『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』(星海社新書)を9月に上梓したルポライターの松本祐貴氏
「失踪」という言葉にどのような印象を抱くだろうか。住んでいた場所や生活していた社会からいなくなることを指す言葉だけに、重苦しいイメージを感じる人は少なくないだろう。一方、その言葉の響きに「どことなく魅力がある」と感じていたのが、『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』(星海社新書)を9月に上梓したルポライターの松本祐貴氏だ。
同書では失踪経験者やその家族に取材し、失踪した理由を掘り下げていく。そもそも、松本氏はなぜこのテーマに着目したのか。
「自分自身や周りに失踪経験者はいませんでしたが、人生の大勝負である“失踪”という行動にもともと憧れを抱いていたのかもしれません。そして、失踪を経験した人が『なぜ失踪したのか』というバックボーンに強い興味を持っていました。
最初は週刊誌の企画として『失踪特集』をやりたいと考えていたので、企画を編集部に持ち込んだのですが、どこにも通らなくていったん諦めていました。それからしばらく経ち、書籍なら企画を落とし込めるかもという知り合いの編集者の一声から、もう一度このテーマに挑戦しようと思ったんです」(松本氏、以下同)
取材を進めるうちに松本氏は、「失踪は意外と身近に起きていることなのでは」と思い始めたという。多くの人にはあまり縁のない話に感じられるかもしれないが、警察庁が発表した『令和5年における行方不明者の状況』によると、年間の行方不明者は9万144人を数える。日本の人口を考えると、1年で約1200人に1人が失踪していることになる。
それでも、取材対象者を探すのは困難を極めたという。困難を乗り越えて松本さんが話を聞いた人たちの話は刺激的だ。30年間実家に帰らず父と死別した元AV男優、半グレ組織との関係や闇カジノの借金から逃れるために10代で失踪を決めた男性、義父が失踪した風俗嬢……。芸能人ではなく、一般人の失踪体験に焦点を当てているところが肝だという。
「企画段階では、失踪経験のある芸能人の取材も考えましたが、ツテを辿りながら身の回りの失踪経験者を探して話を聞いていたところ、むしろ、一般の人の話のほうがずっと面白いことに気付いたんです」
特に印象的だったのは、認知症による失踪を描いたケースだったという。
「借金などを理由に失踪してしまうケースとは異なり、認知症による失踪は誰のせいでもありません。だからこそ、残された家族の苦しみが深い。遺骨があれば心の整理もつきますが、失踪してしまった場合『もしかしたら生きているかもしれない』という状態がずっと続きます。今回取材した行方不明の妻を探し続ける荒川さんは『もう自分のような人を出したくないから』と取材に応じてくれました。取材中、もっとも胸が痛かったケースです」
