『ソウル・サーチン 「沖縄」を描き続ける男・新里堅進作品選集および評伝』(新里堅進、藤井誠二・著 安東嵩史・編)
2026年は60年に一度の丙午。「火のエネルギーが躍動し、飛躍が期待できる年」とも言われるが……。高市発言に端を発する日中の関係悪化、深刻化する少子高齢化、課題山積の移民・難民問題、そして急激に普及する生成AIやSNS上でのフェイクニュース・誹謗中傷問題などなど、解決すべき数多の問題に、私たちはいかに対処すべきか。そのヒントとなる1冊を、本誌書評委員が推挙してくれた。
フリーライター・武田砂鉄氏が選んだ「2026年の潮流を知るための“この1冊”」は『ソウル・サーチン 「沖縄」を描き続ける男・新里堅進作品選集および評伝』(新里堅進、藤井誠二・著 安東嵩史・編/リイド社/3850円)だ。
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戦後80年の今年は、歴史の捏造を試みる政治家が結果的に放置された年にもなってしまった。自民党・西田昌司議員が「ひめゆり平和祈念資料館」の展示内容について、「歴史の書き換え」だと主張、批判を受けて形だけのお詫びをしたものの、自身の動画チャンネルなどでは開き直るような発言を重ねた。
「修正主義者たちの目には、沖縄を敷石にしたせいで軍民共に多大な犠牲を出した歴史的事実が入っていない」と書くのは、900ページを超える大著の評伝部分を記した藤井誠二だ。
沖縄戦の翌年に生まれ、今に至るまで沖縄戦を描き続ける漫画家・新里堅進の作品と評伝をまとめた本書。新里は「わたしは沖縄戦が終わった直後に生まれたから、犠牲者の生まれ変わりなんじゃないかと思うこともある」と記す。『水筒 ひめゆり学徒隊戦記』を描くにあたっては、学徒隊の生存者に会い、「自分たちだけが生き残ってしまったという負い目というか贖罪の気持ち」を聞いた。朽ちていく命、瞬時に断ち切られる命、裏切られ踏み潰される命、沖縄の大地から聞こえる叫びを描く。
新里は子どもの頃から壕巡りが日課だったという。その中で死者と対話し続けた。「必ずむかえにくる」と言いながら置き去りにしようとする上官に傷痍軍人が楯突く。「むかえにくるわけがない」「希望を持たすと人間は死ねなくなる」、上官は逆らう軍人の頭に銃弾を放つ(「雨中の病院移動」より)。本当のことを言ってはならない、考えてはならない、同調するしかない場があり、そこで多くの命が軽々しく扱われた。その実態は見えない。見えても隠される。あるいは先述の政治家のように捻じ曲げようとする。
沖縄は戦争を背負わされた。その後も背負わされ続けている。作品群を堪能すると言葉を失う。失った後でどんな言葉を取り戻せるのか。読者が問われる。
※週刊ポスト2026年1月2・9日号
