佐々木朗希一覧

【佐々木朗希】に関するニュースを集めたページです。

佐々木朗希の投球動作
佐々木朗希のフォークは「もっとよくなる!」 フォークの神様・杉下茂氏が提言
 6月11日のDeNA戦に登板後、登録抹消されていたロッテ・佐々木朗希が、6月22日の西武戦に中10日で登板。7回96球3安打無失点、9奪三振で6勝目を挙げた。登板間隔を空けながらも勝ち星を積み重ねる佐々木だが、160キロ超のストレートと決め球のフォーク、それ以外の球種の配分などには微妙な変化も見られる。元祖フォークボーラーとして215勝をあげたレジェンド・杉下茂氏(元中日ほか)の目には、どう見えているのかを聞いた。 ここまでの今シーズン、佐々木の勝利数はオリックス・山本由伸の7勝に次ぐ2位タイ。防御率も1位のオリックス・山岡泰輔の1.51、2位の山本の1.55に肉薄する1.56で3位につける。そして奪三振数114は、2位の山本の86を大きく引き離してリーグトップだ。 「登録抹消された10日間で、佐々木はリフレッシュに専念したようです。血行をよくするために時間をかけて風呂に入って、睡眠も8時間とったという。コンディションを整えたことでストレートの160キロ台の割合が前回の17%から33%へと増えました。セパ交流戦の3試合は勝ち星がなかったこともあり、中6日では疲れが抜けきらないのではないか」(担当記者) 6月11日のDeNA戦では8回94球(自責点1)で降板したが、160キロ超えのストレートが8球しかなく、140キロ台のスライダーを多投(20球)。打たせて取るピッチングだった。相手チームの4番・牧秀悟から打たれた本塁打は130キロのカーブだった。4月10日に完全試合を達成したオリックス戦では36球投げていたフォークは、この日のDeNA戦では17球にとどめた。 一方、中10日での登板となった6月22日の西武戦では、ストレートとフォークを主体に組み立て7回には西川愛也を6球連続フォークで三振に仕留めている。 抜群の切れ味と落差のフォークを駆使して3度の沢村賞(1951年、1952年、1954年)を獲得し、「フォークボールの神様」と呼ばれる杉下茂氏に、佐々木のピッチングについて聞くと、「佐々木君は大切に使われて幸せですね」という第一声だった。「ロッテは大切に扱っていますよ。カネさん(故・金田正一氏)を超えるピッチャーになるのではないかと期待していますが、カネさんは佐々木君くらいの年齢で、すでにかなり投げていましたからね。高校を中退してプロ入りし、2年目には350イニングですから。本当に、がむしゃらに投げていた」フォークは川上哲治を打ち取るためのボールだった 若い投手に無理をさせない育成法が主流となりつつあるが、金田氏や杉下氏の頃とは時代が違うということなのか。そう質問すると、杉下氏はこう応じる。「カネさんの場合は、(登板が多くても)疲労感がない。全身を使って投げているぶん、目いっぱいの力で投げることがないんですよ。佐々木君は肩の力で投げている。それに、ほとんど全員の打者に対して全力投球ですからね。そりゃ疲れる。それなりにお休みしないとまずいよね」 最速164キロのストレートと落差のあるフォークボールを武器とする佐々木だが、元祖フォークボーラーと呼ばれる杉下氏は、「佐々木君のフォークボールはこれからですよ。もっともっとよくなるでしょうね」としたうえで、今後何を意識するといいのかについてこう話す。「ストレートをどんどん投げることです。あくまでも基本はストレート。フォークの投げ方はストレートと同じです。ストレートを投げているうちに、フォークは自然によくなっていく。フォークを磨こうと思わず、少しでも速いストレートを投げることだろうね。あとは、カーブかな。みんな楽をしようとしているから、カーブではなくスライダーを投げている。カーブは腕全体で捻らないといいボールが投げられないが、ほとんどの選手がカーブの握りで滑らせて投げようとするから、スライダーになる。カーブを投げれば腕の振りがよくなる」 さらに杉下氏は「フォークボールをあまりたくさん投げなくていい」とも言う。「ボクは“フォークの神様”なんて呼ばれていますが、実は勝負どころでしか使わない大切な切り札の位置づけでした。だから1試合に5~6球しか投げなかった。主に巨人の川上哲治さんを打ち取るために投げていました。ボクのフォークが打者のバットに当たった記憶があるのは1回だけです」 そんな杉下氏は佐々木の課題としてコントロールを挙げた。「ボクが投球で大切にしていたのはコントロールです。打者の弱点を丁寧につけばスピードがなくても抑えられる。また、アウトコース、インコースは狙ったところを外れる場合も、ストライクゾーンの外側(ボールサイド)にいかないとダメなんです。佐々木君もコントロールは悪くないが、そのあたりがこれからの課題だね」 元祖フォークボーラーも認める佐々木朗希。どこまで進化するのだろうか。
2022.06.25 11:00
NEWSポストセブン
昔の絶対的エースはすごかった(イメージ)
1950~60年代プロ野球“絶対的エース”の凄み 投手が野手にサイン出し、打者を手玉に
 ロッテの佐々木朗希が完全試合を達成し、ソフトバンクの東浜巨はノーヒットノーランを達成。今季は「投高打低」と言われるが、近年のエースは中6日が当たり前で、球数も100球程度で交代してしまい、どこか物足りなさを感じているファンもいるに違いない。かつてのプロ野球の「絶対的エース」の活躍ぶりは、今では考えられないものだった。(文中敬称略)【全3回の第3回。第1回から読む】 1950~60年代の各球団のエースでは、通算400勝の金田正一や同350勝の米田哲也のように“太く長く”の活躍を見せ、もはや塗り替えられようのない記録を打ち立てた投手たちがいる。1953年にプロ入りし、阪神、ロッテなどで通算320勝をあげた小山正明もその一人だ。当時の阪神で捕手として活躍した辻恭彦はこう言う。「新人だった私に“構えたミットを動かすな”と言い、その通りにしていると本当に寸分の違いなくボールがきた。あと、試合中は小山さんから内野手にサインが出る。右打者にパームボールを投げると、引っ張ってサードゴロになることが多かったから、右ポケットを触ってサードやショートに教えるんです。それで本当にゴロの凡打になる。まさに打者を手玉に取るエースでしたね」 1950年代の阪神に投手として在籍し、その後、球団の裏方として寮長などを務めた梅本正之も、「当時の阪神には小山、そして村山実という本格派エースが2人いた。この2人が投げるゲームは落とせないという空気がチームに生まれた」と話している。長く勝ち星を積み上げたからこそ、逸話が語り継がれる。 一方で、入団後2年間で65勝を上げるも、実働5年で散った権藤博のように“太く短く”の活躍で、通算記録では歴代上位に入らないエースたちもいる。「怪童」の異名を取り、剛速球が武器だった東映・尾崎行雄はその一人だろう。入団1年目の1962年に20勝9敗の成績をあげ、リーグ初優勝に貢献。5年間で98勝をあげたが、右手にマメができる体質で肩を痛め、その後の6年間では9勝しか挙げられなかった。 1955年に東映に入団した土橋正幸も“短い輝き”を見せたエースだった。ちぎっては投げのハイピッチ投球で知られ、開花した3年目からの7年間だけで147勝を記録したが、肩痛や筋断裂、首痛など故障が相次ぎ、プロ10年目からは3年間で計10勝しかあげられずに引退した。記録ではなく記憶に残るエースたちだが、権藤は現役生活を総括して、こんな言い方をする。「誰だって、最初から短期間で燃え尽きようと思ってなんてやりませんよ。無理をしたつもりなんてない。それが当たり前だっただけです」 現代では、投手を故障から守るために100球での降板や中6日のローテーションが“当たり前”になった。時代が違うのである。ただ、それでも言いたい。昔の絶対的エースは、もっともっとすごかったぞ、と。(了。第1回から読む)※週刊ポスト2022年6月10・17日号
2022.06.06 07:00
週刊ポスト
「神様、仏様、稲尾様」と称賛された稲尾和久(写真/共同通信社)
佐々木朗希より“異次元”の活躍? 1958年の稲尾和久、後半戦だけで17勝の絶対的エース
 完全試合やノーヒットノーランが相次ぐ今季は「投高打低」と言われる。“令和の怪物”こと、プロ3年目・佐々木朗希の快投などが観客を興奮させているのはたしかだろう。ただ、中6日で、球数は100球まで。かつてのプロ野球の「絶対的エース」の活躍は、今では考えられないものだった。(文中敬称略)【全3回の第1回】 昨季はチームのリーグ優勝に貢献し、沢村賞を獲得したオリックス・山本由伸。その成績は26登板(193回2/3)、18勝5敗、206奪三振、防御率1.39という数字で、“現役最強投手”の呼び声も高い。 今季はロッテ・佐々木朗希も“異次元の活躍”と称賛される。完全試合を達成すると、中6日で登板した翌週も8回まで完全投球を見せた。山本も佐々木も、たしかにすごい。しかし、1950年代や1960年代に活躍した絶対的エースと比べると、どうだろうか。 代表例が「1958年の稲尾和久」だ。1958年に開催された西鉄vs巨人の日本シリーズ。西鉄のエース・稲尾は第1戦、第3戦に先発するも敗れ、チームも3連敗。しかし、ここから稲尾が獅子奮迅の活躍を見せる。 4戦目は9回を投げ切って西鉄が6対4で勝利。第5戦も0対3の4回からリリーフし、9回に西鉄が追いつくと、延長10回には稲尾自身の本塁打でサヨナラ勝ちを収める。第6戦は先発して9回3安打完封。最終戦も稲尾が先発すると、長嶋茂雄のランニングホームランの1点に抑え、3連敗からの4連勝に。3年連続の日本一となった。7戦の計62イニングのうち、稲尾は実に47イニングに登板したのである。「この年に『神様、仏様、稲尾様』という言葉が生まれた。オールスター前に首位・南海に10.5ゲーム差をつけられていた西鉄が、逆転でリーグ優勝した時に誕生したフレーズです。オールスター以降、西鉄が優勝するまでの48試合で稲尾は31試合登板し、17勝1敗。ダブルヘッダーに連勝すれば優勝という局面では、2試合とも登板し、胴上げ投手となっています」(スポーツ紙編集委員) 昨年の山本の登板イニング数は200回に届いていないが、この年の稲尾は373回に及ぶ。翌1959年や1961年は400イニング以上を投げた。「稲尾は通算756試合に投げたうち、117試合が連投だった。凄まじい数字です。プロ9年目(1964年)は酷使がたたって1勝もできず、以降はリリーフに転向したが、満足のいく結果は残せず1969年に引退した。プロ通算14年で276勝。“太く短い”とも言うべき現役生活でした」(同前) この時代は各球団の絶対的エースが投げまくっていた。1958年は、セで国鉄・金田正一が31勝14敗(登板56試合)、パは稲尾が33勝10敗(同72試合)で最多勝となった。阪急のエースとして同年に23勝13敗(同45試合)の成績を残し、後に通算350勝を積み上げた米田哲也はこう振り返る。「並み居るエースのなかでも、やはりサイちゃん(=稲尾)がナンバーワンだろうね。サイちゃんが西鉄に入団したら、ピッチャーが1人加入しただけなのに優勝できるチームになってしまった。まさにエースと呼ぶに相応しい。 当時の阪急は貧打で弱小でしたから、サイちゃんは阪急とのダブルヘッダーは“1日2勝のチャンスだ”と思ってリリーフと先発で2試合とも投げてきたりしたんです。サイちゃんと投げ合いたくないからと、阪急には西鉄戦前になると体調を崩すピッチャーがゴロゴロいてね。お鉢が回ってくるのが私だった。だから西鉄との対戦で1勝6敗というシーズンもあって、その1勝も私のサヨナラホームランで勝った試合だった(苦笑)」 米田は「当時、エースと呼ばれるピッチャーは投げるチャンスをもらえるならいつでもマウンドに上がった」と振り返る。「南海の杉さん(杉浦忠)もアンダーハンドからの速いストレートで打者をきりきり舞いさせていた。新人だった1958年から27勝12敗。2年目はもっとすごくて38勝4敗ですよ。驚異的な勝率で南海を優勝させました。ただ、全盛期は短かったですね」 南海・杉浦はプロ入りから4年連続20勝以上をあげたが、7年目を最後に2ケタの勝ち星をあげることはなかった。米田は当時のピッチャーの練習をこう表現する。「他人に負けたくないので、ただただ投げ込んだだけ。今の時代のようなトレーナーもいなかった。キャンプでの貯金をどうやって1年間もたせるか。夏場はみんなヘバってくるので、そこで暑さに負けないようにやっていた。とにかく“暑い”とは言わない。口にすると気持ちが沈みますから」 それは「自分に対して暗示を掛ける作業だった」と米田は続ける。「キャンプでは1日300球を2~3回やり、他の日も常に150球は投げていた。この自信が大きいんです。300球を投げていると、完投での135球は半分ですからね。楽に投げられた」 近年は、先発投手が責任を果たした“合格ライン”としてクオリティスタート(6回3自責点以下)という概念も定着してきたが、「昔の阪急は2点取ってもらったらピッチャーが野手陣にお辞儀をするような貧打チーム。先発が3点も取られたら全部負けていますよ」と米田は豪快に笑った。(第2回へ続く)※週刊ポスト2022年6月10・17日号
2022.06.04 11:00
週刊ポスト
高校時代は「エースで4番」だった(時事通信フォト)
佐々木朗希、交流戦で本塁打あるか?「高校通算12本塁打」の“打撃センス”
 5月24日、プロ野球「日本生命セ・パ交流戦」が今年も開幕した。ペナントレースの行方を大きく左右するが、注目はやはり千葉ロッテの佐々木朗希(20)だろう。「完全試合達成」のインパクトだけでなく、勝利数や奪三振数などパ・リーグの各部門で軒並みトップに立っており、名実ともに球界ナンバーワン投手になりつつある。 中6日のローテを基本とする佐々木は最大3試合に登板する可能性があるが、交流戦の見どころは「ビジター」での登板だ。「もちろんセ・リーグの打者との対戦も楽しみですが、ビジターの場合はDH制がないので投手も打席に立ちます。佐々木は野球センス抜群で、高校時代には逆方向にサヨナラホームランを打ったことが話題になりました。高校通算12本塁打と長打力もあり、彼がプロ相手にどんなバッティングをするのか楽しみです」(スポーツ紙記者) 昨年の交流戦では甲子園での阪神戦に先発。この時は5回4失点ながら勝ち星をあげたが、打席では相手投手のアルカンタラの前に2三振と「初安打」はお預けとなった。 プロの世界で投手にとってバッティングはどのような意味を持つのか。「バッティング? 僕は大好きでしたよ。ピッチャーでも打つのが好きな人は多いですよ」 そう語るのは、「カミソリシュート」で鳴らした平松政次氏(74)。プロ通算25本塁打を放ち、二塁打も22本と「打てる投手」の代表格だ。「僕もそうでしたが、我々の時代は『投げられるし、打てる』という人がピッチャーを任された。だからプロに入るような選手は基本的にエースで4番という人ばかり。もちろんプロでは投げるのが本職だから『自分が打って勝とう』とまでは思わなかったけど、打つ自信はあったしヒットが出るとピッチングのリズムが良くなるんですよ。 佐々木は野球センスもいいし、打つのも好きだと思うよ。ただ、パ・リーグの場合は打席に立たないからいきなり交流戦で打つのは至難の業だと思う。佐々木にはホームランより完全試合を期待したほうがいいかもしれないね」(平松氏) かの野村克也監督も、「エースになる人は共通してバッティングが良い」という持論を持っていたと言われる。「令和の怪物」は打撃も怪物なのか―打席でも目が離せない。※週刊ポスト2022年6月10・17日号
2022.05.31 07:00
週刊ポスト
完全試合を達成した佐々木朗希(写真/共同通信社)
投手は休養十分?“投高打低”の2022年プロ野球、コロナ禍ならではの事情も
 2022年のプロ野球はようやく3分の1ほどを消化したばかりだが、今季は異様なまでの「打高投低」のシーズンとなっている。5月15日時点でパ・リーグの平均防御率は2.90、セ・リーグは3.35と、近年で断トツに良い数字になっており、ロッテの佐々木朗希は完全試合を、ソフトバンクの東浜巨はノーヒットノーランを達成。投手陣の頑張りが目立つ状況だ。 昨季と比べても格段に防御率がよくなったことについて、“今季の事情”を指摘する声もある。「今季はコロナの関係で野手の打ち込みや走り込みが足りなかったのよ。オープン戦や練習試合が中止になったり、主力がコロナに感染して試合を休んだりせざるを得なかった。外国人選手が出遅れているチームも多い」 そう話すのは、広島の正捕手として活躍した達川光男氏だ。「ソフトバンクの柳田悠岐が肩を傷めて欠場したし、ロッテのレアードやマーティンら強打者も調整が出遅れた。パはとくに、どこのチームもケガやコロナで打線が揃えられていないよね」 プロ野球のデータ分析に詳しいスポーツジャーナリスト・広尾晃氏も「オリックスでは吉田正尚、杉本裕太郎ら主力がコロナ感染したし、これまでスタメンに名を連ねていた打者を欠いているチームが多い」と分析する。「日本ハムの新庄剛志監督が打線を固定しないことも大きいが、例年、打撃30傑の顔ぶれは5人前後が入れ替わっていくサイクルなのに、今年のパは11人も違うメンバーに入れ替わっている。実力ある新鋭が出てきたというより、各チームの主力が欠けているための現象です」(広尾氏) 打者に“手負い”が多いのに対して、投手は“休養十分”のようだ。達川氏が言う。「ロッテ・佐々木の使い方からも分かるように、登板間隔を大きく開けるようになってきた。ピッチャーは“休み肩”がいいんですよ。もちろん、基本は中6日で投げてもらわないと困るんだけど、どこの球団も“1回飛ばし”を混ぜている。 広島は雨天中止の時にエース・大瀬良(大地)を翌日にスライド登板させず、ローテーションを1回飛ばした。オリックスの山本や宮城も中10日で投げたりした。だから、ピッチャーは全般的に元気がいいよね。一方で、バッターは休めば調子がよくなるものではない。その差が出ているんじゃないかね」 ただ、「このまま投高打低で点が入らない野球が続いたら、お客さんは面白くないと思うよ」と達川氏は続ける。「昔から『一番面白いゲームのスコアは8対7』と言われるように、やっぱり点の取り合いが面白いんですよ。それが昔のパ・リーグの野球だったが、今はロースコアの僅差ばかりだね。 とはいえ、これから夏場になってくると、どんなに登板間隔を開けてもピッチャーがへばってくると思いますよ。交流戦が明けた頃には、どこもピッチャーに余裕がなくなるから中6日を続けざるを得なくなるでしょう。その頃には、投高打低は逆転していると思いますよ」 ここまでは異例のシーズンだが、143試合を終えた時、どんな結果となっているのだろうか。※週刊ポスト2022年6月3日号
2022.05.25 07:00
週刊ポスト
佐々木朗希の高校時代の投球フォームはどうだったか?
佐々木朗希 恩師が語る高校時代のフォーム「入学当初はカクカクしていました」
 4月10日、日本プロ野球では28年ぶりとなる完全試合を達成し、国内のみならずメジャーからも注目されるようになった佐々木朗希(20)。岩手県立大船渡高校の体育科の教員で、硬式野球部の元監督である國保陽平氏(35)は、高校時代の佐々木をこう振り返る。「入学したばかりの頃は、投球フォームも走り方も、動きがカクカクしていました。もともと柔軟性はありましたが、時間を経るなかで少しずつ滑らかな動作となっていきました」 佐々木は1年夏に147キロを計測し、2年になって157キロ、そして3年春の高校日本代表の紅白戦で163キロと最高速を更新していった。投球フォームに関して、「特別な指導はしていません」と國保氏は言う。「僕が投手に言うのは、とにかく一番力強く球を放せるポイントを探しなさい、ということ。人それぞれ骨格が異なるわけですから、投げる腕の角度やリリースポイントも違ってくる。もちろん、リリースポイントが打者に近ければより打者に時間を与えないことにつながりますが、それによって制球が安定しなくなれば意味はない。そういうことは朗希とも日頃から話していました」 卒業から2年半──投球フォームは3年夏と比べて大きく変わっていない。「高校生には通用しても、プロが相手となれば見切られるし、いくら球が速くても打たれてしまう。そこでプロ入り後、フォームを修正する必要が生じてしまうのが通常でしょう。変わらないでプロ野球生活を送れているのは幸せなことだと思います」 現在は部長の立場で佐々木の後輩を指導する國保氏は、動画配信サービスのパ・リーグTVで佐々木の登板試合を観戦するのが一番の楽しみだ。【プロフィール】佐々木朗希(ささき・ろうき)/2001年11月3日生まれ、岩手県陸前高田市出身。県立大船渡高校を卒業後、2019年のドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団。4月10日に28年ぶりの完全試合と史上初の13者連続奪三振を達成した。取材・文/柳川悠二 撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2022年5月27日号
2022.05.20 11:00
週刊ポスト
佐々木朗希の投球フォームに現れる「L字」とは?(時事通信フォト)
五十嵐亮太氏が分析する佐々木朗希のフォーム 山本由伸、千賀滉大と共通する「L字」
 史上最年少の完全試合を4月10日に達成した佐々木朗希(20)は、海の向こうのアメリカでも「投手としての実力はオオタニ以上」と評される。佐々木の投球は何が優れているのか。160キロ超えを連発する“パーフェクト・フォーム”について、東京ヤクルト時代の2004年に当時の日本タイ記録となる158キロを投げた豪腕で、日米で活躍を続けた五十嵐亮太氏が分析する。 現役の晩年になって、五十嵐氏はあることに気がついたという。「一流と呼ばれる投手のフォームには共通点がある。それが股関節の内旋でした。右投げの投手が左足を踏み込んでいく時、左膝が内を向き、足底の内側部分から地面に着いていく。現役では(ソフトバンク時代の同僚である)千賀滉大や(東京ヤクルトの)石川雅規、(オリックスの)山本由伸らがそうです」 佐々木朗希。彼もまた投球時、見事に左脚が「L字」になる。 五十嵐氏は元巨人の槙原寛己氏とゴルフを共にした際に、この股関節の使い方を訊ねたところ、槙原氏も「意識していた」と打ち明けたという。前・完全試合男(1994年に達成)にも共通する投げ方なのだ。「左足を外から大きく回すような投げ方をしてしまうと、上半身が我慢できず開いてしまい、投げる方の腕も外回りしてしまう。それでは軸も保てず、力のあるボールが投げられないし、故障のリスクもある。当然、股関節が柔らかくなくてはできない動きです。 彼らに話を聞くと、子どもの頃の食卓はテーブルではなく、ローテーブルだった。つまり椅子ではなく床に座って食事していた。だから彼らはみんな“女の子座り”(膝から下を左右に広げて、お尻を着いた状態の座り方)ができるんです」 五十嵐氏もこの投げ方に挑戦はしてみたという。「僕には合わなかった。やれと言われてやれるフォームじゃない。スムーズに連動できるかなど、自然な取り組みの中で選手がたどり着いた結果なんだと思います。普通リリースの瞬間は『むっ』と力んだ表情になる。顔が力むと首から肩にかけて強ばってしまうんです。ところが、佐々木投手の場合は涼しい顔をしていますよね」 まだまだ余力を残す怪物が、前人未到の170キロを投げる日はすぐそこに来ている。【プロフィール】佐々木朗希(ささき・ろうき)/2001年11月3日生まれ、岩手県陸前高田市出身。県立大船渡高校を卒業後、2019年のドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団。4月10日に28年ぶりの完全試合と史上初の13者連続奪三振を達成した。五十嵐亮太(いがらし・りょうた)/1979生まれ、北海道出身。1997年ドラフト2位でヤクルトに入団。2003年にクローザーに転向し、2004年には当時の日本人最速タイとなる158キロを計測。その後2009年にメジャー移籍、2013年に日本球界復帰を経て、2020年に現役引退。現在は野球解説者として活動。取材・文/柳川悠二※週刊ポスト2022年5月27日号
2022.05.19 11:00
週刊ポスト
バイオメカニクス研究所が、佐々木朗希の投球フォームを解析
佐々木朗希を分析 身体への負担が抑えられ、故障リスクは少ないフォーム
 4月10日、圧巻の投球で史上最年少の完全試合を達成した佐々木朗希(20)。“令和の怪物”の投球技術は何がどう優れているのか。最新の解析技術を使用する専門家たちが、160キロ超えを連発する“パーフェクト・フォーム”に故障の危険は潜んでいないのか。投手の肘のケガ、いわゆる「野球肘」の予防で知られる信原病院と併設のバイオメカニクス研究所が、佐々木投手の投球フォームを解析し、分析した。 兵庫県たつの市にある信原病院は、オリックスのチームドクターを務めたことのある信原克哉前院長(2022年3月に逝去)の肝いりで、1989年にバイオメカニクス研究所を設立した。主に野球選手の投球障がい予防を目的とし、小中高のアマチュアから現役の大物プロ野球選手まで、数多くの動作解析を行なっている。 今回、工学博士の田中洋副所長に佐々木の投球動作解析を依頼し、その結果を受けて乾浩明所長が整形外科医の見地からこんな解説を加えた。「通常、球が速い投手は身体にかかる負担が大きいため肩肘を痛めやすい。佐々木投手は160キロを超える剛速球を投げるのですから、その反動は未知数です。 しかし佐々木投手のフォームは、生理学的に良いとされるポイントを押さえています。脚の運びから肩をねじる動作まで体が閉じた状態をキープし、ボールリリース時にはしっかり左脚の膝が伸びている。球速を出しながらも効率よくエネルギーを伝えられているので身体への負担を抑えられているように見受けられます」 それはつまり、故障のリスクが少ないフォームになっているのだ。【プロフィール】佐々木朗希(ささき・ろうき)/2001年11月3日生まれ、岩手県陸前高田市出身。県立大船渡高校を卒業後、2019年のドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団。4月10日に28年ぶりの完全試合と史上初の13者連続奪三振を達成した。信原病院・バイオメカニクス研究所(のぶはらびょういん・バイオメカニクスけんきゅうじょ)/整形外科医である乾浩明所長と動作解析専門の田中洋副所長がタッグを組み、臨床的見地と工学的見地の両面から野球の動作解析や指導を行なう。プロ野球選手やドラフト候補選手を年間100人近く診察する。取材・文/柳川悠二 撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2022年5月27日号
2022.05.18 16:00
週刊ポスト
佐々木朗希の投球動作【4】
佐々木朗希の投球動作解析 特徴は「バレーのスパイクのようなリリース」
 5月6日の福岡ソフトバンク戦に登板した佐々木朗希(20)は、6回91球で降板した。直球は48球で、そのうちの90%近い41球が160キロを超えた(平均の球速は160.7キロ)。彼の投球技術は何がどう優れているのか。 国内における投球動作解析の第一人者で、筑波大学硬式野球部監督の川村卓氏は、高校時代の佐々木と対面し、動作解析によってアドバイスを送ったこともある。「高校時代に比べ右足でプレートを深く、しっかりと押せていることが、安定してスピードを出すことにつながっている。股関節回りの筋肉、簡単に言えば体幹部がトレーニングによって鍛えられたことが大きな要因でしょう。左脚は踏み込む時に地面を強く押し返し、上体が骨盤に乗った状態ができあがっている。大谷翔平選手にも共通する動きですね。それによって腕が上から下に強く振れるようになっています」 また、白球を握り込んだ右腕が頭部近くを通り、よりコンパクトな腕の振りに。「佐々木投手の投球フォームの大きな特徴は、リリースポイントが非常に高い位置である点です。バレーボールのスパイクのように、背中をうまく反った状態から、高い地点でパチンと手首を返すような動きをする。これによって腕をムチのようにしならせている」 一般的には、できるだけ前でリリースした方が打者との距離が近くなって効果的だと指導されるだろう。「その方がボールに長く力を加えられますし、制球も安定する。それとは対称的にこの高い地点からのリリースは(身長190センチの)佐々木投手だからできる独特のものです。そして、上から下への軌道から、スーッと伸びてくる直球と、ストンと落ちるフォークがある。打者は見分けがつかないだろうなと思います」 川村氏の解析でも、非の打ち所がないフォームであることが明らかになった。【プロフィール】佐々木朗希(ささき・ろうき)/2001年11月3日生まれ、岩手県陸前高田市出身。県立大船渡高校を卒業後、2019年のドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団。4月10日に28年ぶりの完全試合と史上初の13者連続奪三振を達成した。川村卓(かわむら・たかし)/1970年生まれ、北海道出身。札幌開成高校の3年時には主将として夏の甲子園に出場。筑波大学大学院体育研究科修了後、2000年に同大硬式野球部の監督に就任。現在は同大体育専門学群准教授を務め、日本の「動作解析の第一人者」として知られる。取材・文/柳川悠二撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2022年5月27日号
2022.05.17 16:00
週刊ポスト
「佐々木朗希vs白井球審」の感想を大相撲の立行司に聞いてみた
「佐々木朗希vs白井球審」の感想を大相撲の立行司に聞いてみた
 今季のプロ野球で俄然注目を集めることになったのが「審判」だ。令和の怪物・佐々木朗希(20・ロッテ)に対する白井一行・審判員(44)の“詰め寄り”騒動が尾を引いているが、この状況を他のプロスポーツの審判はどのように見ているのだろうか。現在、国技館で開催中の大相撲で、立行司(行司の最高位)を務めた人物に聞いてみた。 白井球審が佐々木に詰め寄った4月24日以来の“再会”となった5月13日のオリックス-ロッテ戦(京セラドーム大阪)では、場内アナウンスで「二塁・白井」とコールされると拍手が起き、翌日のスポーツ紙も佐々木の背後に白井塁審が入り込む“ツーショット写真”を掲載した。 この日は特に事件は起きなかったものの、この3連戦では翌14日にロッテの井口資仁・監督がストライク判定を巡る抗議で退場処分に。試合後、井口監督は「退場になったって構わない。しっかりジャッジしてほしいということを言っただけ」と語った。さらに15日の第3戦では球審を務めた白井審判員のストライクコールにロッテのレアードが抗議した際、暴言を吐いたとして退場となった。 こうした騒動について、大相撲の第37代木村庄之助(72。以下「37代庄之助」)はこう語る。「私もたまたまテレビであのシーン(佐々木に白井球審が詰め寄った場面)を見ていたんです。実は大相撲でも行司の軍配に対して“差し違えじゃないのか”という顔をする力士もいるんです」「行司には野球の審判のような権限はない」 ただし、行司は野球の審判とは大きく異なると話す。最も大きな違いは、行司は判定こそ行なうものの「審判ではない」という点だ。「相撲にも行司の軍配に異議を唱える『物言い』という制度がありますが、これができるのは力士ではなく、土俵下にいる審判員(審判部に所属する親方)です。物言いがつくと土俵上で協議が行なわれますが、行司は意見を言えるものの決定権はない。もちろん信念を持って軍配を上げているのですが、行司にはプロ野球の審判のような権限はないのです」(37代庄之助) そのためか、軍配に不服な力士が行司をにらみつけたりする場面はほとんどなく、土俵下の審判員に“物言いをつけてほしい”という表情を送ることが多いのだという。言うなれば、行司は「審判員のアバター(分身)」でしかないというわけだが、プレッシャーは非常に強い。立行司が左腰に帯びる小刀には「差し違えた場合は切腹する」という意味がある。また、角界では差し違えのことを「行司黒星」と呼ぶ。「もちろん“そういう覚悟”で土俵に上がっているということで、軍配を間違えるたびに切腹はできないですけどね(苦笑)。それでも三役格以上の行司が差し違えた場合は、その日のうちに理事長に進退伺を出ださないといけません。1場所で2度の差し違えで謹慎処分が出たケースもある。私は木村庄之助と式守伊之助(木村庄之助と並ぶ立行司の名跡)を9場所ずつ務めましたが、その間に1回も行司黒星はなかった。それが私の誇りだね」(37代庄之助)横綱・白鵬に物言いをつけられた一番 そんな37代庄之助にも、物言いで勝敗判定が覆った経験がある。2014年5月場所12日目の豪栄道対鶴竜の一番で37代庄之助が豪栄道に軍配を上げたところ、土俵下で物言いの挙手をしたのは何と控えにいた横綱・白鵬だった(物言いをする権利は審判員のほかに控え力士にもある)。明らかに鶴竜の手が先についており勝敗は明白に見えたが、白鵬が指摘したのは「前のめりになった鶴竜の髷(まげ)を豪栄道が掴んでいた」というもの。ビデオ検証なども経た協議の末に、白鵬の物言い通りと認められ、豪栄道の「反則負け」となったのだ。ただし、反則負けは行司の「差し違え」とはならないのだという。「150キロを超える投球のストライク・ボールを判定しなきゃならない野球も大変でしょうが、行司はもっと大変だと思う。力士2人が土俵上で激しく動き回るだけでなく、それに合わせて行司も立ち位置が目まぐるしく変わるので、勝った力士が東方か西方かを取り違えないように把握しておく必要がある。土俵際では足元から目が離せず、見える位置に回り込まないといけないし、そのために力士の近くに寄らなければならないが、絶対に取り組みの邪魔になってはならない。同体に見えても必ずどちらかに軍配を上げないといけないというのもシビアですね」(37代庄之助) 判定の難しさに加えて、行司には身の危険も伴うという。「野球の球審はプロテクターを着けているけど、行司は装束だけで防具なんてないからね。あの狭い土俵で巨体の力士2人がぶつかり合っている間に小柄な行司は立たなきゃならない。突き飛ばされた力士をよけきれずに土俵下まで転がり落ちたこともあります。危険は取組中ばかりでない。土俵下に座って控えている時に体重150キロの力士が落ちて来たら逃げられない。はっきりいって命がけでしたよ」ビデオ判定導入の“大先輩”として思うこと 今やプロ野球では微妙な判定に対してビデオ判定を要求する「リクエスト制度」が定着しているが、日本のメジャースポーツで最初にビデオ判定が導入されたのは大相撲で、何と今から50年以上前の1969年のこと。同年3月場所の大鵬対戸田の一番で、当時の立行司・式守伊之助は大鵬に軍配を上げたものの、物言いがついて判定が覆り、大鵬の連勝記録(当時)が45でストップしてしまった。ところが、ニュース映像や写真を見ると明らかに戸田の足が先に出ていたため、相撲協会には抗議の電話が殺到する。それがきっかけとなって次の5月場所からビデオ判定が導入されたのだ。大一番での大誤審が、相撲の審判制度を変えるに至ったのだが、新弟子時代の37代庄之助(当時は木村三治郎を名乗っていた)はこの一番を土俵下で見ていたという。「それ以降、物言いの協議ではビデオの助けを借りるようになり、コマ送りでどちらの力士が先に早く土俵に落ちたかを判定できるから、取り直しは少なくなったと思います。ですが、相撲の勝敗には『死に体』や『かばい手』『かばい足』という難しい判断も絡む。必ずしも先に手をついたり、足が出たりした力士の負けとは限らない。中にはつり出しで相手を土俵外まで運んだ力士の足が先に出たら『勇み足』と判断されるケースもあったりする。ビデオ判定には利点も多いけれど、もっと人間の目を信じてもいいかもしれない」(37代庄之助) 審判としての権限もなく、軍配を差し違えれば“切腹”とはいかないまでも進退伺を提出しなければならない。あまり知られていないが、行司は土俵上の判定以外にも、土俵祭の祭主、場内放送、番付書き、取組編成会議での書記、巡業での会計などの役割がある。佐々木朗希のようなスター選手をにらみつけ、元名選手の監督にも毅然とした態度で退場処分を下せる野球の審判に比べると、割に合わない役割のようにも思えてしまうが、37代庄之助はこう語る。「相撲が好きだったからね。行司になってよかったと本当に思ってます。もっと行司に権限が欲しいかって? うーん、あまり権限が強くなると、差し違えた時に本当に切腹しないといけなくなってしまうからなぁ(苦笑)」 勝負を「裁く」立場は同じでも、競技によってそれぞれに悩みと喜びは違うようだ。
2022.05.16 19:00
NEWSポストセブン
佐々木朗希の高校時代を振り返る(時事通信フォト)
「佐々木朗希は強豪校に進まなくて正解だった」 松坂大輔育てた横浜高校元部長が分析
 異次元の球を投げ込み、先発登板する試合が社会的注目を集めている。こんな現象はなかなか見られない。ロッテ・佐々木朗希(20)だ。その佐々木について、名門・横浜高校の部長、コーチを歴任し、松坂大輔(元西武)をはじめ、涌井秀章(楽天)、柳裕也(中日)ら球界を代表する投手たちの「育ての親」として知られる小倉清一郎氏が語った。 佐々木は4月10日のオリックス戦で28年ぶり史上16人目の完全試合を記録。20歳5カ月での達成は史上最年少記録だった。4月17日の日本ハム戦も8回まで走者を1人も出さない完全投球で大きな反響を呼んだ。 小倉氏も、佐々木の活躍に衝撃を受けたという。「とんでもない投手が現われたね。あれだけ左足を高く上げられるのは股関節が柔らかいから。努力の賜物だと思う。身長(190センチ)が高い上に股関節が強くて柔らかいから、球の出所が普通の投手より30センチ高い位置から制球良く投げ込める。あの角度から160キロを超える直球、150キロ近いフォークを投げ込まれたらプロの打者でもなかなか打てないよ。思いっきり腕を振れば170キロは出るでしょう。でも肩を故障する可能性があるからブレーキをかけているんだと思う。いま佐々木は20歳だっけ? 22~23歳で本当のピークを迎えると思う。その時にはさらに凄いピッチャーになっているよ」(以下、カギカッコ内は小倉氏) 小倉氏から見れば、佐々木にはまだまだ多くの改善点があるという。「投げ方を見ると、大谷翔平(エンゼルス)のほうがもうちょっと前でリリースしている。大谷は投げ終わった後に左足より右足が前にくるでしょう? 佐々木はあと10センチ打者寄りでリリースできるようになったら、打者はさらに球速表示以上の速さを感じる。あと球種を読まれやすくなるから、テイクバックの時に右腕を体の中に入れたほうがいい。 球種も直球、フォークが大部分だけど、あと1つは増やしたいね。カーブとか緩い球を覚えれば投球の幅が広がってくる。松坂、ダルビッシュ(有)、大谷はウイニングショットになる良い変化球が複数あったけど、佐々木はまだスライダー、カーブを磨いている段階。裏を返せば伸びしろだらけだ。高卒2~3年目の松坂と比較すると、投げるスタミナ、フィールディング能力、変化球の精度は松坂の方が上。でも投げている球の凄み、エンジンは佐々木が1枚も2枚も上だよ」「大船渡で正解だった」「平成の怪物」と評された松坂と、「令和の怪物」と呼ばれる佐々木。その歩みは対照的だ。松坂は1年目に16勝、2年目に14勝、3年目に15勝と3年連続最多勝のタイトルを獲得しているのに対し、佐々木は1年目に体力づくりに専念して実戦登板なし。2年目の昨年は中10日の登板間隔で11試合登板して3勝をマークした。今季も5試合目の登板となった4月24日のオリックス戦後に、疲労蓄積を考慮されて登録抹消された。「時代が違うから一概に比べられないよな。昔は各高校のエースと呼ばれる投手たちは1試合で130~140球なんてざらに投げていたけど、今は違う。球数制限があるし、選手の体の強さも違う。松坂は1日800球投げていた時もあったよ。『ケアをしろ』とは言ったけどね。ただ、将来を考えて無理をさせないように注意していた。(1998年夏の甲子園準決勝の)明徳義塾戦も0-6のままだったら投げさせるつもりはなかったしね。8回に4点取って逆転の可能性が出たから(救援で9回の1イニングを)投げさせた」 佐々木は大船渡高で甲子園出場が叶わなかった。3年夏の岩手県大会決勝・花巻東戦で、國保陽平監督は故障予防の観点から佐々木を登板させず、チームも敗れた。この起用法は大きな波紋を呼び、スポーツの枠を超えて社会問題としてワイドショーに取り上げられるほどだった。小倉氏は「佐々木はあの時点でまだ何試合も連投で投げられる馬力がなかった。これはオレの推測だけど、佐々木を先発させても6~7回にスタミナが切れて、花巻東の打線につかまると國保監督は考えたんじゃないかな。負ける上に壊れるリスクがある。花巻東は強いし、佐々木が投げるイコール勝つわけじゃないんだ」と前置きした上で、こう続けた。「ただ……甲子園常連校だったらああいう起用法はできない。いくら力のある2番手投手がいたとしても、佐々木の球を見たら指導者は使いたくなるよ。オレだって花巻東戦で(佐々木を)使っていたかもしれない。甲子園にいける位置にいるならなおさらね。國保監督は凄いよ。佐々木が私学の強豪校にいって育成法がおかしかったら、つぶれていた危険性があった。県立の大船渡に進学したのは将来を考えると正解だったんじゃないかな」 まばゆい才能は環境、指導者に恵まれて大きな輝きを放っている。佐々木は「勝利至上主義」に縛られなかった大船渡、将来を見据えて酷使しない育成方針を貫くロッテに入団したからこそ生まれた「怪物」なのかもしれない。
2022.05.13 11:00
NEWSポストセブン
中日・大野雄大のピッチング(時事通信フォト)
中日・大野雄大と阪神・青柳晃洋「100球で交代しない」エースの投げ合いの価値
 100球を超えても交代しないエース同士の投げ合いに痺れたファンも多かったのではないか。5月6日の中日対阪神戦で、中日の大野雄大が阪神打線を9回までパーフェクトピッチングで抑え、阪神の青柳晃洋も2安打無得点に抑える好投で延長戦に突入。大野は10回表2死から佐藤輝明に二塁打を浴びて完全試合を逃したが、4番の大山悠輔を打ち取ってスコアボードにゼロを並べる。その裏、中日は石川昂弥のサヨナラタイムリーで勝利した。 試合後のヒーローインタビューで、大野は立浪和義監督に延長10回に続投するか聞かれ、自ら志願してマウンドに上がったと明かした。プロ野球担当記者が話す。「2試合連続完全試合を目前にしてロッテの佐々木朗希が降板した後、ネットを見る限りでは『肩や肘を痛めるから投げなくていい』という風潮が大半に感じました。最近では、『せっかく大記録の可能性があるのにもったいない』という意見は『古い』などと批判されやすくなっている。日本は1つの価値観が形成されると、その考え方が常識のように捉えられてしまい、他の意見は耳を傾けられづらくなる。その中で、100球を超えていた大野が続投して10回を投げ切った。こういう起用法もまだあると見せた一戦になりました」(以下同) 佐々木朗希は21歳の成長途上であり、大野雄大は33歳で今が頑張り時という、年齢的な事情もあるだろう。「佐々木のように160キロを1試合通じて投げるピッチャーはこれまでいませんでしたし、まさに日本の宝です。だから、首脳陣には“もし怪我をさせたら何を言われるかわからない”というプレッシャーもあるように感じますね。本来、プロ野球はチームの勝利を目的としている中で、今はチームよりも個人が優先される場合も出てきた。もちろん、佐々木が完全試合の途中で降板したのも、9回に打たれる可能性を考慮した面もあるとは思いますが」 5月6日の中日対阪神戦では球数が100球に届いていなかったとはいえ、0対0の9回表、阪神の矢野燿大監督は青柳をそのまま打席に立たせ、10回も続投させた。「今はどの球団もルールで決められたかのように、100球前後で先発を降板させていますが、1球団くらいその慣例を破るチームがあってもいい。巨人の桑田真澄投手チーフコーチは先発135球完投を理想に掲げており、まだ現実的にはなっていませんが、このような現在の理論を覆すような指導者がいてもいいのでは。今年の低迷で、矢野監督は批判されていますが、青柳に続投させたことは評価されると思います。今の投手交代は規則的に変わるだけで面白みがないし、エース同士の投げ合いが2人の成長を促すこともありますから」 古くは巨人の堀内恒夫と阪神の江夏豊がライバル心を剥き出しにして投げ合っていた。1972年6月9日の阪神対巨人戦には通算99勝同士で先発し、堀内が完投勝利を収めた。昭和の後期には広島の大野豊と巨人の槙原寛己の投げ合いが見ものだった。1988年5月28日の広島対巨人戦は、9回まで両チームのスコアボードにゼロが並び、延長10回に勝呂博憲が大野からバックスクリーンに一発を放って、1対0で槙原に軍配が上がっている。「延長まで進んで、1対0で勝負の付く投手戦は見応えがありました。現在のような、なんでもかんでも100球で交代するという風習はプロ野球の魅力を奪っている側面もある。大野と青柳のエース同士の投げ合いを見て大満足の観客も多いでしょうし、これからの新たな見所となるかもしれません」 価値観の多様化が謳われながら、多数派の意見が出ると一方向に傾きがちになる中、9回を投げ終えた時点で100球を超えていた大野の続投志願は、現在のプロ野球の風潮に一石を投じたかもしれない。
2022.05.07 16:00
NEWSポストセブン
佐々木朗希に詰め寄った白井球審(共同通信社)
佐々木朗希が逆鱗に触れた「プロ野球審判」の知られざる”体育会系気質”
「令和の怪物」ことロッテ・佐々木朗希(20)が登板した4月24日のオリックス戦で、球審の白井一行氏(44)がとった“威圧行為”がいまなお物議を醸している。 佐々木は前々回の登板(4月10日)で28年ぶりとなる完全試合を達成。前回の登板(4月17日)でも8回で降板するまでパーフェクト継続という投球を披露しており、この日の試合にも注目が集まっていた。問題になったのは2回裏、佐々木が投じた外角低めの直球がボールと判定された場面。ストライク判定でもおかしくない際どいコースだっただけに、佐々木は思わずマウンド前方へ2~3歩進み、苦笑いを浮かべた。すると白井球審が鬼の形相で佐々木に詰め寄り、高卒ルーキー捕手の松川虎生(18)が慌てて制止に入ったのだ。 ネット上は〈白井球審が大人げない〉〈佐々木投手はまったく悪くない〉と佐々木擁護の声が噴出。球界OBからも賛否の声が挙がる中、当の白井球審は試合後、「別に話すようなことはない」とノーコメントだった。 日本プロ野球選手会は4月28日、日本野球機構(NPB)に対し、選手への審判員の対応方法などについて問う質問状を提出する意向を明らかにした。白井球審の行為の是非はさておき、常にテレビ中継に映っているプロ野球審判員の実態というのはあまり知られておらず、そこに今回の騒動の“本質”が隠れているのかもしれない。長年にわたりプロ野球審判員を務め、現在は引退したA氏が語る。「審判の世界は、選手と同等に上下関係が厳しいんです。たとえば新人の審判は試合後に先輩のシューズを磨くなど、伝統的な徒弟制度も残っています。審判団は5人ほどで班を組んで各球場を回るのですが、班長のベテラン審判が酒豪だったりすると、その下につく審判たちは遠征先で夜な夜な飲みに付き合わされる羽目になる。いわゆる体育会系のノリです」 ジャッジに私情が入らないように選手やマスコミと飲みに行くことは禁止。試合中に選手や監督から判定への抗議を受けた際は、審判の威厳を保つために腰に手を当てて胸を張って対応する。そういった様々なルールも存在するという。「白井氏はそういう独特の世界で長年生きてきた人ですからね。まだ若い佐々木投手の態度にカチンと来るところがあったのではないか。実際、一昔前は“選手にナメられてたまるか”というタイプの審判は多かったです。そういう審判からすれば、白井氏の行動は理解できるものとして映ったはずです」(A氏) 思わぬ洗礼に、佐々木も戸惑ったことだろう。
2022.05.03 16:00
NEWSポストセブン
近鉄で通算317勝をあげた鈴木啓示氏(時事通信フォト)
鈴木啓示氏、佐々木朗希に「短命になってもらいたくないですわ」と下半身強化を提言
 史上最年少の完全試合達成で無限の可能性を感じさせるロッテ・佐々木朗希(20)。この活躍ぶりに球界OBからも注目が集まっている。「草魂」を座右の銘とし、近鉄で通算317勝をあげた鈴木啓示氏は佐々木について「素晴らしい素材の選手だけに、過去に何人もいたような短命の選手になってもらいたくないですわ」と語る。「変なたとえかもしれませんが、台風で言うと巨大勢力を保ったまま北上する台風になってもらいたい。今はまだ瞬間最大風速が凄い台風。もちろん、ストレートもフォークもコントロールも素晴らしくて、私の新人時代と比べたらすべてにおいて数段上だと思う。 ただ、やはり肩やヒジに負担がかかる投げ方をしていますよね。上半身の強さで投げている。そういう投げ方だと肩やヒジを痛めることが往々にしてあるのです。これからは下半身を鍛えて、足腰で投げる感覚を身につけるのがいいと思います。 それにしても、8回まで完全投球なのに降板になって、佐々木は納得していたというのだから、えらい割り切りのええ子やと思いましたね」 鈴木氏は高卒ルーキーとして10勝をあげ、翌年からは5年連続で20勝以上を記録したが、「若い頃は力任せに投げるだけだった」と述懐する。「ボールは足腰の力で投げることが大事なのですが、それに気がついたのは少し勝てなくなった時期のこと。それ以降はとにかく走り込んで足腰で投げるようになり、腕の負担が減って完投しても疲れませんでしたね。私の座右の銘の『草魂』は『走魂』でもあるんです。 一時期、シーズン20勝に届かなくて“鈴木も終わり”と言われた時代があったが、その時に、高校時代に毎日300球を投げ、疲れたと感じたあたりからいい球が投げられるようになったことを思い出して、下半身を強化するようになりました」 鈴木氏は「佐々木も今はまだ若いからいいかもしれないが、下半身を鍛えて巨大な台風になってもらいたいですね」と語った。「投げ込みをしようにも、上半身に頼った投げ方では投げ込めないんですよ。いい投げ方を覚えると完投してもふくらはぎや腰が張っても、肩やヒジが張ることはなくなります。そうした鍛錬によって、長く活躍してほしい」 凄まじい投球を見せる佐々木。一体どこまで成長するのか、すべての野球ファンの期待が集まっている。【プロフィール】鈴木啓示(すずき・けいし)/1947年生まれ。1965年に近鉄に入団。1年目から15年連続2ケタ勝利をあげ、最多奪三振8回。無四球試合78は歴代1位。通算317勝。※週刊ポスト2022年5月6・13日号
2022.05.02 06:00
週刊ポスト
平松政次氏は佐々木朗希をどう見るか
平松政次氏 佐々木朗希の名球会入りに向けて助言「しっかり走り込んで」
 前代未聞の完全投球で無限の可能性を感じさせるロッテ・佐々木朗希(20)。球界のOBはどのように佐々木の活躍を見守っているのか。 V9時代の巨人相手に勝ち星を量産した大洋のエース・平松政次氏(通算201勝)は「163キロのストレートがメインで、フォークが150キロ。そりゃ打てませんわ」と驚嘆の声をあげる。「リリースポイントが一定で、ストレートもフォークも同じところで放すからバッターは狙いが絞れない。体の大きさ、腕の長さ、腕の振りの速さ、筋肉の強さなどが複合してあのスピードになっている。我々の時代を遥かに超えていますよ。あのフォームで中学時代から投げてきたんでしょうが、直球のスピードが鈍る歳になるまで同じスタイルでやっていけばいい。バッターも研究してくるだろうけど、投げ損ないを見逃さずに打たないと、外野にもボールが飛ばない状況が続くと思うよ」 この先に「また何度も完全試合のチャンスがあると思う」と語る平松氏は、今季の登板で「ストレートが何球かシュート回転していたことだけが気になる」と付け加えた。「シュート回転は体が突っ込んで手が遅れるかたちで投げると生じるもので、失投になりかねない。特に右ピッチャーが左打者の内角にストレートを投げた時にシュート回転して真ん中にいくと、一流の打者は見逃しません。もちろん佐々木の場合は160キロの直球だから多少のシュート回転でも打たれていないが、これがズバッと左打者の内角、右打者の外角に決まり続けるようになれば、バッターは手も足も出ない」 現役時代は“カミソリシュート”を武器にした平松氏だが、その決め球はストレートを意識してシュート回転させるイメージだったという。「意識してストレートをシュート回転させるのと、意図せざるシュート回転とでは天と地ほど違う。佐々木もそこは課題だと思います」 12年連続2ケタ勝利をあげた平松氏は、佐々木の名球会入り(通算200勝以上)に向けては「とにかく練習をやること」とシンプルな答えだ。「しっかり走り込んで、投げ込んで、トレーニングする。これだけです。シーズン中も含め一年中走っていないといけない。私も走って疲れをとりましたが、鍛えてマイナスなことはひとつもない。今の佐々木の投げ方は肩やヒジに負担がないんです。そうでなければ8回に163キロなんて投げられませんよ。佐々木は日本の宝です」【プロフィール】平松政次(ひらまつ・まさじ)/1947年生まれ。1967年に大洋に入団。1970年には25勝(6完封)をあげ最多勝に輝く。3者連続3球三振の記録も。通算201勝。※週刊ポスト2022年5月6・13日号
2022.04.29 06:00
週刊ポスト

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