釜本邦茂一覧

【釜本邦茂】に関するニュースを集めたページです。

安全運転をアシストしてくれる「ベンツ」
78歳の釜本邦茂氏が考える免許返納「ハンドルを置く時期は自分で決めたい」
 5月13日から75歳以上のドライバーの免許更新に新たに「運転技能検査」が加わった。「認知機能検査」を受ける義務もあり、免許更新のハードルが上がっている。警察庁が「免許返納」を勧めている流れもあり、最近では、西川きよし(75)や二之湯智・国家公安委員長(77)など有名人の免許返納が相次いでいる。一方で「それでも免許は返納したくない」という人たちもいる。サッカー解説者・釜本邦茂氏(78)に聞いた。 * * * 同世代の人と比べて運転には自信があり、今も毎日ハンドルを握っています。自分ではまだまだ若いと思うが、それでも歳を重ねるとだんだん運転が横着になるというか、反応が遅くなっているようです。 70歳を過ぎた頃から家内や子供に「夜は運転しないように」と言われ、その頃は「年寄り扱いするな」と思っていましたが、高速道路を運転中にトンネルに入った時、急に前が見えにくくなりヒヤッとしたことがありました。そこで暗いと見えにくくなったことを自覚し、以降は夜の運転を控えるようになりました。 今は自分の中でルールを作り、自宅から事務所まで通勤する際は朝の通勤ラッシュを避けて遅く出発し、陽が高いうちに帰宅するようにしています。長距離の運転もできるだけ避け、家の近所や事務所までの慣れた道だけ走るようになりました。 弁護士になった孫娘がうるさいんですよ。仕事柄、高齢者の交通事故の実態を見ることが多いそうで、「できるだけ早く返納して」と言われ続けています。家内や子供に言われると反発したくなるが、孫に言われると素直に聞いてしまう。とはいえ、生活の一部だった車の運転はまだまだやめたくないので、免許返納ではなく、“自粛”ということにしています。 ただ、更新時の75歳の高齢者講習の認知機能検査はあんなに厳しくする必要があるのか。技能試験だけで十分なはずなのに、まるで年寄りに運転を諦めさせるための試験のようにも見える。高齢者もいろいろ考えているし、ハンドルを置く時期も自分で決めたい。それを理解してもらい、廃止してほしいですね。※週刊ポスト2022年6月3日号
2022.05.29 19:00
週刊ポスト
テレビの買い替えがきっかけでYouTubeにハマってしまったという釜本邦茂氏
釜本邦茂氏 YouTubeで37年前の自分の引退試合を見つけて感激する
 YouTubeはもはやテレビを凌駕したと言っても過言ではない。つい1か月前までYouTubeを観たことがなかったが、テレビの買い替えをきっかけにハマってしまったというのが元サッカー協会副会長の釜本邦茂さん(77)。「東京五輪のために購入したテレビだったのに、結局YouTubeを観ていることのほうが多かったですね(笑)。最近のテレビはリモコンにYouTube用のボタンがあって、ワンタッチで簡単に観られる。37年前の自分の引退試合の動画を見つけたときは、感激しました」 最も好きなチャンネルについてはこう言う。「松平健さんの『マツケンTube』です。健さんが料理や歌などに挑戦するチャンネルで、時代劇の健さんと違う顔を見られる。『上様に100質問!』という回では、健さんがスタッフの質問に赤裸々に答えるんですが、好きな漫画が“サザエさん”だったり、欲しい道具が“どこでもドア”だったりしたのには思わず笑ってしまった(笑)」『マツケンTube』開設年月/2020年7月 登録者数/8万6700人 公開動画本数/45本『暴れん坊将軍』のテーマに松平さんが「夢 夢 ドリーム~」と歌詞をつけ、大真面目な顔で歌って踊る動画などもあり、「上様万歳!」といった温かなコメントが多数寄せられている。※週刊ポスト2021年9月10日号
2021.08.31 19:00
週刊ポスト
各界の著名人は自身の最期をどう考える(写真は作家の呉智英氏)
呉智英氏、高田明氏、釜本邦茂氏が語る「理想の死」と「避けたい最期」
【NEWSポストセブンプレミアム記事】 自らの死、身近な人の死に深くかかわることだからこそ、安楽死、尊厳死には賛否がある。近年は「自らの死に方を自由に決める」ということを権利と捉えるような議論も登場している。“決断”が必要な局面に備えて、一人ひとりが自分の考えを持つことも重要だ。各界の著名人はどう考えるか。意見を聞いた。気持ちよく逝きたい「重病になって苦しむのは嫌ですね。糖尿を患い、肺炎も併発したのに、医学の進歩で死ねなかった母は、最後の1年はずっと“早く死にたい”と言っていた。安楽死も尊厳死も賛成です」 そう断言するのは、評論家で作家の呉智英氏(74)。日本では安楽死は違法、尊厳死はグレーとされるが、呉氏は、「2つに違いはあるのでしょうか」と問いを投げかける。「安楽死と尊厳死、または単なる自殺の場合でも、その線引きは難しい。たとえば、20歳の若者が人生をはかなんで死を望むことと、80歳で老い先が短く治る見込みのない病気を患った人が死を望むことに、どこまでの違いがあるのでしょうか。 もちろん、20歳の若者が失恋して自殺を望んでいれば『やめなさい』と止めるに決まっていますが、30歳で難病を患っている場合はどうなるのか。線引きをしようとすると、結論が出なくなる。私としてはそこを厳密にせず、安楽死も尊厳死も認めるのがいいと考えます」 呉氏の母親は、亡くなる半年前に発症した肺炎から回復した後、何度も「あの時に死ねばよかった」と話していたという。「なかなか『そうだね』とは言えませんよね(苦笑)。でも、もう糖尿で足の骨が露出しかけて、痛いし、苦しい。尊厳死にできたら良かったのかなと思います。一方で、医学的にどうやるのかの問題はある。麻薬のようなもので、意識レベルを下げていくことになるのか。とにかく、気持ちよく死んでいくのがいいって思うね」「まだ死ねない」という思いも 明確に賛成という意見もあれば、「まだ決められない」という声もある。通信販売大手「ジャパネットたかた」の創業者で実業家の高田明氏(72)だ。「私はある時期から、『117歳まで生きる』と言ってきました。『今を生きる』ということを信条にやってきて、安楽死や尊厳死について『答えを出すのは、時期尚早』というのが、今の私の考えです」 70歳を過ぎて、周りの友人が亡くなることも増えたが、それでもまだ「答えを出す時ではない」と考えているという。「(東大名誉教授の)姜尚中さんが『長崎新聞(5月27日付「コトノハとの出会い」)』に寄せた原稿に、〈全てのわざには時がある。(中略)あらゆる物事には起こるべきタイミングがある。この10年で僕も変わりました。時が熟成して初めて分かることがある〉 と書かれていました。『全てのわざには時がある』とは旧約聖書の一節だそうですが、いつか私も安楽死や尊厳死と向き合う時が来るのだと思います。その時に考えればいい、という思いです」 ただ、年齢を重ね、「死について考えるようになった」とも語る。「死というものに縁遠かった60代から、70代になった今、心身ともに衰える部分はあるわけで、だんだんと“考えないといけないのかな”と思うようにもなりました。 仲間と死に際について話す時も、60代の頃は『管を20本つないでも生きる』と言っていましたが、今は『10本くらいでもいいかな?』と、言うようになった。それが80歳になったら“5本でいいか、3本でもいいか”となるのかもしれません。もちろん、“やっぱり、管を20本つなぐ”と言うかもしれませんが(笑い)」 その上で、こんなふうに締めくくった。「安楽死と尊厳死についての考えは、自分の年齢や心身の状態だけではなく、周りの環境によっても変化すると思います。 安楽死を否定はしませんが、死というのは自分だけのものではない。『家族のためにまだ死ねない』ということもあり得るでしょう。“周りに対する責任を果たせた”“自分の役割は終えた”と思って死にたいですね」もし、家族が死を望んだら…「自分の最期は安楽死でもいいけど、家族が重病の時に死なせる決断ができるかといったら、それはできない」 そう語るのは、元日本サッカー協会副会長の釜本邦茂氏(77)だ。この問題を考える時、“家族が苦しんでいたらどうするか”という視点も重要だ。 理想の最期を「両親のような逝き方」だと言う釜本氏は、2003年、2004年と、続けて両親を見送った。90歳で他界した母、95歳で亡くなった父ともに、「誰にも迷惑をかけない最期」だったと振り返る。「死に目には会えませんでしたが、両親の逝き方が僕の理想。母は自宅の布団で眠るような最期を迎え、先に母を亡くした父は、老人ホームに入居した1年後に逝きました。2人とも最後まで認知症もなく、身の回りのことも自分でできた。あんな最期を迎えたいと思います」 そうした両親の最期を手本とする釜本氏は、「家族に迷惑をかけたくないから、安楽死と尊厳死に賛成」の立場を取る。法整備も進めたほうがいいと考えている。 ただ、「あくまでそれは選択肢のひとつ」とも強調する。「知人のなかには過剰にも思える延命治療を受けている人がいる。その家族はやはり、看護や介護で大変な思いをしています。そういう状況を見ると、自分が周りに迷惑をかけないためには、尊厳死はもちろん、安楽死でもいいと思っています。 けれども、家内や子供たちが生死の境にいるような事態になったら、一日でも長く生きてほしいと願うでしょう。今回の取材に答えるにあたって家内に聞いたら、『家族には(安楽死の判断を)できない』と、私と同じことを言っていました」 家族が安楽死や尊厳死を望んでいたら、その考えを支持できるのか──。 死は当人だけの問題ではなく、残された人たちの問題でもある。そのため、「元気なうちから家族で話し合っておくことが大切になるでしょうし、さらには、本人の意思を書面で確認できるケースに限るといったルール作りが必要ではないでしょうか」と、釜本氏は言う。「制度の整備を進めるなら、70歳の誕生日を迎えた時点で安楽死や尊厳死、延命治療についての自分の意思を役所に届け出るといった仕組みがあったほうがいいのではないか。考えが変わったら更新すればいい。 認知症になったら、本人の意思が確認できないケースもあるから、書面のかたちで家族が確認できるようにしておくのです。安楽死や尊厳死を認めるなら、残された家族が判断に苦しむことのないような仕組みづくりが重要だと思っています」認知症になったとしても「父は、尊厳死については明確に賛成しています」 そう語るのは、認知症研究の第一人者であり、自身が認知症を患っていることを公表している長谷川和夫氏(92)の長女、南高まり氏(58)だ。「父は1995年に、母と一緒に『日本尊厳死協会』に入会しました。クリスチャンである父はよく『生かされている』という言葉を使います。それは、人間は『人に支えられて生かされ、また、神に生かされている』という意味です。 病気やケガなどで回復の見込みがない場合に点滴やチューブでつながれて“ただ生かされる”、そうした自分の意志が届かない状態は望まないと父は話します」 2017年に「嗜銀顆粒性認知症」と診断された長谷川氏は、尊厳死を望む意思をどのように表明しているのだろうか。「2013年、父がまだ現役だった頃、尊厳死の宣言書と、『事前願い』として亡くなった時に連絡してもらいたい宛先や葬儀に関する要望が書かれた手紙を預かりました。何かあった時はこの通りにしてくれ、ということです」 どんな死に方を望むか──本人にも、家族や周りの人間にとっても重大な判断となる。だからこそ、自分の意思の伝え方について、一人ひとりが考えることが重要になる。※週刊ポスト2021年6月18・25日号
2021.06.08 11:00
週刊ポスト
「おひとりさま」にはどんな問題が?(イメージ)
妻に先立たれた高齢男性を待つ「家事もできない、友達もいない」悲劇
 人生の後半戦の正念場のひとつが「親の死」だ。父や母が亡くなった後、悲しむ間もなく、待ち受けるのが「おひとりさま」になった親を巡る問題である。父の死後、「女は強し」を肌で感じたと語るのは、関西大学名誉教授の宮本勝浩氏(76)だ。「親父が亡くなった後も母は雑貨屋をひとりで切り盛りして89歳まで働き、96歳の今も元気です。女性は食事の支度も自分でできるし、近所付き合いも多い。母は胃がんの手術をした時だけ我が家で暮らしたが、2~3か月して元気になると、ひとりで生活したいと田舎に戻っていきました。子供の家だと気も遣うし、近所には知らない人ばかりで面白くなかったみたいです」 家事をしていなかった男性はそうはいかない。都内の40代男性が語る。「母が亡くなって、父はみるみる体力がなくなっていった。家に閉じこもり、外出に誘っても『身体がキツイ』と動こうとしなかった。一日中、黙ってテレビを見る生活が半年続き、母を追うように息を引き取りました」 都内の50代会社員もため息交じりに語る。「母の死後、残された78歳の父は料理は全くせず、お湯を沸かすぐらい。それも火を使うと危ないので兄弟でお金を出し合い、台所をオール電化にリフォームしました。ところが父は母の死とともに生きる希望をなくしたようで、食事が喉を通らなくなり、リフォームした台所もほとんど使わず半年ほどで亡くなりました」 淑徳大学社会福祉学科教授の結城康博氏が話す。「女性は夫が死んでも女同士のコミュニティで元気になる例が多い。注意すべきは妻に先立たれた男性で、特に老夫婦ふたりで生活していた場合、それまで助け合っていた買い物や家事などをこなせなくなり、生活のサポートが必要になることがよくあります」 日本サッカー協会元副会長の釜本邦茂氏(76)も「妻なしでは生活できない」と自嘲気味に語る。「僕が自宅でやるのは、妻より先に起きて、植木に水をやって新聞を取るくらい。台所でできるのは水割りの氷をグラスに入れることだけ(苦笑)。食事の準備は全然ダメで、家のどこに何があるかも全くわからない。僕ひとりで生きぬくことはムリだね」 身につまされる男性は多いだろうが、残された父親のサポートを担う子供も楽ではない。ファイナンシャルプランナーの小谷晴美氏が語る。「熊本に住む知人の女性は毎日往復2時間かけてひとり暮らしの父親のもとに通い、“仕事”のように食事の支度をしています。『かわいそうで見ていられない』と、身を削って父親を世話する女性はたくさんいますね」※週刊ポスト2021年4月16・23日号
2021.04.13 07:00
週刊ポスト
2001年に参議院議員となった大仁田厚氏
醜聞多いアスリート政治家 釜本氏は「目立つから騒ぎになりやすい」
 東京五輪組織委員会の新会長に就任した橋本聖子・参議院議員。五輪出場経験の豊富さゆえに適任だという声がある一方、ただのお飾りだという意見もある。 賛否の声は、「アスリート政治家」そのものへの評価とも重なる。 橋本氏をはじめ、プロレスの馳浩・元文科大臣、スピードスケートの堀井学・衆院議員、プロ野球の石井浩郎・参院議員など、自民党を中心に政界には多彩なアスリート政治家がいるが、彼らがアスリート時代の実績に比べて政界で活躍したとは言いがたい。 また、アスリート議員には、スキャンダルで話題を提供する人物が多い印象が強い。 橋本氏のセクハラ問題が蒸し返されているが、遡れば1995年にはアントニオ猪木氏が第一公設秘書や前幹事長らに、政治資金規正法違反や女性問題などを告発されており、“ヤワラちゃん”こと谷亮子氏も2015年の収支報告書に記載した人件費のほとんどが政治活動の実態のない父に給料として支払われていたことが発覚。政治資金規正法違反の疑惑が浮上した。 2020年4月には馳氏が虐待や性暴力の被害に遭った10代女性の支援団体を視察した際に、セクハラ行為があったと指摘され、謝罪している。 その背景を、橋本氏と同期当選の元参院議員、釜本邦茂氏が明かす。「政治の世界はスポーツのようにみんなが一丸となって優勝を目指すとかじゃなく、隙あらば足を引っ張ってやろうという世界ですからね。もちろん、悪いことは叩かれても仕方ないが、特にアスリート議員は目立つから、騒ぎになりやすい。 橋本さんでなくても、重要なポストを引き受ければ、過去のスキャンダルが掘り出されますよ。今考えると、その辺りの認識が甘かったのかもしれないけどね。 いまだにアスリート議員とかいわれていますが、橋本さんはベストの選択だったと思いますよ。コロナ禍での五輪開催ではいろんな判断をするうえで政界とのパイプも必要です」 軽く見られてきたアスリート出身政治家の実力が試される局面だ。※週刊ポスト2021年3月12日号
2021.03.05 07:00
週刊ポスト
ナイトスクープ初代局長・上岡龍太郎が激怒して帰った事件
ナイトスクープ初代局長・上岡龍太郎が激怒して帰った事件
 新型コロナの暗い話題なんて「笑い」で吹き飛ばしてしまいたい──しかし、各局のバラエティ番組は軒並み収録中止となり、過去の総集編を流す状態が続いている。こんな時に懐かしくなるのは、お笑いの本場・関西発の「伝説のバラエティ番組」だ。 関西在住で、日本サッカー協会元副会長の釜本邦茂氏(76)が「昔からファンです」と挙げたのは『探偵!ナイトスクープ』(1988年~、朝日放送)。視聴者の依頼を「探偵」役の芸人が解決する人気番組で、VTRを総括する「局長」役を上岡龍太郎、西田敏行、松本人志と代えて今も続く。釜本氏が熱弁する。「ナイトスクープが面白いのは、くだらない依頼に対して芸人が全力を出して、専門家を巻き込んで真面目に解決しようとするところ。全国でアホ・バカの方言の違いを調べる“アホ・バカの境界線”とか“関西のピアノ会社の宣伝が流れると赤ちゃんが泣き止む”など、突拍子もないテーマほど印象に残っています。 時々、感動する依頼もあって、『23年間も会話がない夫婦』の放送では、子供が生まれてから子供中心となって、放ったらかしにされた父親がすねていたと告白し、23年ぶりのデートで言葉を交わした夫婦のVTRにグッときました」 朝日放送の元プロデューサーで、帝京大学文学部講師の木下浩一氏(53)はこう振り返る。「局長は“最も厳しい視聴者”という位置づけで、中でも上岡さんはとくに厳しかった。探偵にクビを宣言したり、『VTRのレベルが低すぎて話にならん!』と激怒することもあった。初期の『恐怖の幽霊下宿』のVTRでは、自称・霊媒師を呼んで幽霊がいるか聞き込みをしたり、探偵の桂小枝ときん枝が除霊師に扮してふざけたりするだけの内容で、上岡さんは『何の実証もされてないわけでしょ? こんなこと絶対許せません』と激怒して収録中に帰ってしまったこともあった」 それゆえ探偵役の芸人は「3本のVTRのうち、一番面白いと思ってもらえるように」と、力を入れて局長にプレゼンする。「実は、最もよくできたVTRから順番に、実力主義で流しています。面白くない調査が3番目になる。3本とも探偵、ディレクター、スタッフが違うので、各々が最初に流してもらおうと真剣になる」(木下氏)※週刊ポスト2020年6月5日
2020.05.31 07:00
週刊ポスト
頭の付近にボールが飛んでくることもあるが…
少年サッカーのヘディング練習 英では12歳は月5回まで
 世界で活躍するのを夢見てスポーツに打ち込む子どもたちを守るため、大人のルールにはない「禁止事項」が数多く設けられている。野球は成長過程などによって統括する団体が複数あるため、その団体によるルールの違いも存在するが、サッカーは、プロからジュニアまで協会が一本化されている。 U-12の少年サッカーは8人制で、ピッチの広さは半分。選手交代は何度でもできて、一度ベンチに退いた選手も再出場可能など、大人とは異なるが、新たに議論されているのが、“ヘディング規制”だ。 2月24日、イングランドのサッカー協会は、「ヘディングが脳に悪影響を与える可能性がある」として、小学生以下のヘディング練習の禁止を発表した。「昨年10月に英グラスゴー大学が、元プロサッカー選手はパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患で死亡するリスクが3.5倍高いとする研究結果を発表し、それを受けての措置です」(スポーツ紙アマチュアスポーツ担当記者) ガイドラインによると、18歳以下は年代によって規制内容が変わり、7~11歳は練習禁止、12歳は月に1回の練習で5回までとなっている。試合では禁止されていないが、できる限り避けることが推奨されている。 日本ではどうか。元日本サッカー協会副会長で、少年サッカー教室を開催している釜本邦茂氏は現状をこう語る。「日本ではまだそのような考えは議論されていないが、今後は世界的に広がっていく可能性はある。小学生を対象にしたサッカー教室でも、ヘディングについては説明もしますし、実演もします。ただ、子供たちにヘディングの練習はさせません。頭蓋骨が未発達で、首への影響も少なくない。試合中に頭に飛んで来ることはあるので、ケガをしないために教えています」※週刊ポスト2020年3月20日号
2020.03.11 07:00
週刊ポスト
五輪美女の思い出 木原光知子から栗原恵、田中理恵まで
五輪美女の思い出 木原光知子から栗原恵、田中理恵まで
 五輪の記憶は、今でも当時の興奮を呼び起こす。同世代と話せば、話は尽きない。中でも盛り上がるのは、女性アスリートの「美しい思い出」だろう。みんなが心を奪われた日本人五輪ヒロインの歴史を振り返る。 1964年東京五輪では、競泳自由形の木原光知子が「ミミ」という愛称で、一躍アイドルに。サッカー日本代表として同じ東京五輪に出場した釜本邦茂氏が振り返る。「まだ高校生(16歳)で、選手団の中ではとにかく可愛くて目立っていたね」 芥川賞作家の高橋三千綱氏は、飛び込みの選手に目を奪われたという。「ロス五輪(1984年)の馬淵よしのさんはキレイでしたね。当時、コカ・コーラの五輪バージョンのCMにも出演して話題になった。ソウル五輪の浅田雅子さんは、まだ高校生で、その可愛さから“飛び込み界のマドンナ”と呼ばれていました」 ロス五輪では新体操の山崎浩子、ソウル五輪ではソロ・デュエットで銅を獲得したシンクロの小谷実可子も美人アスリートとして評判が高かった。 競泳では、バルセロナ五輪(1992年)とアトランタ五輪(1996年)に出場した自由形の千葉すずが代表格だろう。ジャーナリストの鳥越俊太郎氏はこう語る。「取材をした際の第一印象はシャイで、憂いを帯びた感じがとても美しかった。話を聞いてみると自己主張もするし、芯の強さを持っていた」 近年では、美貌でもスタイルでも海外勢に引けをとらない日本人女子選手が増えている。「北京五輪(2008年)のバレーボール日本代表、栗原恵がとにかく可愛かった。187センチと長身ながらベビーフェイス。困ったような表情もたまらなかったなぁ。“メグカナコンビ”として一緒にブームになった“パワフル・カナ(大山加奈)”ファンも多かったけど、僕は断然“プリンセス・メグ”派です」(59歳会社員)「ロンドン五輪(2012年)の体操選手、田中理恵は子供っぽい海外選手に比べて大人の女性の魅力に溢れていた」(64歳会社員) 東京五輪2020では、どんなアイドル選手が飛び出すか。美女アスリートの活躍にも要注目だ。※週刊ポスト2020年2月21日号
2020.02.16 07:00
週刊ポスト
思い出の五輪美女 クチンスカヤ、ピッチニーニ、コマネチ他
思い出の五輪美女 クチンスカヤ、ピッチニーニ、コマネチ他
 五輪の記憶は、今でも当時の興奮を呼び起こす。同世代と話せば、「金メダルに涙した」「あの速さは異次元だった」と話は尽きない。、女性アスリートの「美しい思い出」も盛り上がる話題だろう。 みんなが心を奪われた五輪ヒロインの歴史を振り返る。「ゴールした直後に恋人に駆け寄ってキス……まるで洗練された映画のワンシーンのようだった。華奢で儚げな顔をした美人だったなぁ」 1964年東京五輪で市川崑監督のもと記録映画の助手を務めた映画監督・山本晋也氏が、今も鮮明に覚えていると語るのは、陸上女子800メートルで金メダルを獲得したイギリスのアン・パッカーだ。「当時の私は女子スポーツ選手に美的なものを求める感覚がまだなかった。だからこそ彼女の女性的な魅力と美しさは衝撃的だった」(山本氏) サッカー日本代表として東京五輪に出場した釜本邦茂氏が振り返る。「忘れられないのは“体操の名花”と言われたチェコの体操選手ベラ・チャスラフスカです。選手村の食堂で本人を見かけた時は、あまりの美しさにしばらく口をポカンと開けたままだった。僕は20歳、彼女は22歳だったけど、大人びていて色気があって、彼女の周辺だけが光り輝いていた」 チャスラフスカは跳馬、平均台、個人総合の3種目で金メダルを獲得した。 1960~70年代の五輪では、旧ソ連や東欧の体操選手たちがその美貌で脚光を浴びた。「私はナタリア・クチンスカヤ派」と語るのは、漫画家のやくみつる氏。メキシコ五輪(1968年)の平均台と団体総合で金を獲り“メキシコの花嫁”と呼ばれた旧ソ連の体操選手だ。「テレビ画面で見て、そのカワイイ顔の虜になり、何十年も経ってから携帯電話が出てきた時には迷うことなくクチンスカヤの画像を待ち受け画面に設定したほどです」 一方、“白い妖精”と讃えられたのが1976年のモントリオール五輪で段違い平行棒、平均台、個人総合で3個の金メダルを獲得したルーマニアのナディア・コマネチだ。「彼女はまだ14歳だったけど、不思議な色香がありました。当時は桜田淳子、山口百恵、森昌子が大人気でしたが、五輪の後は『コマネチに乗り換えた』という同級生が続出した」(61歳自営業) ロス五輪(1984年)では、競泳女子100メートル・200メートルバタフライとメドレーリレーで3冠に輝き“マダム・バタフライ”と呼ばれたアメリカ代表のメアリー・マーハーがアイドル的な人気に。「ふっくらした体型とあどけない童顔がたまらなかった」(55歳会社員)◆付け爪の最速女王 対照的に次のソウル五輪(1988年)では、筋肉美で2人の美女が注目を集めた。一人は自由形を含む競泳3種目で金メダルを獲ったスレンダー美女のジャネット・エバンス。スポーツジャーナリストの生島淳氏が言う。「当時珍しかったショートカットで、クリッとした目が印象的。明るくて、笑顔が魅力的だった」 もう一人は圧倒的な走りで陸上100メートル、200メートル、400メートルリレーの3冠になったアメリカのフローレンス・ジョイナー。付け爪など、ファッションでも注目を浴びた。「筋肉のついた脚線美だけでなく躍動感のある走りが、彼女の美しさにさらに磨きをかけていた」(政治評論家の小林吉弥氏) アトランタ五輪(1996年)の走り高跳び金メダリスト、ブルガリアのステフカ・コスタディノヴァを推す声もある。「アイドル歌手の荻野目洋子に似ているということで、テレビで『ブルガリアの荻野目ちゃん』と呼ばれていた。コスタディノヴァはもっとクールな感じの美女で、抜群のプロポーションがこの世のものとは思えなかった」(前出・生島氏) 近年では、モデル系アスリートの活躍も目立つ。「その“走り”といえば、シドニー五輪(2000年)のイタリア代表バレーボール選手、フランチェスカ・ピッチニーニでしょう。184センチの長身で、イタリアのメンズ雑誌でヌードを披露したことでも話題を呼びました」(映画評論の秋本鉄次氏) 同じシドニー五輪ではシンクロ女子デュエットで銅メダルを獲得し、圧倒的な美しさから“水の妖精”と呼ばれたフランスのヴィルジニー・デデューが注目を集めた。日本でもアニメ版『釣りバカ日誌』(テレビ朝日系、2002~2003年放送)に彼女をモデルとした人物が登場するなど人気を博した。※週刊ポスト2020年2月21日号
2020.02.12 16:00
週刊ポスト
松井秀喜氏ら勝負師はなぜ宮本武蔵の生き様に惹かれるのか
松井秀喜氏ら勝負師はなぜ宮本武蔵の生き様に惹かれるのか
 各界の成功者たちは、ある共通体験をしている。子供の頃に読んだ本が、その後の人生に大きな影響を与えたというのだ。スポーツ界のレジェンドの原点にも、本との出会いがあった。 日本サッカー協会顧問でメキシコ五輪の得点王の釜本邦茂氏はこう語る。「子供の頃に読む本は時代小説が多かった。中でも記憶にあるのは、野村愛正の『三国志物語』です。これを読んだことで、子供心に“勝負は勝たないといけない”と強く感じた覚えがあります」 日本サッカー史に残る“点取り屋”になれたのも三国志の影響があるという。「無意識のうちに諸葛孔明の戦略と戦術が参考になったかもしれません。サッカーでも情報と分析は重要です。三つ子の魂百までではないが、性格だけでなく知識も頭のどこかに残っている気がします」(同前) 2017年、前人未到の永世七冠を達成し、棋士として初の国民栄誉賞を受賞した将棋の羽生善治氏が10代の頃に夢中で読んだ本は、ノンフィクション作家・沢木耕太郎の『深夜特急』だ。 15歳、中学3年生でプロ棋士となって以降、対局のための「移動」が日常になった。そんな羽生少年の傍らにいつもあったのが、著者がユーラシア大陸をザック一つで横断してイギリスまで旅するノンフィクションの名作だった。〈『深夜特急』は沢木さんならではの表現力によって、見知らぬ国そのものの面白さ、そこに暮らす人々の息吹まで味わえます。それにも増してひかれたのは、1年の3分の1を旅先で過ごす、棋士人生の原点に似たものを感じたからかもしれません〉(朝日新聞2010年4月25日付) 羽生氏のプロ棋士としての旅は、35年以上過ぎた現在も継続中だ。 2013年に当時世界最高齢でのエベレスト登頂を達成し、87歳の今も現役プロスキーヤーの三浦雄一郎氏。少年時代に出会った吉川英治の『宮本武蔵』で描かれる武蔵の生き様が、自身の「原点」になったという。三浦氏が語る。「中学受験に失敗して、浪人生活を送っているときに本を読み始め、そこで影響を受けたのが吉川英治さんの『宮本武蔵』です。同作では武蔵の生い立ちから青春時代、厳しい修行、命を懸けた果し合い、晩年の『五輪書』に取り組んだ姿が克明に描かれていました。 命を懸けて剣の道を究めようという姿は、『スキーで世界の頂点に挑戦しよう』という気持ちのバックボーンになっています。その精神が、エベレストからの滑降や登頂へと僕を駆り立てるのかもしれません」 メジャーリーグで活躍し、数々の大記録を残した元プロ野球選手の松井秀喜氏も、宮本武蔵に影響された一人。武蔵が剣術の極意を著した『五輪書』は、野球のバッティングを究めようと奮闘し続けた松井氏の愛読書としても知られている。※週刊ポスト2019年11月22日号
2019.11.16 11:00
週刊ポスト
釜本邦茂氏が孫に『壬生義士伝』を読ませたいと考える理由
釜本邦茂氏が孫に『壬生義士伝』を読ませたいと考える理由
 超難関中学に進学した女優・芦田愛菜(15)が読書愛を語る著書『まなの本棚』が、発売早々ベストセラーに。孫を本好きにしたいと願う祖父母世代が多く買い求めているというが、ではどんな本を孫に読ませればいいのか──。日本サッカー協会元副会長の釜本邦茂氏(75)が勧めるのは、『壬生義士伝(上・下)』(浅田次郎著)だ。 * * * 現役時代から海外などの遠征が多く、長時間の移動中に吉川英治さんや司馬遼太郎さんの作品をよく読んでいました。 うちの孫は女の子2人。もう成人していて、上の子は司法試験に通って司法修習生、下の子は銀行に勤めています。特に上の子は小さい頃から私が読んだ時代小説を欲しいとねだっては、熱心に読んでいましたね。 時代小説は歴史を学びながら、そこで描かれている家族愛や仲間との絆に触れられる。特に読んでほしい1冊を挙げるなら浅田次郎さんの『壬生義士伝』でしょう。 南部藩を脱藩して新選組に入隊した主人公・吉村貫一郎の家族や仲間への思いに、思わず涙する作品です。〈戦は死ぬためにするのではねのす。殺さねば殺されるから、戦ばするのす。死にたぐはねえから、人を斬るのす〉 といった吉村の独白が胸に迫ります。家族のために生き抜こうとする姿から、自らの信念を貫く難しさ、大切さを知ってもらいたい。※週刊ポスト2019年8月16・23日号壬生義士伝 上 (文春文庫 あ 39-2)
2019.08.11 07:00
週刊ポスト
大分のファンが連敗中に掲げた横断幕(共同通信社)
なぜ、サッカーと相撲は野球と異なり「大型連敗」が少ないか
 今季のプロ野球は“大型連敗”が目立つ。ヤクルトが16連敗したかと思うと楽天も10連敗、そして広島までもが11連敗と、悪夢が続いた。そもそも10連敗以上の大型連敗が起きるスポーツは珍しい。サッカー・Jリーグでの連敗記録(延長なし)は2009年の大分トリニータの14連敗だが、これは稀な例だという。「野球のように毎日試合があるわけではなく、週1回の試合ということで負けても立て直す時間がある。さらに基本的にホームとアウェイで試合を交互にするので大型連敗になりづらい」(元日本サッカー協会副会長・釜本邦茂氏) 個人競技の相撲の連敗記録は序ノ口・服部桜の89連敗で、横綱では稀勢の里(現・荒磯親方)が8連敗(不戦敗を入れると10連敗)を喫し、場所中に引退している。「相撲は負ければ番付が落ちるため、服部桜のような連敗記録は序ノ口から上がったことがない力士でしかありえない記録です。十両、幕内で15戦全敗というのは、長い歴史の中で9人しかいません」(相撲担当記者) そのうちの1人の板井圭介氏(元小結・板井)は現役時代の八百長相撲を告発した力士だ。本誌・週刊ポストのインタビューに全敗した1991年夏場所をこう振り返っている。「付け人には(中略)場所前から全敗を宣言していた。全勝も難しいが全敗はもっと難しい。(中略)相場より安く星を売る一方で、ガチンコ力士の付け人に“引退するので負けると言っているので、ケガだけはさせないでほしい”と走らせた。中には“あとで莫大なカネを請求されるんじゃないか”と疑ったガチンコ力士もいた」 こうした“特殊な事情”があったことを踏まえると、大型連敗がしばしば起きる野球は特異なのかもしれない。原因が解明できないから、監督も選手も、そしてファンも深く思い悩む。そこには時に、“常勝”よりも面白い人間ドラマがある。※週刊ポスト2019年8月2日号
2019.07.26 07:00
週刊ポスト
98年W杯出場を決めた直後のカズ(AP/AFLO)
釜本邦茂氏「三浦カズには還暦まで現役を続けてもらいたい」
 サッカー日本代表への課題として長年、言われることのひとつに「決定力不足」がある。勝利するための攻撃や、ここぞ!という場面で得点する力が足りないことを指しているのだが、それは、フォワードにふさわしい選手が不足していることを同時に表してもいる。1968年メキシコ五輪で日本人初の得点王となった、“日本史上最高のストライカー”、とも称され、元日本サッカー協会副会長の釜本邦茂氏が認める「日本初のフォワード」は、52歳の今も現役を続ける三浦知良だ。以下、釜本氏が語る。 * * * カズがヴィッセル神戸時代にこんな話をしたことがあります。練習中、カズが先頭でランニングしているので、「なんでベテランのお前が先頭を走らなアカンねん」と聞くと、「僕が後ろで走っていては、前を走るやつがいませんから」と返してきた。常に若い選手の手本に──なかなかできることではありません。 この言葉通り、カズはこれまで長きにわたって日本のサッカー界をリードしてきました。15歳で単身ブラジルに渡り、プロの門をくぐって個人技を習得。当時、日本人で個人技を持った唯一のプレーヤーだったと思います。私が初めてカズをじっくり見たのは、1993年にJリーグが発足し、私がガンバ大阪の監督としてヴェルディ川崎と対戦する時。器用な選手が出てきたなと思いましたね。それでいて決定力もあるから厄介でした。 当時、日本にはテクニックを持ったフォワードはいませんでした。僕らの時代なんて典型的で、前線で待っていると味方からパスが通って、そのままゴールにシュートを放っていただけで、細かいテクニックなんてなかった。カズは背中でパスを受けられる、それまでの日本にはいないフォワードでした。 オールラウンドプレーヤーという表現の方が近いかな。ボールを受ける時に体を入れて相手を抑えて、自分でボールを持って上がっていき、シュートまで放てる。特別スピードがあるというわけではないが、放っておいたらやられるということで、徹底的にマークさせました。得点すると披露するカズダンスも含めて、古い人間からしたら異様でしたね(笑い)。 日本をW杯に連れていってくれるかな、という期待を持たせてくれる選手でした。実際、1994年の米国W杯に向けた予選では、1次予選では9ゴール、最終予選では4ゴールとエースとして活躍をみせ、最終予選最終戦のイラク戦でロスタイムに同点にされた「ドーハの悲劇」がなければ本戦に出られたわけだから。 これで代表選手はじめサポーターも次の1998年フランスW杯出場も夢じゃないという確信を持ったが、肝心のカズが本大会出場メンバーから選考漏れした。事あるごとに日本代表とW杯への熱い思いを口にしていたカズにとっては、忘れようとしても忘れられない出来事だったのでしょう。50歳をすぎても現役を続けるのも、この件がいまだに頭にあり、代表を諦められないという意思の現われじゃないかなと、同じく日の丸を背負って戦った者として思います。 私は40歳で現役引退しましたが、実際はアキレス腱を切った36歳で終わっていたと思います。だから50歳をすぎて現役というのは想像を絶しますね。ここまできたら、還暦まで現役を続けてもらいたい。サッカーが三度の飯より好きなんでしょうね。羨ましいですよ。●取材・文/鵜飼克郎※週刊ポスト2019年5月3・10日号
2019.04.24 07:00
週刊ポスト
釜本邦茂氏、政府のポイント還元策に「年寄りは喜ばんでしょう」
釜本邦茂氏、政府のポイント還元策に「年寄りは喜ばんでしょう」
 現金以外の支払い方法、クレジットカードや電子マネーなどで決済した場合にポイント還元するという政府による増税負担軽減策が検討されている。しかし、そこに異を唱える“現金族”からは、不満の声が挙がっている。 その中のひとり、日本サッカー協会元副会長で、1968年のメキシコ五輪で得点王に輝いた釜本邦茂氏(74)はこう語る。「消費増税のポイント還元のために電子マネーやスマホをかざして電子マネーを……とか言うけれど、年寄り連中はそんなことができるんかなぁ。僕はようせんわ、そんな難しいこと。携帯電話でもガラケーを使っているし、スマホは扱いが厄介やからね」 釜本氏は仕事の出張の際などはカードを使うこともあるが、プライベートでは全て現金払いだという。「僕はお店でもらえるポイント類も一切やっていない。店によってカードやポイント還元率が違うなんて複雑すぎて、そんな面倒臭いことはできませんわ。増税対策も同じ。後でポイントで返ってくるなんて言われても、限られた年金で生活する年寄りは喜ばんでしょう。 軽減税率だっていちいち細かく線引きしないで、口に入るモノは酒でも何でも一律5%、それ以外は10%とか決めればいい。ポイント還元みたいなややこしいことするよりよっぽどいい。それなら現金派も納得しますよ。何より政治とは“分かりやすさ”が必要だと思います」 参院議員を務めた元政治家ならではの指摘でもある。※週刊ポスト2019年1月11日号
2019.01.13 16:00
マネーポストWEB
橋本聖子議員と同期当選した釜本邦茂氏がアスリート議員の評価を語る
釜本邦茂氏 試験満点でも「危険な高齢ドライバー」扱いに憤慨
「人生100歳時代」「生涯現役」と、長生きを肯定的にとらえるフレーズが市民権を得るようになってきたが、世のジジイたちは、心の中では怒っている。サッカー解説者・釜本邦茂氏(74)もその一人だ。 近頃、高齢ドライバーに対する風当たりは強くなるばかりだが、釜本氏はそんな風潮に憤っているという。「たしかに高速道路の逆走やブレーキとアクセルの踏み間違えなど、高齢者による事故があるのは事実だし、認知症の人が運転してはいけないというのは当然です。でも、すべての人を年齢で区切って、一律に“年寄りは運転するな”というのはどうかと思う。 私も前回、運転免許を更新した時には70歳を超えていたので、教習所で高齢者講習を受講しました。検査器による運転適性検査を受け、教習所のコース内を運転しましたけど、満点で合格しましたよ。それなのに年齢だけを理由に周囲から“あまり運転するな”と白い目で見られるのは、納得がいかない」 毎日、自宅から事務所まで車を運転し、サッカー教室にも車で出かけているという釜本氏。運転には慎重を期しているそうだ。「天気が悪いなど、視界の問題があるときには運転を自粛したり、広い道をゆっくり帰ってきたり、安全運転を心がけています。もし制限速度で走っていて後続車に煽られるのが不安なら、70歳でも75歳以上の運転者がつける高齢者運転標識をつければいい。安全運転をアシストしてくれる車に乗るのもいい。高齢者だっていろいろ考えているんだから、“年寄りは運転するな”と切り捨てないでほしいですよ」※週刊ポスト2018年10月12・19日号
2018.10.10 16:00
週刊ポスト

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