樹木希林一覧/8ページ

【樹木希林】に関するニュースを集めたページです。

木村拓哉、社交辞令は許さない! 宮根誠司とゴルフ実現
木村拓哉、社交辞令は許さない! 宮根誠司とゴルフ実現
 9月末の土曜日、木村拓哉(45才)は宮根誠司(55才)と共に千葉県内の名門ゴルフ場にいた。有名企業の幹部や経営者が接待に利用する一流のゴルフ場だが、そこで宮根の姿はひときわ目立っていたという。「超カラフルなウエアを着た中年男性が関西弁で大きな声でしゃべっていると思って見たら、宮根さんだったのでビックリ。もっと驚いたのは、隣で談笑していた相手が、あのキムタクだったこと。 木村さんの方は紺色の落ち着いたウエアでしたが、さすがにカッコよかった。宮根さんは木村さんにスコアで勝っていたのか、ものすごく上機嫌でした。木村さんがバンカーに入れた際も“あちゃー!”といじるなど、かなり仲がいい様子でした。2人ともゴルフの腕前はなかなかのようでしたよ」(居合わせたゴルフ客) 8月16日に木村が『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)に出演。この時の独占インタビューで初めて娘・Koki,(15才)のデビューについて語り、大きな話題を呼んだ。「その番組の中で2人がゴルフ対決する企画があったんですが、その時、木村さんが“今度はテレビカメラなしで、プライベートでゴルフをやりましょう”と提案しました。宮根さんは“社交辞令かなぁ”と思っていたようですが、木村さんは有言実行。すぐに実現したので宮根さんは“さすが木村くん”と感嘆していた」(番組関係者) SMAP解散以降、木村のプライベートには変化が見られるという。「SMAPの頃は多忙でなかなかプライベートで時間がなかったようだが、最近は自ら口にしたことは口約束ではなく、すぐに実行。仲間たちに時間を割いているようです。明石家さんまさんや宮根さんなど古いつきあいの大御所はもちろん、先日行われたB’zの30周年ライブにもカメラマンに扮してサプライズ出演していました。稲葉浩志さんとは家族ぐるみのつきあいです。樹木希林さんが亡くなった時もすぐに自宅に弔問に駆けつけていた。もともと、後輩の面倒見がよく、先輩への義理に厚いタイプですが、さらに今周囲にいる人脈を大切にしているという印象を受けますね」(前出・テレビ局関係者) 9月2日、ラジオ『木村拓哉Flow』(TOKYO FM)に嵐の二宮和也(35才)が出演。ジャニーズの先輩後輩関係について語る場面があった。「木村さんが“嵐の中で二宮以外でなんとか話せそうなのは大野智かな”と明かせば、二宮さんは“木村くん。(国分)太一くん、岡田(准一)くんの3本柱”と名前をあげて交友の深さが見られました」(芸能関係者) 二宮にとって木村はいちばん信頼できる先輩の1人だという。ちなみに、木村がゴルフ場から自宅に帰った直後、二宮が木村家を訪れていた。※女性セブン2018年10月18日号
2018.10.04 07:00
女性セブン
樹木希林さんに学ぶ、「汚れ役」を引き受ける生き方
樹木希林さんに学ぶ、「汚れ役」を引き受ける生き方
 9月15日に亡くなった女優の樹木希林さん(享年75)。彼女が芸能界に残した足跡は、他の女優には真似のできないものであった。樹木さんの女優としての生き方は、どんな分野においても通用するのではないか、と分析するのは、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏だ。中川氏が考察する。 * * * 女優・樹木希林さんが亡くなりました。「個性派女優」「演技派女優」などと言われてきましたが、樹木さんの生き方は多くのビジネスマンにとって参考になることでしょう。彼女の圧倒的才能はおいといて、彼女は「定説」をぶち破る芸能活動を続けてきたのでした。 昭和の女優といえば、基本的には「絶世の美女」だらけでした。今では自称も含め、「女優」は名乗り放題になっていますが、当時は映画で実績を挙げ、テレビに進出して主役を張りまくり、そしてCMでも引っ張りだこになる人のみが「女優」としての存在を認められました。故・原節子さんはとにかく映画女優に徹し、42歳にして表舞台から姿を消しました。 原さんに続く女優は映画だけの活動に留まりません。そして、彼女よりも20~30歳ほど年下の女優達は今でも高齢女性役を演じ続けていますが、基本的には美しい女性が清廉潔白さを維持しつつ素敵な高齢者になった――的な役柄が与えられている印象です。あまりにも大女優になっただけに、彼女達をキャスティングする側も忖度するでしょうし、事務所としても若き日の清純イメージと年を取ってからの「ステキなおばあ様」的イメージを崩したくないのでしょう。 とはいっても、現実の婆さんなんて、入れ歯を食事中にいきなり取り出したり、外を歩くにしても手押し車を押してそこかしこでその手押し車に乗って一休みしていたりする。オレオレ詐欺にひっかかって泣き喚いたり、病院へ行くタクシー代がもったいないから近所に住む息子の嫁の中でお人よしの嫁を使い倒しゴーマンに振る舞ったりするものです。電車に乗ったら乗ったで圧倒的に疲れているサラリーマンが座る前でため息をついて「あぁ、疲れたねぇ……」なんて独り言を言って、「どうぞどうぞ」と席を譲られてもお礼を言うでもなく当たり前かのようにそこに座る。 高齢者だからといって全員が立派でもないし、聖人君子でもないし、ましてや美男美女だらけなわけがない。むしろ、日々の仕事やら人間関係が少なくなっているからひがみ根性も出てくるし、自分が社会からニーズがない……と絶望している人だって大勢いるわけですよ。あっ、これは私の親族と実家の近所の人の話です。 だからこそ、『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)に出てくる素敵な高齢女性(浅丘ルリ子、有馬稲子、五月みどり、野際陽子、加賀まりこ、風吹ジュン、八千草薫)だらけの状況はあまり私自身よく分からない。認知症の母を介護する人などはよく理解できると思うのですが、後期高齢者ともなれば「恋」だの「ステキなおばあ様」でいるより、とにかくキレない、排泄物をまき散らかさない、身近な人に猜疑心を抱かない、といった状況にいることの方がよっぽど周囲の人にとっては有難い。◆人間界には必ず汚れ役がいる 樹木さんが演じてきたような、時に薄汚かったりえげつなかったり貧乏くさかったりする老婆役を演じられる女優がこれから果たして出てくるのでしょうか? 樹木さんは『寺内貫太郎一家』(TBS系)で31歳にして老婆の役を演じました。樹木さん以外に目を向けると、今年92歳で亡くなった菅井きんさんは37歳の時に『必殺仕置人』で「ムコ殿!」と中村主水(藤田まこと)に色々言う姑役を演じました。 赤木春恵さんも『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)をはじめ、イヤ~な老婆役を演じてきました。でも、現在は94歳。それよりも若い菅井さんと樹木さんが亡くなり、日本の演劇・映画・ドラマ界における薄汚く意地悪で惨め、でも時にハッと本質を突く老婆の役を演じる女優の人材は足りなくなっているのかもしれません。 そもそも日本のエンタメ界においては、『いじわるばあさん』を青島幸男さんが演じ、ドリフのコントのクソババアはいかりや長介さんが演じてきた。これは、昭和の時代の女優の多くが、年老いた意地悪で薄汚い老婆の役をやりづらかった点が背景にあるのでは。もちろん、そうした役が様々な作品で存在したのは分かるので、映画やドラマに詳しい方からは「○○という映画ではあった!」みたいな反論はあるでしょう。ただ、こうした役柄をキラキラしたスター女優が演じる土壌が果たしてあったのか? ということです。 青島幸男さんやいかりや長介さんといった男性の力を借り、成立してきた「クソババア」役。その中の2大巨頭ともいえる菅井きんさんと樹木希林さんが亡き今、案外芸能事務所は自社が抱えるクソババアキャラを売り込むチャンスかもしれません。それは、いわゆる「女優さん」が嫌がって忌避してきた汚れ役を引き受けるということです。かつて菅井さんと樹木さんがやり、その立場を確固たるものにしてきたように。 この偉大なる実績には敬意を表しつつ、今こそその後釜を取るべく動き出す時期でしょう。もちろん、比較はされ、「あの2人を超える人材はいない」と酷評されるかもしれない。 でも、人間界には汚れ役が必ずいます。そして、その役をきっちりとこなすことができる人こそ、誰よりも高く評価される。それは俳優の世界に限らず、ビジネスの世界でも同じではないでしょうか。そこに活路を見出すと案外その分野のスペシャリストになりいい思いができることはあります。
2018.09.22 16:00
マネーポストWEB
樹木希林さん 「がんと生き、がんで死ぬ」を全うした晩年
樹木希林さん 「がんと生き、がんで死ぬ」を全うした晩年
 9月15日、女優の樹木希林さんが逝去した。享年75。最期まで第一線で活躍を続けた女優は、10年以上にわたって、がんと共に生きる日々を送った。 樹木さんはがんが見つかる度、鹿児島のクリニックを訪ねた。放射線療法の一種の「四次元ピンポイント照射療法」を行なう施設だ。医療ジャーナリストの田辺功氏は同療法についてこう語る。「がん組織に対して放射線を立体的に当てる『三次元照射』に、呼吸によるがんの位置変化を追跡する時間軸を加えたのが『四次元ピンポイント照射』です。がん細胞のみを狙い撃ちし、正常な細胞を傷つけることが少ないため体への負担が軽いとされています。一方、保険適用外のため、1回の治療で150万~250万円ほどする」 樹木さんは臨床試験で実証された標準治療ではない道を選んだ。結果として、彼女はがんを患いながらも女優として生き続けた。 その遺作は、来年公開予定の映画『エリカ38』だ。樹木さんが初めて企画を手がけ、撮影は今年1~4月に行なわれた。主演の浅田美代子(62)へ演技指導をし、編集にも入念にチェックを入れていたという。「本当に病気なのか、と驚かされるほどでした。がんを告白してからは、人生の終わりが近づいていることを意識してか“むしろいい作品を残したい気持ちが高まってきた”と話していたほど」(映画関係者) 撮影後の5月、映画『万引き家族』のカンヌ国際映画祭での公式上映のため、フランスを訪れた。死のわずか4か月前のことだ。 帰国後には、一人娘の也哉子(42)や孫と一緒に、都内の中華料理店で食事する姿が報じられた。杖を突いていたものの、足取りは“全身がんだらけ”とは思えないほどだったという。〈抗がん剤で髪の毛が抜けたり、生活の質を下げてまで治療するのはどんなものか、と思ってね。食べたいものを食べて、飲みたいものを飲んでという、当たり前の生活を送りたいのよ〉 がん告白後、『週刊新潮』の取材に樹木さんはそう答えていた。 8月13日、樹木さんは友人宅で転倒し左大腿骨を骨折。15日に手術を行なったが、その後一時危篤状態に陥ったこともあったという。声が出せず、筆談で生活を送った。 結果的に叶わなかったが、9月4日に行なわれた10月公開映画『日日是好日』のプレミアム試写会への登壇を、直前まで切望していたという。そして入院から約1か月、樹木さんは慣れ親しんだ自宅に戻った。〈自宅でみんなに囲まれて、夫(内田裕也、78)には「おたくどちら様ですか?」ぐらいのことは言って死にたい〉 2016年2月に出演した『クローズアップ現代』(NHK)で、今際(いまわ)への希望をそう明かしていた樹木さん。治療法の選択は“生き方”を選ぶことにほかならない。そんなふうに考えさせられる。※週刊ポスト2018年10月5日号
2018.09.22 07:00
週刊ポスト
樹木希林さんが通った保険外の放射線療法 その中身と値段
樹木希林さんが通った保険外の放射線療法 その中身と値段
「亡くなる前日、入院先から自宅に戻りました。病院を離れれば、何かあったときに迅速に処置できない。ですが、本人のたっての希望を、周囲が受け入れた。 在宅死の場合、死亡診断書の発行が遅れたりすることがあるそうなんですが、そういった懸念についても事前に担当医と相談していた」(芸能関係者) 9月15日、女優の樹木希林さんが逝去した。享年75。最期まで第一線で活躍を続けた女優は、10年以上にわたって、がんと共に生きる日々を送った。〈私は全身がんですから。来年の仕事は、お約束できないんですよ。本当に〉 2013年3月、日本アカデミー賞授賞式での樹木さんの告白は世間を驚かせた。 初めてがんが見つかったのは、2004年の夏。乳がんが発覚し、翌年1月に右乳房を全摘出。2年後の2007年、手術したはずの右胸にがんが再発し、以降、腸や副腎などへの転移を繰り返した。〈私はがんができる体質になっちゃってる。(がんとは)つきあいたくないけど、出てくるものはしょうがないですよね。私の場合、日々の生活の仕方は、がんを受け入れているという形なんですよ〉(『女性セブン』2012年9月27日号) 樹木さんはがんが見つかる度、鹿児島のクリニックを訪ねた。放射線療法の一種の「四次元ピンポイント照射療法」を行なう施設だ。「がん組織に対して放射線を立体的に当てる『三次元照射』に、呼吸によるがんの位置変化を追跡する時間軸を加えたのが『四次元ピンポイント照射』です。がん細胞のみを狙い撃ちし、正常な細胞を傷つけることが少ないため体への負担が軽いとされています。一方、保険適用外のため、1回の治療で150万~250万円ほどする」(医療ジャーナリストの田辺功氏) 全身30か所にも及ぶ治療を施し、長い時には1か月近く鹿児島に滞在することもあった。だが、毎日の治療は20分程度で、“入院”ではなく近くのホテルに宿泊しての“通院”。クリニックにいるとき以外は、普段通りの時間を過ごした。「がん治療は、『外科手術』と抗がん剤を使った『薬物療法』、『放射線療法』の3本柱を進行具合などによって組み合わせるのが一般的。 ですが、患者によっては体力の落ちる手術や、吐き気や全身のだるさ、髪の毛が抜けるといった副作用を伴う抗がん剤治療を避けたいと希望するケースもある。平穏な日常生活を送れないほどのクオリティー・オブ・ライフ(QOL)の低下を懸念する声は少なくありません」(同前) がんの根治、あるいは寛解を目指すことは、時に大きな代償を払うことを余儀なくされるのだ。※週刊ポスト2018年10月5日号
2018.09.21 16:00
週刊ポスト
樹木希林さん がん発症から14年、生き抜いた秘密
樹木希林さん がん発症から14年、生き抜いた秘密
 家族に見守られながら、9月17日、樹木希林さん(享年75)が出棺の時を迎えた。位牌を持ったひとり娘の内田也哉子(42才)は一点を見つめ、娘婿の本木雅弘(52才)は神妙な面持ちで手を胸の前に当てた。孫の伽羅(19才)が遺影を持ち、UTA(20才)と玄兎くん(8才)も毅然とした態度で最後の別れをした。 妻の最期を看取れなかった内田裕也(78才)も、家族葬に参列。喪服の左胸には、「HOW ABOUT NO?(ありえない)」の缶バッジがつけられていた。約40年別居していた夫婦のカタチがそこに見えた。 樹木さんが亡くなったのは15日の深夜2時45分。前日に入院していた病院から自宅に移り、也哉子と本木に看取られた。 樹木さんは8月13日に左大腿骨を骨折し、手術を受けていた。8月末、本木は「全治6週間」と説明した。 樹木さんは9月4日に行われた、高円宮久子妃殿下(65才)も臨席される映画『日日是好日』のプレミアム試写会への出席を“最後の外出”の覚悟で切望していたが、それも断念せざるを得なかった。「出席できなかった樹木さんは直筆メッセージを寄せました。それに感銘した久子さまは樹木さんのパネルとの撮影をお願いし、その集合写真は樹木さんに届けられました。寝たきり状態で、体の至るところがチューブでつながれている状態だった樹木さんは喜んだそうです」(映画関係者) 樹木さんの闘病生活の始まりは、2004年の10月だった。右乳房にしこりを発見し、医師から乳がんを告知された。翌年1月、右乳房の全摘出手術を受けた。当時、樹木さんは、「(乳房を)残す方法はあったけど、水着を着たいとか恋人のためという気持ちはなかったから。それなら全摘がいちばん手術をやりやすいと言われたの」と、あっけらかんと語っていた。「その後、医師や家族から女性ホルモン剤をのむように言われ、イヤイヤのんでいた。しかし、それをきっぱりやめ、以降は放射線治療を受けていました」(芸能関係者) しかし、2年後の2007年に切除した右乳房の近くに再びがんが見つかる。その頃、樹木さんが出合ったのが、「四次元ピンポイント照射療法」という世界最先端の放射線治療だった。「がんに放射線を立体的に当てる『三次元照射』に、“時間軸”を加えたのが『四次元ピンポイント照射療法』です。体は呼吸などで常に動いており、完全に静止できない。この『四次元~』なら、がん細胞だけを狙い撃ちにするため正常な細胞を傷つけることが少なく、体への負担が軽いといわれています」(医療法人社団進興会理事長の森山紀之医師) 全国で唯一その治療を行っている鹿児島空港から車で40分ほどのところにある『UMSオンコロジークリニック』(以下、UMS)に、樹木さんは通い始めた。 放射線照射は1日10分程度だが、1か月間継続しなければならないため、滞在費用の負担も大きい。治療費も『UMS』のホームページによれば通常1回150万~250万円ほどの自由診療となる。年間300万円を超すと低額で受けられるようになり、500万円を超えるとそれ以降は無料になると説明されている。◆周りを笑わせるユーモアもあった『UMS』と出合った樹木さんは一時、「乳がんが消えた」と公表できる状態にまで回復。しかし、2012年頃に副腎や脊髄への転移が発覚した。2013年3月に行われた日本アカデミー賞授賞式での「私は全身がんですから。来年の仕事は約束できないんですよ」という発言は世間を驚かせた。「当初、照れ隠しのジョークのように受け取られましたが、“がんと生きる”ことの宣言だったのでしょう。樹木さんはがんが大きくなったら、そのつど『UMS』に通って治療を繰り返していました。抗がん剤治療は苦しく、通常の日常生活を営むのは困難ですが、樹木さんは“私の治療法だと、生活の質は全く落ちなかった”と話していました」(樹木さんの知人) その言葉通り、樹木さんはがん闘病をしながら、数々の映画に出演し続けた。時に「死ぬ死ぬ詐欺」と自嘲する姿は“闘病”のイメージとは程遠かった。もちろん治療法が彼女に合っていたことも要因の1つだろうが、そうした樹木さんの姿勢もまた、彼女が長く生きられた理由の1つだという。『医者に宣告されたら知っておきたい がん克服の7カ条』(徳間書店刊)の著者で、精神科医の西脇俊二さんが説明する。「ストレスはがんの原因になるといわれていますが、がんを治療する際にも悪い影響を与えます。がんに対して過剰に不安になってしまったり、“絶対に治すんだ”と気合を入れすぎると、緊張が高まって交感神経が優位になって免疫力が落ちてしまう。 免疫力はリラックスして副交感神経が優位になっている時によく働いてくれるのです。樹木さんは、ご自身が重篤な状態であっても仕事を続け、私たちが見る限りは平常心を保ち、周りを笑わせるようなユーモアを示しておられました。このようなリラックスした状態が、がんの進行を遅らせていたのではないかと思います」 西脇さんによれば、笑うこと自体も、がんに効果があるという。「『笑療法』という治療法もあるように、笑って過ごすことはとても大切です。それでがんが消えたという話もあるほどですから。そんなに笑えないというかたは嘘笑いでもいいし、ニコッとするだけでもかまいません。笑うと免疫のコントロール機能を司っている間脳が作動し、がん細胞を攻撃するNK細胞が活性化するといわれているからです」 樹木さんは2016年12月、本誌のインタビューで、《これからはがんや病気と一緒に生きていく時代ですよ》と答え、自身のがん闘病についてもこう語っていた。《大丈夫じゃないけど、だいたい、これ(がん)をやっつけようとかって思わないのよ。「がんと真剣に向き合って」とかも思わない》 乳がん発症から14年、樹木さんはがんに克ったといっていいだろう。※女性セブン2018年10月4日号
2018.09.21 07:00
女性セブン
樹木希林がチューブつけ寝たきり状態、“覚悟の外出”も断念
樹木希林がチューブつけ寝たきり状態、“覚悟の外出”も断念
 9月4日の午後7時半過ぎ。台風21号の影響でジメジメとした空気が漂う中、明治記念館(東京・港区)には多くのメディア関係者が集まっていた。「蓬莱の間」で行われたのは、10月13日公開の映画『日日是好日』のプレミアム試写会。壁一面に飾られている、「蓬莱山」を描いた縦3.6m、幅18mもある綴錦織を左手に、主演の黒木華(28才)や大森立嗣監督(48才)らが立ち、挨拶。フォトセッションには高円宮久子さま(65才)もご臨席され、会は滞りなく終了した。 報道陣が最も気にしていたのが、樹木希林(75才)の“動向”だった。この映画は、黒木演じる主人公が茶道を通して成長していく物語で、樹木は茶道教室の先生という重要な役を演じている。「当初、希林さんは試写会に出席する予定はなく、事前にマスコミに配られていたリリースにも名前はありませんでした。しかし、“極秘で試写会に来る”という情報が流れ、そのために集まったメディア関係者も少なくなかったようです。が、結局は前日に急遽キャンセル。“この度高円宮久子妃殿下(中略)の御臨席を賜りましてひたすら有難く頭を低れるばかりです 台風接近もともない申し訳なく涙涙でございます 心ふるえるような時をいただいてをります”という直筆メッセージが配られ、黒木さんが代読しました」(スポーツ紙記者) 樹木は8月13日に左大腿骨を骨折し、15日に手術。現在も入院生活を送る。「希林さんは久子さまが試写会においでになることを病室で聞き、“ありがたい”と、拝むように胸の前で手を合わせました。そして“なんとしても私も出席したい”と話したそうです。久子さまは2015年に希林さんが主演した映画『あん』の試写会にもご臨席されていて、以前から交流がありました。久子さまがお出ましになられたのも、“樹木さんが出られるから”という理由もあったそうです。希林さんは無理を押して試写会に出席しようと考えていましたが、試写会の前々日、体調が急変。本人は“最後の外出”というくらいの覚悟はあったようですが…」(樹木の知人) 8月30日、樹木の娘・内田也哉子(42才)の夫で義理の息子にあたる本木雅弘(52才)が、「全国統一防災模試」のPRイベントに出席し、樹木がけがをした経緯と容体について語った。樹木は8月13日、知人宅の階段を無理して上った際に骨折し、一緒にいた也哉子が樹木を抱えて病院に連れていったという。 15日に骨折した箇所にチタンを入れる手術をしたが、本木によれば「一時は“危篤状態”みたいな場面もあった」という。気管支が弱いことに加え、「がんの影響もあって肺に弱っている部分があった」ことが原因だという。 本木はさらに、樹木が描いたというイラストも公開。そこには《細い糸1本でやっとつながってる 声一言もでないの しぶとい 困った 婆婆です》という樹木の言葉も書き込まれていた。「本木さんは、手術前に希林さんが夫の裕也さんに“もしものことがあったら…今までいろいろ悪かったわね”と電話をし、裕也さんが“おーそうか、こっちこそ悪かったな”と応じたことも話しました。ただ、あえてそういったエピソードや危篤だったことを明かしたり、希林さんの自虐的なイラストを見せるなど、“元気だ”ということをアピールしているようにも思いました」(テレビ局関係者) 樹木は声が出ない中、筆談で生活を送り、リハビリに励んでいるという。本木は「全治6週間」と説明しているが、実際にはそう楽観視できる状態ではないようだ。「肺に取り込める酸素の量が少ないため、息苦しい状態が続き酸素マスクをつけています。食べ物を誤嚥してしまった際に吐き出す力がないので、流動食しか口にすることができないそう。寝たきりの状態で、全身の筋肉も落ちている。体は至るところがチューブでつながれており、見た目は痛々しいです。動ける状態ではないため、試写会への登壇は断念せざるをえず、外出は叶いませんでした」(前出・知人)◆寝たきりになり体に負担がかかる 樹木は長きにわたる闘病を続けてきた。乳がんが見つかったのは2004年夏。翌年には右乳房の全摘出手術を受けたが、2008年頃にはがんが副腎、脊髄にまで転移していることが判明。以降、受けてきたがん治療は実に30回にもわたる。 2013年3月には日本アカデミー賞授賞式で「全身がん」宣言をし、世間を驚かせた。それでも公の場では決して笑顔を絶やさず、「死ぬ死ぬ詐欺です」と自嘲してきたが、体調が思わしくなく、苦しそうなことも多かったという。 そんな樹木に、一時も離れることなく寄り添っているのが、娘の也哉子である。「今年5月にカンヌ国際映画祭で『万引き家族』が最高賞のパルムドールに輝き、出演していた希林さんが授賞式のためにカンヌに赴いたときもそうでした。希林さんが車から降りる時は也哉子さんが必ず介助し、歩く時は傍らでサポート。常に希林さんの近くで様子を見守っていました」(カンヌを取材したメディア関係者) 現在も常に樹木に付き添い、必死の介護をしているという。果たして、樹木の病状とは―清水整形外科クリニックの清水伸一院長が説明する。「樹木さんが“チタンを入れた”ということは手術を受けてプレートで固定したり、人工関節を入れた可能性が高い。一時的に危篤状態になったということは、術後に出血して貧血を起こし、心肺機能が低下したことが想定されます。また、術後、寝たきりの状態が続けば、静脈がうっ血し、血液粘度が上昇して血栓が飛ぶことがある。その症状を『深部静脈血栓症』といい、血栓が肺に流れたら『肺塞栓』、脳に流れれば『脳塞栓』が起き『脳梗塞』にいたる可能性もあります。いずれにせよ、体は大きなダメージを受けているはずです」 大女優の、一日も早い復活が望まれる。※女性セブン2018年9月20日号
2018.09.06 16:00
女性セブン
落語は聞く側のイマジネーションに委ねた芸、共感こそ武器
落語は聞く側のイマジネーションに委ねた芸、共感こそ武器
 漫画家・細川貂々さんが描く『お多福来い来い てんてんの落語案内』が発売される。その中には、宗教学者で浄土真宗本願寺派如来寺住職の釈徹宗さんとともに落語へ通うシーンが描かれている。この度、そんな2人の落語対談が実現した。貂々:釈先生はこんなに落語に詳しくて、ご自身でやったりはしないんですか?釈:ぼくは絶対しないと決めてるんです。下手な素人の落語を聴かされるほど、つらいことはないじゃないですか(笑い)。貂々:私、初めて先生の大学(大阪・相愛大学)の公開授業で「相愛寄席」に行った時、前座さんが話しているときなどは寝ている人もいるので、すごくビックリしました (笑い)。釈:学生と寄席に行くと、最初は誰も聴いていませんよ。みんなスマホを夢中になって見ている。でも、トリの落語家さんが登場すると、自分の祖父よりももっとおじいさんが語っているのに、自然に語りの世界に引き込まれて、いつしかチューニングして大笑いしています。 でもね、それでいいんです。寄席ってチームプレーなんですよ。前座の開口一番から始まって、マジックや漫才を挟んでだんだんベテランの落語になって、最後は名人といわれる落語家のトリで、満足して帰っていただく。それは見事な連係プレーです。貂々:そういうみなさんのムードは私も感じました。私が行った時、大トリの演目は『まめだ』でしたが、帰り道、銀杏並木を見て、まめだ(豆狸)の最後のシーンを思い出して、涙が出てくるほど、どっぷりと世界に入ってしまいました。釈:落語は基本的に聴く側のイマジネーションに委ねた芸です。そのいちばんの武器は共感なんですよね。弱い人間やダメな人間が登場人物に出て来るのは、いちばん共感できるからです。みんな「ああ、こんな人、おるな」とか「自分もそんなところがある」と思えるじゃないですか。貂々:私は今、『七段目』に登場する舞台が大好きな若旦那に、すっかり重なっています(笑い)。釈:だから聴き手のイメージを限定してはいけない。たとえば、「向こうから樹木希林のようなおばあさんが来るね」などと語ってしまうと、聴き手のイメージは樹木希林さん一色になってしまう。「おばあさんが来るね」にとどめれば、それぞれのおばあさんのイメージがふくらみます。でも、名人といわれる人の高座は、明らかにみんなのイメージがシンクロしてるのがわかるときがあるんですよ。それぞれが勝手にイメージを描いているのに、そのイメージが共有されて、その場にいる心地よさを感じるんです。貂々:その場にシンクロすることができれば、身も心も心地よくなり、いっそう落語が楽しめるんですね。釈:楽しむためには、心のバリアをおろさないといけません。バリアを張っていると落語家の話をキャッチできないですから。貂々:先生のお話を伺って、人生に行き詰っている人がいたら、ますます落語がおすすめだと思いましたし、私自身、もっともっと勉強していきたいなと思ってます。釈:まずはこの本を読んで、読後、寄席に行ってみようと思ってくれたら大成功ですね(笑い)。貂々:そうですね、大成功です!※女性セブン2018年8月9日号
2018.07.31 16:00
女性セブン
香取慎吾、安倍晋三首相との「自撮り」撮影の様子
香取慎吾、安倍晋三首相との「自撮り」撮影の様子
 日仏友好160年にあたる2018年、日本文化・芸術の祭典『ジャポニスム2018:響きあう魂』の開催にあたり、出陣祝賀会が7月2日に行われた。広報大使を務める香取慎吾は安倍晋三首相と法被をまとい、自撮りツーショットを撮る場面も。 今回香取は自身初の展覧会を開くが、サッカーW杯の影響で寝不足気味だと明かし、報道陣の笑いを取った。同出陣祝賀会には、小池百合子都知事、樹木希林、コシノジュンコ氏、宮本亜門氏、猪子寿之氏、石井幹子氏、ローラン・ピック駐日フランス大使らが出席した。■撮影/矢口和也
2018.07.11 16:00
NEWSポストセブン
樹木希林 気づいたら転職しなかったのよね
樹木希林 気づいたら転職しなかったのよね
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、出演映画『万引き家族』『モリのいる場所』が公開中の女優・樹木希林が、ドラマ『寺内貫太郎一家』で演じた老婆役のこと、『夢千代日記』出演の思い出について語った言葉をお届けする。 * * * 一九七四年、向田邦子脚本・久世光彦演出のテレビドラマ『寺内貫太郎一家』で樹木希林はまだ三十一歳にもかかわらず、一家の老婆役で出演している。「あれは自分が楽したくて『婆さんならやる』って向田さんに言ったの。ようするに寝てりゃいいと思って。そうしたらとんでもなくて、年中いろんなところへ出入りするお婆ちゃんになっちゃった。 でも、コミカルに演じるつもりはなくて、一生懸命やっただけです。この婆さんはどういう物を食べたくて、どういう風に生きていたいのかをただやっただけ。ふざければお客は白けるから。お客は冷静に観ているから。まして、テレビって何か仕事しながらとか家庭の用事をしながらとかで観ているわけだから、そこへヒュッと目を留まらせるためには、ふざけていては見てもらえないわね」 毎回のように激しい乱闘が繰り広げられ、アクションの多いホームドラマとなった。「浅田美代子でも誰でも、『階段を上からちゃんと落ちてくれ』って久世さんに言われてましたね。『落ちる芝居をするな。落ちようとして落ちなくていい。慌てる流れの中で落ちてくれ。本当に痛がった時にお客は笑うんだ』と。ですからみんな随分あちこちと痛めてました。 西城秀樹君なんか腕の骨を折っちゃったからね。腕折って撮影ストップになって医者行って、次の次の日ぐらいにギプスはめてきて。庭に転がり落ちた息子が這い上がってきたら、ギプスをはめてる──って変な話なんだけど、それを続けて見せちゃってました。 でも、最後の方は段取りになっちゃって。監督は本気を求めたんだけど、みんな加減が分かるようになったの。そうするとぜんぜん面白くないのよね。段取りじゃなく、思いがけない動きがないとね」 一九八一年、早坂暁脚本、深町幸男演出のテレビドラマ『夢千代日記』では吉永小百合扮する主人公の同僚の温泉芸者を演じた。「早坂さんの脚本が一枚ずつしか上がってこなくて次どうなるか分からないのを深町さんが上手く演出してたわね。ポッと遠景で雪の中から湯気が出るような景色を撮ったり、町の灯りを撮ったり。 そういうところから役者は役を読み取っていくものですよね。新宿あたりではホステスやれない人たちが吹きだまりに肩寄せ合って生きているという感じを出しました。あそこでしか生きられない人間。『芸者は芸だよね』とか一端のこと言いながら、自分は『貝殻節』しかできないような三流芸者。それでも、見栄とか張りとかあるのよね。そういう人間がいることを学ばせてもらいました」 大病を患い、七十を超えても、今なお精力的に映画出演を続けている。「仕事は来た順で考えています。スケジュール的にやれるか、やれないか。それだけです。 気づいたら転職しなかったのよね。それは仕事が途切れなかったから。主体性がなくて役も何も選ばないできたから、なし崩しで続いたんだと思う」●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。■撮影/五十嵐美弥※週刊ポスト2018年7月13日号
2018.07.08 07:00
週刊ポスト
『半分、青い。』は“だめんず”に振り回されるヒロインが見所
『半分、青い。』は“だめんず”に振り回されるヒロインが見所
 NHK連続テレビ小説『半分、青い。』が好調だ。楡野鈴愛(永野芽郁・18才)が、左耳の聴力を失うも、漫画家を志すために上京し、奮闘する姿を描いたドラマで、6月19日の放送回では、過去最高の視聴率23.2%を記録した。 制作統括の勝田夏子さんが今後の見所を教えてくれた。●豊川悦司の演技に共演者の演技力もアップ 漫画家の秋風羽織役を演じる豊川悦司(56才)は現場で若手に大きな影響を与えていたようだ。「秋風先生の役は、コミカルに振りすぎるとイタくなるし、シリアスな部分とのバランスがあってこそ品のよさが保てる難しいキャラクターなんです。豊川さんは、子供みたいなところと、師匠としての貫禄の二面性をすごく考えて演技されていましたね。 豊川さんが率先して振り切れた演技をすると、そこに秘書役の井川遥さん(41才)や永野さんたちものっかって、演技のセッションを楽しんでいたようです。豊川さんはオフィス・ティンカーベルのメンバーでまた演技がしたいとおっしゃっていました」(勝田さん)●三オバの食欲が止まらない! 6月最終週の放送で、漫画家としての最大のピンチを経験した鈴愛は、7月から放送の14週目で、『100円ショップ大納言』でのアルバイトをスタートさせる。そのオーナーを務めるのが、光江(キムラ緑子・56才)、麦(麻生祐未・54才)、めあり(須藤理彩・41才)の三オバこと藤村三姉妹だ。勝田さんが話す。「三オバはものすごくはっちゃけていて、食事する場面ではかつての名作ドラマ『寺内貫太郎一家』の樹木希林さんを思わせるようなコミカルなシーンが見られると思います。 見ていて毎回驚くのは、3人の食べっぷり。リハーサルでは実際に食べないかたが多い中、3人はずっと食べている(笑い)。いろんな料理が出てくるので、そちらにも注目してほしいですね」●斎藤工はドラマの中でも映画界を背負っている!? 三オバの甥っ子で助監督の森山涼次(間宮祥太朗・25才)と、その師匠の映画監督・元住吉祥平(斎藤工・36才)が登場し、鈴愛の運命はさらに動き出す。「斎藤さん演じる元住吉監督は、コートダジュール映画祭で“その視点賞”を取った設定です。カンヌ国際映画祭の“ある視点賞”を思わせますね(笑い)。 斎藤さん自身も海外の映画祭で賞を取られているし、映画人であるということを背負って出演されているんですよ。ドラマには、元住吉監督の『追憶のかたつむり』という作品も出てきますから、注目してください」(勝田さん)●今度は鈴愛が振り回される側に!?「斎藤さん演じる元住吉監督も、助監督の森山もいわゆる“だめんず”なんですよ(笑い)」と語るのは勝田さん。「後半ではこれまで奔放だった鈴愛ちゃんが、だめんずと三オバたちに振り回されます」 鈴愛と二人三脚で撮影を乗り越えてきた、鈴愛が通う高校の担任教師役を務める尾関伸次(38才)もこう話す。「環境ががらっと変わるので、鈴愛同様、芽郁ちゃんもなじむのにしばらく必死でしたよ」 最後に、勝田さんに今後の展開を聞いた。「このドラマは、七転び八起きの人生を描く作品。恋愛で落ち込んだと思ったら、次は、仕事や家族のことで事件が起き、沈んだり上がったりのジェットコースターです」 鈴愛の転んでもめげない姿にまだまだ元気づけられそうだ。※女性セブン2018年7月12日号
2018.07.04 07:00
女性セブン
樹木希林 日常を常に俯瞰で見る視点は森繁さんから学んだ
樹木希林 日常を常に俯瞰で見る視点は森繁さんから学んだ
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、出演映画『万引き家族』『モリのいる場所』が公開中の女優・樹木希林が、ドラマ『七人の孫』主演の森繁久彌さんから学んだことについて語った言葉をお届けする。 * * * 樹木希林は文学座の若手だった頃から率先してテレビCMに出演している。「その頃のいい役者の条件は『一に舞台、二にせいぜい映画、テレビは邪道だけどしょうがない。CMやるなんていうのは恥ずかしいこと』と言われていました。そういう時代にCMの話が来たの。地方のローカルCM。 それで『やります』って。舞台は一ステージ百八十円だったから、そりゃCMの方が良かったわね。先輩の女優さんに『芸が崩れる』とか注意されたけど、もともと芸なんてないんだからさ、崩れようがないのよ。で、『いいのいいの、三流でも四流でも』って気にならなかった。価値観が違うから」 日本のホームドラマの元祖と言われる森繁久彌主演『七人の孫』(TBS)にレギュラー出演、注目されることになる。「あれは錚々たる劇団とかいろんな場所のスター候補がスターになるべく孫役に選ばれていくわけよ。で、七人が揃ったんだけど、みんなスターだから動かないわけよね。話を運ぶ役割がいない。それで、当時ペーペーだった久世光彦さんが『女中が一人いないと運びが悪いから、どこかで斡旋してこい』と言われて、文学座に来たの。そこに私たち研究生が五人くらいいて、『誰か残れる人いない?』と言ってきたんだけど仕出しみたいな役だと思ってみんなやりたがらなくて。私は『大丈夫よ』って。それで行っただけなの。まだ時間があったからね。役をやるなんて意識はなくて」 日常空間で展開されるホームドラマは、樹木希林の育った新劇の非日常とは芝居が異なる。「新劇はそれこそセリフをなぞっていくわけだけど、ホームドラマはそうじゃなくて、人間を演じる。それも現代の日常の世界に生きている人間だからね。 日常を演じるのは、もちろん大変ですよ。そのためには、自分を俯瞰で見て、普段の面白いことを感じていかないと。そのためには、当たり前のことを当たり前にやっていく。たとえば森繁さんは戦争をくぐりぬけてきたわけだけど、私たちは戦争のない、物の豊かな時代に生きちゃっているから人間の幅がなかなか広がらない。自分を深めるために、障害になるものはこっちが望まないと出会えない。だから、役者にとって日常が大切な学び場だと思うの。 そういう日常を常に俯瞰で見る──という視点は森繁さんから学びました。戦争で瀕死になった時の話を聞きながら物の見方を教わった。常に俯瞰で見ているから、どんなに悲惨な話でもどこかユーモアがあるのよ。 久世さん、向田邦子さん、私の三人は森繁さんに育てられた生徒なのよ。悲劇の中に笑いがあったり、哀しみの中にふっと息を抜ける瞬間があったり。人間って、よく見ているとそういうものじゃないかと思う。久世さんのドラマや向田さんの小説は、そういう人間のおかしさをうまく出しているでしょう。あれも、森繁さん流なのよ。 あそこで五十歳頃の一番脂の乗り切っている森繁さんに出会ったのは、大変な財産になったと思います」●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。■撮影/五十嵐美弥※週刊ポスト2018年7月6日号
2018.06.29 11:00
週刊ポスト
本木雅弘の長男UTA、自分の力試したいとパリの事務所と契約
本木雅弘の長男UTA、自分の力試したいとパリの事務所と契約
 本木雅弘(52才)と内田也哉子(42才)の長男が「UTA」としてモデルデビューを果たしていた──。「内田家」ほどユニークな存在感のある一族は他にない。「祖母」は異能の名女優、「祖父」は孤高のロックンローラー、「母」は不思議なオーラの一人娘、「父」はこだわりの俳優。そんな“濃いキャラ”同士が、どんな化学反応を起こして、「新たな才能」を世に送り出すのか。 1995年7月、元シブがき隊の“モックン”こと本木雅弘の結婚は世間をアッと驚かせた。理由はお相手が、女優・樹木希林(75才)とロックンローラー・内田裕也(78才)という“個性派夫婦”の一人娘・内田也哉子であったこと。そして、本木が内田家の「婿養子」に入ったことだった。「『内田』のやってきたことを将来、思い出してくれる人がほしい。滅んでいく家を救ってください」 そう樹木らしい表現で本木を説得し、養子縁組が実現したという。その2年後の1997年10月、内田家の未来を託せる長男が誕生した。名前は、雅樂(20才)。読み方は「うた」と言い、雅樂には「日本古来の神に捧げる音楽や歌」という意味が込められているという。 それから10数年後。一部の映画関係者の間では、樹木が海外の映画祭に出かけると、いつも同じ「長身の青年」が寄り添っていることが知られるようになった。逞しい体つきに似合わず、おとなしく謙虚な性格。ネイティブのような流暢な英語を操る、樹木の「専属通訳」。試写会に登壇する樹木の横に立ったこともある。 2018年6月20日、世界最高峰のファッションショー「パリ・コレクション」の会場。本木と也哉子夫婦が並んで座り、日本のブランド「アンダーカバー」のランウェイを見つめていた。スポットライトの下を歩くのは、あの「長身の青年」だ。 あのアジア系モデルは一体、何者なんだ――世界中から集まったファッショニスタたちが、その新人モデルについて囁き合ったという。モデルの名は「UTA」。つい先日、同じくフランスのカンヌで称賛された名女優が待望した初孫だとは、誰も気づくことはなかった。「UTAくんは13才頃に身長174cmの本木さんと同じ背の高さになりました。今では、なんと195cmと規格外の長身です。考えてみれば、希林さんは160cm、裕也さんは175cmと、あの世代の人としてはかなり大きい。祖父母の影響なんでしょうね。ワイルドな風貌は父親譲りですが、優しい目元はお母さんに似ています」(内田家の知人) UTAの下には、長女の伽羅(きゃら・18才)と次男の玄兎(げんと・8才)がいる。「伽羅ちゃんは2011年の映画『奇跡』で樹木さんと共演し、話題を集めました。そのオーディションを勧めたのが樹木さんでした。UTAさんのモデルデビューも、樹木さんの後押しがなければ実現しなかったでしょう」(芸能界関係者)◆スイスの寄宿舎まで祖母が付き添い“滅びるはずの内田家”を救う存在――UTAが生まれたとき、樹木の溺愛ぶりは相当だったという。「生後4か月のUTAくんのお宮参りのことです。式の終わりにUTAくんがぐずり始めた時、樹木さんがミルクを飲ませ、笑顔であやしていたのが印象的でした。UTAくんは、小学生の時は東京のインターナショナルスクールに通い、中学からは単身でスイスに留学しました。 もともと、母の也哉子さんも保育園から小学校までインターですし、9才の時からニューヨークにホームステイ留学。スイスの大学にも通っていました。それは、希林さんの“かわいい子には旅をさせろ”という教育哲学に基づくもの。それをUTAくんにも実践させたんでしょうね」(前出・内田家の知人) UTAがスイスに飛び立つとき、本木はNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』に主演中で、也哉子も次男を産んだばかり。そのため、樹木がUTAと一緒にスイスに飛んで寄宿舎まで送ったという。 スイス留学したUTAはスポーツでも超エリートコース。長身を生かして小学5年生から始めたバスケットボールを留学先のスイスでもプレーし続けた。「UTAさんは足が大きくなるたびにお父さんにバスケットシューズを送ってもらっていたそうです。お父さん譲りのストイックさで練習を重ねるうちに、アメリカの名門スポーツ校のスカウトの目に留まって転校。大学もカリフォルニア州にあるバスケの強豪校に進学しました。昨年5月、日本代表チームの東アジアバスケットボール選手権の直前強化合宿に参加したほどの実力です」(UTAの知人)◆服というのは内面を映す鏡 UTAがファッションの世界に飛び込んだのも、樹木がきっかけだったという。「UTAさんが中学生になった頃から、樹木さんが海外の映画祭に行く時は、彼に通訳をお願いしていたそうです。たとえば、2011年にカナダ・モントリオール映画祭に出席した際、試写会の会場で通訳担当として一緒に登壇していたぐらいです。 その活動の中で、俳優やモデルとしてのスカウトは度々あった。最近、パリに本拠を持つモデル事務所の関係者が彼に目をつけて、“モデルとして活動しないか”と熱心に誘ったそうです。UTAさんはバスケとの両立をかなり悩んだそうですよ」(ファッション業界関係者) パリコレでのデビューにあたり、UTAはファッション誌『i-D JAPAN』ネット版のインタビューを受けている。そこで、樹木にかけられたこんな言葉が、モデルになる決断の後押しをしてくれたと明かした。《「ある種、服というのは内面を映す鏡。同じ服を着てもみんな違って見える。いろいろな服を着ることで、より自分を客観視できる。それは生きていく上でも大切なこと」》 前出・内田家の知人が打ち明ける。「希林さんは、“ファッションを通していろいろな人に出会い、いろいろなことを経験することでまだ知らない自分自身に気づくことができるし世界が広がる”と孫に伝えたかったようです。つい最近、UTAくんはパリのエージェンシーと契約しました。日本のモデル事務所に入らなかったのは“モックンの息子”として注目されるのではなく、自分の力でどこまでできるか試したかったからだそうです」 今回のパリコレでは「コムデギャルソン」と「アンダーカバー」のモデルとなった。「アンダーカバーは有名人もファンが多いですが、それ以上に海外で高く評価されています。デビュー直後にそのブランドのモデルを務めるのはすごいこと。今、一流メゾンは中国を筆頭としたアジアマーケットを大切にしており、高身長でありながら和顔のUTAには大きな期待を寄せています」(別のファッション業界関係者) パリコレ会場の舞台裏では、也哉子が息子の話を熱心にしている姿もあった。日本が誇る“個性派家族”の後押しを受けて、若い才能が海外で輝き始めている。※女性セブン2018年7月12日号
2018.06.27 16:00
女性セブン
本木雅弘の長男UTA 生後4か月からデビューまでの秘蔵写真
本木雅弘の長男UTA 生後4か月からデビューまでの秘蔵写真
 2018年6月20日、世界最高峰のファッションショー「パリ・コレクション」でモデルデビューした本木雅弘(52)、内田也哉子(42)夫妻の長男、内田雅樂(うちだうた、20才)。 UTAとして「コムデギャルソン」、「アンダーカバー」のランウェイを歩いた。190cmを超える長身という恵まれた体格で堂々と歩く姿に、世界中から集まったファッショニスタたちから注目を集めたという。 祖母にあたる樹木希林(75才)から溺愛を受けたというUTA。生後4か月のお宮参りのときには、ぐずり始めたUTAに、樹木がミルクを飲ませてあげていたという。 UTAは小学生の時は東京のインターナショナルスクールに通い、中学からは単身でスイスに留学。スイスでは、長身を生かして小学5年生から始めたバスケットボールをプレーし続けた。 大学は米カリフォルニア州にあるバスケの強豪校に進学。昨年5月には、日本代表チームの東アジアバスケットボール選手権の直前強化合宿に参加したほどの実力の持ち主だ。  モデルとしてパリのモデルエージェンシーと契約したというUTA。木村拓哉(45)、工藤静香(48)夫妻の次女Kōki,(15)に続く“大物二世”のデビューは芸能ニュースの話題をさらいそうだ。
2018.06.27 15:55
NEWSポストセブン
樹木希林 役者やろうっていう気はまるでありませんでした
樹木希林 役者やろうっていう気はまるでありませんでした
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、出演映画『万引き家族』『モリのいる場所』が公開中の女優・樹木希林が、役者としてのスタートを切った文学座研究所で学んだことについて語った言葉をお届けする。 * * * 樹木希林は一九六一年に文学座の養成機関である研究所に入所。役者としてスタートを切る。「私が十八のとき父親が『薬剤師なら夫がいなくても食いっぱぐれがないだろう。店一軒ぐらいなら持たせられる』っていうんで、薬剤師になろうと受験勉強始めたんだけど、数IIと数IIIがさっぱり分からなくてね。 どうしようかと思っている時に、父親が夕張にいる友達の所に行くというんで一緒に行ったんですよ。それで雪の積もったボタ山で遊んでいたわけ。スキーなんかないから板に乗って滑っていたら、自分の足を折っちゃった。それが二月だったもんで、もう受験ができなくなって。やっても落ちたと思う。 それで、結果行くところがなくて、どうするかなって。親がいたから生活には困らなかったけど、周りがみんなキラキラ輝いている三月、四月に一人だけ取り残されちゃった。 その時に文学座、俳優座、民藝の三大劇団が研究生を募集するというので、じゃあ行ってみようかな、と。心が動いたというより、どこかに入らないと取り残されると思った。寂しいなっていう。役者をやろうとか、そんなことは何も考えていない。夕張で足を折っていなかったら、役者にはなっていなかった」 研究所では役者としての基礎を初めて学ぶことになる。「舞台だから美人じゃなくたっていいかなという感じはありましたね。役者になろうなんていうんだから、男も女もみんなシャレ者だったけど、私だけは学校の制服で試験を受けていたからね。先生もいい加減だったんじゃないの。 研究所は学校の繋がりみたいな感じ。今みたいに選択肢がなかったから。でも、錚々たる講師が来たのね。芥川比呂志さんに、若い頃の大江健三郎さん、三島由紀夫さんも定期的に講師になってくれたり。 学んだことというと、今も役に立っているのは柔軟体操ね。体操の時間では振りを覚えるんじゃなくて、力の抜き方を教えてくれたの。マリオネットじゃないけど、操り人形のように一本スーッと糸で引かれたような感じで、自分の体の一部分だけを動かす。これを一年やりました。 一遍に力を抜くんじゃなくて、順番に力を抜いていく。たとえば、手の先っぽだけ抜く。今度は腕から先だけ抜く。肘から先だけ抜く、肩から抜く──みたいな。そうやって自分の身体の感覚を部分的に意識しながら、感じながら動かすというあの柔軟運動はその後にうんと役立ちました。『お化けのロック』という歌を郷ひろみさんと歌った時の、あのお化けの振りつけは柔軟体操から来ているの」 一年後、文学座に入団する。「勉強して一年そこらで役者だなんて意識は持たなかったですね。 当時は一ステージ二百円で、税金取られて百八十円。十ステージやっても千八百円。たくさんセリフ言っても通行人でも同じ値段だから、役につかない方が楽でいいな、と。役者やろうっていう気はまるでありませんでした。切符売るのも嫌だったし」●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。■撮影/五十嵐美弥※週刊ポスト2018年6月29日号
2018.06.19 07:00
週刊ポスト
樹木希林 当たり前に年をとっていきたいと思っているわけ
樹木希林 当たり前に年をとっていきたいと思っているわけ
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、出演映画『万引き家族』『モリのいる場所』が公開中の女優・樹木希林が、老婆を演じること、是枝裕和監督との出会いについて語った言葉をお届けする。 * * * 是枝裕和監督の映画『万引き家族』がカンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルム・ドールを受賞した。本作で樹木希林は「家族」の一員である老婆を演じた。一見すると人が良さげでありながら、心の奥底の見えない芝居で本領発揮している。「人間というのはさ、いろんなものを含んで人間だから。通り一遍の『これです』という姿はないわけなのよね。だから、曖昧な中でいろんなものを見せていく。今回は特に、そういうことをできる環境が整っていましたからね。 人間が吹きだまりのように寄ってきて、『いいよ、いいよ、そこ使っていいよ。で、いくらくれるの?』とか言っているうちにああいう結末を迎えるような、そういう役はありえるなと思ってね。いつの場合でもありえる。私はそういう経験はしたことないけど、切羽詰まった時、あるいは孤独になった時に人はそういうふうになっていくんだろうな─というのは感じますね。 いま韓国では年寄りが食べていかれなくて売春やっているっていうのよ。そこまでやらなきゃいけない。それでも生きていかなきゃならない時、自分だったらどうするかと思います。他人事と思ってない。 日本でも、若い人が生活は成り立っているのに洋服を買うために平気で援助交際してるじゃない。凄く寂しい姿になってる。彼女たちが目指すものを先輩である私たちが示すことができないのを恥ずかしく思います」 日本のベテラン女優の多くは老婆役をやりたがらないが、樹木希林はそれを厭わない。「当たり前に歳をとっていきたいと思っているわけ。アンチエイジングって、したい人はしていい。でも、五十歳の人が顔の皺を引っ張って三十歳に見えたからといって、三十歳の役は来ないんですよ。だって、お客さんは本当の歳を知っているからね。だとしたら、当たり前に歳をとっていけばいい。 でも、そうなると需要がなくなるの。『モリのいる場所』って映画は私と山崎努さんが夫婦で他はそんなに出てこないんだけど、世の中にはそういう映画を作ろうなんてことはほとんどないから。だからみんな歳にブレーキかけたがるんじゃないですかね」 是枝監督の作品には二〇〇八年の『歩いても歩いても』から出演し続けてきた。「あの時はオーディションだったんですよ。その時『他にどういう人を考えていたんですか』と監督に言わせたらある女優さんの名前を言ったの。『その人は素敵な人かもしれないけど、別の役がいい。この役なら私の方がいいかもしれない』と言ったら監督は半信半疑だったみたい。 あれは子供を亡くした恨みが忘れられない母親の役。その後の『海よりもまだ深く』も子供に期待しているけど裏切られていく。そのことを分かっていても背中にすがりつきたい母親。そういう母親の気持ちっていうのは言ってみれば是枝さんの母親の気持ちでもあるんだけど、そこには普遍性がある。それで息子に期待してしまう母親をやらせてもらったの」●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。■撮影/五十嵐美弥※週刊ポスト2018年6月22日号
2018.06.13 16:00
週刊ポスト

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