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【書評】『ムーア人による報告』真実性を獲得したとき小説は真に価値あるものとなる

『ムーア人による報告』/レイラ・ララミ・著 木原善彦・訳

『ムーア人による報告』/レイラ・ララミ・著 木原善彦・訳

【書評】『ムーア人による報告』/レイラ・ララミ・著 木原善彦・訳/白水社/4620円
【評者】角幡唯介(探検家)

 十六世紀にスペインの征服者集団が北米に向かい、八年の放浪の末に四人が生還した。そのうち三人はスペイン人で一人は黒人奴隷だ。スペイン人の一人が正式な探検報告書を国王に献上するが、そこでは奴隷のことはほぼ言及されていない。ここまでが史実だ。本書は、その存在を消された奴隷の手による全く別の探検報告書という体をとった小説である。

 正規の報告書は存在するが、そこには旅の真実は書かれていない。なぜならそこには征服国家スペインに都合のいいことしか書かれていないからだ。だから私が旅の真実を記録に残す、というのが奴隷の言い分だ。この設定だけでも面白いことが約束されたようなものだ。

 では隠された真実とは何か。もちろんそこにはスペイン人の暴虐ぶりが描かれるが、それだけではない。奴隷が問いたかったのは人間の尊厳と自由の問題である。征服者集団の一員として北米に向かい、先住民との戦いに敗れて隊員が次々と死にゆくなかで、逆に主人と奴隷という関係性は崩壊し、スペイン人と黒人奴隷は生きのこるための対等な仲間として連帯してゆく。

 正規報告書から奴隷の存在が消されたのは、混沌とした荒野の中で彼が自らの手で奴隷身分を脱し、自由を手に入れたからであり、その物語が主人と奴隷という身分制度を是とする国家の価値観を揺さぶるものだったからなのだろう。

 自由を明け渡しては絶対にいけないという奴隷の言葉が、生きるための原点に立ち戻らせてくれる。そして歴史とは何なのかも、ふと考えさせられた。国家により作られた歴史からは不都合な真実が隠される。それを取りもどすのが物語の役割なのであり、それが事実をこえた真実性を獲得したときに小説は真に価値あるものとなる。そんな作者の信念が伝わってきた。

※週刊ポスト2025年10月17・24日号

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