1996年、スーパー戦隊シリーズ第20作『激走戦隊カーレンジャー』でデビュー
『カーレンジャー』のメンバーで交わしていた日常生活の「約束」
『カーレンジャー』出演が決まり、1996年の年明けからの1年間は休みなしで、朝から晩まで撮影でした。朝はまだ暗いなか、始発電車に乗って出かける日々。若いからがんばれたんでしょうね。共演者もスタッフさんも、みんなが家族のようで、撮影現場は学校のよう。そんな感覚で楽しめたことも、がんばれた理由だと思います。実家からは通えないので、当時の事務所の会長宅に居候させていただいていました。そのため、高校3年の3学期はほとんど通えず、それでも特例で卒業させてくれました。
『カーレンジャー』はほかの戦隊ものに比べ、内容がだいぶんコミカルなんです。なので撮影で危ない目にあったり、ケガをしたりはしませんでした。でも、最初の頃は演じながら、役の気持ちにうまく切り替えられず、セリフがうまく出てこなくて悔しくて泣いたこともありました。
5人各々が主役になる回があり、キャラクターの設定がより詳しく描かれるので、台本を読み進めながら演じました。5、6話目くらいで自分の役に馴染むことができましたが、ピンクレーサーは甘い物が好きで体重を気にする女の子というキャラクター。実際、甘い物は好きですが、初めて自分の姿を映像で見たとき、自分が想像の1.5倍くらい丸く見えてビックリ。それで、撮影帰りにエステに通い痩せる努力をしていました。
もともとピンク色は好きだったので、ピンクレーサーになれて嬉しかったですね。ワンピースとか、私物にもピンクが多いんです。今でも無意識にピンク色のものを身につけると、当時をご存知の方から「やっぱりね!」などと言われちゃいます。
『カーレンジャー』は車がテーマの戦隊ものでしたが、私は車の免許は持っていません。車を運転して事故にあったら大変だと思い、自制しているんです(笑)。撮影当時、5人で「子どもたちがどこで見ているかわからないから、絶対、赤信号で渡ったりしないよう気をつけよう」などと話し合っていました。交通ルールを守るのは当たり前ではありますが、「戦う交通安全!」が決めゼリフだったので、今も意識して気をつけています。車がテーマの戦隊もののヒーローは、一生厳しく交通ルールを守る宿命を背負っているんです(笑)。
