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勝間和代さんインタビュー:“汚部屋“が一転、一番快適な場所に! 人生が変わったきっかけとは
勝間和代さんインタビュー:“汚部屋“が一転、一番快適な場所に! 人生が変わったきっかけとは
経済評論家として、働く女性の代表的存在としても大活躍中の勝間和代さん。多忙を極める裏で、かつてはモノがあふれ収拾のつかない状態だった「汚部屋」を、「家が一番快適」というまでに蘇らせ、その体験をまとめた『2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム』(文春文庫)を2016年発行。2019年の文庫化を機に、勝間さんが一念発起したきっかけ、人生がガラリと変わったという劇的効果、約4年経過後の断捨離やライフスタイルの進化などを伺ってきました。2015年秋、友人・川島なお美さんの急逝で断捨離の必然性に目覚める――勝間さんが断捨離を始めることになったきっかけを教えていただけますか?2007年に独立して以来、多忙を口実に、片付けに関しては放棄していました。強制的に荷物整理をするために引越しを繰り返してきましたが、今の部屋に5年以上住んだころからモノが収納限界点を超える「収納破産」状態に。部屋には使わないモノがあふれ、人も呼べない汚部屋でしたが、見て見ないふりをしていました。そんな2015年秋、公私ともに親しくさせていただいていた川島なお美さんが急逝。同世代だけに、「死」というものが現実化して。ご主人である鎧塚俊彦さんが、なお美さんの残したものを前に辛い思いをしているのを目の当たりにして、「自分もいつ死ぬか分からない」「自分のものが多いと遺族も大変だし、何かあったときに他人を家に入れることもできない」と、スイッチが入って断捨離を始めました。(左)同じ部屋とは思えない、汚部屋時代。デスクまわりも仕事関連のモノがあふれ、収拾のつかない状態。せっかくのルンバも床に散乱したモノで活躍の場がなかった(写真提供/勝間和代さん)(右)現在の勝間さんのお部屋。明るく広々、厳選されたものだけに囲まれた「一番快適な場所」。断捨離で床にモノがなくなり、時間セットしたルンバが毎日大活躍でさらに綺麗に(写真提供/文藝春秋)――断捨離の成果が出てご著書『勝間式汚部屋脱出プログラム』が出来上がるまではどれくらいの期間で?そのときたまたま睡眠の大切さに関する本を読んでいたこともあり、試しに寝室の断捨離から始めました。するとすぐに睡眠の質が高まる効果を実感して。その相乗効果で断捨離は加速、どんどん面白くなって、毎日2~3時間片付けて、2015年末には8割のモノがゴミと化していました。ブログに書いたところ好評だったこともあり、この仕組みをまとめて、2016年に『2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム』の単行本を出しました。『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』勝間和代 著、文春文庫片付けてスッキリすると気持ちいいし、効果を実感する、楽しくなる、どんどん捨てるべきものが目につく、という好循環で、無理はしていません。むしろ汚部屋だったころの方が、掃除をするにもモノをどかしてからでないと掃除さえもできなかったので、無理して頑張っていたと思います。――断捨離はダイエットにも絶大なる効果があったとか?断捨離でこまめに身体を動かすようになって、自然に体重が4~5kg落ちました。かつてはゴミを溜めておいて収集日に合わせて運んでいましたが、いまは目につけば24時間いつでもマンションの集積場所まで捨てに行きます。自然に良く身体を動かす癖がついたのだと思います。さらに自炊に切りかえて外食が減ったこともあり、ピーク時は60kgを超えたこともあった体重はぐんぐん減って、いまは40kg台になりました。人生100年時代、人生の先輩に「体が動くのは50代のうち」と言われて、仕事ばかりでなく、意識して運動していることもあると思います。今日もゴルフ練習場に行ってきましたし、家でダンベルを使ったりして、毎日2~3時間は運動していますよ。――家を一番快適な場所にすることによって、何が変わりましたか?まず、モノが少なくなったことで、モノを探す無駄な時間もなくなりました。断捨離したら、ハサミやカッターが家じゅうから何セットも出てきましたからね。掃除もしやすくなりいつもきれいな状態を保て、いつ誰が訪ねてきて、どこを見られてもOKです。家でも身体をこまめに動かすようになったので、以前は行きもしないジムに会費を払ってお金を浪費していましたが、そんな必要もなくなりました。ジムもちゃんと場所や時間帯を選んで通っていればいいのですが、たいてい入会しているだけで満足しがちですよね。今までは家で仕事をしていても、快適とは言えない環境なのですぐ息抜きに外に行きたくなって。例えばカフェに息抜きに出かけると、その往復時間もカフェ代も無駄になります。家が一番快適でストレスもないと、外に行く必要がなく時間とお金の無駄がなくなって経済的。その時間とお金を好きなものに集中できます。汚部屋の時代は自宅には親友くらいしか呼べなかったけれど、今は月に数回、椅子は8脚なので8名マックスのパーティーもするようになりました。以前は不意に人が来たら困っていましたが、いまはたとえ日にちを間違えていても、いつでもどこを見られても大丈夫です。(写真提供/文藝春秋)コツは捨て癖。片付けの「仕組み」で歯磨きのように習慣化――片付けが苦手でいつも挫折しているのですが、どこから、どのように手を付ければいいでしょうか?まずは捨て癖を付けて、成果を実感しやすいところから始めるといいですね。例えば浴室や寝室のベッドまわり。浴室は「お風呂に入る」という目的がはっきりしている狭い空間なので、取り掛かりやすいです。入浴に関係ないものがあれば取り除き、使っているもののみ残します。私は立ってシャワーを浴びるので、桶や椅子も使っていないことに気付き、処分しました。広々と気持ちよい空間でバスタイムを楽しむことができ、さらに掃除もしやすく、すぐに断捨離効果を実感できるでしょう。寝室も同じです。「眠る」という目的に必要なものだけを残すことで、質の高い眠りを得ることができることが実感できるはずです。寝室は、まずベッドまわりから始めて、クローゼットや物置は難易度が高いので後回しで。「捨てる物を選ぶ」という発想ではなく、「残すものを選ぶ」という感覚で、捨て癖を付けていくことが大切です。8割がたの不要なものがなくなれば、「整理整頓」とか「収納」などと考える必要もなくなります。――具体的に、捨てる・捨てない、はどのように判断すればいいのでしょうか?判断基準はシンプルに、「使っているか、いないか」、ということだけです。こんまりさんこと、近藤麻理恵さんの「ときめき」による片付け術が世界中で大流行していますが、ときめくか、ときめかないかって、私には分かりにくくて。季節ものは別にして、1カ月間使っていないものは、要らないのでは、という目で見ます。例えばキッチンの調理器具は包丁3本、お玉2つ、トング、木べら、ピーラーを残し、さまざまな便利グッズや予備は捨てました。同時に使うものでない限り、すぐ洗えばストックも不要です。7~8本も出てきたラップのストックも一種一本だけにしました。ちゃんと出汁をとれば、出来合いの各種調味料類も不要になります。買い置きは、結局使わず無駄になってしまい経済的ではないので、しません。冷蔵庫の中も、3日以内に食べる物しかはいっていません。それでも米や豆、水、カセットコンロなどがありますから、台風の3、4日分の食料は大丈夫です。そのようにどんどん身の回りのものもシンプルにしていき、化粧品もワンセット、小さな化粧ポーチのみです。そうすれば、なくなりそうなときはすぐ分かるので在庫管理も楽。アイシャドウだって何色もあっても、結局使うのはお気に入りのブラウン系だけなので、一種でいいのです。――難易度が高い場所はどのようにクリアしてキープすればいいのでしょう?捨て癖がついて、断捨離の効果も実感してからだと、難易度が高い断捨離もやりやすくなります。さまざまなものがあって判断が複雑になりがちな収納スペースは、捨て癖が付いた断捨離の最後に取り掛かるのがおすすめです。クローゼットの衣類なら、値段が高く使用頻度が少ないフォーマルなものは悩みますので、まずはカジュアルな服の断捨離をしてからフォーマルに。物置もさまざまなものが混在している場所なのでやっかいですが、最終的には日常的には使わないけれど、必ず使うものだけ残すのが理想です。捨て癖は、習慣にしてこまめに捨てることが大事です。歯磨きだって3日とか1週間に一度では、歯石も溜まって大変でしょう。歯磨きを毎食後習慣にするように、断捨離もちょこちょこ習慣化してしまえば長続きします。無理せず、こまめに、ですね。かつて持ってはいても、床にモノが散乱していて起動できなかったルンバは、毎日タイマーで自動で動き出すようセットし、そのために床にはモノを置きません。キッチンも片付いている方が、断然お料理の効率もいいし、楽しいです。手洗いか食器洗浄機か、ではなく、両方使った方が早いので、食器に応じて手洗い&食器乾燥機、食器洗浄機、を使いわけ、食事のときには片付けも終わっているようにします。皿や調理器具もストックは持たないので、整理整頓や収納で悩むこともありません。モノから行動の断捨離へ。時間を生み出し自分が主役の人生に――勝間さんが捨てにくかったモノはどんなものですか? どんな変化がありましたか?高額なもの、他人にいただいたものや思い出のあるもの、物理的に大きなものなどが捨てにくいです。100円ショップで買ったものは誰でも気軽に捨てるでしょうが、3万円を超えるものだと悩むでしょう。頂きものや思い出のものも、送り主の立場を思うと申し訳ない気持ちになります。物理的に大きなものも、運んだり粗大ごみの手配をしたりが大変です。コレクションしている趣味のものも捨てにくいです。一眼レフやビデオカメラ、古いPCなどもたくさんありましたが、時代とともに進化して、今どきスマートフォンで事足りるので、古いものは処分しました。捨てるのがめんどうなものが分かってからは、なるべく家まで持ち込まないようにしています。買い物は厳選し、特に3万円以上は慎重になります。いただきものも「モノを増やしたくないので」「お酒は飲みませんので」などとその時点で断ります。そうしているうちに周囲に浸透してきましたが、それでも断り切れない場合は、事務所のスタッフに配ったりして、基本家には消えもの以外は持ち帰りません。逆に自分がプレゼントを選ぶ場合も、消えものと決めています。――モノを増やさずキープするための、勝間流の仕組みや工夫を教えてください。基本はモノもダイエットも同じで「出る」「入る」の仕組みです。出るが多いと痩せるし、入るが多いと太る。断捨離で綺麗になっても、人間生きている限り、モノは放っておけばまた増えていきリバウンドしてしまいます。モノが増える仕組みを知って、増やさない仕組みをつくることが大切です。買い物はとにかく厳選し、何かを買うということは、何かと入れ替えます。現在本当に必要なもののみになっているので、それに並ぶものか、入れ替えてまで欲しいモノか熟考します。どうしても溜まりがちなものに郵便物があります。家に持ち込んでどこかにポイと置いたら最後、そのままになって溜まっていきます。そこで「郵便物は絶対にそのまま置かない」と決めて、ポストから部屋に戻る途中、エレベーターや廊下でも中身を確認して、要るものや要返信のものなどを分けるなど処理をしたうえではじめて部屋に置きます。クリーニングに出した際のハンガーも断って家には持ち込みません。所有に拘らず、必要なものは「エアークローゼット」などのサブスク(サブスクリプションの略称で、製品やサービスなどを一定期間利用しその代金を払うシステム)を利用しています。バッグなどは買う前にいくら吟味しても使い勝手までは分からないので、まずはレンタル。今日のバッグもレンタルで、気に入ってはいるけれど購入するほどではないかな、とか使ってみて判断できますよ。――単行本発行から文庫化まで4年、現在の断捨離の進捗状況と読者へのメッセージを。モノに支配されない自分が主役の暮らしが快適だ、ということを断捨離で実感して以来、常に効率化できるものはないか、捨てられるものはないか、考えています。無理をしていないので、もちろんリバウンドすることもありません。自分にとって快適でストレスのない状態を追求して、断捨離しているだけです。いまは「モノ」の断捨離から、「行動」の断捨離に移行しています。一日は24時間と限りがあるので、自分にとって快適でないことは辞めました。例えばテレビの仕事は1時間番組の収録でも、現場への往復や事前打ち合わせなどで合計6時間前後拘束されてしまいます。自分はテレビを一切見ないし、テレビに出ている時間を楽しんでいるわけでもないことに気付き、今年の2月から一切テレビのお仕事は断っています。「行動」を断捨離することで「時間」が生まれ、自分で自分のスケジュールを組めるようになります。先日は誘われるままに、8日間で5回ゴルフのラウンドに行きました。逆に、少しでも迷った誘いは断ります。自分の人生、自分の時間は自由に使い、自分でコントロールしたいですからね。さっそうとインタビュー場所に現れた勝間さんは、表情キラキラ、お肌ピカピカ、スッキリ華奢なシルエット。「部屋の状態は心の状況を表す」と言いますが、お部屋もご本人も、いつ誰に見られても良い状態に整っているのだと納得。最後に仕事道具を詰め込んだ大荷物の取材陣に、「バッグも小さくして、持ち歩く荷物の断捨離を」、とアドバイスいただきました。断捨離、やらないと人生損です!!『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』 (文春文庫) (長井純子)
2019.11.19 07:00
SUUMOジャーナル
妻に先立たれた夫たちが「基金」設立にかける想い
妻に先立たれた夫たちが「基金」設立にかける想い
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、先日設立された「川島なお美動物愛護基金」と妻の遺志を継ぐ夫たちの想いを代弁。 * * * 15年9月24日、肝内胆管がんのため亡くなった女優の川島なお美さん(享年54)の遺言による寄付を元に、夫でパティシエの鎧塚俊彦氏と、夫妻が所属する文化人団体『エンジン01文化戦略会議』の「動物愛護委員会」が引き継ぎ、設立された「川島なお美動物愛護基金」。 その設立発表会見と、グランプリにあたる「第一回 川島なお美賞」(女優の浅田美代子が代表をつとめる『tier love』(ティア・ラブ)と「ワンダフルパートニャーズ賞」(犬、猫用の車椅子の製造・販売を手掛ける『adoworks(アドワークス)』代表、忠 裕之氏、殺処分寸前の成犬レトリバーをゴルフ場の看板犬として活躍させる『ベルセルバカントリークラブ』総支配人・元木佳代子氏、茨城県動物愛護推進委員で、県立こども病院においてセラピー犬と共に病棟を訪問する傍ら、日本盲導犬協会デモンストレーターとしても啓発やサポートを続ける飯塚みどり氏)の授与式が同29日、都内で行われた。「川島なお美動物愛護基金」は、かつて「私の身体の中には赤ワインが流れている」とテレビ番組などで発言していたワイン通の川島なお美さんが貯蔵していたワインをオークションにかけ、集まった約300万円に、鎧塚氏が200万円を加えた計500万円で設立された基金。 生前から愛犬・シナモンと、その息子のココナツを愛し、愛されていた川島なお美さんは件の「動物愛護委員会」が掲げる「飼いとげよう。」というコピーを考案。無償でポスターやチラシのモデルとして出演していたのを始め、動物愛護に関する法改正のための署名活動を全国で積極的に行っていた。 そしてコレクションしていたワインを手放し、得た金額をそのまま動物愛護のための基金の元にするという遺言を夫の鎧塚氏に託していたのである。 設立発表会見で鎧塚氏が明かしたのは、『エンジン01〜』の中心的存在であり、川島さんが生前、姉のように慕っていた作家の林真理子氏の紹介で、オークションに多くの人々が協力してくれたということ。川島なお美さんの告別式で弔辞を詠んだ林氏は「鎧塚さんを決して孤独にはしません。私たち仲間が友情で支えます」と遺影の前で誓っていらした。オークションの専門家を鎧塚氏に紹介し、強力な入札者を募り、結果、高額な値がつくことに貢献したのも林氏だったそうだ。 告別式でもう一人、弔辞を詠んだのは、川島さんが尊敬し、目標としていた女優、倍賞千恵子だ。倍賞さんもまた『エンジン01〜』に夫婦で所属し、「動物愛護委員会」の委員として各地で啓蒙活動を行っている。 鎧塚氏は改めて、パワフルで真っ直ぐで何事にも強い信念をもって立ち向かって行った妻の死を振り返り、共に食事をしたり、旅をしたりしていた時間が「ポッカリ空いてしまった」と吐露。 再婚については「全く考えられないし、そのような予定も全くない」という鎧塚氏は、三回忌の節目に、妻の遺志が反映され、しかも妻の名前が入った基金が設立されたことを「ありがたいこと」と天国の妻と分かち合うかのように空を仰いだ。 妻の死後、基金を設立した夫と言えば、元・読売テレビの人気アナウンサー、「シミケン」こと清水健氏の活動も浮かぶ。妊娠発覚後、進行が速く悪性も強いトリプルネガティブの乳がんに侵され、それでも「夫婦と、お腹にいる赤ちゃん3人で生きていく」ことを決意した清水氏と妻の奈緒さんだったが、奈緒さんは出産後、わずか112日で天に召される。29才という若さだった。 その経緯は、ベストセラーとなった『112日間のママ』(小学館刊)にくわしく、妻の死後、仕事復帰した清水氏は、週末などの休日を利用し、公演活動をスタート。「一人でも笑顔の人が増えてほしい」「一人でも悲しむ人が減ってほしい」との強い想いで、著書の印税を元に「一般社団法人 清水健基金」を設立した。 これは、清水氏が妻の奈緒さんの遺志を受け継ぎ、必要な医療サービスが、必要とする人々に行き渡り、心身ともに豊かな生活が実現されることを目的としている。 奈緒さんや一人息子さんと共に壮絶な闘病生活を経験した清水氏だからこそ知ることができた膨大な医療費や、医療現場の現実…。基金は、その想いを多くの人々に届けることに役立っている。 鎧塚氏は妻の名前を基金に入れたが、清水氏は妻ではなく自分の名前を入れた。理由は、清水氏の妻・奈緒さんが一般のかたであることが大きい。 清水氏が奈緒さんと、奈緒さんの御両親を気遣う気持ちは結婚生活を送っていた当時もいまも全く変わっていない。例えば、テレビ番組が“再現VTR”と共に清水氏や奈緒さんについて報じようとすると清水氏は頑なに拒否する。それは、奈緒さんを女優が演じるのを見た御両親の気持ちを考えてのことだ。子供さんの“顔出しNG”も貫き続けている。 10月11日に出る新著『笑顔のママと僕と息子の973日間 シングルファーザーは今日も奮闘中』(小学館刊)のタイトルに「笑顔のママと」を「どうしても加えたい」と担当編集者に強く希望したのは清水氏だったと聞く。清水家はいまも3人家族だということの表れだろう。 そして、今年6月22日、乳がんで亡くなった妻・小林麻央さん(享年34)のさまざまな遺志を引き継いでいるのが夫で歌舞伎役者の市川海老蔵だ。 まずは麻央さんが『NEWS ZERO』(日本テレビ系)で植物生態学者、宮脇昭氏を紹介したことがきっかけで14年から続けている植樹プロジェクトだ。麻央さん亡き後の今年も約1500人の一般参加者と共に約1万本の植樹を親子3人で行った海老蔵。 さらに「彼女(麻央さん)がやりたかったことは全部聞いている」とし、『ピンクリボン』活動のように、チャリティーや基金の設立なども考えていることを明かしている。 若くして最愛の妻を亡くした鎧塚俊彦氏、清水健氏、そして市川海老蔵による「基金」設立という妻の遺志は、夫たちが亡き妻に注ぐ愛情の証と感謝の表れでもある。最愛の人との死別の経緯や想いは、残された者それぞれにとって、さまざまなカタチがあると思う。そして、残された者は「別れる力」を手中にする。 筆者は、川島なお美さん、清水奈緒さん、小林麻央さんと近しくさせていただき、仕事で濃いお付き合いをしていた関係で、件の3氏の想いがより深く伝わっている。しかし、私だけではない。若くして妻に先立たれた夫たちが引き継いだ妻たちの遺志が「基金」を通じて多くの人々に伝わろうとしている。
2017.10.01 07:00
NEWSポストセブン
松居一代の「離婚会見」FAXと仏壇放置に船越英一郎呆然
松居一代の「離婚会見」FAXと仏壇放置に船越英一郎呆然
 次々と更新するブログや、YouTubeへの動画投稿をきっかけに注目を集めている松居一代(60才)。夫・船越英一郎(56才)は、すでに離婚調停を申し立てている。6月7日、約1か月半ぶりに更新された《本当にごめんなさい 多謝》とのタイトルの記事では、《涙をいっぱい流しながら じっと 耐えていたの》とブログを中断した理由を説明。その先は次のような怒涛の更新が続いた。《船越家の真実をお伝えしましょう》 (6月13日)《夫のサスペンスシリーズ 昨年暮れの撮影が最後ですべて打ち切り!!!!理由はただひとつ 妻の口からは申せません》(同14日)《実は…信じられないようなことが起きてさぁ サスペンスどころじゃないのよ!!!!悲しすぎて人生終わっちゃうかと思ったのよ》(同20日) 27日に更新された《恐怖の告白!!》というタイトルの文章が極めつきだった。《告白するよ 実はもう…1年5ヶ月も尾行され続けているの だから、夜は、まったく電気を使わない生活をしているのよ 真っ暗のなかにいるんです》 この尾行告白の後も、《いつでも、全力で走れる靴スニーカー生活です》《常に、後ろを振り返り運転するときは、バックミラーを確認する生活です》と不穏な発言を続けた。 ファンからは彼女の心身の不調を心配する声も上がったが、松居に近しい芸能関係者は、最近の松居の混乱ぶりの原因をこう明かす。「船越さんとの夫婦関係がいよいよ行き詰まったそうなんですよ。船越さんはついに離婚を決意し、弁護士を立てて離婚調停の準備を進めています。松居さんの言動が変わったのも、夫との関係に心痛なためでしょう」◆繰り返された夫婦円満アピール 本誌・女性セブンは船越と松居の夫婦生活を見守ってきた。この夫婦を読み解く最初のポイントは、松居のブログに何度も登場する「1年5ヶ月前」に何が起きたか──である。 2016年1月、女性セブンは松居との関係に疲れ果てた船越が妻に三行半を突きつけたと報じていた。それまで芸能界きってのおしどり夫婦として知られてきたが、初めての離婚危機報道。その年末年始を船越は単身ハワイ・ホノルルに滞在し、帰国後も松居の待つ自宅には戻らず、自ら購入した別宅マンションで過ごしたと報じた。 その翌月も本誌は、船越の別宅マンション前をわざわざ通り、駐車場やマンションの建物を名残惜しそうにじっと見つめる松居の姿をキャッチしている。その後、今年に入ってからも何度か夫婦関係の状況を報じた。 だが松居は、夫婦の危機を報じるたびに全面否定を繰り返してきた。最初の離婚報道の直後、松居は自宅に殺到した報道陣を近くの神社に連れていき、船越と奉納したという夫婦連名の鈴緒(本殿の鈴を鳴らすための布網)を見せつけて夫婦円満をアピールした。 昨年11月、本誌が松居にインタビューした際も、「夫への愛は16年間まったく変わらない」と語り、京都で撮影する船越のため、朝3時半に起床して2時間半かけてラブメールを打ったと告白した。 さらに、「主人は不倫はしていません」と満面の笑みを浮かべてこう断言した。「もちろん、けんかしたりすることはありますよ。だけど夫は、絶対に私を裏切らないですから」 結婚生活16年目。たしかに夫婦は、羨むようなおしどりぶりを見せたときもあった。2006年、『パートナーオブザイヤー』を受賞した際、船越は妻を「すべての事に全力投球できるパワーとバイタリティー。そして何より家族を守るためならどんな努力も惜しまない。愛情に満ちた姿勢がある」と慈しみ、松居は夫を「人の悪口を決して言わず、どなたに対しても優しい。私と息子を命懸けで守ってくれている」と讃えた。あだが、夫婦の亀裂は広がる一方で、すでに事態は決定的になりつつある──。◆「明後日、離婚会見をする」突然のファクス ふたりの結婚生活は当初から火種を抱えていた。松居は1986年に結婚して長男をもうけるも、夫の浮気と借金問題に苦しみ、1996年に離婚。2001年6月、3才年下の船越と番組での共演をきっかけに再婚したが、船越の両親は猛反対した。「神奈川県の湯河原で旅館を経営していた船越さんの父・英二さんは、跡継ぎとして期待していた船越さんがバツイチで子持ちの松居さんと結婚するのが許せず、披露宴に欠席したほどでした。大正生まれで“夫唱婦随”の価値観が残る英二さんは、結婚後も恐妻ぶりをテレビでおもしろおかしく話す松居さんを受け入れられず、2007年に亡くなるまで一度も息子の嫁に会いませんでした」(船越家の知人) 2010年2月には、船越家と松居の関係を修復しようと尽力していた船越の妹が重度のうつ病で自殺するという悲劇にも見舞われた。 船越は夫婦生活に常にストレスを抱えてきた。若い女優からのメールに嫉妬した松居が「船越の携帯を鍋で煮た」という事件や家政婦のミスに怒った松居が怒鳴り散らすため続々と家政婦が辞めていったり、ドラマ撮影で多忙な船越が朝のゴミ出しや玄関掃除を強いられている姿が報じられたこともあった。「恐妻伝説」が知れわたっても、船越は妻をかばい続けてきた。溜まる一方だった船越のストレスがついに爆発したのは2015年10月のことだった。 その時、松居は乳がんで右乳房全摘手術を受けたばかりの北斗晶(49才)を見舞ったことをブログに綴った。「年間億単位の収入」と豪語する自らの投資術を綴った本をプレゼントしたと明かしたことが、「病に苦しむ北斗をPRに利用した」と世間から大ブーイングを浴びた。 さらにこの自著の出版記念会見で、松居は前代未聞の暴露を行って周囲を驚かせる。会見の2週間前に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)について、こう発言したのだ。「結婚して3年目の時、川島さんと船越が人生のひとときを歩んでいたことを知りました。主人には『お見舞いに行った方がいいのでは?』と言いましたが時間がないまま天国へ召されてしまいました」 川島さんには最期まで寄り添った夫がいる。なぜ今さら故人のプライバシーをさらしたのか──船越は激怒したという。船越の知人の話だ。「船越さんは『人の不幸に乗じて、なんという不謹慎な発言をするのか』『二度とメディアで発言してはいけない』と怒った。その上で、妻の非礼を詫びたいと北斗さんと夫の佐々木健介さん、川島さんの夫の鎧塚俊彦さんへの謝罪に出向こうとしていました。 ところが松居さんはその後もメディアの取材を受けていた。さすがの船越さんも激高し責め立てた。そうしたら、松居さんは『離婚してやる!』と逆ギレしたそうなんです」 そして松居は、船越が所属する芸能事務所に「明後日、〇〇ホテルの△階で離婚会見を開きます」という旨のファクスを突然送ったという。船越夫婦に近い芸能関係者が言う。「船越さんにとっては寝耳に水の話。松居さんの気性ですから、会見を本当にやるかは五分五分でした。それでも船越さんは“もしかしたら、本当にやるかも”と万が一のことを想定して自らクライアントへの謝罪行脚に追われていました。結果的には会見は開かれず、一体あのファクスは何だったのか…。船越さんは自分だけでなく、事務所や周囲の人たちに迷惑をかけてしまったことに本気で落ち込んでいました」 話には続きがある。松居がファクスを送った直後、船越の別宅マンション前に不審な紙袋が放置されたのだ。「紙袋のなかには船越家先祖の仏壇や位牌が無造作に放り込まれていたそうです。船越さんの呆然とした表情は忘れられないですね」(前出・夫婦に近い芸能関係者)※女性セブン2017年7月20日号
2017.07.06 16:00
女性セブン
がん患者 治療中断した方が25%長生きするという調査結果も
がん患者 治療中断した方が25%長生きするという調査結果も
 全米で75万部のベストセラーになったノンフィクション『死すべき定め』(アトゥール・ガワンデ著、2014年)では、がんで余命わずかと宣告された女性が妊娠・出産を経て闘病する模様などが描かれている。 その本には興味深い研究結果がいくつかある。自身の余命の中で、最期に叶えたい目標について正直に主治医と話をした末期がんの患者は、話をしなかった患者と比べて人工呼吸器を付けられたり、ICUに入れられる割合が少なく、あまり苦しまず平穏に余生を過ごせたというのだ。 また、最期まで化学療法にこだわった患者より、治療を途中で中止した患者のほうが、25%も長生きするという逆転現象が見られた。そして、前者の遺族が深刻なうつ病に陥ったケースが多いのに比べ、後者の遺族は明らかに平穏に暮らせているという。 余命への向き合い方は、家族のその後にまで大きく影響するということだ。 死の床でも「美学」を貫いたのが松田優作(享年40)だ。親の愛情に飢えて育った松田は自らの家庭を何より大事にしていた。そんな彼だけに、余命宣告を受けてからも、自らの身より家族のことを心配していたという。「末期の膀胱がん発覚後、優作さんは、『心配をかけたくないのでカミさんには言わないでほしい』と医師にきつく伝えました。がんが進行して美由紀夫人に知られた後も、『元気になって龍平の運動会に行こうな』と当時まだ20代だった美由紀さんを励まし続けたことは有名です」(ベテラン芸能記者) 当時、松田には龍平(6才)、翔太(4才)、長女(2才)という3人の子供がいた。幼い子供を残して旅立つことは痛恨の極みだったはずだ。「それでも優作さんは、『息子2人に父親の弱いところは見せられないので絶対病院に連れてくるな』と美由紀さんに言い聞かせました。それで美由紀さんは娘だけ連れて見舞っていました。 危篤状態に陥っても、“カミさんはよけいなことをいうと全部信じるからよけいなこと、こいつに吹き込まないでくれ”と医師に頼み、美由紀さんが泣いていると、“お前、何泣いてんだ、泣くんだったら外へ出て行け”と」(同前) 2014年1月に肝内胆管がんの手術を受けた半年後、再発して「もって1年」と宣告された川島なお美(享年54)は最期まで女優業を全うする一方、夫の鎧塚俊彦さん(51才)に愛情を注ぎ続けた。「川島さんはがんが進行して体調が苦しくなってからも、仕事を終えて深夜に帰宅する鎧塚さんのため、必ず夜食を作って晩酌につきあいました。彼女は普段の生活を続けることを何より大事にしたんです。さらに亡くなる前日まで、多くの友人にメールを送り、鎧塚さんのサプライズ誕生パーティーの準備を進めていました」(川島の知人) 川島の死後、見つかったノートには次の一文があった。《再婚はできればしないでね。一緒のお墓に入りたいから。今までありがとう》 余命宣告を受けた患者の家族ができることについて、訪問看護事業を運営するホスピタリティ・ワン代表の高丸慶さんが指摘する。「余命宣告された患者は体の痛みのほか、心の痛みやお金の問題など社会的な痛みなどを抱えます。こうした医学では取れない痛みは家族の力で対応できる。例えば家族が患者の横にいてそっと触れるだけで、痛みを和らげるホルモン『オキシトシン』が分泌されて患者が安らぐんです」※女性セブン2017年2月16日号
2017.02.04 16:00
女性セブン
故川島なお美さん 5千万円の墓にはロマネコンティ像
故川島なお美さん 5千万円の墓にはロマネコンティ像
 梅雨の合間の突き抜けるような青空の下、参列者のワイングラスに注がれたのは「Chateau Le Pin POMEROL」の1992年物。年間8000本ほどしか生産されない希少な赤ワインで、1本40万円前後とされる。「墓前には白菊ではなく真っ赤なバラ、それに参列者で一緒にワインを飲む納骨式は初めてでした。でもそれって川島さんを偲ぶのにはぴったりだなって」(参列者の1人) 350年の歴史がある東京・麻布十番のある古刹。6月10日、昨年9月24日に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)の納骨式が執り行われた。 参列者はおよそ50人。夫でパティシエの鎧塚俊彦氏(50才)のほか、川島さんの親族、愛犬のココナッツ、そして生前親しかった山田邦子(56才)や作家の林真理子氏(62才)、作曲家の三枝成彰氏(73才)など。彼女が憧れていた女優の倍賞千恵子(74才)は挨拶で、「これからもっと親しくしたかったのに、私よりも若くておきれいな川島さんが先に逝ってしまうなんて…」と言葉少なに故人を偲んでいた。 納骨式でひときわ視線を集めていたのは、個性的な墓石だった。 鏡のような輝きとともにそびえ立つ黒い石の塔には丸く大きな穴が空いている。その竿石のてっぺんには、今脱いだばかりのように見えるつばの広い帽子がデザインされ、さらに、石塔の手前には、川島さんが愛したワイン「ロマネコンティ」の1960年物(川島さんの生まれ年)のボトルが精巧に作られている。 香炉が乗った石の台には『YOROIZUKA』の文字と共に、ワイングラスを握った2匹の犬が、仲がよさそうに顔を寄せ合っているイラストが刻まれている。それはおそらく、参列したココナッツと、彼女が亡くなる直前にこの世を去った愛犬シナモンだろう。「鎧塚さんがデザインしたそうです。当日の挨拶でも、“亡くなった後も女優としての魂を大切にしているので、こういうお墓を作った”とお話しされていました。普通の墓石なら1か月ほどでできるそうですが、鎧塚さんはデザインを何度も修正し、職人が手作業で石を彫り込んだので、発注から完成まで4か月以上かかったそうです」(夫婦の知人) 一般に納骨は四十九日の法要の後に行われるが、川島さんの場合は9か月も要した。 最愛の妻とまだ離れたくない、側に置いておきたい、そして美しい妻らしいお墓に入れてあげたいという鎧塚氏の思いが、墓石へのこだわりと長い制作期間に繋がったのかもしれない。「このお寺のお墓の1区画は1m×1m。川島さんの場合はそれでは狭かったので、1.5区画を使っています。永代供養料や年間管理費を合わせると1000万円を超えます。それに墓石の額を加えると、費用は5000万円近くになるのではないでしょうか」(寺院関係者) この寺を永遠の眠りの場として選んだのは川島さん自身。親交のあった奥田瑛二・安藤和津夫妻や三枝氏がここに墓を持っていることから、死後も“墓友”として近くで過ごせるよう、購入を決めていたそうだ。「川島さんは生前、鎧塚さんと一緒に下見をしていました。それから、このお寺は春になると桜がきれいなのですが、その時期に奥田さん夫妻と一緒にお花見を楽しんでいたこともあり、楽しい思い出のあるここを選んだのでしょう。生き残った側が、先に亡くなった側にお線香をあげて供養したり、お墓の掃除もしたりしようという話もされていたそうです」(別の寺院関係者)「もし私が先に逝ったら、墓石にワインをかけてね」と“墓友”に語っていたという川島さん。天国に届いた芳醇な赤。生前の元気な彼女が目に浮かぶ。※女性セブン2016年6月30日号
2016.06.17 07:00
女性セブン
鎧塚俊彦氏の想い強い 川島なお美さんの納骨できず
鎧塚俊彦氏の想い強い 川島なお美さんの納骨できず
 東京・六本木の高級タワーマンションから出てきた男性は、朝日を浴びながら、真っ直ぐに職場へと足を進める──。女優・川島なお美(享年54)が胆管がんで亡くなって5か月。夫の鎧塚俊彦氏(50才)は、生前川島と暮らした都心の自宅を引き払い、昨年末、ひとりこのマンションに引っ越した。パティシエの仕事にも復帰し、都内各店舗や神奈川県小田原市の系列店に顔を出す多忙な日々が戻ってきた。「仕事と並行して、ここ数か月は遺品整理に追われていたそうです。書籍や洋服、小物など全てを引っ張り出して、彼女が特別大切にしていたものは保存し、それ以外は売却したり、知人に譲ったりしています。整理の過程で川島さんとの思い出が甦り、涙が止まらなくなることもままあったそうです」(鎧塚氏の知人) 川島は著書『私の死生観』(角川書店)で綴っているが、生前、自身の墓について鎧塚氏に言づてをしていた。彼女の意向は、麻布十番のある古刹の墓地に夫婦一緒に入ること。同墓地の一角には彼女と親交のあった俳優仲間の奥田瑛二(65才)夫妻や作曲家の三枝成彰(73才)らが並ぶように生前墓を購入しており、川島も“墓友”として隣に入ることを希望したのだった。「もし私が先に逝ったら、墓石にワインをかけてね」 墓友のみなにそう伝えていたという川島だが、その日は来たのか。お寺の関係者が語る。「いえ、鎧塚さんはまだお墓の購入もされていません。年明けには墓地を見に来られていますし、購入の意思はあるようですが、決めかねている様子でした。当然、納骨もされておりません」 一般的に納骨は四十九日の法要の後に行われるが、鎧塚氏は死後5か月たった今も遺骨を自分の手元に置いていることになる。前出・鎧塚氏の知人が語る。「もう少しだけ川島さんの傍にいたいんだ、と。未練というか、いまだ尽きぬ愛情でしょう。最近も川島さんが病気で降板した舞台を見に行って、泣いてましたよ。“なおはんがあそこに立ってたはずなんだよな”って。自室には川島さんとのツーショットが沢山飾られています。あんな愛妻家を見たことがありません」 亡き妻への想いは強い。生きていれば7回目の結婚記念日となるはずだった今年2月1日、鎧塚氏はフェイスブックにこう綴った。《昨晩初めて夢に女房が出てきてくれました。場所はパルコ劇場。入手困難なプレミアムチケットなのに毎年女房が取ってくれふたりで行っていた「志の輔らくご」の会場です。何故かコックコートにジャンパー姿で私が入ろうとすると「そんな格好で入場出来ませんよ!」と係員に拒否されてしまいました。(中略)端で座り込み途方にくれていると「あなた!」と颯爽と女房が歩いてくるではありませんか。「ふぁん、来てくれたんや」と思わず泣き出してしまった私に女房は「だってあなたが呼ぶから♪」と満面の笑みで答えてくれました。また私は泣き出してしまいそれで目が覚めてしまいました》 川島は胆管がんの手術の際、夫に内緒で遺書を用意し、「できれば再婚しないでね」と綴ったことを明かしていた。彼の近況を見る限り、川島以外の女性が心に入り込む余地は今のところない。※女性セブン2016年3月17日号
2016.03.03 16:00
女性セブン
川島なお美 「女性の年齢の単位は才ではなくカラットです」
川島なお美 「女性の年齢の単位は才ではなくカラットです」
 愛のキューピッド=男と女を結びつける縁結びの天使…川島なお美さん(享年54)とパティシエ・鎧塚俊彦さん夫妻の場合は、愛のキュー“B”ッドだった。 放送作家のすずきBさんは、10年前、自身が企画した料理対決の番組でふたりを共演させたのをきっかけに、出会いを作り、ふたりの仲を深めた。「鎧塚さんと相談し、特別なケーキをなお美さんに差し入れしたり、一緒に食事したりしました。ふたりが夫婦になったとき、なお美さんから『Bさんだから、キューピッドじゃなくてキューBッドね』と言われて。言葉遊びのセンスのある人でした」 すずきさんの言うように、川島さんといえば、「私の体はワインでできている」など“なお美語録”ともいわれる発言が世間を騒がせた。そのなかでも、すずきさんがいちばん思い出に残っているのが、この言葉だ。「女性の年齢の単位は、“才”ではなく、“カラット”なのよ」 カラットとは、ダイヤモンドなどの宝石の重さを表す単位。1カラット=200mg。数字が増えれば増えるほど、その価値と輝きは増していく。「『もう50才のおばさんよ、なんて年齢を恥じたらダメ。私はね、女性は年齢の数が増えるごとに輝きも増す生き物だと思うの。そう、ダイヤと同じ。“50カラットおめでとう”って言われたらうれしいじゃない?』と言っていて。 年を重ねることをポジティブにとらえているのが、とても素敵でロマンティック。なお美さんらしい名言だなと思ったんです。以来ぼくは、女性の誕生日にメールを送るときに、この言葉をよく使わせてもらっています(笑い)」※女性セブン2015年1月1日号
2015.12.19 16:01
女性セブン
川島なお美「墓守フレンズ」の輪 急逝で何も決まっておらず
川島なお美「墓守フレンズ」の輪 急逝で何も決まっておらず
 死んだ後にどんな墓にどう入るべきか──。そんな悩みを抱えている人も多いだろうが、今年9月にわずか54歳の若さで死去した女優・川島なお美も、生前に自らが入る墓の購入を検討していた。 東京・麻布十番にある創建300年超の古刹に、政財界、芸能界などで交流のある知人と「墓友」になるべく生前墓の購入を予定していたという。「寺院の中にある墓地の一角には、与謝野馨・元官房長官や経営コンサルタントの堀紘一さん、作曲家の三枝成彰さん、森本敏・元防衛大臣、それに俳優の奥田瑛二さんと安藤和津さんのご夫妻が墓を買っています。そこに奥田さんと交流のある川島さん夫妻もお墓を購入することを検討していたんです」(寺院の関係者) 川島を加えた「墓友」のメンバーは、共著『私の死生観』(角川oneテーマ21)で、それぞれの「終活」について語り合い、その関係を明かしている。 川島はその中で、パティシエの夫・鎧塚俊彦氏との墓購入をめぐるやり取りについてこんなふうに記している。〈お墓仲間の皆さんのそばの墓地を買うことについて、主人は「死んでからまで先輩たちに気をつかわなければらないのは嫌だ」って言ってましたけど(笑)。 三枝成彰先生や奥田瑛二さんからは「トシちゃん(注・鎧塚氏)が夫婦喧嘩するたびに使っているサウナも近いし、あの世に行ってからも逃げ込めるからって口説くといいよ。絶対に来てね」とラブコールをいただいているんです。そんな冗談も説得材料になるし、いずれ、と思っているところですね〉 鎧塚氏も長男ではないので、いずれ2人の墓が必要になる、と考えていたようだ。 また、子供のいない夫婦だったため、〈皆さんと同じところに入れば、墓守フレンズとして必ずどなたかにお墓をみてもらえる(笑)。奥田さんも、娘さんたちがお墓をみるからと言ってくれているし、そこがいいところですね〉(前掲書)という“メリット”もあると明かしている。 しかし、墓を購入する前に川島は急逝。納骨先について鎧塚氏の所属事務所は「何も決まっていません。まだ納骨は済んでいませんし、何も確定した話はないんです」と答えるのみで、故人の希望通りになるかは、まだわからない。※週刊ポスト2015年12月25日号
2015.12.16 16:00
週刊ポスト
鎧塚氏が語った 川島なお美臨終間際の壮絶な闘病の日々
鎧塚氏が語った 川島なお美臨終間際の壮絶な闘病の日々
 9月に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)の手記『カーテンコール』(新潮社)が出版された。そこには、2013年8月に胆管がんを告知されて以降の闘病生活が綴られている。がんを治すために、夫・鎧塚俊彦氏への愛と感謝を持って最後まで諦めずに生きた「女優・川島なお美」。その手記にはどんな思いが込められているのだろうか。 手記の最終章『ラストステージ』は、原稿の完成を待たずに逝った川島に代わり、鎧塚氏が執筆した。彼がこの章で初めて明かしたのは、がんの再発から舞台降板、亡くなるまでの壮絶な1年間である。 2014年7月、夫婦でゴルフを楽しんだ帰り道、川島の携帯が鳴った。最も恐れていた、がん再発の知らせだった。川島はそれ以上なにも聞こうとしなかった。しかし、鎧塚氏はパンドラの箱を開けてしまう。《女房が近くにいないことを確認してから、私は(主治医の)K先生に電話を入れ、病状を尋ねました。先生の口から出た言葉、それは「もって1年」という残酷なものでした》 打つ手はなく、仮に抗がん剤治療を受けても余命1年は変わらないのだという。「再発の宣告後も、川島さんは“絶対に治る”と信じて、これまで以上にがんの勉強をして、免疫療法や漢方、マイクロ波治療など、あらゆる民間療法を実践していました。そんな彼女を見ていたら、とても余命の話などできなかったそうです」(鎧塚氏の知人) 年が明けて早々、川島を悲劇が襲った。“愛娘”と公言してきた愛犬のシナモン(15才 ダックスフント)が亡くなったのだ。 死因は偶然にも、肝臓にできた腫瘍だった。1月9日早朝、流動食を食べさせてクッションで休ませた直後、目を見開き、川島を見つめながら逝った。《抱きかかえると首がクタ~っと、骨のない生き物のように落ちました》《私の病気を娘が代わりに背負ったとしか思えません》 火葬の後、川島はシナモンの飾り毛、爪、喉仏を小さな香水瓶に入れて肌身離さず持ち歩いた。悲しみを乗り越えて新作ミュージカルの練習に没頭し、5月には主演ミュージカルが開演した。「この頃になると腫瘍熱といわれる高熱が毎日出て、解熱剤と点滴が欠かせなくなっていました。それでも、彼女は絶対に舞台を降りようとはしませんでした」(川島の知人) 一人余命を知る鎧塚氏は、舞台を見るたびに沸き上がる感情が抑えられなかった。《舞台中、涙ながらに何度も立ち上がり、「凄いぞ! 川島なお美! 凄いぞ!」と大声で叫び出しそうになるのを我慢するのに必死でした》 6月に入ると、悪夢が目に見える形でやってきた。川島に腹水が溜まり始めたのだ。「がんの末期症状です。この時ばかりは川島さんも“もうアタシ、ダメなのかな…”と弱音をこぼしたそうです」(前出・鎧塚氏の知人) 9月7日、シャンパンのイベントに夫と共に出席した川島だが、その激やせ姿にメディアは騒然となった。手記によれば、当時の川島は1日に5Lもの腹水が溜まるようになっていた。抜いても翌日にはまた溜まるのだという。38kgの体重のうち5kgが腹水という、凄絶な日々である。 臨月の妊婦のようなお腹を抱えて、川島は9月8日からの新舞台に上がった。「川島さんの出演の意志は微塵もぶれませんでした。腹水を抜き、解熱剤と点滴を打って、文字通り命がけで舞台に出ていたのです」(前出・鎧塚氏の知人)――なぜ無理矢理にでも妻を止めなかったのか。 鎧塚氏は周囲から、何度もこの問いをぶつけられた。《当然のお叱りがございましょう。しかし、止められなかった。川島なお美の女優としての生き様は、もう誰にも止めることはできなかった》 17日の長野公演開演直前、川島の体は動かなくなった。降板が決定されると、川島は悔しさの余り泣き続けた。《肝臓でキレイにできない血液にアンモニアが残留し、それが脳を麻痺させました。舞台の袖で女房は次の出番のセリフが分からなくなり、右往左往していたらしいのです》 川島が永眠した9月24日19時55分。臨終の間際に、鎧塚氏は不思議な光景を見た。一瞬頭を起こした川島は、手を握り、強いまなざしで夫を見つめた後、大きな息をついて意識を失った。 昏睡した時点で心肺も停止していたが、鎧塚氏が川島の名前を叫び続けると、それに呼応するかのように2度大きく息をしたのだという。《医学的にどうかは知りません。ただ、私からの止まぬアンコールの声に、魂で応えたカーテンコールだったに違いありません》※女性セブン2015年12月24日号
2015.12.13 07:00
女性セブン
川島なお美による「迷医」の見分け方 患者の目を見ないなど
川島なお美による「迷医」の見分け方 患者の目を見ないなど
 9月に胆管がんで亡くなった川島なお美(享年54)の手記が出版された。『カーテンコール』(新潮社)と題されたその手記には、2013年8月に胆管がんを告知されて以降の闘病生活が克明に記されている。 生前綴られたその闘病記には、「絶対に自分で治す」という強い覚悟が焼きついていた。がんの告知から2年。膨大な書物でがんを学び、セカンドオピニオンに東奔西走し、夫・鎧塚俊彦氏への愛と感謝を持って最後まで諦めずに生きた「女優・川島なお美」の素顔がそこにあった。 川島が最初に訪れたのは、都内の有名大学病院だった。しかし、舞台出演を優先したいという川島の意向を無視して外科手術をすすめ、拒否すると、抗がん剤治療を提案された。《何が何でも切りたくてウズウズしている》《この病院には二度と戻って来ない》 2番目に訪れたのは、『がん放置療法』で有名な医師。「何もしないで大丈夫」 そんな言葉を期待していた川島だが、診察結果は予想外のものだった。《「ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」―─言葉が出ませんでした》 電流で病巣を焼くラジオ波焼灼術の専門医や、陽子線治療の施設も訪ねたが、いずれも「胆管がんにこの治療法は不適応」の一言で“お見合い”は失敗した。 気づけば秋も深まる10月末。最後の望みを持って訪れたのは、都内のはずれにある大学病院だった。肝臓がんの腹腔鏡手術のパイオニアであるK教授に、川島は率直な意見を求めた。《現れた消化器外科のK先生は物腰柔らかそうな初老の紳士。「データはすでに拝見していますよ」穏やかな声に、緊張が解けていきます。そして実に丁寧に、いろんな可能性を示唆してくれました(中略)。こちらの不安を包み込んでくれるような聞き方、話し方。医者とはこうあるべきではと思うのです》 5人の医師を訪れた川島が、初めて素直に心を開くことができたのがK教授だった。彼女はこの先生に命を預けることを決心。2014年1月、同病院で腹腔鏡手術を受けた。がん告知から5か月。当初1.7cmだった腫瘍は、すでに3cmにまで成長していた。 12時間にわたる手術を経て退院した川島は、これまでの“がん活”からわかった「“迷医”の見分け方」「病院選び」についてこう説いている。【1】患者の目を見ない医師 カルテとパソコンばかりを見ながら話す医師は要注意。《十把一絡げで患者の心に寄り添ってくれない》【2】患者ではなく自分の利益を考える医師 やたらと最新治療を薦める医師には、なぜその治療が良いのか詳細な説明を求めた方が良い。患者よりも研究欲が勝っている可能性がある。【3】病気になっても病人にはなるな 病は気から。待合室を見て、病院特有の“負のオーラ”が蔓延しているところは避ける。《清潔で明るい病院なら、例え入院しても気持ちで負けてしまうことはありません》※女性セブン2015年12月24日号
2015.12.12 07:00
女性セブン
がん発覚直後の川島なお美 東洋医学に関する本を大量に読む
がん発覚直後の川島なお美 東洋医学に関する本を大量に読む
 9月に胆管がんで亡くなった川島なお美さんの手記が出版された。生前綴られたその闘病記には、「絶対に自分で治す」という強い覚悟が焼きついていた。がんの告知から2年。膨大な書物でがんを学び、セカンドオピニオンに東奔西走し、夫への愛と感謝を持って最後まで諦めずに生きた「女優・川島なお美」の素顔がそこにあった──。『カーテンコール』(新潮社)と題されたその手記には、2013年8月に胆管がんを告知されて以降の闘病生活が克明に記されていた。 それまでの人間ドックの結果は健康そのもの。予兆もなく、突然の医師の宣告に川島は取り乱した。《頭は真っ白、心臓はバクバク、手は震え、ドクターの声は次第に遠ざかる(中略)。なぜ自分が? なぜそこの部位に? そんなに強くないお酒を、長年にわたって嗜んできたから? 仕事が過密すぎたから?》(『カーテンコール』より。以下《》内は同じ) 腫瘍が良性であるわずかな可能性を信じて、川島はハワイに飛んだ。当たると評判の現地霊能者に占ってもらった結果、腫瘍は良性だとお墨付きをもらう。 帰国後、ドイツ製の機械を使って生命エネルギーを測定する『波動テスト』を受けたところ、《何度テストしても、胆管にできた腫瘍はがんではない、という診断でした》。 精密検査の結果、悪性腫瘍であることが確定した川島だが、手術は拒否した。「舞台を控える川島さんは、体にメスを入れることだけはできなかったんです。“自分で作った腫瘍は自分で治す”と言って、東洋医学や代謝療法に関する本を大量に読んでいました」(川島の知人) 元来スピリチュアル信仰に篤い川島は、現代医学から離れ、純金の棒で全身をこすって邪気を払う『ごしんじょう療法』に救いを求めた。『がん放置療法』にも感銘を受け、反手術・反化学治療の立場を強める川島だが、そんな彼女を夫・鎧塚俊彦氏はいさめた。「西洋医学を一方的に否定する態度を見かねて、“幅広く反対側の意見も聞かなきゃダメだ!”と説得したそうです」(川島の知人) しぶしぶ納得した川島は以後、カルテを持参し、セカンドオピニオンを求め歩いた。《まるでドクターとのお見合いに奔走しているかのようでした。命を預けられる人を見つけるのは、生涯の伴侶に出会うくらい大切なことです》※女性セブン2015年12月24日号
2015.12.10 16:00
女性セブン
手術は再発の原因か 川島なお美「がん治療」で論争【前編】
手術は再発の原因か 川島なお美「がん治療」で論争【前編】
 年間1.8万人の死者を出し、日本人のがん死亡数の第6位に位置する「胆管がん」。今年9月、激やせの末に亡くなった川島なお美さんを襲ったのもこの病だった。今、彼女の胆管がんの「最善の治療法」がどこにあったのかを巡り、有名医師が激論を交している。手術回避か、即メスを入れるべきだったのか。どんなに議論をつくしても彼女が帰ってくるわけではないが、2人の医師の主張から、がん治療の難しい現実が見えてくる──。 川島なお美(享年54)が胆管がんで亡くなってひと月あまり。都心の高級マンションに残された夫の鎧塚俊彦氏(50才)は計り知れない喪失感を抱えながら、ようやく前を向き始めている。「先日、すれ違ったら“その節はさまざまなご配慮ありがとうございました”と丁寧に挨拶されました。毎朝きちんと出勤されていますし、少しずつですが以前の日常が戻りつつあるようです」(近隣住民) しかし、四十九日を目前に控えた今、泉下の川島も穏やかではない議論が起きている。 発端は『文藝春秋』11月号だった。「手術も抗がん剤も患者には有害である」とする“がん放置療法”で知られる近藤誠医師が登場し、川島が2年前に近藤医師の外来を訪れ、がん治療のセカンドオピニオンを受けていたことを告白。近藤医師は川島に外科手術の無意味さを説き、別の治療法を提案したと明かした。 女性セブンの取材に応じた近藤医師は、改めて当時の川島とのやりとりを説明する。最初にコンタクトがあったのは2013年8月29日。「鎧塚なお美」の名でメールが届き、2週間後に川島本人が都心の近藤医師のセカンドオピニオン外来を訪れたという。「お一人で来られました。白いワンピースにつばの広いおしゃれな帽子をかぶっておられてね。実に凜として、落ち着いていました」(近藤医師) 川島は8月中旬の人間ドックで肝臓に影が映り、その後のMRI検査で胆管がんと診断されたと説明した。「彼女が持参した検査画像を見るとがんの病巣は2cmほどでした。その時点で転移は確認できませんでしたが、胆管がんは予後の悪いがんのひとつです。肝臓の中を這うように広がっていることが多く、いずれ転移が発覚する可能性が高かった」(近藤医師) 診察時、川島はミュージカルの舞台を優先するため、体にメスを入れることは避けたいと訴えたという。 川島の意志を汲むように、近藤医師は手術の回避を提案した。理由についてこう語る。「直径2cmのがんの中には、80億個のがん細胞が詰まっています。実測データとして、転移能力のあるがんかどうかは、病巣が1ミリ以下(がん細胞100万個)の時点で決まっています。川島さんのがんがあの時点で転移していなければ、それは転移能力がない“がんもどき”であり、放置してもいい。逆に転移していれば肝臓の切除術をしても再発するので意味はない。いずれにせよ、手術は無駄なんです」 むしろ、手術自体が転移を加速させ、再発を早める危険性を持っているのだという。「メスを入れた正常組織にがん細胞が集まり、暴れることが多いんです。また、初発病巣を手術で取り除くと、潜んでいた転移巣が急激に増殖するケースも多々ある。“このまま放っておいても1年で死ぬことはない。1年以内で死ぬとすれば、手術や抗がん剤治療を受けた場合です”と伝えました。抗がん剤は胆管がんには効かず、副作用しかありませんからね」(近藤医師) 手術に代わる治療法として近藤医師は、病巣を焼き尽くす「ラジオ波焼灼術」を提案。この施術は放射線治療よりも効果が期待でき、正常組織にメスを入れる手術と違ってがん細胞も集まらないという。「主治医に相談してみます」 川島はそう言って外来を後にした。 しかし、結果として川島は、近藤医師の元を訪れた4か月後の昨年1月に摘出手術を受けた。 主治医との間で如何なる話し合いがもたれたかは明らかではないが、半年後の7月にがんは再発。その後、川島は抗がん剤治療や放射線治療を拒否し、激痩せした姿が話題となった。 近藤医師が続ける。「わずか半年で再発したのは、手術が原因だったからと考えられます。手術を受けなければ、今も生きていた可能性がある。ただ、体に毒である抗がん剤治療を拒否したのは立派でした。抗がん剤を使っていたら、死の1週間前まで舞台に立つことは叶わなかったでしょう」(後編へ続く)※女性セブン2015年11月19日号
2015.11.06 07:00
女性セブン
亡妻の下着、捨てるか残すか 処分しないと再婚できない例も
亡妻の下着、捨てるか残すか 処分しないと再婚できない例も
 9月24日に亡くなった女優・川島なお美さんの夫・鎧塚俊彦氏は、死の前日まで夫の誕生会を密かに計画していたことを妻の携帯電話を見て初めて知り、〈遺品を整理していて妻の愛情を改めて感じる事の連続で涙が止まりません〉とフェイスブックに綴った。  遺品整理とは、ただ形見を処分することではなく、残された者が故人との別れを受け止め、前を向いて歩き出すための儀式のようなもの。しかし、3年前に4歳下の妻を亡くした70歳の男性は、「いまだに“あれ”だけは捨てられない」と嘆く。 「指輪やネックレスなど貴金属や衣服などは、娘や親戚の女性に形見分けしましたが、妻の下着だけはまだタンスに入っています。肌身に着けたブラジャーやパンティには妻の匂いがかすかに残っているし、妻の下着姿は自分しか見ることができなかったという特別な思いもある。下着を見ればベッドでの楽しかった時間も甦ってくる。下着を失うと妻との思い出が消えてしまいそうで、とてもじゃないが処分できません」  古希を迎えた男が女の下着にしがみつくなんて──とは笑えない。妻を亡くした夫の悲しみとはそれだけ深いのだ。遺品整理士認定協会理事長の木村榮治氏が語る。 「私自身も、4年前に亡くなった父が寝巻に使っていた浴衣だけはいまだに処分できていません。頻繁に身につけていたものを捨てる気になれないのは当然です。遺品整理の依頼者の中には、『思い出を忘れたくないから』といって亡き妻の衣類や下着だけ処分しなかった男性もいました」  もちろん、下着は場所をとるものではないので処分しなくても支障はない。「遺品整理の埼玉中央」代表取締役の内藤久氏がいう。 「2人暮らしや家族と同居する夫婦の場合、妻が亡くなっても夫はその家に住み続けることができるので、遺品整理をしないままの場合も多いんです。ご主人が意を決して奥様の衣類や下着を捨てようとすると、息子さんが躊躇することもあります。やはり母親が身につけていたものへの思いは特別なのかもしれません」 とはいえ、いつまでも遺品整理をしないと“再出発”の妨げになる。 「男性の場合は奧さんを亡くされて再婚を考えたり、お付き合いをする女性を探したりすることが多い。妻の遺品整理をしないままだと相手の女性が交際や結婚をためらってしまうので、人生の次の一歩を踏み出せません」(木村氏)  66歳の男性は、妻の「下着整理」をやり遂げて再婚を果たした。 「妻の死から1年間は、妻を思い出しては一人で泣いていました。もちろん遺品はそのまま。しかし独り身の寂しさに耐えきれず、熟年向けの婚活パーティで出会った5歳下の未亡人と交際を始めました。 ある日、私の自宅に遊びに来た彼女が、タンスの引き出しを開けて妻の下着を見てしまったんです。彼女は『奧さんを忘れられないなら私なんか必要ないでしょ』と大泣き。それを機に遺品をすべて処分し、彼女と再婚しました。亡き妻には『ごめんな』と胸の中で手を合わせました」  木村氏によると、「妻の遺品を処分できない夫は3割いるが、夫の遺品を処分できない妻は1割以下」だという。もし妻に先立たれたら、あなたはどうしますか?※週刊ポスト2015年11月6日号
2015.10.30 07:00
週刊ポスト
死別した妻が美人であればあるほど男性は再婚できぬ確率上昇
死別した妻が美人であればあるほど男性は再婚できぬ確率上昇
 胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)は、昨年1月の手術前夜、夫の鎧塚俊彦氏(49)に「一緒のお墓に入りたいから、できれば再婚しないでね」という遺書を綴ったとテレビ番組で明かしていた。受け止め方はさまざまだろうが、妻と死別した男性が悲しみを乗り越え、次のステップを踏み出すまでに要する時間は意外と長くない。2~3年で再婚を考えるケースも少なくないという。 気になるのは、再婚相手となる女性が“死別”をどう受け止めるかだ。場合によっては、離婚以上に“元妻への未練”を感じてしまっても不思議はない。結婚相談所サンマリエの担当者がいう。「お見合いをされる際に、女性のほうがそのことを気にされているような場合は、男性の方に“女性に安心していただけるように、ご自身でお話しされてみてはいかがですか”とアドバイスさせていただいています」 だが、いざ再婚した後も、死別した元妻の“存在”が見えない壁になるケースも少なくないようだ。夫婦・家族問題評論家の池内ひろ美氏が話す。「“前の奥さんの写真を全部片づけてほしい”“仏壇があるのは嫌”と言い出す女性もいます。そうなると、せっかく再婚しても、うまくいかなくなってしまいます」 一方、妻との死別後、再婚できない男性には次のような特徴があるという。熟年パーティを主催する三幸倶楽部代表・越川玄氏の話。「亡くなった奥さんが美人であればあるほど、再婚できない確率は高くなります。後妻を選ぶ際のハードルが高くなり、なかなか再婚に踏み切れない。なかには亡くなった美人妻の写真を常に持ち歩いている人もいますが、それでは再婚相手を見つけるのは難しいですね。お墓参りを毎日欠かさないという人も、元妻への未練からか交際相手とうまくいかなくなるようです」 老後を亡き妻との思い出に浸って独りで生きていく――そう決意しても、独身のまま高齢を迎えれば「下流老人」に陥る可能性が高くなる。『下流老人』(朝日新書)著者でNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏が語る。「下流老人の共通点は【1】収入が少ない、【2】十分な貯蓄がない、【3】頼れる人間がいない、の3点です。妻を亡くした男性は受け取れる年金が一人分になり、しかも妻の闘病で医療費がかさんで老後資金が目減りしている可能性が高い。人間関係でも、妻が保っていた近所のコミュニティとの接点が失われ、孤立してしまう人が多いのです。熟年離婚などと同様、死別も下流に落ち込むきっかけになる」 再婚しても、独身を貫いても、妻を亡くしたことで降りかかる困難は避けられない。だからこそ、今そばにいる妻を今まで以上に愛し、いたわる──それが夫の務めなのだろう。※週刊ポスト2015年10月16・23日号
2015.10.08 16:00
週刊ポスト
妻と死別した男性 2~3年で新たなパートナーを探す例が多い
妻と死別した男性 2~3年で新たなパートナーを探す例が多い
 胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)は、昨年1月の手術前夜、夫の鎧塚俊彦氏(49)に「一緒のお墓に入りたいから、できれば再婚しないでね」という遺書を綴ったとテレビ番組で明かしていた。手術が成功したためその遺書は破棄されたが、川島さんの急逝後にそのことが報じられると、夫への深い愛情を感じさせる逸話として国民の涙を誘った。 しかし、もし自分が妻から同じ遺言を受け取ったとしたら、あなたはどう思うだろうか。地方銀行に勤務するA氏(53)は、3年前に妻を大腸がんで亡くした。1年間の闘病生活の末、A氏と高校生になる2人の子供を残して妻は逝った。「妻は死に際に『パパ、私が死んでも楽しく過ごしてね。子供のこともお願いね』と言って旅立っていきました。その時点で、再婚する未来を考えなかったといったらウソになりますね。もちろん妻のことは心から愛していましたが、この先子供たちが独立して、ずっと独り身というのは寂しい気がして……。 もし妻に『再婚しないで』と言われていたら、やましい想像を見透かされたみたいでゾッとしただろうし、のちのち苦しんだかもしれません」(A氏) 最近になって、新しいパートナーを探すべく婚活を始めたA氏は、こうも語る。「妻の遺言が背中を押してくれました」 中高年の再婚・結婚相談所「M’sブライダルジャパン」の宮崎央至代表によれば、妻と死別した男性が悲しみを乗り越え、次のステップを踏み出すまでに要する時間は意外と長くないという。「非常に落ち込んでいた方でも、2~3年経てば新しいお相手を探し始めるようです。なかには一周忌を待たずに入会される方もいます。仲良くされている夫婦を見たり、同窓会に出席した時などに“自分だけ独り身というのは寂しいかな”と感じられるようですね。毎年、夫婦で海外旅行に行っていた70代の男性が、“同じように一緒に旅行に行ける女性を探してほしい”と入会されるケースもありました」 結婚相談所サンマリエに取材しても、やはり「2~3年」という答えが返ってきた。「その間に自分で家事などもできるようになり、次第に生活が落ち着いてくる。その段階になると、前を向いて今後のことを考え始められるようになるのでしょう」(担当者) 結婚相談所の男性会員の中で死別経験がある人は約1割だという。前出・宮崎代表によれば、結婚・再婚活動をする中高年男性のなかでも、妻と死別した人の再婚率は高いという。「死別の方は積極的にお見合いもされますし、1年か1年半といった早い期間でまとまるケースが多い。やはり急に欠けてしまった部分をなんとか埋め合わせたいという気持ちが、未婚男性に比べて大きいのかもしれません」※週刊ポスト2015年10月16・23日号
2015.10.07 07:00
週刊ポスト

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