祐子さんが母に送った最後のLINE。4日後、母は手首を切った
母が『醜い』と思ってしまった
──お母さんが亡くなって1年が経ちました。今、思うことは。
「もっと理解してあげればよかったです。
母は3歳で実母を亡くしているので、どこかで“理想の母親像”を求めていたのだと思います。そして母を勧誘したアップはだいたい少し年上の女性で、『〇〇ちゃん、元気にしてる?』『〇〇ちゃん、大丈夫よ』と、下の名で親しく呼びかけてくるんです。それが母には、自分が子どもに戻って頼れる存在に映ったんでしょう。
でも、マルチにハマってからは親子関係よりもアップを優先し、自分が入院したときも周りの患者をB社に勧誘して……。その姿を見たときは、母が本当に『醜い』と思いました。一瞬、孤独死するまで放っておこうかと思ったほどです」
──でも、本当のお母さんは寂しかった?
「ええ。本当は、ずっと自分の保護者を求めていた、とても気の毒な人だったと思います。寂しい心のまま育った母は、結婚後に父が保護者として支えてくれたことで、一時的に安定していたのではないかと。だから私が子どもの頃の母はまともに見えたのかもしれない……と考えると、つじつまが合うんです。
父の死後は精神不安定で脆くなりましたが、それが母の本質だったのではないかと。こういう視点を持って接していれば、結果は違ったかもしれないと思います。
私は母が好きでした。なのに、ちゃんと理解できなくて申し訳なかったと思います。生前に、母の本心をもっと探ればよかったです」