず「当たり」があるから「もしかしたら」という希望を持つ。特定の配合によって生まれた馬だけが走るとなれば、経済力のある者だけのものになり、関わる人間が限られてくる。つまり「無駄」がなくなれば、競馬産業そのものが縮小してしまうわけだ。
クラブ会員にしても同様で、1口200万円以上という高額馬の募集もあるなか、アーモンドアイは1口あたり6万円の出資で、足かけ4年にわたり、トップオーナーでもなかなか経験できない夢のような日々を過ごすことができた。
もちろん管理者である私にとっても奇跡の馬。アーモンドアイはすべてのホースマンの夢の結晶といってもいい。(この項、続く)
【プロフィール】
国枝栄(くにえだ・さかえ)/1955年岐阜県生まれ。東京農工大学農学部獣医学科卒業後の1978年から美浦・山崎彰義厩舎で調教助手。1989年に調教師免許を取得して1990年に開業、以後優秀調教師賞7回、優秀厩舎賞7回。主な管理馬はほかにブラックホーク、マツリダゴッホ、サークルオブライフ、ステレンボッシュなど。
※週刊ポスト2025年10月10日号