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田中好子、越路吹雪、淡路恵子が人生の最期に遺した言葉とは

2015.10.05 16:00

 9月24日に胆管がんのため亡くなった川島なお美さん(享年54)が、夫でパティシエの鎧塚俊彦氏(49才)に「一緒にお墓に入りたいからできれば再婚しないでね」と遺した言葉が話題だ。一般には、夫より自分が先に旅立つ場合、「再婚して幸せになってほ

 9月24日に胆管がんのため亡くなった川島なお美さん(享年54)が、夫でパティシエの鎧塚俊彦氏(49才)に「一緒にお墓に入りたいからできれば再婚しないでね」と遺した言葉が話題だ。一般には、夫より自分が先に旅立つ場合、「再婚して幸せになってほしい」と伝える妻が少なくないなか、この遺言の内容には賛否両論が巻き起こった。

 遺言を見れば、その人がどのような信念を持って生き、どのような思いで大切な人と接してきたかがよくわかる。川島さんのように、印象深い遺言を残した女性著名人たちは数知れない。今も記憶に残る女性たちの遺言を振り返る。

◆田中好子さん(享年55)
「もっともっと女優を続けたかった」

 キャンディーズ解散後、3人のなかでいちばん早く芸能界復帰。骨肉腫で闘病中だった弟が「ぼくはテレビに出ているお姉ちゃんが好き」と話していたからだった。実業家の小達一雄氏と結婚してからは、子供を切望しながらも、乳がん発症。抗がん剤治療でかつら着用を余儀なくされるも、仕事を愛し、“日本のお母さん”と呼ばれた。

 2011年4月21日死去。亡くなる23日前に、病室でメッセージを録音し、女優業への尽きぬ思いを明かした。さらに、義妹・夏目雅子さんが急性骨髄性白血病のため1985年に27才で亡くなった後、基金が設立されたことに影響を受け、自身も社会貢献を望んだ。そして、「田中好子“いつもいっしょだよ”基金」が設立された。

◆越路吹雪さん(享年56)
「いっぱい恋をしたし、おいしいものを食べたし、歌も歌ったし、もういいわ」

 戦中から戦後は宝塚男役スターとして活躍。1951年に退団した後は、歌手としてシャンソンを多くカバーし、「日本のシャンソンの女王」と呼ばれた。独身時代は恋多き女といわれ、作家・三島由紀夫の恋人として取り沙汰されたこともある。作曲家の内藤法美氏と結婚後は、内藤氏が越路さんのショーの構成や作曲などを手がけ、越路さんが亡くなるまで連れ添った。1980年11月7日、胃がんのため56才で死去。

◆淡路恵子さん(享年80)
「私が死んだ時は、普通の葬式は絶対にイヤ。内容はあんた(=長男で俳優の島英津夫)に任せるから、カッコいい葬式で送ってほしいの。一つだけ、絶対にコーちゃん(越路吹雪)の歌は流してよ」

 1950年、松竹歌劇団に入団し、草笛光子らと組み、人気を博した。テレビドラマ、海外映画など、活躍の場は広かった。越路さんとは、ドラマ『男嫌い』で四姉妹役で共演してからの大親友。越路さんが亡くなった際には死化粧を施した。13億円を超える借金返済、病、不倫、2度の結婚…私生活は決して平坦な道のりではなかった。

 4人の子供に恵まれたが、三男を交通事故、四男を自殺で失う。それでも凜とした不屈の姿勢を貫いた。淡路さんの葬儀では、越路さんが歌う『ラストダンスは私に』が大音量で流れた。2014年1月11日、食道がんのため80 才で死去。

※女性セブン2015年10月15日号

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