小阪由佳一覧

【小阪由佳】に関するニュースを集めたページです。

結婚発表の小阪由佳が起業 過去活かし「芸能人のメンタルコーチ」に
結婚発表の小阪由佳が起業 過去活かし「芸能人のメンタルコーチ」に
  SNSで結婚することを明らかにした元グラビアアイドルの小阪由佳さん(36)が1月11日、ドラマ『仮面ライダー響鬼』(テレビ朝日系)などに出演していた元俳優の栩原楽人さん(32)と入籍した。11日は、一粒の籾が万倍にも実る稲穂になるという意味がある「一粒万倍日」と呼ばれるめでたい日。小阪さんは「一粒万倍日は何かを始めるタイミングとして最も良い日と聞いてこの日に決めました」という。 そして小阪さん本人によれば、この日はもうひとつめでたい出来事があったという。それは「起業」だ。 小阪さんは入籍と同時に「新規事業」を立ち上げ、11日に自らが代表取締役社長を務める会社「チアリード」の公式ホームページをオープンした。この会社の業務内容は主にタレントやタレントを目指す人たちの「メンタルコーチ」と「キャリア支援」だ。 本格的に事業として立ち上げる決断をした背景には、タレント時代に経験した「つらい過去」がある。小阪さんは高校3年生の時に芸能界入りし、「ミスマガジン2004」でグランプリを受賞。売れっ子タレントとしてほとんど休みのない日々を送るが、次第に芸能界と距離を置きたいと考えるようになり2009年に引退。翌年2月には激太りした姿でライブに登場し世間を騒がせ、以後「お騒がせグラドル」などと呼ばれてきた。 そんな小阪さんが新規事業を始めた理由を語る。「私の良いところでも悪いところでもあるのですが、『過去の経験は必ず活かす』と決めているんです。タレント人生を振り返るとそれなりに色々とあったので(笑)、その経験を『過去は過去』と割り切ることはできませんでした。今はもう過去のことは肯定していますが、なかったことにはできない。お騒がせした当時、周りの人に言われるがままに目立つことが目的で激太りしたり、本当に情緒不安定な時期がありました。私は、『その時の自分を助けてあげたい』という思いで、メンタルコーチの仕事を始めたんです」 2020年に新型コロナウイルスが流行し、芸能界は大きな影響を受けた。舞台を中心に活動するアイドルや俳優などは決まっていた仕事が相次いでキャンセルに。小阪さんは共通の知人を介してそうした悩めるタレントたちを紹介され、アドバイスしてきたのだという。「タレントはオーディションなどで常に『人から評価される仕事』です。高評価を得られれば嬉しいですが、上手くいかない時はメンタル的に耐えられないことも多い。それに芸能界は孤立しがちな世界で、なかなか相談できる人はいません。マネージャーさんは頼りになりますが、仕事を取ってきてくれる人なので、『もっと自分を売り込んでほしい』とか、『こうゆう仕事はしたくない』とは言いにくいのも現実です。私はそうした子たちにとって、『何でも言えるマネージャー』のような存在になりたいと思っています」(小阪さん)新事業は「夫も後押ししてくれた」 これまでに相談を受けたタレントたちと話すなかで、小阪さんはある“共通点”に気づいたという。「悩んでいる子たちは『表に出ている自分』を大事にしていて本当に自分が考えていることをなかなか口に出そうとしません。本当はやりたくない仕事であっても『せっかく取ってきてもらったから』と断れないなど様々な悩みを抱えています。さらに芸能の仕事は本来は“一番の味方”であるはずの両親からも反対されることがある。私は『まずご両親に納得してもらうために頑張ろう』と伝えるようにしています。 ただ一方で、『どんな仕事をしたいの?』『どんな女優さんになりたいの?』と聞くと、口ごもってしまう人が非常に多いのが問題です。みんな『テレビに出たい』という漠然とした目標はあっても、どんなタレントになりたいかという軸がない。そういう子とは、しっかりとした人生の細かな目標を一緒に立てています。他には事務所を辞めてフリーになったが、『誰に何を営業すればいいのか分からない』という子の相談にも乗っています」(小阪さん) 芸能の仕事は売れるまでは金銭的な苦労も伴うことが多い。小阪さんは芸能界を引退後、千葉県で保育園を立ち上げるなど幼児教育の仕事を始めた。「私もそうでしたが、10代で芸能界に入った子は辞めると『芸能しか知らない』という不安がつきまといます。アルバイトもろくにしたことがないし、お金もそんなにないのに『単純作業はしたくない』といった変なプライドがある。私は自分の経験も踏まえながら、『社会勉強は芸能にも役に立つよ』とか『お金があるほうが安心して芸能に取り組める』と伝えて、芸能の仕事をしながら売れるまでの生活を支える“パラレルキャリア”の相談に乗っています。 私は芸能以外にも昔から憧れていた保母さんという仕事があったので、そちらに目を向けることができて幸せだったと思います。他の子たちは、芸能で活躍することが夢だと思うからこそ、将来の不安が少しでも軽減されるよう、安心して夢を追えるような環境を整えることを意識して考えてほしいですね」(小阪さん) これまでは知人からの紹介がほとんどで、“サービス”のようなかたちで相談に乗ってきたが、結婚という人生の新たな第一歩を踏み出したことで仕事の面でも前に進む決意が固まったという。「夫も交際している時から、『絶対にやったほうがいい』と後押ししてくれました。彼も芸能界で苦労して悩んでいた時期があったのでそう思ってくれたみたいです。事業といっても、すぐにお金に直結する事業内容ではないことは分かっています。今までなかったことをやろうとしているので、認知されるまでには時間がかかるだろうと思います。ですが、『自分だからこそできること』というのはやりがいがあるので、芸能の仕事で悩んでいる人はぜひ気軽に声をかけてほしいです」 数々の困難をくぐり抜けてきた小阪さんだからこそ、悩んでいるタレントに寄り添える新たな方法があるのかもしれない。小阪さんは結婚とともに、「社長」としても新たな一歩を踏み出したばかりだ。
2022.01.11 16:00
NEWSポストセブン
うつ病と戦いながら保育の仕事にまい進した
元グラドル小阪有花が語る「療養の日々、保育への思い」
「小阪由佳」あらため、「小阪有花」。かつてグラビア界を席巻した彼女は、2009年に芸能界を突然引退。現在は、保育の仕事に奮闘している。保育業界への転身を考えていた頃、芸能界引退後の激太りや奇行を報じた記事がインターネットに残り続けていることから、いくつもの保育園から不採用となっていた小阪。諦めず就職活動を続け、ようやく保育補助のアルバイトに採用されたという。本人が語る。「そこで3~4年働かせてもらいました。極限状態までうつ病が悪化した後でしたが、働き始めて改善に向かいました。自分の好きなことをやっていると良くなっていくものなんですね。対人恐怖症はまだ治ってなかったので、他の保育士さんと話すのは最初は難しかったんですが、子供とは話せたんです。嘘がないってわかるから」(小阪、以下同) だが、仕事を続ける中で、他の先輩保育士らの子供との接し方に疑問を感じたり、保育の仕事そのものの問題点も徐々に見えてきた。自分の意見を言いたいが、小阪は保育補助という立場であり、園の運営にまで関わることができない。そこで考え付いたのが“自分で保育園を作ること”だったという。「本来、不満や希望があれば、他の園に移ればいいだけの話なんですが、私の場合は、ここを辞めたらまた誰も雇ってくれない日々に戻ってしまうかもしれない。それならもう自分が働ける場所を作るしかないと思ったんです。 自分がやりたいことをやりたいんだったら、雇われるという考え方を変えなきゃダメだと。どうしようと考えていた時、ちょうど激太りからのダイエットに成功していたため、書籍出版や美容の仕事のオファーをいただいたんです。保育補助の仕事から一旦離れて、美容関連で活動しながら稼いで、保育園を立ち上げるための準備を始めました」 彼女は2015年、千葉県に『ウィズママ保育園』を設立。園長や保育士ではなく、コンサルタントとして保育園の運営に関わることになる。ところが、プレオープンのタイミングで、また不幸が彼女を襲う。一部週刊誌に、小阪とある芸能人が不倫しているという記事が掲載されたのだ。保育補助の仕事に就くため就職活動していた時期、インターネット上に残る過去のゴシップが影響し、何度も採用を見送られた過去が蘇る。「不倫なんてしてなかったんですけど、現役時代に仲良くさせていただいていた芸能人の方と不倫している、とデタラメのことを書かれてしまった。その記事を元に、他のメディアも同じような記事を配信する。『不倫した元アイドルの保育園に子供を預けられるのか』なんて書かれていました。この記事が出た時に『ただ真っ当に生きたいだけなのに……なぜそれさえも許されないのだろう』と思いました。ようやく保育園を作ったのに、こんな記事が出てしまった。それもプレオープンのタイミングで。大打撃でした」 暗雲立ち込めるスタートとなった『ウィズママ保育園』。だが、彼女は「子供たちが自己肯定力を身につけ、自分も他人も大切にできるように育てたい」という理念のもと、地域にも理解を得られるよう活動。その思いが功を奏したのか、次第に口コミで評判が上がり、1年後には満員となっていた。『ウィズママ保育園』とのコンサルタント契約は1年間だったが、その後も別の保育園で働きながら、クラス担任も受け持つなどして活動。そうした忙しい日々を送っていたところ、昨年初旬に体を壊してしまったという。「保育の現場にも入って幼児心理学の勉強や休日には他の仕事もして、激務が続いていたら、ついに体調を崩しました。腰と肩を痛めていたうえ、尿道がおかしくなっていたようで、恥ずかしい話、尿漏れが続くようになったんです。病院に行っても薬を飲んでも全然治らなくて。くしゃみをしてちょっと漏れるといったレベルではなく、大変だったんです。そして最終的には体が動かなくなってしまい、働けなくなってしまいました」 療養中は“体が動かない”“乗り物に乗ろうとすると激しい頭痛がする”などの症状に悩まされた。あと少し頑張れば保育の仕事を始めてから10年になるのに……とまた落ち込んだが、休みを取った瞬間、尿漏れはなくなった。自分でも気づかないうちに過剰なストレスを抱え疲労が溜まっていたのだということを知り、園を辞めざるをえなくなり、休暇を取った。 昨年末から、保育コンサルタントとして再始動。現在進行中のプロジェクトでは、新たな保育園で「保護者の相談役」や「保育士の働きをサポートする立場」として関わることが決まっていると語る。「子供のことを本気で考えたら、保育園で子供と向き合うことは当たり前のことなんです。それに加えて、子供に一番影響を与えるのは家族と保育士。だから、家族のことをきちんとサポートできなければ本当の意味で子供のためではないですし、保育士さんが保育園で働きたいと思える環境で働いてもらうことにどれだけの価値があるか、現場に入り体を壊したおかげで気づけました。 もともと保護者の方々ともコミュニケーションは取っていたんですが、これまでよりももっと関わっていくべきだと思っています。子供のことを考えるのであれば、家族のことも、保育士さんのことも、保育士さんの働く環境のことも気を配る必要がある。子供の周りのすべてのものと向き合って初めて本当に『子供のため』といえるのだと気づいたんです。今後は働く女性のサポートをする活動を始めようと準備しています。それが結果として子供のためになると思います」 芸能界を離れて10年経ち、グラドル時代の可愛らしさに大人の魅力が加わった小阪。雑談では笑顔も見せ、かつてのチャームポイントである三日月目になるが、保育の仕事について話すときは打って変わって真剣な表情になる。保育コンサルタントとしてのキャリアを積んできた小阪は今後、メンタルマネジメントの視点からも保育士のサポートをしていくという。「保育現場は体力的にも精神的にも疲れます。現在の保育士さんの給与は、一般企業と同じくらいになりましたし、家賃補助が出るところもあります。だけど給与が上がれば続けられるかというと、それは違う。 働いている保育士さんにとって自分が良いと思えない保育だったら迷いが生じますし、結果を出しても一般企業と違って待遇はさほど変わらない。そもそも教育には正解がないため評価基準が曖昧です。その現状の中で、保育士さんが先生である前に一人の人間として働きたいと思え、また仕事内容も、働きがいのある保育園にすれば続けられるのではと考えています」 彼女の仕事はコンサル業務だけにとどまらない。少しでも子供との関わりを持ちたいと、5月からは映像制作会社に所属し、子供向けコンテンツの企画立案を行なっていく予定だ。「様々な形で『子供と本気で向き合う』ところを、見せていきたいなと思います。ゆくゆくはもう一度保育園を立ち上げたい。子供と関わる時間を確保したいと思います。 でも、いまは幼児に関する事業の企画やマネジメントの仕事もいただいていますし、講演会などもさせてもらっていて、ありがたいことに人も集まっていただけています(笑)。他園からのサポート依頼などもいただけて、それが本当に嬉しいと感じています。10年間頑張ったご褒美かな?と思えるほど、今は仕事が楽しいので、当面は、ご依頼いただいたお仕事に対し誠心誠意向き合うのみですね」 その目は、グラビアアイドル時代以上に輝いている。【プロフィール】こさか・ゆか/1985年、神奈川県生まれ。旧芸名は小阪由佳。「ミスマガジン2004」グランプリで芸能界デビュー。2009年に芸能界を引退後、保育関連の仕事に携わる。公式ツイッターは@kosaka_revival。インスタグラムは@kosakayuka0627。◆取材・構成/高橋ユキ(ジャーナリスト)
2019.05.06 16:00
NEWSポストセブン
保育の現場に居続けることを選んだ
元グラドル小阪有花「芸能界からの転職の難しさとうつ」語る
 2004年、グラビアデビューと同時に「ミスマガジン2004」グランプリを受賞。グラドル界に彗星の如く現れた「小阪由佳」は、一時期バラエティ番組やドラマ、雑誌にと引っ張りだこだったが、2009年に突然の引退。その直後から一般人として、変わり果てた“激太り”姿をブログにアップするなどの奇行を繰り返し、世間を騒がせた。彼女はその後、小阪有花と名前を変え、保育の仕事に奮闘している。そんな彼女が、「芸能界からの転職の難しさ」についてインタビューに応じた。「保育のことを考えて動いていたら、気づけば今年の3月で10年経っていました。私は芸能のお仕事は5年間で辞めていますが、保育は気がつけば倍です。10年目にしてようやく、自分を褒めたいです」(小阪、以下同) グラドルの頃と変わらぬスレンダーボディとはじける笑顔で現れた彼女。保育の仕事について語る時は饒舌で、そして真剣な表情を見せる。 激太りや奇行で世を騒がせた時期、彼女はある女性によって「洗脳状態にあった」と語る。芸能人の体重の増減がネットニュースの大きな話題になっていた時代、女性から「太れば注目される」とアドバイスされ、バターを乗せたカツカレーを、胃薬を飲みながら食べるなどして、とにかく体重を増やしていた。ほどなくその洗脳状態から覚めたが、今に至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。「いきなりガツンと重い話になるんですが、芸能界をやめて、うつ病になってしまったんです。すごく太ってるから、対人恐怖症にもなっていて。太っているから外にも出られないし、もし外に出ても、バレた時に指をさされて『デブ』とか言われたくないし。その当時、自分が見苦しい姿になっていることを分かっていないわけではなくて、むしろ見苦しくなってると自覚していて、病んでいました。 しかもその当時『小阪由佳』とネットで検索すれば、関連用語として『ヤク中』『ヤクザ』『暴走族』などが出てくるようになったんですね。さらに『死亡説』も出てきたうえに、家族の悪口も書かれちゃって。 生きているだけで周りに迷惑かけるようになったら終わりだと思って、その時は『人生終了させよう』と生前整理をやっていたんですよ。本当に無理だ、耐えられない、生きていけないと」 死ぬ準備のために自宅で所有物を整理する中、学生時代の卒業アルバムが出てきた。見れば当時の『将来の夢』として、彼女は「アイドル」「パン屋さん」「ケーキ屋さん」「幼稚園の先生」と記していた。芸能の仕事はすでに経験している。パン屋さん、ケーキ屋さんではアルバイトをしてきた。アルバムにこんな夢を書いていたことは忘れていたが、無意識のうちに「将来の夢」を辿ってきていた自分に衝撃を受けたという。「芸能もスカウトで、“ちょうど就職氷河期だったから”と逃げの姿勢で飛び込んだ。アルバイトも、お金を稼ぎたいから、とか家の近所にあるからと何気なく選んでいた。でもそれは実は潜在意識ではやりたいことだった。私は学生生活もつまんなかったんです。今よりもっと冷めた子で。お金稼ぎたいから、と消極的に仕事を選んでいた。 顕在意識では自分の人生を諦めているはずなのに、実は潜在意識では常にやりたいことを探していたんだと思ったら、大号泣しちゃったんです。じゃあこんどは自分の意識で、自分の潜在意識がやりたいと思ってたことをやろう、と考えました」 まだやっていないのは「幼稚園の先生」だけ……。だが幼稚園の先生になるには資格がいる。貯金も尽きていた小阪は、すぐに働ける保育補助のアルバイトを探すことに決めた。だが、ここからが大変だった。とにかく採用されないのだ。その理由は先にも彼女を苦しめたネットの存在があったからだという。「私の名前で検索されちゃうと、やっぱり『ヤクザ』『ヤク中』みたいな検索ワードが出てきてしまう。履歴書に嘘は書けないので、名前と経歴を真面目に書いたら、あとから検索されて『うちでは雇えない』と何度も不採用になりました。やっと人生やり直そうと思ってるのに、まだだめなの!?と思って。でももう、『これしかやらない』と決めてたから、あとは採用されるまでひたすら面接を受ける日々でした。やっぱり本当に大変でした。一度採用の連絡を受けても、あとからネットで検索されて『ごめんなさい』と言われることもありました。 やはり保育園は子供を預かるところなので、子供を守らなきゃいけない。当時、ネット掲示板の書き込みがけっこう見られていたみたいなんですよね。そこにはひどいことが書かれているから、こんな人が保育園にいたら不安を与える、と。リスクマネジメント的な観点からそのような結果になることも理解はできます」 だが、あまりにも採用されないため、芸能活動をしていたことを履歴書に書かず面接に臨んだ。一旦は採用されたが、保護者に見破られ、解雇となってしまった。また振り出しに戻り、履歴書を書いては面接に臨む日々に。諦めず応募を続け、ようやく採用を勝ち取ったという。「過去に芸能の仕事をしていたことがあるという園長で『うちは気にしない』と初めて言ってもらえて、採用になりました。粘り勝ちでした」 そして10年──。いま、彼女は小さい頃の夢を実現している。【プロフィール】こさか・ゆか/1985年、神奈川県生まれ。旧芸名は小阪由佳。「ミスマガジン2004」グランプリで芸能界デビュー。2009年に芸能界を引退後、保育関連の仕事に携わる。公式ツイッターは@kosaka_revival。インスタグラムは@kosakayuka0627。◆取材・構成/高橋ユキ(ジャーナリスト)
2019.05.03 16:00
NEWSポストセブン
元夫・袴田義彦との「アパ離婚」について赤裸々に語った河中あい
元グラドル・河中あいが語る「アパ離婚」と「シンママ生活」
 最近再び世を騒がせた「アパ不倫」の元祖である俳優・袴田吉彦(45)の不倫が報じられたのは2017年1月。その8か月後、元グラビアアイドルで妻の河中あい(34)は自身のブログで離婚を発表した。幼い娘を抱えた彼女は、夫の不倫騒動の風圧にどのように耐えたのか。そしてシングルマザーとしてどのように子育てに向きあっているのか。離婚から1年半を経て、メディアのインタビューに初めて語った。 * * *「去年、離婚して初めて迎えた母の日に、娘から小学校で作った小物入れをもらったのですが、父の日にもまたプレゼントをもらったんです。私が好きなタピオカミルクティーの絵を描いたカードに、『いつもおいしいごはんをありがとう』と書いてあって。思わず涙があふれてしまいました。女の子だからか、よく『一緒に料理したい』と言ってくれて、コロッケのタネをこねたりして手伝ってくれます」 2004年デビューの河中あいは、山崎真実や川村ゆきえ、佐野夏芽、夏目理緒、小阪由佳など同世代のグラビアアイドルとともに2000年代中盤~後半の雑誌グラビアを彩った一人として知られる。さらなる活躍が期待されていた2010年8月、25歳の時に俳優の袴田吉彦との結婚を発表。翌年2月に女児を出産した。その後は専業主婦として育児・家事に追われ、グラドルとしての活動は休止状態となった。「ちょうどAKB48などグループアイドルの方々がグラビアを席巻し始めた頃で、同期のグラドルたちは『仕事がない』といつもぼやいていました(笑)。正直、『いい時期にやめたな』と思いましたよ。いつしか雑誌のグラビアを見ることもなくなりました」 一人娘がすこやかに成長し、幼稚園の卒園を控えた2017年1月、週刊誌が夫の不倫スキャンダルを報じた。当時30歳のグラビアアイドルが袴田と約10回ホテルで逢瀬を重ね、そのうち7回はアパホテルだったと告白。袴田がメンバーズカードでポイントを貯めるヘビーユーザーだったことも暴露し、「アパホテル不倫」としてワイドショーも大きく取り上げた。夫婦はすでに別居中ではあったが、関係修復に向かって歩み始めた最中だった。「週刊誌が発売になる3日前に彼から電話がかかってきました。娘が熱を出して幼稚園を休んだ日の夜だったんです。自転車で病院に連れて行ったりして、やっと家に帰って娘を寝かしつけた直後でした。『謝らなきゃいけないことがある』ってLINEが入ったので、事故を起こしたのかなと思って急いでかけ直したら……。最初に聞いた時は疲れていたからか実感がなかったんですが、発売日の朝テレビをつけたらもう情報番組でやっていて、『大変なことになったかも』と事の重大さに気がつきました」 夫の記事を読んだ時は「手が震えて吐き気がした」と河中は語る。しかし、夫への怒り、不倫相手への憤りをどんなに抱えても、母として、娘を中心とした日常生活を守っていかなければならない。「つらかったのは幼稚園の送り迎えでした。自分が悪いことをしたわけではないのに何か言われたらどうしようと心配で、できるだけ知り合いに会わないように先生に事情を説明して登園やお迎えの時間をずらしました。本当に仲のいいママ友はそっとしておいてくれるのですが、それほど親しくない人に限って話しかけてきたりと、好奇の目にさらされました」 離婚に向けて話し合いを始めた河中は、娘が小学校に入学した同年4月から自立に向けてパートタイムで会社勤めを始めた。「私の実家は岡山で、頼れるのは近くに住む妹くらい。娘が風をひいて熱を出したら会社を休まなければならないし、私が倒れたらどうなるんだろうと何度も不安になりました。一時は心労でガリガリに痩せて体重が40キロ近くまで落ちてしまったんです。最近は娘の成長にも助けられて、少しずつ気持ちに余裕が出てきました。でも『お金がないから』という理由で娘の将来の可能性を狭めたくはないので、成人するまでは私が精一杯頑張ります」 昨年から始めたピラティスで次第に健康なカラダを取り戻した彼女は、本格的な芸能活動再開の第一弾として、週刊ポスト(2019年4月19日号)で10年ぶりのグラビアに挑戦した。「久しぶりの撮影でアドレナリンが出すぎたのか、家に帰っても興奮して朝の3時まで寝つけなかったんです(笑)。今後もグラビアのお仕事はやっていきたい。30代らしい肉づきになっていますし、経験値は無駄に高いので(笑)、いい方向で写真に表われているといいですね」 彼女にとって「夫の不倫」という衝撃は忘れられる記憶ではないが、過去への拘泥は未来への足枷でしかない。元夫に対するネガティブな感情はとっくに捨て去ったようだ。「袴田さんが『娘の父親』であることは変わりません。娘が自慢できるお父さんでいてほしいので、仕事は頑張ってほしいです。いい人がいたら再婚してほしいし、私もチャンスがあればもう一度結婚したいです。でも芸能界の人は懲りたので、一般の方がいいかな(笑)」 新米“ママさんグラドル”に春は訪れるのか──。◆撮影/内海裕之 
2019.04.08 07:00
NEWSポストセブン
小阪有花が7年ぶりグラビア復活「ギリギリまで体仕上げた」
小阪有花が7年ぶりグラビア復活「ギリギリまで体仕上げた」
「ミスマガジン2004」でグランプリを獲得し、グラビア界を席巻した小阪有花(かつては小阪由佳)が、7年ぶりに戻ってきた。一時は「激太り」した姿を公表していた彼女が、再びあの頃のような魅力的な姿を披露している。小阪本人が語ってくれた。 * * * 皆さんお久しぶりです。元グラビアアイドルの小阪有花です。今回は7年ぶりにグラビアのお誘いをいただき、本当にビックリしました。「恥ずかしい」と悩みましたが、色々と伝えたいこともあったので思い切って挑戦しました。 7年間、ずっと引きこもっていたワケじゃないですよ!(笑い)。実は、グラビアを引退してからは保育関係の仕事に関わっていました。保育園の設立をしたり、クラスの担任をしたりしていたので、ずっと子供たちと触れ合う生活でした。 なので、久しぶりのグラビア撮影はやっぱり緊張の連続で、正直よく覚えていないんです。和やかなスタッフさんのおかげで、なんとか撮り終えることができました。以前、約20kgも「激太り」して世間を騒がせてしまったこともありましたが、一度ダイエットをしてからは体型維持に気をつけています。今回もギリギリまで体を仕上げて頑張りました。  そんな私がいま熱心に取り組んでいるのが、「絵本」の制作です。子供の頃から絵本作家になることが夢だったので、作品を形にできるように今、初めてクラウドファンディングに挑戦しています。今回、私のことを思い出してくださった皆さんにも、グラビアとはまるで違う一面を見ていただけたら嬉しいです。 今後は、グラビアの方は機会があればですが、保育のお仕事と“二刀流”に挑戦します。全く異なる2つですが、だからこそ私にしかできない挑戦だと思うので、応援していただけますと幸いです。【プロフィール】こさか・ゆか/1985年、神奈川県生まれ。身長168cm、B86・W62・H86。アイドル時代の旧芸名は小阪由佳。「ミスマガジン2004」グランプリで芸能界デビュー。2009年に突如として芸能界を引退。その後、激太りした姿をブログに公開し話題に。現在は保育士コンサルタントとして活動するなど幼児教育事業に携わっている。未掲載カットを収録した81ページのデジタル写真集『小阪有花 すっぴんのユカ』(税込1296円)がネット書店で発売中。◆撮影/西田幸樹※週刊ポスト2018年12月7日号
2018.11.27 07:00
週刊ポスト
『モテキ』監督が小阪由佳にAV勧誘 「MUTEKIを撮ろう」
『モテキ』監督が小阪由佳にAV勧誘 「MUTEKIを撮ろう」
 あのお騒がせアイドル小阪由佳がニコニコ生放送で泣いた。2004年に『ミスマガジン』グランプリを獲得。その後グラビアアイドルとして活躍した彼女がまさかの激太り。三段腹を見せながらの前代未聞のライブを行ない、2010年に芸能界を引退した。あれから2年。小阪は23kgのダイエットに成功し、かつての美貌を取り戻してファンの元に帰ってきた。 復帰後初の生放送となったのは、2012年12月20日放送のブロマガ『NEWSポストセブンちゃんねる』(小阪由佳×吉田豪『失格アイドル』出版記念特別公開生インタビュー)。プロインタビュアー・吉田豪氏の軽妙なトークに乗せられ、笑顔で話し続けていた小阪に変化が訪れたのが番組の終盤。吉田氏がサプライズとして、映画監督の大根仁氏に電話をかけた時だった。 映画『モテキ』などの監督として知られる大根氏は、小阪が初出演したテレビドラマ『アキハバラ@DEEP』(TBS系)の監督でもあった。小阪にとってこのドラマ出演は人生の転機となったようで、大根監督はまさに恩師といえる存在。「いろんな騒動を起こして、心配してたんだぞ!」という大根氏の叱咤に小阪は「心配してくれてたんですか? その声だけでもう泣いちゃいます」と顔をクシャクシャにして泣いてしまったのである。 しかし、感動の再開はここまで。大根氏が「特に心配していた」という小阪の今後に話題が移ると、「ところでお前、このままダイエット成功したからMUTEKIとかそういう流れじゃないだろうな? どうなんだよ?」 と、噂になっていた芸能人専門AVメーカーMUTEKIへの“とらばーゆ”について突っ込んで聞き始めたのである。 もちろん小阪は、「それはないです! 私の意思はそっちに向いていません」と完全否定。大根氏はそれを聞いて安心するのかと思いきや、むしろ逆だった。「それはそれで応援するし、買うぞ。いや、お前がMUTEKIに出るんだったら、俺が撮るよ。『モテキ』の続編は全然撮る気はしていないんだけど、MUTEKIだったらいいよ」 まさかの『モテキ』監督がMUTEKIを撮る宣言。これには小阪も「ちょっと迷ってしまうかも…いやいや、やめてください」と困惑しきりだった。
2012.12.27 07:00
NEWSポストセブン

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