制作過程に問題があったとし「該当ビジュアルを今後一切使用しない」とお知らせ(ルミネ荻窪HPより)
本稿、専門用語はなるべく平易に置き換え、技法の詳細は本旨ではないため措くが、それより江口氏の創作姿勢そのものに問題があったことは言うまでもない。何事も他人のものを無許可で使ってはいけない、勝手に「わたし」という存在を侵害してはならない。当たり前の話だ。
「無許可でイラストからイラストが駄目なのは誰でもわかるのに、無許可で写真を絵にするのはいいと思っている作家がいることは事実だね。ベテランにもいる。昔はとにかく権利関係というか、モラルがゆるかったからね」
この「昔」という言葉もまた難しいのだが、諸先輩方の話を総合すれば1980年代以前のほうが好き放題だったように思う。
「トレースと言っても簡単にできるわけじゃない。こっちで撮った私の所有する自転車の写真で描かせてみてもまあ、トレースですら線がおぼつかない作家やアシ(アシスタント)はいるからね。その作家の作風にもよるし得手不得手もあるけど、すべてを『トレースだから』で全否定はしたくないね」
「無許可」というのが問題
中堅版元でコミック編集に携わる40代編集者は「問題を整理したほうがいいと思います」としてこう話す。
「まず他人の写真を無断でトレースしたこと、それを一枚絵の商業広告に使用したことが問題です。すでに判例もある違反行為です」
あくまで確定ではないが、ルミネについては江口氏本人も事後という形で実質的に認めている。
「あとトレースそのものは技法としてありますが、だめな場合と認められる場合、そして個人的にはジャンルによっても、その良し悪しの違いがあると考えます。とくにイラストの場合は一枚絵で人物をトレースしたら全部がトレースまんまになりかねません」
被写体の存在はもちろんポージング、構図、撮影場所の選定といった、カメラマンの創作そのものをすべてパクることになる、そういうことか。