父との別れから22年。思い出を語る雅さん
「お父さんが起きてこないの…」
父が亡くなった日のことを、忘れることはできません。父は僕が20歳のときに亡くなったのですが、僕は実践学園高校を卒業して立正大学に進み、俳優としても活動を始めて間もなくの頃でした。
当時、コンビニで夜勤のアルバイトをしていたので、朝帰宅して昼過ぎまで寝る、という生活で、その日もそんないつもの1日だと思っていました。ところが午後、外出していた母が帰宅すると僕を起こし「ねえ、お父さんが起きてこないの」と不安そうに言うんです。妹はバイトに出て留守にしていました。
僕は「寝ているだけじゃないの」と返しながらも、起き出してみると、リビングも廊下も妙に静か。母に背中を押されるように父の部屋の前に行き、ドアをソッと開けました。目の前のベッドの枕の上に、寝ているならあるはずの父の頭がない。電気をつけ、母がドアを大きく開けると、父の姿が目に飛び込んできました。人って目の前の情報量が多すぎると思考が止まっちゃうんですね。5秒くらいかかってからようやく状況がのみこめて、「やっちゃったよ……」という言葉が出てきました。そして、これからどうなるんだろう、という恐怖と不安ですごく落ち着かない気持ちになりました。
当時は父を拒絶して、あまり父と関わっていなかったので、僕は父の異変に気付けなかったのかもしれません。思い返せば、少し元気がなくなっていたようにも思います。亡くなった日の前日、アルバイトに出かける僕が、「行ってきます」と言ったとき、父は玄関まで来て見送ってくれて「行ってらっしゃい」と返してくれました。
そのときはそれを特別なこととは受け止めませんでしたが、結局、それが僕と父が交わした最後の言葉になりました。父が何に悩み、どんなことに苦しんでいたのか。もっとコミュニケーションをとって、父の話を聞いてあげれば良かった、という後悔が今も残っています。父との別れから22年、なぜ父が極端な選択をしたのか。そのときも、今も、僕にはわかりません。
* * *
続編では俳優・佐藤浩市が葬儀翌日に訪れて祭壇で誓った約束、長男・雅さんが出演したドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)の思い出、俳優活動を続ける現在の生活などを語っている。
取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/岩松喜平
