木下昌輝氏が新作について語る(撮影/内海裕之)
食は人や歴史すら動かす。
「腹すかしたもんにうまいメシを食わしたら、それが一番の正義やっていう。そこは『アンパンマン』と同じ考え方ですね(笑)」
今年、『愚道一休』で新田賞と渡辺賞をW受賞するなど、話題作には事欠かない、木下昌輝氏の書き下ろし新作『豊臣家の包丁人』。その名の通り、描かれるのは来年の大河ドラマで注目必至の秀吉・秀長兄弟や豊臣家の命運だが、最大の見物は大角与左衛門という、謎に包まれた実在の人物を主人公に据えたことだろう。
例えば大坂冬の陣に駆け付けるも間に合わなかった序章「初陣飯」の語り手、天野六右衛門が、〈包丁人の大角が、大坂城の台所に火をつけた〉〈与左衛門が内応したから豊臣方は総崩れになった〉と聞き、件の男を京の豊国社で待ち伏せした時、大角は齢60強。〈銀色の総髪、右頬に古傷〉などと特徴を慎重に確かめたのは、皆が探し回る大罪人を捕えれば2年前に死んだ元三河三奉行の父・康景の汚名を雪げると考えたからだ。
しかし彼は空腹と緊張のあまり気を失い、気づくと小さく刻んだ鳥まで入った粥を差し出す男の姿が──。こうして伝説の包丁人の40年に亘る昔語りを、私達読者もまた聞くことになる。
「元々は『真田丸』に出てくる大角与左衛門を観て、フィクションかと思ったら実在の人物なことを知ったのがきっかけです。いつか書きたいなあと思いながら、ご縁がなくて。そんな時に『豊臣兄弟!』の噂を聞いて、書くなら今しかないと。
そもそも豊臣家の栄華が清州城の台所奉行に始まり、台所の火で終わるなんて出来過ぎなのに、意外と知られていないんですよね。史料的にも大坂城を焼いたことや豊国社の灯篭に今も名前が残っているくらいで、出自やどんな料理を作ったかまでは残っていない。
だとしたらそこは史実に根ざした面白い大ウソをつこうと思って、実家が焼鳥屋をやってる友達に当時の資料を渡してレシピを考えてもらったり、毎週ファミレスに集まって会議をしたり、結構苦労はしました。僕は地元誌にグルメ記事を書いていた頃も食う専門で、料理はド素人なもので」
