岩下志麻一覧

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高倉健さん生誕90周年 記念アルバム発売にあわせて秘蔵写真を公開
高倉健さん生誕90周年 記念アルバム発売にあわせて秘蔵写真を公開
 自分、不器用ですから──このフレーズが代名詞の日本を代表する名優・高倉健さん。彼の生誕90周年を記念したアルバムが2月16日に発売された。この節目の年を記念して、本誌では秘蔵写真をスペシャル公開。83年の生涯を過ごした高倉健さんの思い出を振り返ります。●『居酒屋兆治』1983年 元高校球児で、函館の居酒屋・兆治を営む店主役を演じた高倉さん。かつての恋人・さよ(大原麗子さん)が悲劇に見舞われたことに思い悩みながらも懸命に生きているところが印象的。2020年には遠藤憲一主演でドラマ化されている。●『幸福の黄色いハンカチ』1977年 刑期を終え、妻(倍賞千恵子)の元へと若者2人を連れて向かう物語。刑期を終える直前に「もし、まだ独身ならこいのぼりの竿に黄色いハンカチをつけておいてくれ」と妻宛てにはがきを出し、それを目印に向かうシーンはいまでも色褪せぬ名シーン。●『昭和残侠伝 一匹狼』1966年 佐伯清監督の「昭和残侠伝シリーズ」の第3作。昭和の港町を舞台に任侠の世界で奔走する武井繁次郎を演じた。抗争のシーンで見せる剣さばきと入れ墨は必見。●特写 1983年 出雲大社近くの海岸をバックに撮影された。ラフな服装に片手をポケットに入れてたたずむ姿からもスターのオーラがにじみ出ている。●『第1回日本アカデミー賞授賞式』1978年 記念すべき第1回の最優秀主演男優賞に輝いた高倉さんは、この前年に出演した『幸福の黄色いハンカチ』、『八甲田山』が評価され受賞。『はなれ瞽女おりん』で最優秀主演女優賞を受賞した岩下志麻と並んで写真撮影が行われた。●『海峡』1982年 同年にデビューした石原裕次郎さんとは兄弟のような仲。共演機会はなかったが、石原さんの葬儀では友人代表で弔辞を読んだ。●『動乱』1980年 吉永小百合と初共演を果たし、五・一五事件から二・二六事件までの時代を生きる青年将校役を演じた。本作は2020年に4Kデジタルリマスター版で公開され、話題を呼んだ。●『南極物語』1983年 昭和基地に取り残された犬たちを救うため、高倉さん演じる潮田暁と渡瀬恒彦さん演じる越智健二郎が再び南極へと向かう。到着し、生き残っていた兄弟犬タロとジロと感動の再会をするシーンに涙した人も多いだろう。撮影/女性セブン写真部※女性セブン2022年3月3日号
2022.02.22 16:00
女性セブン
深く役に入り込むことも(撮影/内海裕之)
中尾彬が語る「やくざを演じるということ」 撮影中は普段の口調も変わる
 いつの時代も見るものを高ぶらせる“やくざ映画”──。それはやくざを演じる俳優にとっても特別な存在だ。坂松組の四代目跡目争いが描かれた『極道の妻たち 危険な賭け』(1996年公開)では、幹部の洲崎香矢(岩下志麻)が支持する佐渡ではなく海原を後押しする市元裕兵を演じた中尾彬。登場する度に綿棒で耳をほじる仕草も話題になった。そんな中尾に、「やくざを演じるということ」について聞いた。 * * * 昔のやくざ映画では、エキストラに“本物”が入っていました。撮影前、我々は4時間ぐらいかけて背中に刺青を描いてもらいますが、終わって風呂場で流していると、落ちない人がたくさんいた(笑)。ある時なんか、指名手配犯が映り込んでいて騒ぎになったこともありました。 デビュー間もない頃から日活でチンピラ役を演じました。私の地元・木更津にはやくざが多かったから、彼らの歩き方や背中の丸まり具合を参考にしました。 ただ、関西弁のマスターには手こずりました。イントネーションが大阪と京都、神戸で異なる。ここぞとばかりに方言指導の人が「違いまっせ」とダメ出ししてきたけど、関東の人間にはわかりゃしないよ(笑)。 岩下志麻ちゃんの『極道の妻たち』にも何回か出ましたけど、男のやくざ役はみんな同じように見えるでしょ。だから、『危険な賭け』(1996年)ではいつも綿棒で耳をほじくって変化をつけました。 撮影中は普段の口調まで変わるし、雰囲気も違うのかもしれません。『極妻』の時も、撮影所近くの喫茶店で5、6人で話してると誰も近寄ってこなかった(笑)。一度、刺青を落とさずに自宅に帰ったら、(妻の池波)志乃が「顔付きが違う」と。気分が盛り上がるなんて生易しいものじゃなくて、「後ろから刺されてもいい」というような覚悟が生まれるんですよ。 東映のやくざ映画は“様式美”ですね。時代劇のように決まったパターンがあって、それがウケたのだと思います。タイプが違ったのは東宝の『ミンボーの女』(1992年)。撮影に入る前、伊丹十三監督から「東映とまったく違います」とだけ言われました。カメラのアップも多かったし、衣装も派手でネクタイ100本並べて1本選ぶほど色彩にもこだわっていた。とても面白い監督でした。【プロフィール】中尾彬(なかお・あきら)/1942年8月11日生まれ、千葉県出身。武蔵野美術大学油絵科に入学した1961年、日活第5期ニューフェイスに合格。パリ留学を経て、1964年に映画『月曜日のユカ』でデビュー。1983年、フランスの絵画展『ル・サロン』でグランプリ受賞。※週刊ポスト2021年10月15・22日号
2021.10.06 19:00
週刊ポスト
ヤクザ映画TOP20調査 その変遷と証人たちが語る逸話
ヤクザ映画TOP20調査 その変遷と証人たちが語る逸話
『孤狼の血』を始め、日本のヤクザ映画が近年盛り返しを見せている。そこで本誌・週刊ポストは「好きなヤクザ映画」のアンケートを実施。読者1000人が選んだ傑作の1位に輝いたのは、『仁義なき戦い』(1973年)だった(別掲のランキング表参照)。「こんなに血みどろのヤクザ映画は見たことがなかった」(63歳自営業)「主人公・広能(菅原文太)の最後の言葉『山守さん、弾はまだ残っとるがよう』は、映画史に残る名セリフ」(68歳無職) 戦後、実際にあった「広島抗争」の当事者のひとり、美能組初代組長・美能幸三(広能のモデル)の手記が原作。同作でプロデューサーを務めた日下部五朗氏が語る。「正義なんざくそくらえ。きれいごとじゃない、裏切り裏切られの濃密な人間関係が画面に噴出していました。それまでのヤクザ映画といえば、任侠世界の様式美を描いてきましたが、次第に飽きられてきましてね。実録路線に舵を切った最初の作品が、『仁義なき戦い』だったんです。 ヒットの要因は、笠原和夫さんの脚本に尽きます。速射砲のような広島弁の応酬に、どこか気高さがあった。千葉真一演じる大友勝利の『あれらはオメコの汁で飯食うとるんで!』(シリーズ第2作『広島死闘篇』)という台詞なんか、文字にすると卑しいですが、声で聞くと美しくさえ感じる」 ヤクザの様式美を描いた「仁義以前」の作品も根強い人気を誇る。高倉健主演のヤクザ映画がその代表だ。『網走番外地』(1965年・2位)を始め、『昭和残侠伝』(1965年・5位)、『日本侠客伝』(1964年・6位)と3作がベスト10入りしている。 のちに高倉の主演作『三代目襲名』で脚本を務めた高田宏治氏が、高倉出演作品の魅力を語る。「戦後まもない1950~1960年代前半のヤクザ映画は、鶴田浩二さんの作品に代表されるように、情念に突き動かされる主人公たちの物語でした。しかし、高倉作品ではそこに理性が加わった。殺した後の虚しさや後悔が描かれたわけです。その哀愁を高倉さんは全身で表現した。様式美の高倉作品もまた、それ以前のヤクザ映画と比べて画期的だった」 引き合いに出た鶴田主演の作品も『人生劇場 飛車角』(1963年)が10位に入った。◆「題名だけいただきます」 女性目線でヤクザの世界を描いた作品もランクインした。『鬼龍院花子の生涯』(1982年・8位)、『極道の妻たち』(1986年・4位)だ。『鬼龍院花子の生涯』といえば夏目雅子の代表作。「決めセリフ『なめたらいかんぜよ』には痺れた」(60歳会社員) 映画史・時代劇研究家の春日太一氏が解説する。「それまでのヤクザ映画とは大きな違いが2つあった。ひとつは添え物的な扱いをされていた、女性たちの存在がクローズアップされたこと。主人公の鬼政(仲代達矢)は正妻と妾を同居させていて、彼女たちの『女の戦い』がヤクザの抗争以上にドラマチックに描かれている。 もうひとつは、家族や父子の情に物語の主軸があること。鬼政の養女・松恵(夏目)の目を通して話が描かれて、彼女と鬼政の相克と和解が観る者の感動を呼ぶ。五社英雄監督が、それまで得意としてきたバイオレンス演出を封印し、情感を掘り下げたことも加わり、アウトローものが苦手の人も含めて幅広く支持される、普遍的な人間ドラマになりました」 この『鬼龍院花子の生涯』と『極道の妻たち』双方の脚本を手掛けたのが、前出の高田氏である。「女性が窮地に陥った“惚れた男”のために立ち上がり、戦う映画が作りたかったんです。極妻は家田荘子さんの同名ルポが原作ですが、亭主が浮気するとか、家に金を入れないといった、女が苦労する話。家田さんには申し訳ないけど『題名だけいただきます』という気持ちだった(笑い)。脚本をプロデューサーの日下部さんに見せたら、『自分が考えていたのとは違うけど、面白いからこれで行こう!』と乗ってきた」(高田氏) 岩下志麻主演の1作目は空前の大ヒット。以降、シリーズは10作を数えた。 現代のヤクザ映画を代表するのは、北野武作品だろう。『アウトレイジ』シリーズ3作品がすべてベスト20入りしている。「なによりも役者たちの顔面バトルがすごい。個性派俳優たちがドアップで怒りを爆発させる様は圧巻だった」(51歳会社員) 映画評論家の秋本鉄次氏が語る。「北野作品には、主人公が“どこでケジメをつけるか”を模索しながら、死に場所を求めて彷徨っている。それが観る者の心を揺り動かすんです」※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.07 07:00
週刊ポスト
かつて、盆踊りの会場は…
夏祭りの定番「盆踊り」 本当は艶っぽい秘密の歴史
  夏真っ盛り。全国津々浦々の商店街や公園、学校の校庭などでは「やぐら」が組まれ、浴衣姿の老若男女が音頭に合わせて踊る「盆踊り大会」も最盛期を迎えている。実に和やかで健康的なこのイベントの“秘された歴史”を、歴史作家の島崎晋氏が解説する。 * * * 明治以前の盆踊りの会場は現在で言うクラブ(ディスコ)、それもかなりいかがわしいクラブであった。そう言うと違和感を覚える人も多いかもしれないが、それは明治以降の政策や教育の影響であろう。本来の盆踊り会場はいわば「ナンパの場」で、その周囲の茂みでは男女の営みが無数に繰り広げられていた。 このあたりの事情は風俗史家である下川耿史氏の著作『盆踊り 乱交の民俗学』(作品社)にも詳しいが、明治維新を迎えるまで、武士の家庭を除けば貞操観念は極めて薄く、江戸市中においては職人の妻の浮気、農村部では婚前交渉や後家への夜這い、旅人への一夜妻の提供などが日常的な光景だった。 明治政府は列強から野蛮視されるのを嫌い、武家と同様の貞操観念の普及に努めた。そのため「日本女性は貞操観念が強い」という神話が創造され、明治以降生まれの人びとはそれが古くからの伝統と思い込まされてきたのだ。しかし、証拠や記憶を完全に消し去ることはできず、下川氏の著作刊行を待つまでもなく、盆踊りの“一番の楽しみ”が何であるかが、(たとえば農山漁村などでは)公然の秘密として広く語られていたのだった。 おおもとを辿れば、盆踊りとは祖霊を送り返す仏教行事であるが、それがナンパの場に変わるまでさして時間はかからなかった。 近年のNHK大河ドラマではセクシー枠がなくなり、艶描写もほとんど排除されてしまっているが、岩下志麻演じる北条政子を主人公に、石坂浩二演じる源頼朝と松平健演じる北条義時を二大脇役とした昭和54年(1979年)放映の『草燃える』では、三島大社の夏の例祭において、男の手が若い娘の襟裾から中へ差し入れられるシーンや、若い男に半ば強引に引っ張られながら暗闇へと消えていく娘の姿などが描かれていた。この三島大社におけるシーンは時代考証の点からしても、そう間違ってはおるまい。 祖霊の送り出し儀式は枯れた年長者、踊りは若夫婦や無邪気な子供たちに任せ、若者は奔放な性を楽しむ。やぶ蚊にはさされるが、春祭や秋祭の時期では肌寒いから、それよりは夏祭の時期のほうがまだまし。盆踊りが廃れることなく長く続いてきた背景には、このような事情が働いているのではあるまいか。 夜這いでは間違いも起こりうるが、明るいところで顔の確認ができる盆踊りであればそれはありえない。間違いというのは、娘の側にすれば想いの相手とは別の男性が来たのにそれに気づかず受け入れてしまった場合、男の側にすれば父母や祖父母、兄弟など別の床に忍んでしまった場合で、バツが悪いことこの上ない。 娘の過ちは秘匿されても、若い男の過ちは村中に知れ渡り、生涯笑いの種にされるのが落ちだった。【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『春秋戦国の英傑たち』(双葉社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など多数。
2019.08.12 16:00
NEWSポストセブン
大原麗子さん他、50周年『週刊ポスト』表紙女性 70年代編
大原麗子さん他、50周年『週刊ポスト』表紙女性 70年代編
『週刊ポスト』がこの8月で創刊50周年を迎える。創刊は1969年8月22日号。当初の表紙はイラストだったが、1か月経つとモデルを起用。1970年2月6日号からは、女優のポートレートで名を馳せた故・秋山庄太郎氏が撮影担当になった。 初回の大空眞弓をはじめ、1970年代前半は浅丘ルリ子や松原智恵子などの映画スターが次々と表紙を飾った。『スター誕生!』(日本テレビ系)の開始などを機にアイドルブームが起こり、1975年1月には小林麻美、山口百恵、桜田淳子、浅田美代子と4週連続で若者に人気のタレントがモデルを務めた。大ヒット曲を放った、ちあきなおみやジュディ・オングらも登場し、多彩な“時の女”たちが顔となった。 ここでは、1970年代に『週刊ポスト』の表紙を飾った女性たちを紹介しよう。◆大原麗子(1971年7月2日号) 1974年のNHK大河ドラマ『勝海舟』でのお久役など、ドラマ・映画で存在感を発揮した。◆岩下志麻(1970年7月3日号) 1969年『心中天網島』、1970年『無頼漢』など、篠田正浩監督の作品に出演。◆浅丘ルリ子(1970年8月21日号) 1955年より日活の看板女優に。1970年『戦争と人間 第一部』などに出演。◆吉永小百合(1970年9月25日号) 高校在学中の1960年に日活に入社。『キューポラのある街』『愛と死をみつめて』などのヒット作を続々と生み、日活黄金期を支えた。日本映画を代表する女優として歩み続け、2018年には映画出演120本目となる『北の桜守』がヒット。今年10月11日に新作『最高の人生の見つけ方』が公開される。◆関根恵子(1970年11月27日号) 1970年に大映に入社し、8月公開の『高校生ブルース』で主演デビュー。◆竹下景子(1973年7月20日号) 高校時代にNHK『中学生群像』に出演し、1973年の『波の塔』で本格デビュー。◆風吹ジュン(1974年5月31日号) 1973年に初代ユニチカマスコットガールに選ばれ、1974年5月に歌手デビュー。◆桜田淳子(1975年1月17・24日号) 1974年12月発売の『はじめての出来事』で自身初のオリコン1位を獲得。◆岡田奈々(1975年8月1日号) 1975年に『ひとりごと』で歌手デビュー。ポッキーの初代CMガールに。◆大竹しのぶ(1978年2月24日号) 1973年に女優デビュー。1978年には『事件』の映画版・ドラマ版に同役出演。◆夏目雅子(1978年3月31日号) 1977年、カネボウ化粧品のキャンペーンガールに選ばれ、CMで大ブレイク。●撮影/秋山庄太郎 文/岡野誠※週刊ポスト2019年8月16・23日号
2019.08.06 16:00
週刊ポスト
年1~2度、乳腺検診を受けられていたという(時事通信フォト)
美智子さまと交流、大河ドラマ等衣装考証・小泉清子さんの秘話
 1984年の『山河燃ゆ』から始まり、渡辺謙(59才)の『独眼竜政宗』、宮崎あおい(33才)の『篤姫』など30作品近い大河ドラマの衣装考証を担当。原節子さん(享年95)、岩下志麻(78才)、宮沢りえ(45才)など多くの芸能人に愛されてきた着物デザイナーがいる。呉服店「鈴乃屋」名誉会長の小泉清子さんだ。 その小泉さんが2月17日、老衰のためこの世を去った。ちょうど100才での大往生だった。 ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)で衣装協力し、橋田壽賀子さん(93才)とも親交が深かった。その橋田さんはかつて小泉さんのことを、「“おしん”以上に劇的な人生」と語っている。小泉さんは1918年、東京生まれ。幼い頃から着物に親しんでいた。「結婚して間もなく夫が出征。2人の幼子を抱えて大変な中、終戦後の焼け野原でもんぺ姿の女性たちが真っ黒になって働いているのを見て、大変ショックを受けたそうです。“かつての美しい着物姿を取り戻さなければ”という思いから、1947年、東京・上野に呉服店『鈴乃屋』を創業した。夫の戦死を知ったのは、その翌年のことだったといいます。当時は女性の経営者なんてほとんどいませんから、“女は信用ならん”と言われて、ずいぶん苦労したそうですよ」(ファッション関係者) 小泉さんは経営センスとデザイン力で着物を創作し、客足を伸ばした。原節子さんが店を訪れた時には店の前が黒山の人だかりで、警察官が整理に当たるほどだったという逸話もある。 2人の子供を育てながら「鈴乃屋」を全国チェーンに拡大させた小泉さん。そのかたわら、大河ドラマをはじめとする衣装考証を数多く手がけ、芸能界を裏で支えてきたので、親交の厚い芸能人は数多い。 そんな小泉さんが、生涯をかけて熱心に取り組んだのが、美智子さまのご衣装作りだ。小泉さんと美智子さまの交流のきっかけとなったのは1963年、軽井沢で催した鈴乃屋の展示会に、美智子さまの女官が訪れたことだった。「急に訪れた女官は“美智子妃殿下がご覧になります”と言って、何枚か着物を持ち帰ったそうです。美智子さまは大変気に入られたそうで、小泉さんは東宮御所に呼ばれ、ご交流が始まりました。図案を描いて提案し、お返事をいただいたら着物を作る。美智子さま自ら“このようにしたらいかがですか”とお話しされることもあったそうです。美智子さまは小泉さんのセンスに大変信頼を置かれていて、着物を洗っては色を変えたりされて、大切にお召しになっています」(小泉さんの知人)  小泉さんは2005年に行われた黒田清子さん(49才)の結婚披露宴の衣装も担当している。 1985年に黄綬褒章と科学技術庁長官賞を、1991年に外務大臣表彰、1993年に文化庁長官表彰、2007年には長年にわたるテレビへの貢献から、橋田賞特別賞を受賞している。「92才で鈴乃屋の名誉会長になって以降も、毎日会社に出社していました。健康のために、自宅のエアロバイクで1km走るのが健康の秘訣だと言ってましたね。衣装考証のために現地にまで足を運んだりと、終戦から亡くなるまで、弱ったところを見せず走り続けた人でした」(前出・知人) 最後に担当した大河ドラマは2015年の『花燃ゆ』。まさに最後まで命を燃やし尽くした、女傑の一生だった。※女性セブン2019年3月14日号
2019.03.03 16:00
女性セブン
坂上忍が告白した「共演NG役者」はあの大物女優か?
坂上忍が告白した「共演NG役者」はあの大物女優か?
《その役者さん、恐れながらわたしが共演NGに指定している数少ない方のひとりなんですよね》 あるといわれながらも、なかなかその実態が見えてこない芸能界における“共演NG”。坂上忍(51才)が、自らの連載(『週刊新潮』)で、そんな共演NGの役者について語り注目を集めている。 坂上といえば、10月に新番組『坂上どうぶつ王国』(フジテレビ系)が始まり、レギュラー番組が8本になったばかり。そんな売れっ子に、共演NGの相手はいるのか、いったい誰なのか。連載ではその相手について《業界でトップの座を維持し続ける》、《目上の、ベテランの方》だと明かしたが──。「実は坂上さん、5年ほど前のトーク番組で、共演NGの役者について暴露していたことがあったんです。ある有名女優と共演したときに、監督のリクエストと違った要求をされたそうです。しかし、坂上さんは監督の指示を優先、その女優は怒って、プロデューサーを呼びつけた。それを見て、“この人とはもう無理”と思った坂上さんは、以来、共演NGに。スタジオでは実名を挙げて大きな悲鳴があがり、相当な大女優であることがうかがえました」(テレビ局関係者) 坂上と共演の過去があり、プロデューサーに文句を言えるクラスの女優となると、候補は限られる。「番組を見た人たちの間では、泉ピン子さん(71才)や三田佳子さん(77才)、岩下志麻さん(77才)らの名前が挙がっていました。その後、坂上さんには真相を語ってもらおうと多くの人がアプローチしたようですが、ご本人は“その人ではない”とだけ語ったと聞いています」(前出・テレビ局関係者) その女優はいったい誰なのか、坂上の所属事務所に尋ねたが、回答は得られなかった。 しかし、坂上自身はその共演NGの相手に感謝を示しているという。《ある意味わたしはその人への反発心や分不相応な対抗心があったからこそ、これまでやってこられたような側面があるんです「あいつにだけは…」「あいつよりは…」》 ぜひとも共演して“シンソウ”を語ってほしい。※女性セブン2019年1月3・10日号
2018.12.23 07:00
女性セブン
写真家が感じた夏目雅子、山口百恵、紺野美沙子らの印象
写真家が感じた夏目雅子、山口百恵、紺野美沙子らの印象
 1946年、26歳から写真家として活動を開始してから2003年に急逝するまで、秋山庄太郎は女性ポートレートを中心に撮影を続けた。原点は女優・原節子だった。「被写体の本当の美しさを探し出すってことを教えられましたね」とまで語る、その特別な思いは多数の著書から窺うことができる。 秋山に、原への思いに似た印象を抱かせた女優が1人いた。夏目雅子だ。「僕は新人を撮るとき、その子が伸びるかどうか瞬時に感じる。そういう予感を抱く楽しさというのもあってね。彼女(夏目)はこの先もっと撮りたいなと思わせるものを持っている子でした」(著書から) 事実、周囲も秋山が「伸びるかどうか瞬時に感じ」ていたことを認めている。仕事のパートナーとして秋山の傍にいた、長女の夫でもある、秋山庄太郎写真芸術館・館長の上野正人氏が証言する。「例えば新人の頃の山口百恵さんを撮影したとき、『この子は必ず伸びる』と言っていました。何か直感的に感じるものがあったようです。秋山が得意げに語っていたのは、15歳の吉永小百合さんに会った時のこと。『この子は絶対に人気が出るから大事に育てなさい』と母親に言ったそうです」 同様に大スターになると予言していたのは岩下志麻。「あの春風の如き雰囲気は生地のもの」と表現し、岩下の持つ清潔感が大成する大事な要素だと語っている。 加賀まりこも、素人同然だった1960年に秋山氏が雑誌の表紙モデルに起用したのが縁で、ドラマのヒロイン抜擢へ。デビュー当時の育ての親といっていい存在だった。「小悪魔的な魅力が印象的だった。苦労知らずだから態度はやはり我侭で、口が達者で困っちゃった(笑い)」(著書から) デビュー当時、そのぬいぐるみのような可愛らしさに驚いたのが内藤洋子。秋山は新聞の連載で「吉永小百合につづく女優」として紹介した。同じく紺野美沙子もデビュー当初、秋山に強烈な印象を残す。ただ彼女の場合は、撮影時のインパクトが強かったようだ。「最初のとき顔に何も表情変化がないから、『少し笑ってくれるかな』って言ったら、『おかしくなくても笑うんですか』なんて言うんだ。『いや、そうしなくちゃ本が売れない』なんて言ってね(笑)」(同前)(文中一部敬称略)※週刊ポスト2018年5月4・11日号
2018.05.04 16:00
週刊ポスト
『西郷どん』後半で西郷隆盛のダーティーな部分描かれるはず
『西郷どん』後半で西郷隆盛のダーティーな部分描かれるはず
 NHK大河ドラマは、いつの時代も話題の中心であり、これまでも数々の名作を生み出してきた。『西郷どん』の時代考証を務める歴史学者・磯田道史氏と、映画史・時代劇研究家の春日太一氏、そして歴代最高視聴率を記録した『独眼竜政宗』(1987年)の脚本家・ジェームス三木氏が、主人公はどのように描くのがよいのかについて語り合った。春日:『西郷どん』の時代考証は、どのように行なっているんですか?磯田:私は自分の役割を「入り口の時代考証」と呼んでいます。脚本家、演出家、プロデューサーと何十回も会って、「西郷隆盛にはこういう逸話があって」とか「原典が読みたければこれを」なんて話をして。で、でき上がったものに関しては別の時代考証の先生が細かくチェックされている。三木:僕の時代はそんなことなかったなァ。時代考証の方とお目にかかるのも一度か二度あったかどうか。勝手にバンバン書いちゃって、おかしいところは後で直してもらおう、と(笑い)。春日:NHKにも自ら古文書を訳すような意識の社員は今ではそういないでしょうから、現場で処理しきれずに歴史家に外注する形になるのかもしれませんね。磯田さんは西郷隆盛の人物造形にどんなアドバイスを?磯田:脚本家の中園ミホさんには「西郷は餅のような人間です」と伝えました。人間・西郷は近い距離にいると、金網の上で焼いた餅が一体化してしまうように、他者と心が解け合ってしまう。犬と一緒にいれば犬と同じ気持ちになって、自分が食べるウナギを先に分け与えてしまう。政治でも同じで、勝海舟と江戸の無血開城について話し合ったときも、いつしか勝の気持ちになり寛大な処置になる。『西郷どん』の本編では、幼少時の西郷が女装をするエピソードがありました。薩摩のマッチョな男社会でいかに女の人が可哀想な状態にあるか、その気持ちになってみようと女の着物を着てしまうわけです。 もちろんそんな史実はありませんが、こういうデフォルメは有りだと私は思うんです。 でも西郷が大らかな男だったとして台本を書いたら間違いになります。西郷の知人たちは、西郷はとにかく人とぶつかる、柔軟とは言えない男だった、と口を揃えている。それを勝手に「包容力のある男」にするデフォルメをやったら史実から離れます。三木:西郷という男は、本当に描くのが難しいと思うね。とらえどころがないし、月照という僧侶と心中するという、同性愛を思わせる史実すらある。磯田:それも西郷の一面です。西郷は完全無欠のヒーローではなく、ずるい部分、ダーティーな部分もある。『西郷どん』では、後半でそういう面も描かれるはずです。春日:ジェームスさんは、先に挙がった2作品(※『独眼竜政宗』1987年、『葵 徳川三代』2000年)や『八代将軍吉宗』(1995年)でも、主人公を単なるヒーローではなく「残酷なこともできる人物」として描いています。三木:うん。やっぱり人間って、キレイゴトでは済まされないのが本質だから。春日:近年の大河はそういうダーティーな部分を“なかったこと”にする傾向がありますよね。特に『江~姫たちの戦国~』(2011年)では、浅井家の三姉妹を描く一方、嫡男の万福丸を登場させなかった。史実では織田によってむごい仕打ちを受けたのですが、触れられてもいません。磯田:串刺しにされての死刑ですね。春日:橋田壽賀子さん脚本の『おんな太閤記』(1981年)は、同じようにホームドラマ大河と言われながらもそこをちゃんと描いていた。少しずつ改善されつつあるとはいえ、近年の大河は絵空事っぽく見えてしまいます。三木:そういう複雑で深みのある人間関係を描写するかどうかは、つまるところ「視聴者を信じられるかどうか」だと思います。僕は視聴者を信じてとことんやるべきだという考えですね。今の脚本家は制限が多くて大変そうだけど。タバコを吸うシーンすら描けないし、政宗の疱瘡だって、今の時代ならあそこまで表現できたかどうか……。磯田:深みという点では、『独眼竜』で岩下志麻さんが演じた政宗の母(義姫)が素晴らしかった。政宗ではなく、弟の小次郎にばかり愛情を注ぐわけですが、もちろん政宗が可愛くないわけではない。嫡男である政宗は「伊達家のもの」であり、自分の好きにはできない。当時の武家の厳しい家庭の現実がある。 政宗も母を慕うが結果として弟を殺す悲劇に至ってしまう。その時代ならではの心の葛藤をそのまま描くほうが、現代の親子関係なんかに引きつけるよりいい。人間社会の本質に迫る作品になる。それこそが史劇の面白さです。●ジェームス三木(じぇーむす・みき)/1935年、満州生まれ。脚本家、作家、演出家。『独眼竜政宗』『八代将軍吉宗』『葵 徳川三代』など、大河ドラマの脚本をはじめ多くの執筆活動を行なう。●磯田道史(いそだ・みちふみ)/1970年、岡山県生まれ。歴史学者。国際日本文化研究センター准教授。近著に『素顔の西郷隆盛』(新潮新書)、『日本史の内幕』(中公新書)など。●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。主な著書に『天才 勝新太郎』『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)など。本誌・週刊ポストで「役者は言葉でできている」を連載中。※週刊ポスト2018年5月4・11日号
2018.05.01 16:00
週刊ポスト
岩下志麻 新刊本イベントが大人気で「まるでアイドル」
岩下志麻 新刊本イベントが大人気で「まるでアイドル」
 女優生活60周年を迎えた岩下志麻が出演作品と女優人生を語り尽くしたインタビュー本『美しく、狂おしく』(春日太一著・文藝春秋刊)が、いま話題を呼んでいる。発売から1週間で重版となり、3月にトークイベントを催した八重洲ブックセンター本店(東京)では、60歳前後の男性客を中心に好調な売れ行きが続いているという。「イベントの告知を弊社のホームページに朝10時にアップしたのですが、電話が殺到し、30分後には募集定員が埋まってしまいました。こんなことはめったになく、まるでアイドルイベントのような現象です。岩下さんの人気の根強さを実感しました」(八重洲ブックセンター広報担当者)『美しく、狂おしく』は、「週刊ポスト」連載でもおなじみの春日太一氏による丹念なインタビューが46作品ごとにまとめられている。女優になる気はなかったという17歳のデビューから、清純な娘、情念の女、狂女、鬼女、極道へと役の幅を広げて成長する女優の軌跡を、読者も一歩一歩たどることができる。 そして何よりも惹きつけられるのは、夫・篠田正浩氏をはじめ多くの名匠と取り組んだ撮影の鮮明な記憶と、その時々の自分を伝える明晰で率直な言葉の数々だ。「『何をやっても岩下志麻』では私は嫌です」と言い切る言葉には、役を欲してやまない新人女優のような若々しい熱情が宿っている。※週刊ポスト2018年4月27日号
2018.04.22 07:00
週刊ポスト
岩下志麻 「結婚して駄目ならそこまでの女優よ」
岩下志麻 「結婚して駄目ならそこまでの女優よ」
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、人気女優だった岩下志麻が篠田正浩監督と結婚した当時のこと、母となっても女優を続けたことで生まれた葛藤について語った言葉をお届けする。 * * * 今回も岩下志麻の女優人生をインタビューさせていただいた新刊『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』から印象的な「言葉」をお届けする。 岩下は一九六七年に篠田正浩監督と結婚している。女優が今でいうアイドルに近い人気商売だった時代、しかも当時はまだ「女性は結婚したら家庭に入る」という固定観念もあった。そうした中でトップ女優が結婚してしまうことに、岩下が所属していた松竹は慌てたという。「私をこれから売り出そうという時でしたから。当時は今と違いまして、結婚したら女優は引退して家に入ることになっていました。今は結婚して子どもを三人ぐらい産んでもまた主演できるじゃないですか。当時では考えられない。ですから、本当に反対が多くて。松竹の重役さんが入れ代わり立ち代わり来て、『今は結婚の時期じゃない。これだけ主演作を用意しているんですよ』と台本も持っていらして。『それでもあなたはある一人の男の所有物になるんですか』みたいなことを言われました。 それで私も、周囲の人の九九パーセントから反対されるので意地になってしまいまして。幸いにも両親はわりと放任主義でしたから、私の思うままにという感じでそっとしておいてくれたんですけど──周囲からあまりに反対されるので、逆に『結婚してみよう』という気になっちゃったのね。『いいじゃない。結婚して駄目ならもうそこまでの女優よ』と。 ですから、結婚が女優としてプラスになるよう、結婚してさらにいい女優になろうという決心で、結婚に踏み切りました」 実際にその決心の通り、『心中天網島』をはじめとする篠田監督とのコンビ作などを通して、岩下は女優としての評価を高めていく。 だが一方で、それは二人の子どもにとっては両親が揃って家を空けてしまうということでもあった。「その当時、娘を見ていてもらった人に『岩下さん、お願いですから仕事を辞めてください。お嬢さんかわいそうです』と言われたこともあります。『お手伝いさんと二人だけじゃかわいそうです』と。その方には泊まり込みで保母さんというかたちで来てもらっていたんだけど、その人に拝むように言われたことがあって。それもあって、私は物凄く悩んでいました。 いまだに子どもには『ごめんなさい』っていう感じがあります。長い間、犠牲にしてしまいましたから」『草燃える』『独眼竜政宗』『葵 徳川三代』と、出演した三本のNHK大河ドラマでは全て「乳母が長男を養育するという武家の風習のために、我が子と相克の関係になってしまう」という母親の役を演じている。「子どもが自分よりも乳母に懐いてしまうというのは、母親としてとても寂しいことだと思うんです。でも、当時はそうしないといけなかった。そういうしきたりの中で生きなくてはなりませんから、しょうがなかった」 自身も葛藤の中で過ごしてきたからこその言葉に思えた。●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。※週刊ポスト2018年4月20日号
2018.04.14 16:00
週刊ポスト
岩下志麻が述懐、小津安二郎監督の「もう一回、もう一回」
岩下志麻が述懐、小津安二郎監督の「もう一回、もう一回」
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、女優・岩下志麻が役者になったきっかけ、映画『秋刀魚の味』のヒロインとして小津安二郎監督に受けた演出について語った言葉をお届けする。 * * * 岩下志麻は、今年で女優人生60年になる。それに合わせて、筆者が二十時間以上にわたって岩下に役者生活の全貌をインタビューした新刊『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』が発売された。今回と次回は、その中の岩下の印象的な「言葉」をお送りする。 今でこそ大女優の代名詞的存在の岩下だが、その道に入ったきっかけは偶然だった。高校時代に受験勉強で挫折した際、役者をしていた父・野々村潔に勧められ、「気分転換のよう」な状況で1958年にテレビドラマ『バス通り裏』(NHK)に出演したのがキャリアのスタート。その後、1960年に松竹に所属して映画デビューすると、主にメロドラマを中心にヒロイン役を演じていく。それでも、個々の現場では全力で仕事しながらも、役者としては「演じる」ということに大きなモチベーションを持てないままでいた。 そんな岩下に転機が訪れる。1962年、巨匠・小津安二郎監督の映画『秋刀魚の味』のヒロインに抜擢されたのだ。小津の役者への演出法について、岩下は次のように振り返っている。「先生のリズムに合わないと駄目でした。例えばワイシャツにアイロンをかける場面でも、一つの方向に二回ゆっくりめにかけて、反対はそのスピードの二倍の速さで三回かけて、ちょっとアイロンを置いたら左手でうなじ上げてとか。全て細かくご指導なさるんです。 でも、そうなると、私の動きは段取りになっちゃうんです。その通りに動かないといけないって意識してしまいますから。ですから先生は自然体になるまで稽古なさる。その時は50から60回はテストしています。 アイロンの動き方が斜めだったりすると駄目で、まっすぐからとか言われるものですから、一つ一つの動きを意識してしまって、コチコチになって自然体じゃなかったんだと思います。本当に何度も何度もテストしましたね」 特にテストされたのは、失恋した哀しみのため自宅で茫然と巻き尺を巻き続ける場面だったという。それまでメロドラマに多く出演してきた岩下にとっては慣れた芝居だったが、そのことがかえって仇となってしまう。「先生の指導は、『もう一回』『もう一回』っておっしゃるだけで、どこが悪いっていうのはおっしゃってくださらないの。でも、後で監督に言われた言葉で気づいたことがあります。おそらく、その時の私は『失恋したから』ということで悲しい顔をしていたと思うんです。撮影が終わった後にお食事に行きました時、先生は『悲しい時に人間っていうのは悲しい顔をするものじゃないんだよ。人間の感情ってそんな単純じゃないんだよ』ということをおっしゃって、『ああ、あの時の私は悲しい顔をしていたんだな』ということが分かりました。 悲しい顔をしていたのか、動きが自然でなかったのか──きっと両方でしょうね。顔も動きも自然になるまで何度も何度もやって、先生は自然になるのを待っていたんでしょうね」 巨匠の言葉が、覚醒を促した。●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。※週刊ポスト2018年4月13日号
2018.04.08 16:00
週刊ポスト
大原麗子、松坂慶子ほか 新年を寿ぐ「昭和女優の晴れ着姿」
大原麗子、松坂慶子ほか 新年を寿ぐ「昭和女優の晴れ着姿」
 新年、艶やかな晴れ着姿の女性が街を彩った。ここでは、「日本の美」を象徴する昭和の大女優4人の貴重なカットを紹介しよう。●大原麗子──昭和21年東京都生まれ。昭和39年、テレビドラマで芸能界デビュー。映画『網走番外地』シリーズ(昭和40年~)で注目され、時代劇から悪女まで幅広く演じた。和風美人の容貌から、男性からの人気がとくに高かった。●松坂慶子──昭和27年東京都生まれ。幼い頃より女優を志し、昭和44年に銀幕デビュー。昭和48年に大河ドラマ『国盗り物語』での好演で知名度を飛躍的に広げ、映画『蒲田行進曲』(昭和57年)などの話題作で主演を果たした。●岩下志麻──昭和16年東京都生まれ。昭和33年にテレビドラマ『バス通り裏』でデビュー。その後、小津安二郎監督の遺作『秋刀魚の味』のヒロインに抜擢されるなど、松竹の看板女優として活躍した。●内藤洋子──昭和25年茨城県生まれ。高校在学中だった昭和40年に黒澤明監督の『赤ひげ』に出演。翌年に出演したドラマ『氷点』(テレビ朝日系)が高視聴率を記録。人気絶頂の昭和45年に結婚し芸能界を引退した。(C)Yuji Hayata/Marland※週刊ポスト2018年1月12・19日号
2018.01.08 16:00
週刊ポスト
俳優・加藤剛 「役として心で生活しなければならない」
俳優・加藤剛 「役として心で生活しなければならない」
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、正義漢を演じることが多かった俳優・加藤剛が、『影の車』『砂の器』と殺人犯を演じたときの思い出、歴史上の人物を演じるときに心がけていることについて語った言葉を紹介する。 * * * 加藤剛は、正義漢を演じることが多い。だが、1970年『影の車』、1974年『砂の器』という、野村芳太郎監督、脚本・橋本忍、原作・松本清張による映画ではいずれも、自身の少年時代を引きずって殺人を犯してしまう男を演じている。「『影の車』は私の中では非常に珍しい役柄でしたね。この時は野村監督にいろいろとご指導を仰ぎました。特に岩下志麻さんとのラブシーンは際どかったですし、そもそも苦手なんですよ。『砂の器』は、私としてはあまりよくできたと思っていません。私より、私の少年時代を演じた子役の人や父親役の加藤嘉さんの演技がいいんで作品が良くなったんだと思います。菅野光亮さんの音楽に父子の旅の映像が乗っかったのが良かったということであって、私がどんなことをして、何を思っていたのかはもう忘れました。ピアノの指の動きや指揮の仕方は芥川也寸志さんに教わりましたが、武骨な指揮になりましたね。 実は、丹波哲郎さんの演じた刑事役を最初はやることになっていたんです。それで面接をしたら、その帰りに犯人役をやることに変更されたんですよ。 ただ、これはいつでもそうなんですが、僕は『この役はやりません』『嫌です』と言ったことは一度もありません。言われたもの、与えられたものをやるだけです。そして、言われた以上は、その役が作品の中で本当に生きるようにやる。それを一生懸命にやってきました」 古今東西の歴史上の人物を数多く演じてきた加藤。その演技にはいつも、「本当にこの人物はこういう人だったのだろう」と思わせる説得力があった。「歴史上の人物を演じる時、背景を調べたり、その人が実際に生活していた場所が今もあればそこに行くようにしています。その役として生きているうちに、役柄に近い生活をしたいと思って現地に行きたくなるんです。 たとえば伊能忠敬の時は佐原にあるお宅がまだ残っていたのでそこに行き、伊能さんが座っていた場所に座り、天の星を見たりしながら『こんなことを感じて暮らしていたのか』ということを思いました。 もっと遠い所では、舞台で『コルチャック先生』をやった時にポーランドに行きました。先生は孤児院の院長だったのですが、その孤児院に行った時に『先生はこの階段を手すりにつかまって昇ったのかな、このホールにいたのかな』と想像しています。 先生は最後に子供たちとナチに連行されて、トレブリンカのガス室で命を落とします。そこにも行きました。 役者というのは何か役を新たにやる時、役を深めるため、役に近づくため、何か手掛かりが欲しいんです。ですから、現地に行ったり著作や日記を読んだりして、『こんな時にこういうことを思ったんだろうな』ということを考えるようにするわけです。その役をやるためには、役として心で生活しなければなりません。ですから、その人の思想や考えていたことを探るのは手掛かりとして一番大事なことだと思っています。僕なりの想いでしかないんですけどね」●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館刊)が発売中。■撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2017年11月3日号
2017.10.29 16:00
週刊ポスト
五社英雄イズム流れる友近「五社監督に言われれば脱ぎます」
五社英雄イズム流れる友近「五社監督に言われれば脱ぎます」
 日本映画界の鬼才・五社英雄監督が亡くなって今年で25年。10月12日から京都で開催される「京都国際映画祭」では、彼の作品が特集上映される。五社監督の作品の魅力とは何なのか? 芸能界随一のファンが、溢れる愛を熱弁する。 * * * もともと任侠映画や実録事件ものの映画が好きで、五社作品も含め、そうした匂いのする作品をよく見ていたんです。10年くらい前、あるテレビ番組で「あなたのおすすめ映画」みたいな企画があって、五社作品を紹介したんです。そこで改めて作品を観直すようになったらハマってしまった。今では各作品のロケ地巡りをするくらいの五社ファンです。 これも番組でのことだけど、スピリチュアリストの江原啓之さんに「あなたの前世は置屋の女将だ」って言われたことがあるんです。これ多分本当ですね。だって『吉原炎上』とか『陽暉楼』を観るとめちゃめちゃ懐かしいですもん。あの世界、前世でさんざん見たわけですね(笑い)。 五社作品って、幸せな人はあまり出てこない。どちらかというと不幸な人ばかり。ですが、置かれた場所が違えば、この人にも別の人生があったのだろうな、と想像させるほどにそれぞれの役柄を深く演出している。『鬼龍院花子の生涯』の松恵(夏目雅子)みたいに、人でなし鬼政の家にもらわれてきたばっかりに数奇な運命を辿ったり。環境によって人の人生は全く違ったものになるし、環境はその人自身のキャラクターにも影響を与えると思うんです。 私のひとりコントの登場キャラに、西尾一男っていう架空のおっさんがいます。愛媛の普通のおっさんなんですけど、結構苦労しているんでしょうね、立ち居振る舞いに哀愁がある。そういう人間を演じる時に、五社作品は参考になる。監督が生きていたら、ぜひお会いしてみたかったですよ。そしてチョイ役……いやっ、いい役で出させていただきたい。 私ね、自分のカラダに全く自信がないので、ボディラインの出る服とかビキニとかでテレビには出たくないんです。でも、五社監督に言われれば脱ぎます(笑い)。ただちょっとだけお時間をいただきますよ。五社監督ならきっと「だらしないボディラインこそリアル」とおっしゃってくれるかもしれませんが、私は恥ずかしいのである程度お肉を削がせていただきます。まあ、オファーされたらですけどね(笑い)。 五社作品を観てきて、実はものまねの参考にもなっているんです。岩下志麻さんの投げ出すようなセリフ回しがたまらない。ネタで極道の女をやる時はあれを真似しています。つまり、間接的だけど私の中には五社イズムが流れているんですよ。【プロフィール】ともちか/1973年、愛媛県生まれ。「NHK新人演芸大賞」(2003年)演芸部門 大賞など数々のコンクールに入賞した実力派芸人。演技力には定評があり、ドラマや映画など女優としての出演経験も豊富。熱烈な五社英雄ファンを公言している※週刊ポスト2017年10月13・20日号
2017.10.14 16:00
週刊ポスト

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