『群衆心理』(ギュスターヴ・ル・ボン・著 櫻井成夫・訳)
解決すべき数多の問題に直面した2025年を経て、迎える2026年。高市発言に端を発する日中の関係悪化、深刻化する少子高齢化、課題山積の移民・難民問題、そして急激に普及する生成AIやSNS上でのフェイクニュース・誹謗中傷問題など……私たちはいかに対処すべきか。そのヒントとなる1冊を、本誌書評委員が推挙してくれた。
近現代史研究者・辻田真佐憲氏が選んだ「2026年の潮流を知るための“この1冊”」は『群衆心理』(ギュスターヴ・ル・ボン・著 櫻井成夫・訳/講談社学術文庫/1375円)だ。
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年末年始は古典を味読したい。忙しい日常では、理解しやすい箇所をつまみ食いしがちだ。だがじっくり読めば、どこかに引っかかりが生じる。そしてその違和感のなかにこそ、未来を読み解くヒントが隠れていたりする。
本書は、フランスの医学者・社会学者・心理学者であるル・ボンが一九世紀末に著した、大衆心理研究の古典である。SNS時代を先取りした議論として、いまもときおり参照されている。
かれによれば、人間は群衆の一部となると自動人形や野蛮人のようになり、威厳ある指導者に屈服しやすい。断言と反覆に弱く、情動によって意見や信念が伝染していく──。なるほど現代に通じる鋭い指摘だろう。
だが慎重に読むと、ル・ボンは本書で「群衆の精神」以上に「種族の精神」が決定的と強調していることに気づく。つまり群衆の言動は世界共通ではなく、その背後にある伝統や文化により大きく左右される、と述べているのである。
この議論は、一歩誤れば文化決定論に陥る恐れがあり、今日では安易に応用しづらい。では完全に古びているのかといえば、そうとも言い切れない。どれほど巧妙な宣伝でも、受け手に響く素地がなければ効果は薄いからだ。そこには当然、文化や伝統などが関係するだろう。
そのいっぽうでル・ボンは、群衆の力が過度に増大すると、やがて種族性をも浸食しかねないという懸念も示している。この両義性は曖昧さとのみ片付けるべきではなく、むしろ現代的な読み替えを促す。プロパガンダの技法は普遍的に通用しても、そこで示されるメッセージの内容は個別的でなければ十分な効果を発揮しない──と。
近代以降「群衆」と「種族」はどちらかが一方的に優位なのではなく、つねにせめぎ合っている。本書はその緊張を早くも内包していたがゆえに、いまなお読み継ぐ価値があるのである。
※週刊ポスト2026年1月2・9日号
