中村紀洋一覧

【中村紀洋】に関するニュースを集めたページです。

突然の根尾の投手転向決断に驚きの声が広がった(時事通信フォト)
最下位・中日に空中分解の危機 二軍に配置転換の中村紀洋コーチに同情の声も
 中日がセ・リーグ最下位で苦しんでいる。新庄剛志監督率いる日本ハムに敵地・札幌ドームで同一カード3連敗。2試合連続今季12度目の零封負けで、借金は今季ワーストの8に膨らんだ。打線は22イニング連続無得点。5回の攻撃前には波留敏夫打撃コーチが「目覚ませもっと。いつまで甘えてやってんねん、野球。その気でやらんかいアホ」とベンチ前の円陣で激高した姿がテレビ中継に映し出された。このシーンについて、厳しい指摘も出ている。「波留さんは長年コーチをしてきて、選手の士気を上げるモチベーターとしての評価は高いが、打撃指導で実績を残しているわけではない。DeNAのコーチ時代は主力選手に『考えが合わないので見てもらわなくていいです』と言われたこともあった。貧打が深刻ないまの中日において、発破をかけるだけで何かが変わるとは思えない」(スポーツ紙デスク) 今年から「ミスタードラゴンズ」こと立浪和義監督が就任。12年ぶりの現場復帰に期待は大きかった。石川昂弥、岡林勇希、鵜飼航丞ら若手を積極的に起用。もちろんすぐに結果が出るほど甘い世界ではない。昨季はリーグワーストの405得点と貧打に苦しんだが、オフに新外国人を補強せず戦力的に厳しい中で戦っている。長期的ビジョンに立ち、失敗に目をつぶりながら我慢強く育てるしかないのだろう。 立浪監督はぬるま湯体質からの脱却を目指している。攻守で精彩を欠いていた正遊撃手の京田陽太に対し5月4日のDeNA戦で試合中に二軍降格を言い渡し、名古屋へ強制送還したことも話題を呼んだ。このチームに欠けているのが厳しさであると指摘する関係者は少なくない。だが、コーチ人事において、その厳しさが裏目に出ている面もあるのではないか。 立浪監督は、交流戦開幕前日の5月23日に中村紀洋打撃コーチと当時二軍だった波留打撃コーチの“配置転換”を断行している。元々、中村打撃コーチは立浪監督に請われる形で一軍のコーチングスタッフに入閣。石川の育成という大きな使命を託されていた。名古屋の放送関係者は中村コーチに同情的な見方をする。「ノリさん(中村コーチ)はやる気満々でしたよ。立浪監督のことは現役時代から慕っていたし、石川のことを『間違いなく将来の4番になれる』と太鼓判を押していた。石川だけでなく、根尾(昂)、鵜飼ら若手たちにも一生懸命に教えていた。ただ、石川がノリさんの教えるスタンスと自分の打撃理論が合わないと感じ、フォーム改造を断念した。もちろん石川にも考えあってのことでしょうが、フォームを改造してもそんなにすぐに結果につながるものではない。もう少し試してみてもよかったのではないか、とも思います。 京田についてもノリさんは『トリプルスリーを狙える』と素材を評価し、打撃フォームの改造に取り組みましたが、その後はフォームがコロコロ変わってしまった。選手が自主性をもって取り組むのは大切ですが、それで結果が出ていない。ノリさんは現役時代に素行不良と批判されることがありましたが、打撃理論に定評があり指導熱心だった。もったいないですよ。今回の配置転換にチーム内では同情の声が多いです」 コーチの配置転換も実らず、交流戦は7勝11敗で幕を閉じた。18試合で計45得点、1試合平均2.5得点と打線も湿ったままだ。「競争と言いながら、ベテランの福留孝介が打率0割4分3厘と結果が出ていないのに交流戦が終わるまで二軍に落とさなかった。根尾も外野から遊撃に再コンバートしたのにスタメンで1試合も使うことなく、投手で2試合登板させそのまま投手転向となった。どう育てたいのかビジョンが見えてこない。選手からも不満の声が漏れ始めた。同じ最下位でも若手が躍動している日本ハムがうらやましいですよ」(スポーツ紙記者) 最下位低迷で空中分解の危機が訪れている中日。強竜復活への道は、まだまだ険しいかもしれない。
2022.06.14 16:00
NEWSポストセブン
野村克也さんも古田敦也氏の監督就任を熱望していたという(2019年7月。時事通信フォト)
ノムさんも熱望… 古田敦也氏が再び監督になる日は来るか?
 2月11日、1990年代のヤクルト黄金時代を築いた野村克也さんが虚血性心不全のため84歳で亡くなった。テレビで野村さんが特集される際には、ヤクルト監督時代の愛弟子とも言える、古田敦也氏がゲスト出演する機会も多い。 野村さんがヤクルト監督就任した1990年、古田氏は1年目から正捕手に抜擢され、ゴールデングラブ賞を獲得。2年目には落合博満(中日)とのデッドヒートの末、首位打者に輝いた。3年目には3割、30本塁打を記録し、14年ぶりのリーグ優勝に貢献。4年目にはMVPに選ばれ、チームを日本一に導いた。 ヤクルトの顔としてリーグ優勝5回、日本一4回を経験した古田氏は2006年に選手兼任監督に就任。捕手出身の名監督と言えば、野村克也さんや森祇晶氏らがおり、他にも梨田昌孝氏(2001年・近鉄)や伊東勤氏(2004年・西武)がリーグ優勝を経験している。野村克也の教えを受けた古田捕手がどんな采配を振るうのか、注目度も高かった。野球担当記者が話す。「古田氏は『野村ID野球の申し子』と言われていたこともあり、いわゆる“スモールベースボール”を実践するのではないかと思われていました。しかし意外にも、攻撃的な野球を展開。今では多くの球団が採用している『2番に強打者を置く』という作戦を敢行しました」(以下同) 古田監督は就任1年目、前年に打率3割6厘、14本塁打を放って主に6番を打っていたアダム・リグスを2番に抜擢。1番・青木、2番・リグス、3番・岩村、4番・ラミレス、5番・ラロッカと続く強力打線は、リーグ1位タイの得点を叩き出した。「前年、ヤクルトの得点は591でリーグ最下位でしたから、古田監督の采配が見事にハマった格好です。当時、まだあまり注目されていなかったOPS(出塁率+長打率)にも着目。リグスは39二塁打(リーグ2位)、39本塁打(リーグ3位)を記録し、OPSは9割1厘(リーグ5位)。『2番・リグス』が大量点を生むポイントになりました。現代野球の先駆けとも言える采配でした」 監督1年目は3位になったものの、2年目はリグスが故障で37試合の出場に留まり、2番に長打のある打者を置けず、得点力が低下。投手陣も崩れて最下位に沈み、この年限りで選手を引退するとともに、監督も辞任した。以来、楽天やソフトバンクの監督候補として名前が挙がったことはあるが、実現はしていない。「古田氏ははっきりとモノを言う上に、理路整然としている。2004年の球界再編時、古田氏がプロ野球選手会会長じゃなかったら、経営陣に言いくるめられて、1リーグ制になっていた可能性も十分ありえます。 逆に言えば、経営陣とやり合えて勝てるくらいの度胸と頭脳がある。そのため、フロント側からすれば、煙たい存在と捉えられているのかもしれない。 ヤクルト監督時代には、岩村明憲がメジャーリーグに移籍した穴を埋めるため、オリックスを自由契約になった中村紀洋の獲得を進言しましたが、実現せず、思うような補強ができなかった。退団に至った理由には、そんなフロントとの軋轢もあったと言われています」 古田氏は現場から退いてから、今年で13年目を迎える。選手兼任監督の先輩である野村克也さんは1977年に南海を後にし、1980年に西武で引退した後、評論家生活を経て、1990年にヤクルトの監督に就任。名将と称えられるノムさんも、9年間もユニフォームを着ていなかった時期がある。「最近は評論家からいきなり監督になるよりも、コーチや2軍監督を経て1軍監督に昇格するケースが主流です。でも、野村さんは自身の経験から『コーチになるよりも外から野球を見たほうが勉強になる。ヤクルト監督で輝かしい成績を残したのは、評論家時代の蓄積が大きかった』と言っていた。古田氏も現場から退いてだいぶ経ちましたけど、能力が落ちたわけではない。現在の古田氏の年齢(54)の時、野村氏はヤクルト監督に就任しています。まだまだ可能性はありますよ」 2年前、テレビ番組の対談で、野村さんから「声を大にして言いたいのはね、監督やれ! もったいないよ。(今の野球界で)こいつ監督になったら、良い監督になるだろうなというのが唯一これ(古田)だけ。野球選手のなかでは珍しく頭良いからね。早くユニフォーム着ろ」と激励された古田氏。2年間の選手兼任監督は不完全燃焼に終わった感が否めない。球界随一の頭脳派がもう一度、ユニフォームを着る機会はあるか。
2020.02.19 16:00
NEWSポストセブン
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プロ野球契約公開事件簿 中村紀洋、西崎幸広、武田一浩の場合
 1年の評価が金額で示される契約更改の場は、禍根を残すこともしばしば。グラウンドの外にはドロ臭い「年俸交渉」の球史がある。(文中敬称略) 時代が平成に移ると、交渉の揉め事を回避するため、各球団が「事前交渉」制度を取り入れ始めた。導入のきっかけになったのが、1991年オフの日本ハムの契約更改での“二大事件”だったという。「エース・西崎幸広が、契約更改後の記者会見場に現われるなり、手に持っていたセカンドバッグを椅子に投げつけ“評価が低すぎる、一歩も引かない”と大激怒した。 西崎と同日に契約更改したストッパー・武田一浩も大荒れだった。1時間の交渉の末に、クイック投法でセカンドバッグを窓に投げつけた。折れ曲がったブラインドをよそに、会見で “低すぎる。2年も抑えをやってこれじゃ、リリーフなんてやってられない”と主張した。会見場でタバコに火をつけて落ち着こうとしたが、興奮しすぎて会話にならないほどだった」(スポーツ紙編集委員) 同時期に中継ぎとして活躍した巨人OBは、当時の中継ぎ投手の事情をこう明かす。「ブルペンで準備した回数もポイントとして換算されていましたが、評価対象となるのが勝ちゲームだけだったため、チームが勝たないと年俸が上がらないシステムでした」 ヤクルト、巨人、阪神で4番を任された野球評論家の広澤克実も、「数字に出ない部分の交渉は難しかった」と振り返る。「ケガを押して試合に出ても、査定に反映されにくい。査定担当者は常に選手と行動を共にしている職員なので、“なんとかしてくださいよ”と心情に訴える者もいれば、“ちょっと時間をください”と交渉が決裂するケースもあった。 私の場合は、他球団で同じような成績・年俸の選手が、昨年の更改でどれくらい年俸が上がったかを調べておき、提示額が妥当かを判断していました」 そうした査定項目は細かく、野球選手一人で判断するには複雑だ。そこで現在では、「代理人」に任せるケースが増えている。いち早く取り入れたのは近鉄時代の中村紀洋だった。「中村は“自分は弁が立たない”との思いから弁護士を立てて交渉に臨んだ。弁護士は“球団が看板選手として中村を前面に押し出す限り、その評価もされないとおかしい”と、グッズの売り上げなどの数字を示してブランド力を押し出した。オリックスから阪神に移籍した日高剛は、代理人を3人も連れてきて話題になりました」(在阪スポーツ紙デスク)※週刊ポスト2019年12月6日号
2019.11.29 16:00
週刊ポスト
広島・丸FAで注目の「宣言残留」 ファンの声も大きな鍵に
広島・丸FAで注目の「宣言残留」 ファンの声も大きな鍵に
 FA宣言をした広島・丸佳浩の去就が注目されている。巨人とロッテが早々と獲得に名乗りを上げ、広島も「宣言残留」を容認する姿勢を見せている。過去に広島が宣言残留を認めたのは、黒田博樹、新井貴浩、大竹寛(現・巨人)の3選手のみで、いかに広島が丸残留を熱望しているかがわかる。広島をセ・リーグ3連覇に導いた立役者の1人の動向は今オフ最大の話題となっている。 FAするか注目されていた日本ハムの中田翔は宣言せずに3年契約を結ぶと報道され、西武の中村剛也は海外FA権を行使した上で残留を決めた。中村のように残留ありきのFA宣言は、制度導入2年目の1994年から何人もの選手が行なってきた。 しかし、国内球団への移籍可能性ありのFA宣言をした上で、最終的に残留した選手は過去25年でわずか5人しかいない(メジャーリーグ挑戦を志向した上で残留したケースは除く)。 FA制度導入元年の1993年オフには巨人の槙原寛己が権利を行使。宣言前、球団代表と来季の交渉を行ったものの、槙原の希望年俸1億2000万円に対して、球団は1億円の提示。毎年のようにトレード報道が出ていた槙原は複数年契約を要求するも、認められなかった。 交渉が物別れに終わったため、槙原は11月10日にFA申請用紙を郵送。すると、巨人は態度を軟化。最終的には、長嶋茂雄監督が花束を持って自宅を訪れ、槙原は残留を決意した。希望通りの年俸1億2000万円、功労金4000万円、3年の複数年契約を勝ち取った。野球担当記者が話す。「当時はドラフト終了後1週間まで所属球団との占有交渉期間とされ、その後所属球団を除く他球団との交渉が解禁されるルールとなっていたため、結局、槙原は獲得の意志を表明していた中日などとは交渉していない。しかし、巨人との話し合いが物別れに終われば、移籍していたでしょうから、槙原が宣言残留第1号です」 槙原は翌年には完全試合を達成し、12勝を挙げてチームの優勝に貢献。日本シリーズでは2つの完投勝利を挙げ、MVPに輝いた。 この後、ルールが変わり、所属チームと他球団が並行して交渉できるようになる。2002年オフには、前年近鉄を優勝に導き、この年も42本塁打、115打点と爆発した中村紀洋がFA宣言し、阪神や巨人、メジャー球団と交渉。ニューヨーク・メッツとの契約合意が報じられたが、最終的には近鉄に残留。この年には、阪神の桧山進次郎もFA宣言をしたが、他球団からのオファーはなく、結局残留している。 2003年オフには、阪神の下柳剛が「いろんな球団の評価を聞きたい」と国内のみならずメジャーリーグ挑戦も視野に入れてFA宣言。横浜が獲得に名乗りを上げ、下柳は交渉の席にも付いたが、メジャーからの具体的なオファーがなかったこともあり、阪神に残った。 中村紀洋は近鉄が2004年に消滅したことで、その後5球団を渡り歩くことになるが、桧山と下柳は阪神に引退するまで在籍。優勝も経験している。 2008年オフには、横浜の三浦大輔が球団の姿勢に疑問を抱いたこともあり、FA宣言。阪神移籍に心が揺れ動いたようだが、結果的にファンの残留を望む声にも背中を押され、横浜に残留した。「過去の例を見ると、宣言残留が成立した確率はわずかです。ただ、広島にはファンの熱意で残留させた例がある。2006年の最終戦、メジャー移籍か残留かで迷っていた黒田博樹に対して、ファンが広島市民球場のライトスタンドに〈我々は共に闘ってきた 今までもこれからも… 未来へ輝くその日まで 君が涙を流すなら 君の涙になってやる カープのエース 黒田博樹〉という横断幕を掲げた。これに心を動かされた、黒田はその年の残留を決意。翌年、ロサンゼルス・ドジャースに移籍しますが、2015年に古巣・広島に復帰。翌年にチームがリーグ優勝を果たしたことで、ファンと黒田の物語は感動を呼びました。 11月23日のファン感謝デーで、広島ファンがどれだけ丸に思いを伝えられるか。丸が残留するかどうかは、ファンの声に懸かっている面もある」(同前) 2008年、阪神移籍か横浜残留かで悩んだ三浦大輔は、ファン感謝デーで直に受けた声援によって『生涯横浜』を宣言。2016年の引退会見で、「ベイスターズファンに一言」と問われると、涙ぐみながら、言葉を絞り出した。「25年間、ご声援ありがとうござました。苦しい時、本当に助けられた。どんな時でも応援していただき、感謝しています」 FAの権利を勝ち取った丸の将来は、本人が決めるもの。ただ、ファンの残留を願う声も、選手の決断に大きな影響を与えるのも事実だろう。
2018.11.16 16:00
NEWSポストセブン
星野仙一氏 阪神監督就任時「金本、ペタ、ノリを!」と主張
星野仙一氏 阪神監督就任時「金本、ペタ、ノリを!」と主張
「闘将」「燃える男」──。すい臓がんを患って1月4日に死去した星野仙一氏(享年70)は、鉄拳制裁を辞さない一方、選手から慕われる一面もある“情の人”という印象が強い。追悼報道でも判で押したように同じようなフレーズが並んだ。だが、本当に近しい人から見ると、その印象は少し違っていたようだ。 星野氏は強かな戦略を持った“理の人”でもあったと語るのは、2003年に星野氏が監督として阪神を18年ぶりのリーグ優勝に導いた時の球団社長・野崎勝義氏だ。「当時、球団内で誰も意見できなかった久万(俊二郎)オーナーに対して、星野さんは2001年オフの就任早々、面と向かって『17年間もリーグ優勝できなかったのは久万さんが悪い』と直言したのです。 星野さんは優勝するには大型補強が必要だということを理解していて、オーナーに電鉄本社の金庫を開けさせるために、あえて直言する戦略を取ったのでしょう。さらに『優勝するにはペタジーニ、金本知憲、中村紀洋の3人が全員必要』と主張して、結果的に広島から金本を獲得。就任2年目でリーグ優勝を果たしてみせた。こんな芸当は星野さんにしかできなかったと思います」 星野氏は中日監督就任直後の1986年オフにも、ロッテからトレードで落合博満を獲得する大胆なトレードを球団に決断させている。野崎氏が続ける。「監督には与えられた戦力で上手くやり繰りしていくタイプと、編成の視点も兼ねて戦略的にチーム強化に乗り出すタイプがあると思いますが、阪神で星野さんの前任者だった野村克也さんが前者で、星野さんは後者。この2人の名監督の時代に球団社長をやらせてもらいましたが、本当に対照的でした。星野さんは、時間をかけずに一気にチームを押し上げる戦略に長けていた。二人三脚で改革をできて感謝の言葉しかありません」“情”と“理”を兼ね備えた名将の死は、あまりに早過ぎた。※週刊ポスト2018年1月26日号
2018.01.16 07:00
週刊ポスト
DeNA躍進 中畑清前監督「あきらめない野球」の功績
DeNA躍進 中畑清前監督「あきらめない野球」の功績
 勝利を誰よりも喜んでいるのは、あの男かもしれない。セ・リーグのクライマックスシリーズ(以下、CS)で広島を下し、19年ぶりに日本シリーズ進出を決めた横浜DeNAベイスターズ。その礎を築いた功労者の一人として間違いなく名前が挙がるのが、中畑清前監督だ。 親会社がDeNAに変わった2011年オフ、監督に就任すると、マスコミへの発信力で連日スポーツ紙の1面を飾る。当時はキャンプインと同時にインフルエンザにかかっただけで1面に取り上げられた。野球担当記者が語る。「中畑監督はまず自分が目立つことで、マスコミを呼び、チームに活気をもたらそうとした。それまでの横浜はセ・リーグでもっともメディア露出が少ない球団だった。現役時代から人気のあった中畑監督は、人に見られることの重要性をよく知っていた」 就任時、横浜スタジアムを満員にしたいと語った中畑監督の夢は、あくまで夢でしかないと思われていた。就任前の2011年、横浜は12球団最下位の観客動員数だった。「当時のスローガンの『熱いぜ!』は一見、時代錯誤のようでしたが、横浜に最も足りない精神でした。そして、中畑監督は常々『あきらめるな』と言い続けた。あきらめないことは誰にでもできることだと説いた。終盤になっても『あきらめない野球』にファンが魅せられ、毎年観客動員を増やしていき、就任から4年間で165%アップ。2015年は最下位なのに、大入り43回。優勝した1998年の32回を大幅に超えた。中畑監督の発信力がなければ、なし得なかった業績でしょう」(同前) 中畑監督は2015年限りで退任したが、現在もそのDNAは受け継がれている。「今シーズン終盤、ベイスターズは巨人に猛追を喰らった。8月には同一カード3連敗を喫し、9月には追い抜かれたこともあった。昔のベイスターズなら、そのままズルズルBクラスに後退したでしょう。それでも、広島に3試合連続サヨナラ勝ちをするなどして巻き返した。中畑監督が4年間言い続けた『あきらめない』スピリッツが浸透していたと思います」(同前) 日本シリーズ進出を決めた広島とのCSファイナルステージ第5戦のスタメンを見ると、セカンドの柴田を除けば、全て中畑監督時代に起用された選手たちだった。「当時、選手時代のラミレスには『あの守備では使えない』と控えに回し、中村紀洋のチームプレーを無視する行為には厳しく当たった。キャプテンの石川雄洋も覇気がないと見るや二軍に落とした。中畑監督は主力であろうと、特別扱いしなかった。そして、能力があると見込んだ若手を起用し続けることで、見事に世代交代を果たしました」(同前) 思えば、筒香嘉智はわずか4年前、わずか1本塁打に終わっていたが、いまや日本の4番に成長。この日は試合を決める2発を放つ勝負強さを発揮した。 投手陣を見ても、先発の石田健大はルーキーイヤーの2015年夏から先発ローテーション投手に抜擢され、試合を締めくくった山崎康晃はリリーフの適正を見抜かれ、クローザーに指名された。勝利投手になった三嶋一輝は2014年の開幕投手に指名するなど中畑監督時代に最も期待された投手の1人だった。 今回のCS突破で、自分が信じた選手を徹底的に起用するラミレス監督の采配がクローズアップされがちだが、中畑前監督の育成力がなければこの結果にはつながっていなかっただろう。
2017.10.26 16:00
NEWSポストセブン
楽天・則本 松坂大輔vs中村紀洋らの対決を見てプロ志した
楽天・則本 松坂大輔vs中村紀洋らの対決を見てプロ志した
 先発投手が約100球をメドに交代する時代、楽天・則本昂大は逆行するように120、130球と投げ続ける。8月26日の日本ハム戦は144球で完投した。 昭和のエースのように最後まで投げ抜く体力と根性に加え、マウンドでの振る舞いも昔気質だ。打者に心理状態を悟られないようポーカーフェイスを貫く投手が多くなった中、則本は鬼気迫る表情から渾身のガッツポーズを作り、雄叫びをあげ、打たれればマウンドを蹴り上げ悔しさを露わにする。今やこれほど表情豊かな投手は数少ない。「どっちかというと短気なので、物に当たってしまうときがあります。『この試合を勝たなければいけない』というときにはどうしても気持ちを抑えられないことが出てくるけど、本当は無くしたいと思っています」◆力と力の戦いに憧れた少年時代。勝敗以外でもファンを魅了したい 分業制が確立された現代のプロ野球では、本格派の先発投手は珍しくなった。則本がそうしたタイプになったルーツは少年時代にさかのぼる。「負けず嫌いとか、強いチームを倒したい気持ちは小学校からずっとありました。休みを捨てて野球に専念してきたから、誰にも負けたくない気持ちが強い。言葉は悪いですけど、人が遊んでいるときに自分が努力したことが今、プロでこうやって実になっている。そこは昔の自分を褒めてやりたいです」 努力の結晶として最高峰の世界に到達した。周りに居並ぶ一流を見れば見るほど、負けず嫌いの血が騒ぎ、「『ああ、くそ』とか、『勝ちたい』という気持ちは今まで涸らしたことがない」と語る。 そんな則本が目指すのは、自身が子供の頃に憧れたプロ野球選手の姿だ。「松坂大輔さん(ソフトバンク)が真っすぐを投げて、中村紀洋さん(元近鉄)や松中信彦さん(元ソフトバンク)がフルスイングで応える姿を見て、僕はプロ野球選手になりたいと思いました。今の時代でもそういう野球を追い求めている人がいると信じているので、勝敗以外のところでもファンを魅了したい気持ちがすごくあります」 プレイボールからゲームセットまで力を込めて投げ、三振の山を築いていく。1球の威力、140球を全力で投げ抜くタフネス、みなぎる気迫をすべて備えているから、現代では珍しい本格派として君臨することができる。「自分の体が続く限りはそういうタフさを出していきたいと思います」 誰にも真似できないようなスタミナを身につけ、誰よりも多く三振を奪うのが唯一無二のスタイル。則本だからできるピッチングを貫いているからこそ、ファンはこの男に魅了される。◆のりもと・たかひろ/1990年滋賀県生まれ。三重中京大4年時の全日本大学野球選手権で20奪三振を記録。2012年ドラフト2位で楽天に入団し、史上3人目となる新人での開幕投手を務めた。15勝を挙げて新人王、チーム初の日本一に大きく貢献。2014年以降は3年連続でリーグ最多奪三振をマークしている。2017年には日本代表としてWBCに出場。4月19日の西武戦から8試合連続二桁奪三振の日本記録を樹立した。●撮影/本誌・藤岡雅樹 取材・文/中島大輔※週刊ポスト2017年9月29日号
2017.09.21 07:00
週刊ポスト
早くも取り沙汰される巨人・来季監督 中畑氏や落合氏の名も
早くも取り沙汰される巨人・来季監督 中畑氏や落合氏の名も
 6月8日に球団ワーストとなる13連敗を喫した読売ジャイアンツ。西武との3連戦は敗戦内容も悪かった。11連敗目は打線が5点を奪いながらもエース・菅野智之が守り切れず、逆転負け。12連敗目は今季初登板の岡本洋介に抑えられ、完封負け。13連敗目は序盤の3回に大量点を奪われ、13対2と大敗。打開策を見出せない高橋由伸監督への批判は日増しに強まっている。野球担当記者が語る。「昨年は『オフに補強していなかったから』という逃げ道がありましたが、今年は30億円補強を敢行しての低迷。補強の仕方が正しかったかどうかは別として、13連敗するような戦力ではない。当然、現場の責任は問われる。3年契約ですが、このまま低迷が続けば自ら進退伺いを出す可能性は充分ありますよ。2年目にBクラスに転落した堀内恒夫監督も3年契約でしたが、オフに自ら辞任を申し出た例があります」 6月に来季の話は早過ぎるが、ポスト・由伸は誰になるのか。堀内監督の元、早々と優勝争いから脱落し、Bクラスが確定的となった2005年には水面下で星野仙一・阪神シニアディレクター(当時)の招聘に動いていたという。だが、マスコミが情報をキャッチして報道すると、流れが変わった。これまで対巨人に執念を燃やしてきた星野氏の監督就任は、巨人ファンからもそれ以外のチームのファンからも猛反発に遭い、頓挫した。「あれから12年経ちましたが、今も外様の就任は考えづらいでしょう。ただし、巨人以外のユニフォームを着たことのない『純血』にこだわることはもうないと思います。高橋監督が退任した場合、斎藤雅樹二軍監督、川相昌弘三軍監督の内部昇格、万年監督候補の江川卓氏、前DeNA監督の中畑清氏という名前が挙がります。 特に中畑氏は、感情を出さない高橋監督と違い、明るく振る舞ってファンサービスも欠かさない。マスコミ受けも抜群。暗い雰囲気が充満し、人気が低下している巨人に持って来いの人物像です。また、今のチームが最も必要としている若手の育成という面においても、DeNA時代に筒香嘉智や梶谷隆幸などを育て上げ、山崎康晃を抑えに指名したり、山口俊を抑えから先発に回したりするなど選手を適材適所で起用する能力は評価されています。 また、DeNAではラミレスや中村紀洋に引導を渡すなどベテランに遠慮することもなく、チームの若返りを進めてきた。采配面に疑問の声もありますが、DeNA時代は予算の都合で中畑氏の理想とするコーチ陣を揃えられなかった。巨人ではその心配はほとんどない。川相氏などの有能な参謀を置けば、中畑氏が活躍した1980年代の生え抜きで強い巨人が戻って来る可能性もあるのではないでしょうか」“ウルトラC”で考えられるのは、落合博満・前中日ゼネラルマネージャーだ。落合氏は1994年から1996年まで巨人に在籍し、2度のリーグ優勝、1度の日本一に大きく貢献した。「巨人退団の際、落合氏と直々に会談した渡邊恒雄氏が『将来引退した時は読売グループで受け入れる』と言い、将来の巨人監督を示唆したという報道もあったほど。リップサービスの面もあったのかもしれないが、渡邉氏は中日監督時代の落合氏の采配を高く評価している。落合氏は先ごろ、講演会で現場復帰について『向こうから来てくださいと言われれば、じゃあ……となりますけど』と発言。オファーが来れば、考えるのではないか」(同前) 中日監督時代、系列スポーツ紙でも依怙贔屓することなく、先発投手やケガ人の状況などを明かさず、徹底した情報統制を敷いた。そのことでメディアから反発を招いていただけに、中日以上にマスコミの目にさらされる巨人で上手くいくのか不安も残る。「たしかに記者の立場からすればやりづらい監督。ただ、一歩引いて考えれば、勝つことを第一目的としての方針ですから、致し方ない。実際にそのやり方で中日を優勝させてきた実績がある。そもそも監督をクローズアップし過ぎの今の球界報道がおかしいのであって、落合監督が鍛え上げた選手がスターになり、常勝軍団になれば雑音は封印されますよ。今の巨人には、落合監督くらいの劇薬が必要かもしれません」(同前) 落合氏は、1996年の巨人退団の際に上梓した著書『不敗人生』では、こう記していた。〈巨人の若手がなかなか育たない理由は、これははっきりしている。練習していないからだよ。バットを振っていないからだよ。本人たちは練習しているつもりでも、俺に言わせれば練習量が足りない〉 落合氏は中日監督時代、猛練習で選手を鍛え上げ、8年間の在任中は全てAクラスを確保し、リーグ優勝4回、日本一1回を達成している。高橋監督の続投か、はたまた新監督の就任か。来季、誰が球界の盟主復活を託されるのだろうか。
2017.06.10 16:00
NEWSポストセブン
妄想チーム「落ち武者ジャパン」外野に糸井嘉男、T.ローズら
妄想チーム「落ち武者ジャパン」外野に糸井嘉男、T.ローズら
 熱戦が繰り広げられているWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)だが、今回の侍ジャパンは真面目でおとなしい。しかし、かつての日本プロ野球界には、「侍」の名に相応しい無頼たちがゴロゴロしていた。国際大会のような大舞台では、修羅場をくぐってきた彼らの方が頼もしいだろう。そんな選手たちを集めてチーム「落ち武者ジャパン」を想定した。スポーツ紙記者や球界OBからは、内野では清原和博(元・西武、巨人ほか)や中村紀洋(元・近鉄、中日ほか)など、腕っぷしが強そうで豪胆な頼もしいメンバー候補の名前が挙がった。 外野陣も逸材が揃う。今年から阪神に加入した超人・糸井嘉男は、侍ジャパンに選ばれていないほうが不思議という声もあるが、ここはぜひ落ち武者ジャパンで存分に活躍してほしい。 NPB初の「6年連続打率3割・20盗塁・ゴールデングラブ賞受賞」を達成するなど驚異的な身体能力を誇る糸井だが、球界では“宇宙人”として知られる。プロ入り5年目まで「右中間」を知らなかった。視力が1.5にもかかわらずレーシック手術を受けて2.0まで上がった──など数々の“伝説”を持つ。野球通で知られる漫画家のやくみつる氏が言う。「彼はもはや“地球外生命体”です。彼にとって国同士の戦いとか国籍がどうこうとかは些末なこと。緊張せず、普段通りのプレーをしてくれるでしょう」 さらに外野にはタフィ・ローズ(元・近鉄ほか)を入れてはどうか。日本国籍はないが、日本語はペラペラ。WBCでは母国語を話せない代表選手も珍しくないのだから、ローズは十分な日本代表有資格者だろう。 NPB在籍13年間で本塁打王4回、打点王3回の輝かしい実績に加え、退場処分14回という日本記録の持ち主でもある。乱闘時の切り込み隊長として、ローズの活躍に期待したい。 こんなメンバーを束ねるのは、いくら何でも小久保裕紀監督では荷が重い。コーチ陣もコワモテが必要だろう。野球評論家の江本孟紀氏が言う。「投手コーチは東尾修(元・西武)がいい。与死球165は、ダントツの歴代1位。たまにわざとぶつけてましたからね。国際試合では闘争心がモノを言う。東尾に戦う心を叩き込んでもらうのです」 打撃・走塁コーチは柴田勲(元・巨人)という声も。通算579盗塁のセリーグ記録保持者で、2000本安打も達成。打力と脚力を兼ね備えた、巨人V9時代の不動のリードオフマンだった。 柴田を“落ち武者コーチ”に推すある球界OBに理由を訊ねると、「古い野球ファンならわかるハズだから、あえて言わないよ」とケムに巻かれてしまったが……。 最後に最も責任重大な監督。江本氏は闘将・星野仙一(元・中日)を推薦した。「小久保監督はいつも陰気臭い顔をしているけど、星野さんは闘志を前面に出して選手と一緒に闘う。中日の監督時代、岩本(好広)、小松崎(善久)らを“乱闘要員”としてベンチに入れていたほど。監督には星野さんが最適でしょう」 前出のやく氏も賛成だ。「星野さんが選手への“鉄拳制裁”をわざと見せつければ、相手チームはビビります。米国や中米の社会には鉄拳文化はありませんから理解に苦しむはず。いい年した大人たちがボコボコに殴られながら試合に挑む事態に相手が飲まれてしまえば、こっちのもんです」 星野監督率いる“落ち武者”たちが世界で暴れる姿を見たかったような、世界に見せてはいけないような……。※週刊ポスト2017年3月24・31日号
2017.03.14 07:00
週刊ポスト
世界と戦うなら清原、黒ノリらで「落ち武者Japan」結成を
世界と戦うなら清原、黒ノリらで「落ち武者Japan」結成を
 熱戦が繰り広げられているWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)だが、今回の侍ジャパンは真面目な分、おとなしく、侍というより“優等生ジャパン”といった趣だ。かつての日本プロ野球界には、「侍」の名にふさわしい無頼たちがゴロゴロしていた。そんな選手たちを集めてつくるチーム、その名も「落ち武者ジャパン」。スポーツ紙記者や球界OBらの推薦で“最恐”オーダーを組んでみた。「キューバや豪州に勝ったからって喜び過ぎなんです。日本の実力からいって勝って当たり前。今の選手たちは相手を尊重しすぎる。“負けるわけない”ぐらいでいい。今のままでは米国が待つ決勝ラウンドを勝ち抜けるか怪しいですよ。ベンチに向かって“アホか!”と言えるような“無頼”が出てこないと」 現役時代、球界きっての問題児……、失礼、暴れん坊と言われた江本孟紀氏はそう吠える。 世界一奪回を目指す日本代表に必要なのはどんな選手か。「リハビリが済んでいれば」という前提で、複数の球界関係者が声を揃えたのが、あのスラッガーだ。「清原和博(元・西武、巨人ほか)です。人気・実績に加え、PL学園時代から見せてきた大舞台での勝負強さがある。“落ち武者ジャパン”のファースト・4番は彼しかいない」(スポーツ紙巨人担当記者) そうはいっても現在の清原は、精神的にも野球どころではないだろう。そこで清原を推す関係者らは、サポート役として一昨年に引退した小田幸平(元・巨人、中日)の名を挙げた。「小田は清原と懇意で、深夜でも清原の電話1本で駆けつけた。プロレス技をかけられても笑顔を絶やさない小田の存在は、清原の精神安定剤となるはず」(同前) 内野手では、中村紀洋(元・近鉄、中日ほか)も“大人気”だ。「豪快なフルスイングで通算404本塁打を放った中村は2つの顔を持つ。近鉄時代にFA宣言した際は、8年43億円の年俸の他、ゴルフ会員権、家族にボディガードを要求。好成績を収めていた時は“黒ノリ”となるが、クビになった後に他球団に拾われると、丸坊主にし反省の意を見せて“白ノリ”に変身する。今回は“黒ノリ”を前面に出して国際舞台で暴れてほしい。 まだ引退宣言していませんし、加えて“落ち武者ジャパン”には珍しいメジャー経験者。ただし17試合だけですが……(苦笑)」(球界OB) 今回、大谷翔平(日ハム)らの不参加が決まり、投手陣に不安が残る。菅野智之(巨人)や藤浪晋太郎(阪神)といった優等生タイプの投手では、強敵の米国、ドミニカのコワモテ選手相手に攻めの投球ができるか。菅野のコントロールがいいといっても、彼らは外角低目を力ずくでスタンドまで持っていく。するとスポーツ紙記者からはちょっと意外な現役選手が推薦された。「久保康友(DeNA)です。久保は通算与死球数が89と現役投手の中では最も多い。死球を恐れずインコースをガンガン突いて打者を翻弄できる。中継ぎには高木京介(元・巨人)でどうでしょう。野球賭博関与で2016年シーズン開幕前に契約解除されましたが、プロ入り後117試合負け無しのプロ野球記録保持者。その勝ち運は負けたら終わりの国際大会でこそ発揮してもらいたい。ちなみに3月8日をもってNPBの失格処分が解けているんです」(スポーツ紙デスク) 抑えは昨年メディアを騒がせた野村貴仁(元・オリックス、巨人ほか)で決まりだろう。 現役時代、左腕から繰り出す150キロくの速球は監督だった長嶋茂雄に絶賛された。昨年は一時期、ボサボサの髪型と伸ばしっぱなしの髭でテレビに出ており、その風貌はまさに“落ち武者”。現在は格闘家を目指してトレーニング中というから、乱闘になっても屈強な外国人選手相手に立ち向かってくれるだろう。 猛者揃いの投手陣をリードする捕手は前出の小田に加えてデーブ大久保(元・巨人ほか)。西武のコーチ時代、選手に対する“熱すぎる指導”が問題になって解任されたほどの熱血漢だ。野球通で知られる漫画家のやくみつる氏が言う。「ホームベース上のクロスプレーでは小林(誠司・巨人)のようなスマートな捕手ではひとたまりもないが、デーブなら張り合える」※週刊ポスト2017年3月24・31日号
2017.03.13 16:00
週刊ポスト
プロ野球「変則フォーム」まとめ by NEWSポストセブン
プロ野球「変則フォーム」まとめ by NEWSポストセブン
 プロ野球界には、常識を覆すようなフォームで活躍する選手が定期的に現れる。「マサカリ」「バンザイ」といった投法から、「天秤」「こんにゃく」といった打法まで、昭和から平成にかけての「変則フォーム」を紹介する。(2016年10月8日更新)変則投法 昭和(1960~80年代)編【背面投げ】小川健太郎 小川健太郎(1954~70年 東映、中日)95勝66敗、防御率2.62。1969年、巨人の王貞治に繰り出した奇策。背中側からボールが出てくることでタイミングを外そうとした。ただし、現在のルールではボーク。【ロカビリー投法】若生忠男 若生忠男(1955~70年 西鉄、巨人)105勝107敗、防御率2.81。打者から背番号が見えるほど上半身をひねってアンダーハンドで投げる様が、ロカビリー歌手の振り付けに似ていた。【超アンダースロー】高橋直樹 高橋直樹(1969~86年 東映、西武ほか)169勝158敗13S、防御率3.32。ボールの握りを見せながらアンダースローで投げるが、制球力の良さで凡打の山を築いた。【タコ踊り投法】佐藤政夫 佐藤政夫(1970~1987年 中日、大洋ほか)14勝27敗8S、防御率3.96。クネクネとした動きが「タコ踊り」と称されたサイドスロー投手。長嶋茂雄の現役最後の対戦投手。【右の星飛雄馬投法】 西本聖(1975~94年 巨人、中日ほか)165勝128敗17S、防御率3.20。左足を高く上げるフォームが漫画『巨人の星』の星飛雄馬(星は左投げ)に似ていた。切れ味鋭いシュートを武器に江川卓とWエースとして君臨。【ワイルド投法】アニマル・レスリー アニマル・レスリー(1986~87年 阪急)7勝5敗24S、防御率3.00。198センチの巨漢で、マウンド上で雄叫びを上げるワイルド投法。在籍2年ながら強烈なインパクトを残し、引退後はタレントに転身。変則投法 平成編(1990年代以降)編【ノールック投法】岡島秀樹 岡島秀樹(1994~2015年 巨人、日ハムほか)38勝40敗50S、防御率3.19。様々なコーチによる矯正、修正も効果がなかったというが、課題の制球力は年々改善され、メジャーでも活躍。【UFO投法】山内泰幸 山内泰幸(1995~2002年 広島)45勝45敗1S、防御率4.40。「ピンク・レディーの名曲『UFO』の振り付けに似ていることから、『UFO投法』と名付けられたのはプロデビュー直後ですが、あのフォームになったのは大学(日本体育大学)時代。UFO投法というネーミングは、当初は『未確認物体』みたいで、ちょっと嫌でしたが、今となってはよかったと思っています」(山内氏)【あっち向いてホイ投法】吉崎勝 吉崎勝(2000~09年 日ハム、楽天)9勝10敗、防御率4.77。足を上げた時に完全に顔を後ろに向けてから投げる投法で、「首だけトルネード」とも呼ばれている。【ガチョーン投法】多田野数人 多田野数人(2008~14年 日本ハム)18勝20敗、防御率4.43。大きく振り被ってコンパクトに投げる様が、谷啓のギャグに似ていることから命名。超スローボールの「ただのボール」も有名。【バンザイ投法】浜田智博 浜田智博(2015年~ 中日)0勝0敗、防御率40.50。テークバックが小さく、両手を上げた状態で投げるため、球の出所が見えにくい。中学時代に考案したという。変則打法 昭和(1960~80年代)編【天秤打法】近藤和彦 近藤和彦(1958~73年 大洋、近鉄)打率.285、109本塁打、1736安打。奇抜な構えでヒットを量産した。剣道の構えをヒントに肘の負担を軽減するために考案されたと言われている。【マサカリ打法】木俣達彦 木俣達彦(1964~82年 中日)打率.277、285本塁打、1876安打。左足を高く上げバットのグリップを極端に下げた状態から打ちに行く。打法の名付け親は中日スポーツの記者だった。【竹之内打法】竹之内雅史 竹之内雅史(1968~82年 西鉄、阪神)打率.249、216本塁打、1085安打。「毎日のようにフォームが変わっていたからね。最初は普通に構えていたんだよ。なのにど真ん中のボールを打っても内野フライになってしまう。上手くミートする方法がないかとバットを寝かせたら、ボールに一直線でバットが出るようになった。また打てなくなると、猫背でベースに被ってみたりもした。私がバットを担いで構えると、星野仙一が“やる気ないのか!”とマウンドから怒鳴ってきたこともあった(笑)」(竹之内氏)【八重樫打法】八重樫幸雄 八重樫幸雄(1970~93年 ヤクルト)打率.241、103本塁打、773安打。プロ入り13年目に、極端なオープンスタンスに変更し、3年後に打率3割を記録。現在はヤクルトのスカウト。【こんにゃく打法】梨田昌孝 梨田昌孝(1972~90年 近鉄)打率.254、113本塁打、874安打。余分な力を抜く目的で両腕をクネクネと動かし、投手とのタイミングを計った。勝負強い打撃に加え、甘いマスクで女性ファンも多かった。【神主打法】落合博満 落合博満(1979~98年 ロッテ、中日ほか)打率.311、510本塁打、2371安打。顔の正面でバットを握る様が、神主のお祓いに似ている。プロ野球史上唯一、3度の三冠王を獲得した。【クラウチング打法】ウォーレン・クロマティ ウォーレン・クロマティ(1984~90年 巨人)打率.321、171本塁打、951安打。尻を突き出し上半身はホームベースに覆いかぶさるほど前傾。風船ガムを膨らませる様も真似された。変則打法 平成編(1990年代以降)編【バット短く息長く打法】大道典嘉 大道典嘉(1988~2010年 南海、巨人)打率.284、60本塁打、906安打。バットを極端に短く持ち、ギリギリまで引きつけ打つスタイルで41歳まで活躍。「福岡の宅麻伸」の愛称で呼ばれた。【ガニマタ打法】種田仁 種田仁(1990~2007年 中日、横浜)打率.264、71本塁打、1102安打。「プロ11年目。当時の僕は、打つ時に体が早く開いてしまい、ミートのタイミングが合わずに凡打の山を築いていた。ならば、最初から開いた状態でタイミングを合わせることに集中すればいいと考えて生まれたのが、『ガニマタ打法』でした。選手生命も延びたし、観客が真似をして『タネ・ダンス』を踊ってくれた。ガニマタに変えて本当に良かったです」(種田氏)【スコーピオン打法】フリオ・フランコ フリオ・フランコ(1995、98年 ロッテ)打率.298、28本塁打、286安打。スコーピオン(サソリ)に似たフォームは、「神のお告げ」で生まれたという。大リーグで首位打者を獲得したこともある。【水平打法】タフィ・ローズ タフィ・ローズ(1996~2009年 近鉄、巨人ほか)打率.286、464本塁打、1792安打。地面に対し水平に持ったバットをグルグルと回してから振る。外国人選手の最多本塁打記録を持つ。【前手ギュン打法】松田宣浩 松田宣浩(2006年~ ソフトバンク)打率.277、161本塁打、1089安打。「インパクトの瞬間に前で『ギュン』と手首を返すことで力強く打ち返すことができる」とのことで本人が命名。変則投法、打法 名球会編「変則フォーム」の選手の中には、大活躍し、日米通算200勝・2000本安打で入会できる「名球会」入りした選手も多数いる。【一本足打法】王貞治 王貞治(1959~80年 巨人)打率.301、868本塁打、2786安打。巨人の打撃コーチ・荒川博氏の指導のもとで王は「一本足打法」を完成させ、通算本塁打868本の世界記録を樹立。当初、この打法は本塁打を狙ったものではなかった。「王は右足を上げステップして打つ時に、手首を回す悪い癖があった。それではインコースが打てない。そこで、最初からステップした状態を作ることを目的に、一本足で立たせたところ、バットがスムーズに出た。その感覚をつかむために一本足で練習をさせたのです」(荒川氏)。【マサカリ投法】村田兆治 村田兆治(1968~90年 ロッテ)215勝177敗33S、防御率3.24。マサカリを振り下ろすようなフォームから繰り出すフォークが最大の武器。現在66歳で球速131キロ。【トルネード投法】野茂英雄 野茂英雄(1990年~94年 近鉄)78勝46敗1S、防御率3.15。高校時代から上体を捻って投げており、当時は「つむじ風投法」と呼ばれた。大リーグで2度のノーヒットノーランを達成。【フルスイング打法】中村紀洋 中村紀洋(1992~2014年 近鉄、中日ほか)打率.266、404本塁打、2101安打。高々と左足を上げて豪快にフルスイング。入団時にチームから改造を勧められるも拒否して貫いた。【振り子打法】イチロー イチロー(1992年~ オリックス)打率.353、118本塁打、1278安打。イチローと共に「振り子打法」を開発したのは当時のオリックスの二軍コーチ・河村健一郎氏だった。「フォーム改造を命じられて二軍へ来たのですが、タイミングの取り方が上手く、頭が投手方向に動いても、左右の足底と頭でできる二等辺三角形が崩れずに体の正面で打てていた。そこで監督に“2年間は見守ってほしい”と進言したんです。監督やコーチ陣を説得するのは大変でしたよ(笑)」(河村氏)※選手の成績は2015年シーズン終了時のもの。NPB(日本のプロ野球)での成績のみ記載おまけ 2016年高校野球 「変則フォーム」選手「逆一本足打法」に「あっち向いてホイ投法」……。この夏は常識にとらわれない高校球児たちがグラウンドを賑わせた。【あっち向いてホイ投法】前野雄介 地方予選では「あっち向いてホイ投法」(岩手・花巻南、前野雄介投手)、「逆一本足打法」(西東京・和光、室橋達人選手)などが話題に。聖地・甲子園でも左足を上げた直後にカクンと伸ばしてから投げる「カックン投法」(佐賀・唐津商、谷口優成投手)や、追い込まれるとスタンスを広く取る「ノーステップ打法」(熊本・秀岳館ナイン)など、個性派が躍動した。【ノーテイクバック投法】庄司海斗 山形県予選で「ノーテイクバック投法」で打者を翻弄したのが、庄司海斗投手(日本大学山形高校3年=県予選準々決勝敗退)だ。ヒントは「投手と内野手との連係プレー」だった。庄司投手が振り返る。「クイックモーションで投げた方が、球速が増してキレのある球が投げられました」。元々は大きなテイクバックの投球フォームだったが、この投げ方にしてから打者から手元が見にくくなり、三振がとれるようになった。【ヘリコプター打法】馬越大地 打席での存在感抜群の「ヘリコプター打法」を見せてくれた馬越大地選手(滋賀学園高校3年=県予選準決勝敗退)。打席でバットを振り回すこのフォームはどこから生まれたのか。「きっかけは2年秋。長浜北星戦で楽に構えようと思ってバットを回したら、ホームランが打てたんです!」(馬越選手)。「ヘリコプター打法や!」。名付け親はチームメイト。「あの打法を始めてからバットが出やすくなり、ミート力が向上して、野球が楽しくなりました」という
2016.10.08 16:00
NEWSポストセブン
大砲、技巧派、外国人助っ人 平成の変則打法5選
大砲、技巧派、外国人助っ人 平成の変則打法5選
 プロ野球界には、常識を覆すようなフォームで活躍する選手が定期的に現れる。1990年以降に活躍した“変態フォーム”の打者を振り返る。【スコーピオン打法】フリオ・フランコ(1995、98年 ロッテ).298 28本 286安打 スコーピオン(サソリ)に似たフォームは、「神のお告げ」で生まれたという。大リーグで首位打者を獲得したこともある。【前手ギュン打法】松田宣浩(2006年~ ソフトバンク).277 161本 1089安打「インパクトの瞬間に前で『ギュン』と手首を返すことで力強く打ち返すことができる」とのことで本人が命名。【バット短く息長く打法】大道典嘉(1988~2010年 南海、巨人).284 60本 906安打 バットを極端に短く持ち、ギリギリまで引きつけ打つスタイルで41歳まで活躍。「福岡の宅麻伸」の愛称で呼ばれた。【フルスイング打法】中村紀洋(1992~2014年 近鉄、中日ほか).266 404本 2101安打 高々と左足を上げて豪快にフルスイング。入団時にチームから改造を勧められるも拒否して貫いた。【水平打法】タフィ・ローズ(1996~2009年 近鉄、巨人ほか).286 464本 1792安打 地面に対し水平に持ったバットをグルグルと回してから振る。外国人選手の最多本塁打記録を持つ。※週刊ポスト2016年9月16・23日号
2016.09.14 16:00
週刊ポスト
天覧試合から60年、秘話を明かす
楽天ファン 「いっそのこと中村紀洋を来季の新監督に」
 リーグ優勝争いが佳境に差し掛かる季節、ファンは毎日の試合結果に一喜一憂するものだが、成績がいまひとつパッとしないチームのファンはストーブリーグを先取りしたような来季の監督についての話題で盛り上がっている。パ・リーグでは、意外にも昨年就任1年目で見事日本一を達成したソフトバンクの工藤公康監督の評判が芳しくない。「勝てたのはひとえに圧倒的な戦力があったから。孫(正義)さんサマサマですよ。勝ちパターンは乱打戦だし、1点を争う接戦ではまるで無策。だから日ハムにも猛追された。これで優勝を逃すようなことがあれば、フロントが進退伺を迫ることもあり得る」(担当記者) とのこと。50代ファンは本誌取材に、「城島(健司)、釣りばっかしとらんと帰って来んね」とつぶやいた。 パの他球団のファンからは、実現はちょっと難しそうな“理想論”も。「伊東(勤)監督は堅実すぎてつまらない。井口(資仁)がプレーイングマネージャーでお願いします」(20代ロッテファン)「もちろん一番なのはイチローに戻ってきてもらって50歳まで選手兼監督ってストーリーだけど、田口(壮)で手を打ってやってもいい。とにかく、“オリックスの監督って誰だっけ?”という質問はもう飽きた。福良(淳一)が存在感なさすぎ」(30代オリックスファン) 楽天ファンは「歴史が浅くて生え抜きらしい生え抜きがいないから、いっそのこと中村紀洋がいい。きっとダーティな『黒ノリ』采配でイイ子だらけのナインに喝を入れてくれる」(30代男性)と、チーム成績のせいか若干ヤケクソなコメントだった。 一方、日ハムでは、いち早く栗山英樹監督の続投が発表された。「ソフトバンク独走に待ったをかけた怒濤の追い上げは、栗山監督でなければできなかったこと。これで優勝すれば歴史的なシーズンになりますよ」 根っからのファイターズファン・えのきどいちろう氏は、興奮を隠さない。「栗山監督でなければ大谷(翔平)選手の二刀流はなかった。夢のあることが好きな人なんですね。こうなったら今年は、日本シリーズで大谷選手を見たい。それを実現させるのが、大谷という天才を預かったチーム、監督の責任だと思いますよ」 絶賛されるのは25年ぶりの優勝が目前に迫る広島の緒方孝市監督も同様。カープ芸人のザ・ギース尾関高文氏は、不満はないと断言。「今年の緒方監督で心配したのは、“勝ち続けるとパンツを履き替えない”というゲン担ぎだけ。11連勝した時はどうしたんだろうと気になって仕方がない」 カープファンの漫画家・弘兼憲史氏も、深く頷いて緒方監督の手腕を評価する。「管理野球をやれば強くはなるでしょうが、2~3年でギクシャクしてチームが崩壊する。今の広島のように選手の自主性で勝つチームは、長期間維持できる。そういう意味では、緒方監督は長期政権になるんじゃないでしょうか」 シーズンはいよいよ最終盤へ向かって白熱。監督たちの去就も、風雲急を告げる時期にさしかかった。※週刊ポスト2016年9月16・23日号
2016.09.12 07:00
週刊ポスト
川上憲伸、井川慶、中村紀洋 現役続行目指す3人の現在地
川上憲伸、井川慶、中村紀洋 現役続行目指す3人の現在地
 3月25日から各地で一斉に開幕を迎えるプロ野球。野球賭博スキャンダルという爆弾を抱えつつも、スタジアムは球春を待ち望んだファンで埋め尽くされた。だが、その「春」は、すべての選手に等しく訪れるわけではない。 2015年オフ、在籍球団のユニフォームを脱いだプロ選手は186人(セ・90人、パ・96人)に上る(本誌調べ)。前田健太(広島→ドジャース)、ら移籍組も含まれるが、多くは「引退」を受け入れた選手たちだ。 とくに大物選手の引退が目立った。中日からは山本昌、谷繁元信、小笠原道大、和田一浩。巨人では、新監督に就任した高橋由伸をはじめ、井端弘和、金城龍彦。他球団でも斎藤隆(楽天)、西口文也(西武)、谷佳知(オリックス)などビッグネームが並ぶ。 指導者として請われて退いたり、自ら引き際を選べるのはまれで、一時代を築いた選手でも戦力外と見なされればたちまち職を失う。そんな厳しい世界で現役を続けるのは至難の業だ。 しかし、たとえ球団から引導を渡されたとしても、引退せず「現役続行」にこだわり続ける男たちがいる。 明治大、そして中日のエースとして、ライバルの巨人・高橋新監督に立ちはだかった川上憲伸(40)もそのひとり。通算125勝。2000年代前半、高橋由、松井秀喜、清原和博らを擁する巨人の強力打線を気迫で抑え込んだ投球は、ファンの記憶に刻み込まれている。 しかし、彼はまだ自分の野球人生に納得できていない。10月の中日退団時には、現役続行を目指すと断言。「中日から水面下で投手コーチ就任の打診を受けたが、首を縦に振らなかった」(スポーツ紙記者)といわれ、あくまでも選手としてNPB復帰を目指している。「まだ野球に没頭したい。野球少年でいたかった。限界に近いのは分かっているが、限界を越えてまでもやりたい」──そう語った会見直前の9月末には、右太ももの筋膜を右肩の棘上筋に移植する「腱板損傷の再建術」を受けており、リハビリは現在も続いている。川上は「しっかりブルペンに入れるようになれたら、中日のテストを受ける」と発言しており、決意は固い。 昨年、オリックスを戦力外になった井川慶(36)も、現役続行先を探している。 2月26日の自身のブログでは〈今季の所属チームは決まっていません。それでも、現役続行の意思に変わりはありませんし、いつどの球団からテストしたいと連絡いただいても対応できるように、トレーニングを続けています〉と綴った。 2014年オフに横浜を自由契約になった中村紀洋(42)も、すでに名球会入りしながらも「生涯現役」にこだわっている。兵庫県西宮市内で小中学生を対象にした野球教室を開きながら、自主トレを続ける日々だ。※週刊ポスト2016年4月8日号
2016.03.25 07:00
週刊ポスト
中日からのFA流出 「落合GMの考え方と性格が仇に」の指摘
中日からのFA流出 「落合GMの考え方と性格が仇に」の指摘
 今シーズン5位に終わり、45年ぶりの3年連続のBクラスとなった中日ドラゴンズ。山本昌、谷繁元信、小笠原道大、和田一浩といったベテランが続々と引退し、チームは生まれ変わろうとしている。 だが、オフに入ると、貴重な中継ぎ左腕である高橋聡文投手がFA(フリーエージェント)宣言し、阪神への移籍が濃厚に。谷繁監督の説得により残留となったものの、外野の一角である藤井淳志も一時はFA移籍が噂されていた。いずれも、落合博満ゼネラルマネージャー(以下、GM)からの引き止めがなかったことが、原因と伝えられていた。野球担当記者が話す。「落合GMは『FAは選手が勝ち取った権利だから、とやかく言うことではない』と考えている。現役時代から一貫して変わらない考え方です。実際、自身の監督時代に育成選手として獲得した中村紀洋が、後にFA宣言をしたときも、何も言わなかった。普通なら、『恩知らずなヤツだ』との一言でも言いたくなるところですけどね。ただ、GMになっても、その考え方を変えていない点は、マイナスに働いているのかもしれません」 FAを考える選手の中には、他球団でのより高い評価を求める者がいる一方で、「本当に自分は必要とされているのか」と球団に対して疑問を持っているケースもある。球団首脳や現場の首脳陣が「おまえは必要な戦力だ」と声を掛けるだけで、今回の藤井のように局面が打開することもある。「落合GMは口ベタなので、周りにサポートできる球団関係者がいないと、相手を勘違いさせやすい。監督時代は森繁和コーチがうまくフォローしていたが、今はそのような相棒がいない。また、監督退任から4年が経ち、当時の威光も薄れているし、落合GMの監督時代を知らない選手も増えてきた。これから、ますます溝が深まる危険性があります」(同前) GM就任以降、ドラフト指名や外国人獲得などの補強面が、必ずしも成功しているといえないのも事実。来年もBクラスに沈むようであれば、落合GMの責任問題にも発展しかねない。「もともと、落合さんは人情深い人。照れ屋が邪魔しているだけの面もある。そういう意味では、監督や選手時代とは考え方を変えて、情の部分で選手に接していく必要もあるのかもしれません。GM業は時に、優しい性格を見せることでうまくいくケースもあるはずです」(同前)
2015.11.21 16:00
NEWSポストセブン

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女性セブン
黒柳徹子と20年交際秘話
黒柳徹子、さだまさしと突然“共演NG”の謎 さだの鋭いジョークが原因か
女性セブン
広末がマッサージ店から出てきた
広末涼子が渋谷センター街に現れた!マッサージ受けてのんびり散歩、1人で寿司店に
女性セブン
松鳳山
人気力士・松鳳山「引退後は親方にならず退職」の裏に70歳再雇用と名跡不足の大問題
NEWSポストセブン
元タレント、アスリートから党首まで…参院選注目の女性候補者たち
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女性セブン
「ハウル・カラシニコフ」こと小川雅朝容疑者(本人の公式Twitterアカウントより)
NHKも騙されていた 淫行で逮捕「トー横のハウル」の巧みなメディア統制
NEWSポストセブン
沈黙を続ける井上陽水 16才の孫娘がデビューに向けて着々と準備か
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女性セブン
眞子さまがデニム
小室圭さんの妻・眞子さん、海外メディアが「ユニフォームのようだ」と指摘する質素なファッション事情
NEWSポストセブン
井上陽水
井上陽水が進める引退への準備 個人事務所の社長は辞任、連絡が取れない状態か
女性セブン