逸見政孝一覧

【逸見政孝】に関するニュースを集めたページです。

2020年に腎臓がんを告知されたフリーアナウンサーの露木茂
露木茂アナ、腎臓がんを告知されて思い出した「親友の逸見政孝くんのこと」
 老親や家族に「がんをどう伝えるか」は、がん患者の誰もが悩むところ。いざ、家族に伝える際にはどうすればいいのか。「早く伝える」ことで気が楽になることもあるようだ。コロナ禍の2020年に腎臓がんを告知されたフリーアナウンサーの露木茂(81)が言う。「医師からがんを告知された時、ステージは不明でしたが、すぐに手術することを決断しました。医師の方の告知は驚くほどサラッとしていて、意外にも私は落ち着いていた。医師から伝えられたように私もすぐに妻と息子2人、親戚に『俺さあ、腎臓がんらしい』って感じで、一斉に電話して伝えました。深く落ち込むよりも先に、重くならずに伝えられたのは良かったように思います。 自分ががんになって思ったのは、医学の進歩によってがんはそこまで“大仰な病”ではなくなったということです。以前はがんになるということが周囲に与える印象がもっと強かったように思います。 その昔がんになったことを隠して働き続けて、世間に公表する際に記者会見を開いた親友の逸見政孝くんのことを思い出しました。ありがたいことに、手術後の2年間は健康に過ごせています」 がんの治療を一人で乗り切るのは困難が伴う。相手が親であれ子であれ、可能な範囲で適切なサポートを求めるのに、躊躇はいらないはずだ。※週刊ポスト2022年5月6・13日号
2022.05.01 07:00
週刊ポスト
皇太子さまご成婚、Jリーグ開幕、高校教師 平成5年を回顧
皇太子さまご成婚、Jリーグ開幕、高校教師 平成5年を回顧
 そろそろ幕を閉じようとしている「平成」。いったい「平成」の時代には何があったのだろうか。平成5年の出来事を振り返る。 新年早々の6日、皇太子さまと雅子さまのご結婚の内定発表。6月のご成婚パレードでは、沿道に集まった約19万2000人の観衆に燕尾服の皇太子さまと、ローブ・デコルテ姿の雅子さまがにっこりと微笑んで手を振られた。 東京・石神井川で弓矢の刺さったカモが泳いでいると大騒動。心配された矢ガモは7kmほど離れた上野の不忍池で保護。治療を受け、10日後には元気いっぱい大空へ。動物といえばこの年、愛犬家ら4人が殺害される事件が発生(埼玉愛犬家連続殺人事件)。元犬猫繁殖業の関根元・死刑囚は多臓器不全で昨年獄死。 5月、日本プロサッカーリーグ『Jリーグ』の開幕で、サッカー人気が大爆発。三浦知良などスター選手を輩出。『Jリーグ』は新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれ、新語部門金賞は「サポーター」。サポーター代表として8月にカズと結婚した三浦りさ子(当時は設楽)が受賞した。 そんな三浦夫妻の披露宴の司会を務めたのが、国民的人気司会者として活躍していた逸見政孝。自らがんであることを公表したのは9月。集まった報道陣約100人からは激励の声が飛んだが、12月25日に永眠(享年48)。 多くの人の涙を誘った会見の一方で、前代未聞の会見を開いたのは川崎麻世。斉藤由貴との不倫発覚で開かれた釈明会見だったが、マスコミが注目したのは川崎を仁王立ちで睨みつけるカイヤの恐妻ぶり。これが幸いしてか、それぞれ独自のキャラを確立し、バラエティー番組でも活躍し始める。ちなみに、斉藤は昨年、3度目の不倫報道で話題再燃。 オリコン年間アルバムチャート1位はZARDの『揺れる想い』。教師(真田広之)と生徒(桜井幸子)の禁断の愛を描いたドラマ『高校教師』(TBS系)の主題歌『ぼくたちの失敗』もリバイバルヒット。【平成五年の主な出来事】1月8日 ドラマ『高校教師』がスタート1月13日 山形県で中1男子が体育用マットです巻きにされて窒息死1月15日 釧路沖地震発生2月12日 東京・上野で矢ガモを保護3月6日 金丸信前自民党副総裁が脱税容疑で逮捕(佐川急便事件)5月15日 サッカー『Jリーグ』開幕6月9日 皇太子徳仁親王が雅子さまとご成婚7月15日 川崎麻世が斉藤由貴との不倫釈明会見9月6日 逸見政孝アナが闘病会見10月28日 サッカー日本代表がW杯初出場を逃す(ドーハの悲劇)12月16日 政治家・田中角栄が死去(享年75)※女性セブン2018年9月27日号
2018.09.13 16:00
女性セブン
鳥越俊太郎氏 畑恵アナとの番組は「上手くいかなかったね」
鳥越俊太郎氏 畑恵アナとの番組は「上手くいかなかったね」
『報道ステーション』(テレビ朝日系)の小川彩佳アナ(33)と富川悠太アナ(42)の「確執報道」が改めて浮き彫りにした愛憎劇。テレビ界の歴史では、このような男女キャスターの確執は幾度となく取り沙汰されてきた。 古くは1980年代後半、『FNNスーパータイム』(フジテレビ系)の逸見政孝アナ(故人)と幸田シャーミンアナ(62)の不仲が週刊誌を賑わせた。 逸見アナの言い間違いを冷たく見つめる幸田アナの姿など、ギスギスした空気が映し出され、〈打ち合わせ以外にほとんど言葉を交わさない〉〈オンエア終了と同時に左右に別れてスタジオから出て行く〉 などと報じられた。 1989年にスタートした『ザ・スクープ』(テレビ朝日系)では、開始早々から鳥越俊太郎氏(78)と畑恵アナ(56)の間に漂う“不穏な空気”が露呈。 鳥越氏は『サンデー毎日』元編集長、畑アナはNHK出身のキャスター。“畑違い”の2人は当然、報道に対する持論も異なる。打ち合わせで鳥越氏の主張に畑アナが異議をさしはさむことも多く、険悪な雰囲気を前に、〈スタッフが頭を抱えている〉とも報じられた。 当時のことを鳥越氏に聞くと、「上手くいかなかったね」とすんなり認めた。「畑さんはNHKの7時のニュースをやっていて、僕は週刊誌の編集長からテレビに移ったばかりのど素人。畑さんには『キャスターとしては自分が先輩』という意識が強かったんだと思う。そのあたりは態度に出ていたし、スタッフも、僕自身も感じていた。 そうはいっても、僕は素人だと自覚していたので、畑さんに敵愾心を持ったことなんてないですよ。『なんて気が強い人だろう』とは思いましたけどね(笑い)」※週刊ポスト2018年9月14日号
2018.09.05 07:00
週刊ポスト
勢い止まらぬ坂上忍 次なる柱は「動物」、動物番組MCにも就任
勢い止まらぬ坂上忍 次なる柱は「動物」、動物番組MCにも就任
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、10月からまたレギュラー番組が増える坂上忍について。 * * * 昨年12月、フジテレビ系にて特番で放送された『坂上忍のどうぶつ珍プレー好プレー大賞』がこの10月からレギュラー番組になる。放送枠は金曜19時。番組タイトルは『坂上どうぶつ王国』に決定した。 これでフジテレビにおける坂上のレギュラー番組は、月~金の11時55分~の『バイキング』、毎週木曜21時~の『直撃!シンソウ坂上』、「本音でハシゴ酒」のナビゲーターを務める金曜21時55分~の『ダウンタウンなう』に続いて4本目となった。 他にも『FNS番組対抗!オールスター春秋の祭典スペシャル』や『実録!金の事件簿』などの特番もあり、「フジの顔」となりつつある坂上には、この先もスペシャル番組や期首特番からの出演オファーが続くこととなるだろう。 坂上が『バイキング』の曜日MCから帯MCとなり、スタッフとの試行錯誤の末、“生ホンネトークバラエティ”なるコンセプトにしてからというもの、民放で横並びトップの数字を弾き出したり、特に関西地区で好調なことはこれまで何度もメディアで取り上げられてきた。 今年はスポーツ界のドタバタが次から次へと生ワイドで明るみに出て、トップニュースになっているが、なかでも「日大アメフト部」「ボクシング協会の“男・山根”」などに対し、『バイキング』は本当にしつこかった。  通常、情報局制作のいわゆるワイドショーは数字が獲れなくなってくると扱わなくなるものだが、バラエティー班が制作している『バイキング』は、MC坂上の“こだわり”や“正義”“勘”などが大事にされているように見える。よって、どの生ワイドよりも切り込み、結果、高視聴率を記録した日もあり、同局玄関に、その数字がデカデカと貼りだされていたものである。『~シンソウ坂上』も、故・逸見政孝氏の発病から闘病、そして亡くなるまでを、仲間内でもっとも見てきた安藤優子キャスターへのインタビューをメインにしながら掘り下げた回の高視聴率が同局玄関に貼りだされていたのを見た。まだネタによって数字にばらつきがあるが、恐らく坂上とスタッフは“勝ちパターン”に寄せることを第一には考えないのではないか。 そして『ダウンタウンなう』の「本音でハシゴ酒」。坂上の役割は、店のおすすめを試食してメニューを決めることと、フリップ片手に“めくり”も担う、まさにナビゲーター。松本人志、浜田雅功とのバランスはひじょうによく、“化学反応”というよりは、なんでもズバズバ聞くおっさんたちにゲストが身をゆだねるというスタイル。特に坂上が導き出したゲストの“本音”は、100%の確率でネットニュースにあがっている。予定調和ではない新たなトークバラエティーと言えよう。 そして『バイキング』。件の日大関係者やボクシング関係者、さらにはレスリング関係者らが明らかに同番組での扱われ方をチェックしていたり、気にしていたりしていることは、制作者らにとっては一種の“励み”になっていることだろう。 そんな坂上が新たにMCをつとめるのが動物番組。坂上が12兄弟の“息子たち”(愛犬)と、ドッグランと呼べるような広い庭付き戸建てに住んでいることは他局のバラエティー番組でも紹介され、有名に。坂上が”運動会“と呼ぶ戯れや、朝晩の”御世話“の報告や、それぞれ異なる息子たちの性格などは毎日数回ブログにアップされている。 あまり知られていないかもしれないが、1万6000人以上の芸能人・有名人のブログが読める“アメブロ”こと「アメーバブログ」の“男性タレント部門”で坂上は1位か悪くても2位をキープし続けている。ちなみにタイトルは「坂上忍オフィシャルブログ『綺麗好きでなにが悪い!』」だ。 覚えておいでだろうか。坂上のタレントとしての再ブレイクは『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、ズボラ人間にはもちろん、凡人にさえも異常と思える掃除や片付けへの潔癖ぶりと関連エピソードを紹介しながら、文字通り「綺麗好きでなにが悪い」と開き直ってからだ。  同時に「ブスと仕事が嫌い」「大晦日、その年の稼ぎをギャンブルで使い切る」などの破天荒な言動が『笑っていいとも!』(フジテレビ系)で面白がられ、それきっかけで同局での出演が増えていったのである。  ブログに話を戻そう。有名人や芸能人のブログというと、昨年の松居一代や泰葉(共に女性タレント部門の1位と2位だった時期がある)のように、スキャンダラスな内容をアップし続ける者や、日々のファッションや食事、有名人とのショットなど、プライベートを切り売り(失礼)している者のそれに多くの読者がついていると言っていいと思う。  だが、坂上のブログに毎回アップされるのは、12兄弟(=愛犬)の画像と、時々出てくる「パパ」「お父ちゃん」(坂上)との密着画像。文章はというと、「起きてるで~」「移動中」「楽屋入り」とか、帰宅後、「パパしてるで~」などと時系列で行動を短文にてアップ。そして必ず愛犬の“写メ”が付く。仕事については、週開けにアップされる「今週の告知(出演番組)」ぐらいで、ギョーカイ的なくだりはほとんどない。 それでも男性タレント部門第1位とか第2位をキープし続けているワケは、坂上が“綺麗好き”と同じレベルの“愛犬家”であり、個性豊かな12匹のわんこたちの愛くるしい表情が数十秒で確認できる気楽さと温かさにあるのではないか。実際、『バイキング』での坂上は苦手でも(苦笑)、愛犬家の坂上は「認めている」という声も少なくないようだ。 そんな坂上のブログに「どうしてもお知らせしておきたいこと」という珍しいエントリーがあったのは8月27日(月)の午前9時12分のことだった。それは同日の『バイキング』で、「とある動物保護施設の虐待疑惑を扱います」「動物を愛する方々は、もちろん…それ以外の方々も、こういった『現実』があるということを知っておいて頂きたい」「疑惑は虐待だけにとどまらない」と本当に珍しく踏み込んだ“番宣”だった。 果たして同日、『バイキング』が1本目に取り上げたニュースが、水戸市の動物愛護団体理事長の虐待疑惑について。これをトップにもってきたことや、長尺で扱ったこと。さらに、動物が置かれている現場を熱心に取材し続けて、「TOKYO ZERO」キャンペーンの世話人的存在であり、『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』なる著書もある朝日新聞の太田匡彦記者を専門家に招いていたことに、番組と坂上の本気度がわかったものである。  さらに翌日は、閉館から半年以上経過した水族館『犬吠埼マリンパーク』(銚子市)のニュースがトップだった。ご存じのように、同水族館にはまだイルカやペンギンが残っていて、引き取ると明言している施設関係者がいるのに、電話やファクスが繋がらなくなって久しい。 筆者は『エンジン01文化戦略会議』の動物愛護委員会のメンバーで、微力ながら動物愛護活動を続けている一人だ。愛護団体とも、個人で活動している方ともお付き合いがあるし、自治体の担当者とディスッションする機会も多いが、関われば関わるほど、動物愛護については、さまざまな意見や目線があり、団体の中でも方向性や考え方が微妙に異なっている場合が少なくないように思えてしまう。なので、坂上の動物愛護に対する考えをここで私が事細かに代弁することは避けたいと思う。 だが、昨年、件の『エンジン01文化戦略会議』「動物愛護委員会」の「川島なお美基金」設立のニュースを『バイキング』が取り上げた際、CM中に坂上が放った一言に、あぁ、この人は勉強している、実情をしっかり把握していると思ったものである。 昨年オンエアされた坂上の動物特番を見た限り、レギュラー化しても、動物愛護の問題をストレートに取り上げることはせず、“フッテージ”と呼ばれる映像素材を多く使うものと予想される。が、MCが芸能界ナンバーワンといってもいい愛犬家であり、本質をちゃんとわかっている坂上忍がMCなら「安心だ」と動物愛護に関わる著名人の多くが太鼓判を押しているのを見聞きしているところだ。 坂上忍の次なる“柱”となる動物を主役にした新番組。私も楽しみにしている。
2018.09.03 07:00
NEWSポストセブン
女子アナのアルバイト 10万円を超えたら1割局に払う規則も
女子アナのアルバイト 10万円を超えたら1割局に払う規則も
 かつて局アナとして活躍していたが現在は会社を離れた寺田理恵子(元フジテレビ)、雪野智世(元テレビ朝日)、新井麻希(元TBS)、亀井京子(元テレビ東京)がここに集った。そんな彼女達が、「アナウンサーの裏事情」について語り合った。雪野:テレ朝は私がいた頃はアルバイトOKでした。先輩たちは、給料と同じぐらいの額をアルバイトで稼げたといっていました。新井:TBSは10万円以内ならそのまま収入にしていい。10万円を超えたら1割を会社に払うという規則です。もちろん事前に上司の許可が必要ですけど。寺田:規則ではないですけど、私の時代には先輩にお茶を出す際、それぞれの好みに合わせて出すというしきたりがあって、逸見政孝さんにはよく玄米茶をいれていました。雪野:テレ朝でも「この人にはお砂糖を何杯入れる」というリストがありましたよ。寺田:先日、益田由美さんの定年退職と城ヶ崎祐子さんの還暦お祝いパーティーがあって現役アナが集まったので「今はどうなの?」と聞いたら、そういうしきたりは今どきはもうないそうですね。寺田:フジテレビは2年に1度、アナウンサー同窓会があります。雪野 最近はテレ朝も年に1度ありますね。亀井:アナウンス部といえば、言葉に対して厳しいですよね。仕事中でなくても、何か食べた感想を「おいしい」といってしまうと、「もっと違う表現で」と先輩に注意されたなぁ。寺田:TBSの吉川美代子さんは厳しいといわれますけど、どうだったんですか?新井:すごく優しかったです。でも、アナウンス部でだらしない喋り方をしていると「そういう言い方はないんじゃないの?」と直されることはありました。雪野:直されますよね。電話も聞かれていて、「今のはダメだ」と先輩から指導されました。撮影■藤岡雅樹※週刊ポスト2015年5月22日号
2015.05.14 07:00
週刊ポスト
野際陽子に始まり中野美奈子まで 「女子アナの変遷」60年史
野際陽子に始まり中野美奈子まで 「女子アナの変遷」60年史
 1953年に始まった日本のテレビ放送。その5年後には女子アナの元祖といわれる野際陽子がNHKに入社するが、女子アナは男性アナウンサーをサポートする「陰の存在だった」。1970年代前半まで、女性アナウンサーは目立つ存在ではなかった。まだ女性の働く環境が整っておらず、例えば、フジテレビでは1972年まで女性社員は25歳が定年で、それ以上は臨時職員としての雇用だった。 女性アナウンサーも仕事は「男性のサポート」が中心。1968年TBSに入社した見城美枝子は「プロデューサーに『アナウンサーは社員なんだからタレントさんとは領域が違うんだ』といわれました」と語っている。 1976年には日本テレビの村上節子(当時39)が、「容姿が衰えテレビ映りが悪くなった」という理由で異動を命じられた。裁判で争って勝訴したが、結局その後は異動した。 だが、1970年代半ばになると定年延長など女性の社会的地位が少しずつ向上し、1977年には民放キー局で11人の女性アナが採用された。 女性アナの地位を向上させたのはフジの田丸美寿々だ。1978年に『FNNニュースレポート6:30』で逸見政孝アナとメインキャスター役に就任し、ハイジャック事件などの現場にも飛び回った。そして1980年代の女子アナ黄金期が生まれる──。 1980年代に入り、女性アナが「女子アナ」と呼ばれるようになる。 きっかけは、フジテレビの山村美智子と益田由美の2人だ。山村は『オレたちひょうきん族』で初代ひょうきんアナとして人気を集め、益田は『なるほど!ザ・ワールド』のレポーターとして世界中を飛び回った。 2人は従来のアナウンサー像を覆し、バラエティ番組で体を張ってお茶の間の支持を得る。「それまでタレントを起用していた場面でアナウンサーを使った。それが成功したことで、フジテレビは『女子アナは自社だけに出演するオリジナルのアイドル』というメリットに気づいたのです」(メディア文化論が専門の稲増龍夫・法政大教授) 1985年に男女雇用機会均等法が成立すると、女子アナの採用、番組出演はさらに増える。1988年にはフジテレビの新人だった有賀さつき、河野景子、八木亜希子が「花の三人娘」としていきなり売り出され、2年目の中井美穂が『プロ野球ニュース』のメインキャスターに抜擢された。「女子アナ」という鉱脈を見いだしたフジテレビは、1982年から12年連続で年間視聴率三冠王に輝き、黄金時代を迎えた。 フジテレビの大成功を目の当たりにした日本テレビは開局40周年の1993年、永井美奈子、米森麻美、藪本雅子の局アナユニット「DORA」を結成しCDをリリース。同年の全日帯(6~24時)の視聴率でフジに並び、1994年はトップに躍り出た。 他局でも多ジャンルに女子アナが進出していき、そのトレンドはNHKにまで広がった。久保純子はNHKでは異例の早さの3年目で東京アナウンス室に配属され、ニュース番組でスポーツなどを担当。国民的人気を博し、1998年に26歳の若さで『紅白歌合戦』の司会に抜擢された。「1990年代の特徴は女子アナという職業が広く認知されるようになり、現在のようなブランド力を持った職種になったことでしょう」(稲増教授) かつて女人禁制だったスポーツの取材現場に女子アナが訪れるのも、当たり前となった。1990年代、スポーツを担当した福島弓子、木佐彩子、柴田倫世らはのちのメジャーリーガーと結婚。大学生にとっても女子アナは憧れの職業となり、採用試験では3000倍以上の競争力を勝ち抜かねばならなくなっていく。 2000年代に入ると、平井理央などタレント活動していた女子大生が続々と入社。「アイドルが女子アナになる」という逆転現象が見られるようになった。「1990年代までは局が新人を一から育て上げるという方針だったため、変に色の付いた子は敬遠された。ところが、視聴率争いを勝ち抜く即戦力が必要とされるようになったのです」(稲増教授) ミスキャンパスも続々と入社する。ミス慶應大学に選ばれた中野美奈子は「日本テレビではミス慶應といわず面接で落ちたので、フジテレビでは前面に押し出した」と採用試験を振り返っている。かくして女子アナのタレント化は加速していく。(文中敬称略)※週刊ポスト2015年5月22日号
2015.05.08 11:00
週刊ポスト
離婚騒動渦中の徳光和夫次男・正行 いい人すぎたのが仇に?
離婚騒動渦中の徳光和夫次男・正行 いい人すぎたのが仇に?
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の情報網で最新芸能ニュースを深掘りしていく連載「芸能耳年増」。今回は、離婚騒動の張本人・フリーアナウンサーの徳光正行を斬る! * * *「決して悪い方には感じない…」『女性セブン』既報どおり、1月初旬に「離婚していた」徳光正行の印象を尋ねられた『サンデージャポン』(TBS系)での壇蜜のコメントだ。「独占スクープ 元嫁が大逆襲 親バカ徳光さん『アンタが息子を駄目にした』」という見出しで『女性セブン』がフリーアナウンサー、徳光和夫さんの次男、正行と、東京MXテレビ出身のフリーアナ、田野辺実鈴の離婚を報じた3日後、「渦中の正行さんが生激白」というナレーションと共に『サンジャポ』からのオファーに、曰く「二つ返事で」出て来たのが、その徳光正行だった。 サンジャポファミリーの西川史子は「ダメ二世タレントの代表」と言い、テリー伊藤は「破天荒だね」、ゲストに出ていた“元・破天荒芸人”平成ノブシコブシの吉村崇は「なかなかのろくでなし」と評したが、みんな心の中では冒頭の壇蜜と同じく、「この人は決して悪い人ではない」と思っているように見えた。 何を隠そう、私もそうだ。正行さんが『5時に夢中!』(東京MX)で司会をしていた頃、共通の知人を通じて、食事をしたことがある。『5時~』は彼が司会をしていたときから、マツコ・デラックスはじめ、クセのある論客がコメンテーターをつとめていたが、そんな彼らを見事に仕切り、一目置かれていたのが徳光正行だった。 つまり、猛獣遣いとして、彼は後任の柴田光太郎(故・田宮二郎さんの長男)や逸見太郎(故・逸見政孝さんの長男)、さらには現在司会をつとめるふかわりょうよりも評価が高かったのである。「従兄弟のミッツ・マングローブよりマツコのほうが仲良し」とかつて言っていた正行さんは、他にも華やかな交遊録を誇っていた。お坊ちゃま育ちだからこそ、のんびりしていて、無邪気で、でも決して失礼なことは言わない正行さん。というワケで、私をはじめとする年配女性のウケがすこぶる良く、加えて彼が熟女ズキを自認していたので、食事の席には華やかなオバサンがよく集まっていたように思う。 でも、若い頃は同年代の女性にかなりモテていたし、女遊びも激しかったと本人から聞いたこともある。フリーの男子アナとしてもっとも成功した一人、徳光和夫さんの息子というブランドと、バブル時代が合致して、父の七光とはいえ、羽振りのいい正行さんは確かにモテていたと思われる。 プロレスラーを目指していた過去や、3浪して日芸(日本大学芸術学部)に入り、そこでまた2留するなど、確かに西川史子が言うとおり「ダメな二世タレントの代表」だが、憎めない人柄であることは間違いナシ。 それが仕事ではマイナスに働いてしまったのか、『5時~』を降板してまで勝ち取った『レディス4』(テレビ東京)の司会は短命に終わり、その後また東京MXに拾われて(?)『ザ・ゴールデンアワー』のMCをつとめるも、それも終了してしまった。 検索すると、現在のレギュラーは『徳光・まち子の艶歌一番星』(テレビ愛知)1本が出て来るが、不定期なのか、同局の番組表で、そのタイトルは見つけられなかった。 演歌つながりということなのか、先日行われたAKB48の岩佐美咲のイベントの司会は徳光正行だったと某誌の編集者から聞いたが、もしかしたら、父の徳光和夫氏が選抜総選挙の司会をしている“コネ”なのかもしれない。それぐらい彼の仕事は少ないのである。 曰く、その日暮らしだったそうだが、「二人で過ごしてるのが、ホントに楽しかったんですよ」と結婚生活を振り返った正行さん…。できれば離婚は避けたかったのだろう。 結局、プロレスラーになる夢を捨てきれず、マスクを多数集めたり、西口プロレスのリングに立つこともあるという徳光正行は、この先も、ありのままで生きていくのだろう。ひとつ屋根の下で一緒に住む自信はないが、時々会ってワイワイ食事をする人としては最高な人だと私はいまでも思っている。 ちなみに、王理恵さんの3度目の結婚時、『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系)でご丁寧にコメントをした本田昌毅医師(お蕎麦の食べ方がマズくて離縁された人)や、モラハラ疑惑の高橋ジョージさん、そして徳光正行さんと、私が知る限り、みんなすごく“いい人”なのだが…。世の中、本当にうまくいかない。
2015.02.14 07:00
NEWSポストセブン
逸見太郎 自宅で行った母の葬儀の詳細述懐、ケセラセラ流す
逸見太郎 自宅で行った母の葬儀の詳細述懐、ケセラセラ流す
 人気パーソナリティーだった逸見政孝氏。突然のがん告白と、享年48というあまりにも早い急逝。残された妻・晴恵さん(享年61)は12億円とも言われた新居の総工費の借金を返す目的もあり、エッセイストとして原稿を書き、年間100本以上の講演をこなす忙しい日々を送っていた。息子の逸見太郎(42才)が、そんな母との最期の別れの時を語る。 * * * 父が逝った翌年、母ががんを患った(編集部注・初期の子宮頸がんに加え、血液細胞のがんのひとつである骨髄異形成症候群という難病も発症していた)と知ったのは、ぼくがアメリカの大学を卒業し帰国してからでした。高校から留学させてもらい家を空けていたし、母を大事にしたい思いもあって、一緒にいる時間を作るように心がけました。 10月21日です。生放送の収録に向かう途中、病院から自宅にかかってきた電話はあまりにも突然でした。 「すぐ、来てください」「すぐは無理です。どうしたんですか」「お母さまが危ないんです」「えっ、危ないって?」 それは危篤を告げるもので、あわただしく応急処置をしている様子が、電話から伝わってきました。  でもぼくは生放送が控えていた。とにかくスタジオに向かわなければならない。自宅を出ると東急大井町線に乗り、二子玉川駅で乗り換えの電車を待っているときでした。母親に付き添っていた妹の泣き崩れる声が、携帯電話から伝わってきて。 「放送が終わったら連絡する」  ぼくは妹にそう伝え、携帯電話を切りました。暗くなってはいけない。不幸があったことを周りに気づかれないようにしなければと、自分に言い聞かせて、その日の本番をこなしました。本番終了後の連絡で、すでに病院を出て自宅に向かっていると告げられ、母の亡骸とは家で対面しました。 悔しそうな死に顔だった。借金返済のめども立って、これからは悠々自適に人生を楽しむ夢を持っていました。病気だって治ると思っていたに違いありません。 「家からおくりたい」  逸見政孝ではないのだから、マスコミにも知らせずに、ごく内輪で式を執り行いたい。今どき珍しい、家でのお葬式でしたが、ぼくの思いをみんなが酌んでくれました。近所には親戚もいましたし、ぼくの所属する事務所の社長も親身になってくれて、地元の葬儀屋さんへの連絡や、家から歩いて10分ほどの菩提寺への導師の手配等、お葬式の準備を手際よく整えてくれました。 1階の8畳の和室に祭壇を設けて、スライド式のドアを外し、弔問客は中庭を通り、外から焼香ができるようにしました。 黒い服が好きな母でしたから、旅立ちの衣装は黒を基調にしたコムデギャルソンを着せて、いつも髪を切ってもらっていた美容師さんに死に化粧を施してもらいました。祭壇は母好みの花を飾ろうと、華やかな赤いカサブランカにしました。 100人ほどの弔問のお客さんは、近所に住む母の幼馴染や、学生時代の友人がほとんどでした。父のときとはまた違う温かさがありましたね。  出棺の時は母らしいおくり方をしたい。焼香をしている時に、ふと母の好きな音楽をかけようと思ったんです。「ドリス・デイの『ケセラセラ』を借りてきてくれないか」  弔問に来た友人に頼みました。『ケセラセラ』は母が大好きだった曲だったんです。翌日、告別式の読経と焼香とぼくの弔辞が済み、出棺のとき、カセットレコーダーのスイッチをONにしました。『ケセラセラ』の軽快でどこか物悲しい曲が、母の棺の乗せた車を包んでいきました。「ケセラセラ」=「なるようになるさ」 母はこの言葉が好きでした。彼女の人生はなるようになったのだろうけど、もうちょっとこの世の中で夫婦ふたり、ゆっくりしてほしかった。聞き手・文/根岸康雄※女性セブン2015年1月29日号
2015.01.18 07:00
女性セブン
逸見政孝氏総工費12億円の自宅残す 多額の借金にも妻負けず
逸見政孝氏総工費12億円の自宅残す 多額の借金にも妻負けず
 高視聴率番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!』『たけし・逸見の平成教育委員会』などのパーソナリティで人気を博したフリーアナウンサーでタレントの逸見政孝さん(享年48)。人気絶頂の1993年、がんに侵されていることを突然公表。生還を誓うも、帰らぬ人となった。 そんな逸見さんは生前、家族と共に暮らす一軒家を建てていた。本人がここで過ごしたのは1年にも満たなかったが、残された家族がこの家で紡いだ思い出は数知れない。息子でバラエティー番組の司会や俳優として活躍する逸見太郎(42才)が、いかに母・晴恵さん(享年61)と家族でこの家を守り抜いたかを語った。 * * * 1992年10月に父は東京・世田谷に新居を建てました。そこは母が生まれ育った場所。母にたくさん苦労をかけたことの罪滅ぼしの意味があったのかもしれません。 人が集まれるようにリビング、ダイニング、ミーティングルームが一体となった広いスペースを作り、ガーデンパーティーをしたいと庭にもこだわった。あとは父が好きだったオーディオルームと書斎…。140坪に7LDKという間取りでした。 でも、新居が完成してわずか3か月後に、父の胃がんが発覚し、翌年の12月に逝ってしまった。さて、新居をどうするか。大変でしたね。ローンもありますし、固定資産税もかかりますから。(編集部注・当時政孝さんの新居は総工費12億円ともいわれ、政孝さんの死後、晴恵さんは借金5億円を背負ったと報じられた)「家は売ったほうがいいんじゃないか」 家族会議をしてぼくも妹もそう言いました。でも、母は「そんな勝手なことを言うのなら、この家を出ていってちょうだい!」と頑として反対しました。カーテンや家具や家の中のものは父と2人で選んだものだし、愛する人との思い出が詰まっているこの家をなくしたくなかったのでしょう。父の成功の証でもある家を女のプライドにかけて守るという、ある種の凄みを感じました。 父が亡くなってからの母は、エッセイストとして原稿を書いて本を出版し、講演活動で全国を回って。年間100本の講演をこなした年もありました。「晴恵さんはあの家に殺されたのよ」 はっきりと言葉にする母の親しい友人もいました。家のローンを払うために、かなり無理をしていましたから。夜中に、真剣な顔をして通帳を見入っていた母の姿が印象に残っています。 つらかったと思います。でも、ぼくや周りの人たちには弱いところを全然見せませんでした。友達を家に呼び手料理を振る舞い、お酒を飲んで。亭主関白の父がいたら、できなかったことを楽しんでいるかのような面もありました。聞き手・文/根岸康雄※女性セブン2015年1月29日号
2015.01.17 07:00
女性セブン
安藤優子 夕方のニュースから昼番組に異動でフジの命運握る
安藤優子 夕方のニュースから昼番組に異動でフジの命運握る
『FNNスーパーニュース』(フジテレビ系)の安藤優子キャスター(56)が3月限りで、午後帯の情報番組に異動する。1987年、前身『スーパータイム』の金曜キャスターとして参加。半年後には、幸田シャーミン氏の後を受け継ぎ、逸見政孝氏とともに、月曜から金曜まで担当するようになった。1994年、夜帯の『ニュースJAPAN』へ移ったが、2000年に夕方帯の『スーパーニュース』に復帰。その後14年にわたり、メインを張ってきた。フジテレビ関係者が話す。「安藤さんの局に対する貢献度は、本当に高い。復帰してから数字が良くなり、2004年から2010年までフジが視聴率三冠を達成した背景には、『スーパーニュース』の強さがありました。夕方のニュースが好調だと、その流れでゴールデン帯に突入できますからね。 ただ、最近は視聴率が獲れていませんでした。今、夕方のニュースは『news every.』(日本テレビ系)が断トツに強い。次に、『スーパーJチャンネル』(テレビ朝日系)。3位と4位を『Nスタ』(TBS系)と『スーパーニュース』が争っています。 そのなかで、10月に『めざましテレビ』から生野陽子アナが異動し、コメンテーターにやくみつる氏や津田大介氏を起用するなど改革を図りました。すると、徐々に数字が上向き、11月3日には10.2%を記録。12月2日には、9.3%で同時間帯1位になりました。翌日は4位に落ちてしまったように、日によってバラツキはありますが、9月までと比べると、確実に視聴率が良くなっています」 早速10月改編の効果が出ているようだが、他局の状況も『スーパーニュース』に追い風となっている。「視聴率が良くなったからといって、安藤さんがダメで生野アナが良いという単純なものではありません。視聴率は前番組の影響を大きく受けます。たとえば、フジが1位になった12月2日は、日テレの『ミヤネ屋』が7.8%、テレ朝の『相棒』が6.8%といつもと比べて良くなかった。そのため、『news every.』と『Jチャンネル』が伸び悩んだ。また、19時台の番組では、フジの『志村けんのだいじょぶだぁ』が民放1位になっています。 このように、前後の番組や他局の状況も大きく影響します。特に、テレ朝は『相棒』の再放送が以前ほどの数字を獲らなくなっているので、『Jチャンネル』もそのあおりを受けて苦戦しているようです」(同前) 4月からは、安藤キャスターと俳優の高橋克実を司会に、午後帯の情報番組がスタートする。「『スーパーニュース』が数字を獲れなかったのは、その前に放送されているドラマ再放送の視聴率が良くなかったのも大きな原因でした。ドラマ再放送の視聴率が3%ぐらいなので、全日視聴率を考えるなかでも、大きな痛手となっています。 そのため、安藤さんを午後の情報番組に起用し、なんとか日テレの牙城を崩したいのです。当たれば、自然と『スーパーニュース』の視聴率も安定するはず。仮に『ミヤネ屋』に勝てなくても、そこそこの数字を獲ってくれれば、局全体に大きなプラスになる。安藤さんは左遷ではなく、むしろ局の命運を握る番組への異動と言えます」
2015.01.03 16:00
NEWSポストセブン
大江アナ結婚もWBS視聴率変わらず 女子アナと視聴率の因果
大江アナ結婚もWBS視聴率変わらず 女子アナと視聴率の因果
『好きな女子アナランキング』で1位に輝いたこともあるテレビ東京の大江麻理子アナが、9月17日にマネックス証券の松本大社長と結婚。ファンからは落胆の声が上がったが、メインキャスターを務める『ワールドビジネスサテライト』(以下、WBS)の視聴率にはどんな影響があるのだろうか。テレビ東京関係者が話す。「不思議なのか、当然なのか、結婚前後でWBSの数字は変わらないですね。たとえば、結婚発表前日の9月15日は3.3%で、発表当日の16日は3.9%、翌17日は3.8%とほとんど同じです。その後も、3~4%台です。視聴者はWBSという番組に興味を持っているのであって、大江さん目的で見ている人はあまりいないと思われます」 そもそも一般的に、女子アナと視聴率の相関はどうなっているのか。テレビ局関係者が語る。「局の顔である帯番組やゴールデン帯の番組には、人気女子アナが起用されます。そのため、数字を持っている、持っていないという話が出るのだと思います。もちろん、まったく視聴率に関係ないとは言えませんが、いわゆる潜在視聴率を数パーセントも持っている女子アナはいないでしょうね。 たとえば、フジテレビで『笑っていいとも!』の代わりに始まった、亀山千広社長肝いりの『バイキング』には、フジのエース・加藤綾子アナが火曜日と木曜日に起用されていましたが、視聴率は低迷。これは、決してカトパンのせいではないです。逆に言えばカトパンを起用すれば数字が上がるという傾向もないと言えるでしょう。10月からは新人の永島優美アナに代わりましたね。 フジの『めざましテレビ』の裏番組であるTBS『あさチャン!』は、人気の高い『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)、『真相報道バンキシャ』(日本テレビ系)などの実績から“視聴率を持っている”と言われた夏目三久を起用。しかし、視聴率は苦戦しています。 以前、フジで中野美奈子アナが『めざましテレビ』から『とくダネ!』に移ったとき、『とくダネ!』の数字が上がらず、“ナカミーは視聴率取れない”などと言われました。それだけ期待されていた証拠でもありますけど、中野アナの責任ではない。当たり前のことですが、視聴率は番組の内容いかんで決まります。彼女たちほどの大物でも、こんな状態ですから、“視聴率を持っている”と判断できる単体の女子アナは、皆無とすら言えそうな状況です」 ただ、女子アナの起用で数字が変わるケースもあるという。「大人数が集まれば、女子アナは視聴率を取れるコンテンツになります。たとえば、『めざましテレビ』は加藤綾子、山崎夕貴、三田友梨佳らの局アナを起用し、前番組の『めざましアクア』には皆藤愛子、長野美郷、高見侑里というセントフォースのエース級が花を添えています。出勤前の男性視聴者にとって、これだけの美女が揃う『めざまし』はやはり魅力的でしょう。 フジでは、以前『女子アナスペシャル』を新春特番としてゴールデン帯で放送し、高視聴率を獲得していました。これも、大人数の女子アナを集めた成果だと思います。 古くは1993年、日本テレビが永井美奈子・薮本雅子・米森麻美の3人で『DORA』というユニットを結成。本当は、逸見政孝や美川憲一などが出演していた音楽番組『夜も一生けんめい』での1度きりの企画だったのですが、その回が高視聴率だったため、本格的な活動をすることになったという経緯もあります」(同前) 女子アナ一人だけでは視聴率に大きな影響がなくとも、複数人集まればそれなりに影響があるようだ。
2014.10.18 07:00
NEWSポストセブン
胃がん公表の市村正親 ステージ1なら5年生存率は8~9割
胃がん公表の市村正親 ステージ1なら5年生存率は8~9割
 7月27日、俳優・市村正親(65才)が胃がんであることを公表。出演中のミュージカル『ミス・サイゴン』を休演し、治療に専念する。 市村は、6月下旬に体調不良を訴え、急性胃炎と診断されて入院。その後の検査で胃に腫瘍が発見され、病理検査の結果、公表前日の7月26日にがんと判明したという。 胃がんは、日本人に最も多くみられるがんで、その割合は全がん患者の5分の1に上る。男性のほうがかかりやすく、女性の患者数の2倍、男女ともに50代以降に罹患率が高くなっている。 特に危険なのがスキルス性胃がんだ。がんが胃の表面に表れないまま広がっていくため、検査でも発見が難しく、見つかったときには、すでに手遅れになっているケースも少なくない。 逸見政孝さん(享年48)、萬田久子(56才)の事実婚の夫・佐々木力さん(享年60)、小林すすむさん(享年58)らが、スキルス性胃がんで命を落としている。 市村のがんのステージは“早期”で、2週間ほど入院し、腹腔鏡による手術を受けることを明かしているが、彼の病状について、医学博士の狭間研至氏はこう説明する。「ごくごく初期であれば、お腹を切らない内視鏡手術で済みますが、市村さんは腹腔鏡手術ということですから、ステージ1、悪くてもステージ2という早期がんということになりますね。また2週間ほど入院するということですので、これは手術後、リンパ節に転移していないかなどの精密検査も行われると考えられます。もし転移が見つかれば、今度は開腹手術が必要となりますから、さらに過酷な闘病生活を迎えることになります」 さらに手術が無事に成功したとしても、再発の危険性は常につきまとう。「ステージ1であれば、5年生存率は80~90%と高いですが、逆に言えば10~20%の人が再発などで亡くなっているんです。手術して5年経って、ようやく“もう大丈夫”となるわけですから、早期だからといって、決して油断してはいけない病気なんですよ」(前出・狭間氏)※女性セブン2014年8月14日号
2014.07.31 07:00
女性セブン
好きな男調査 1票獲得の国分太一、松井秀喜らを好きな理由
好きな男調査 1票獲得の国分太一、松井秀喜らを好きな理由
 本誌が20代から80代の女性500人に、有名人の中で好きな男、嫌いな男を調査したところ、好きな男1位は福山雅治(45才)と高倉健(83才)、嫌いな男1位は安倍晋三首相(59才)という結果に。 この調査ではたった1票しか入らなかったけれど、好き具合が伝わってきた読者の熱い理由をお伝えしよう。 芸能人、一般人問わず、本音を引き出すトークに定評がある笑福亭鶴瓶(62才)には、こんな声が。「誰とでも打ち解けられ、温かみがある。一方で、自分が納得しないことは断固拒否する意地もあり、少し狂気的なところがあるのも魅力的」(57才・パート) 1967年から約4年間、『ザ・タイガース』のギタリストとして活躍、1981~1983年に一時再結成し、昨年末に30年ぶりの復活ライブを行った森本太郎(ザ・タイガース・67才)も1票のみ。「高校生の時に銀ブラしていたら、ロングコートでかっこよく歩く彼に遭遇。スターのオーラは今でも忘れられません」(59才・主婦) 長い下積みを経て、1969年に出演した映画『明日に向かって撃て!』が大ヒット。一躍スターになった、ロバート・レッドフォード(77才)の名前も。「中学生の時にファンに。映画館に入れば一日中映画を見られる時代の頃に、お弁当持参で入り浸っていました」(54才・契約) 大人気のゆるキャラ・ふなっしーにも1票!「かぶりもの芸人と揶揄する人もいますが、ユーモアと知性のある会話は人を癒し、励まし、感動させ、まさにアーティストだと思う。現代のニャロメ!」(52才・無職) TBSの看板アナとして多くのレギュラー番組を持つ安住紳一郎アナ(40才)の名前も挙がった。「聞き方が上手で番組を面白くする天才」(65才・主婦) スポーツ番組を経て、4月から朝の情報番組でメーンMCに抜擢! 国分太一(TOKIO・39才)にはこんなエールが。「年齢を感じさせない若々しさがあり、スキャンダルもないクリーンなイメージ」(67才・無職) メジャーリーガーになるも2012年に惜しまれながら現役を引退した松井秀喜(39才)も1票だった。「美形好きな私ですが、選手として、人として、男として本当にカッコイイと思える人」(52才・正社員) 亡くなって20年経っても、人々の記憶に残る名キャスター・逸見政孝さん(故人)の名前を挙げる人もいた。「腰が低く、家族も視聴者も愛する優しさと、一本筋の通ったところが好きでした」(59才・主婦) ケチが売りの芸人にも好評価が。春日俊彰(オードリー・35才)には主婦から絶賛の声。「売れても質素なアパートに暮らし、お金に堅実で好印象。芸風は時に気持ち悪く、時にかっこいい。そんなギャップを持てる唯一無二の芸人だと思う」(50才・主婦)※女性セブン2014年5月8・15日号
2014.05.01 07:00
女性セブン
逸見太郎 父が遺した豪邸のアンペア120→65にし電気代節約
逸見太郎 父が遺した豪邸のアンペア120→65にし電気代節約
 現在、テレビのレギュラーが1本、ラジオのレギュラーが2本のタレント・司会者の逸見太郎。以前は月曜から日曜まで毎日生放送を担当し、休みがなかったが、今は比較的時間に余裕があり、家で料理をする機会も増えたという。「そうめんが好きなので、この夏はそうめんのつゆも手作りしました」(逸見・以下「」内同)“手作りめんつゆ”を実践しているという逸見。料理が好きで、週に3回は近所のスーパーや商店街まで足を運ぶ。「マメに通っていると牛乳や卵など、定番商品の値段が自然とインプットされるので、普段198円のものが今日は178円だから買いだとピンときます」“野菜はこのスーパーが新鮮で安い…肉はこの店がおいしい”など、近所の店の得手不得手は完全に把握できているという。「普通の40代の男性よりは、主婦的な感覚があるかもしれません」 水やお茶などのドリンク類は、2リットルのペットボトルをまとめ買いし、タンブラーに移し替えて持ち歩く。趣味の草野球をするときは自分で作ったスポーツドリンクを持参する。「スポーツドリンクは粉から作れば安上がり。野球場やテニスコートなどの運動場では、自販機の飲み物が高いんですよ。150円のものが200円だったりね。だからいつも2、3本凍らせて持ち込みます。普段から“稼ぎがない”と嘆いているチームメートの芸人さんとかが、涼しい顔して高いペットボトルを買っているのを見ると“凍らせて持ってくればいいのに”と、イラッとしてしまいます。そんな10円単位の話を熱弁していると“変わってるね”と言われてしまいますけど(笑い)」 仕事で訪れた街で時間に余裕があると、その地域のスーパーを巡り価格をリサーチ。「街散策が好きなんですよ。特にスーパーや商店街など、生活に密着している場所につい足を運んでしまいます。こういうときにガムやタブレットなどを買って、移動中、欲しくなったときのために備えます。節約に“転ばぬ先の杖”は重要ですよ。定価で販売している駅の売店やコンビニでは、まず買いません」 数年前に車は手放し、仕事の移動は電車が基本だ。「JRは料金が高いので、ちょっと遠回りをしても地下鉄を利用しています」 服は主にネットショッピングを使う。「少し前は1万円以上じゃないと送料がかかるというところが多かったんですが、最近は基準が下がったり、無料も多い。たとえ送料を払っても、実際に街まで出て買い物をすると往復の電車賃もあるし、その間にランチでも食べたらそれ以上になってしまう。だったらネットがいいかなって」 帯番組のレギュラーが終了し、“収入激減”と騒がれた逸見だが、こういった節約は性分だと笑う。また、父親の元フリーアナウンサー・逸見政孝さんが遺した豪邸は光熱費が悩みの種だ。「電気代は多い月で10万円以上かかりました。元の設定が120アンペアだったので基本料金が非常に高かった。そこで昨年65アンペアに変更。それから、業務用の大きな冷蔵庫を使っていたのですが、家庭用に替えるなど細かく見直して、電気代はずいぶん下がりました。やっぱり、光熱費の見直しは大事!」 今年1月に結婚。別居生活が続いているが、年内には同居を開始する予定だとか。妻とマイカーで大型スーパーにまとめ買いに行くのが、今のささやかな夢だそう。※女性セブン2013年10月3日号
2013.09.21 07:00
女性セブン
日本初の女子アナ 1年で退社し9年後年下男性と心中した
日本初の女子アナ 1年で退社し9年後年下男性と心中した
 一流大学を卒業した上に芸能人にも引けを取らない美しさ。女性にとって女子アナが、女性の憧れの職業といわれて久しい。しかしその女子アナが採用されるのは何千人もの応募の中から民放キー局で2~3人という超のつく狭き門だ。 日本に初めて女性のアナウンサーが登場したのは、ラジオ放送が誕生した1925年(大正14年)にまで遡る。 初代と呼ばれる翠川秋子さん(享年45)は料理番組などを担当し、リスナーに顔は見えなかったものの、その美貌と当時としては珍しかった洋装で注目された。しかし、局内での風当たりは強く、「男社会の犠牲になった」という思いを抱いて1年たらずで退社。その9年後の1935年、年下の男性と心中してしまった。 1953年にテレビ放送が始まり今年で60周年になるが、テレビ黎明期にあって女子アナは、「男性アナウンサーのサポート」の役割しか与えられなかった。それはテレビが大衆化する1960年代以降も変わらなかった。1968年にTBSに入社した見城美恵子さん(66才)が当時をこう振り返る。「報道やスポーツは男性アナウンサーの聖域で、女性アナウンサーは近づくこともできませんでした。今のように総タレント時代ではなく、タレントさんには芸人としての矜持があって、プロデューサーには“アナウンサーは社員なんだから領域が違うんだ”と言われましたね。 とはいえ私たちは“局のアナウンサー”ということで大事にされ、局員でも食事に誘うのもいけないというのが暗黙の雰囲気。自由がない代わりに、大事に守ってもらえる時代でした」 1970年代に入ると、テレビの世界に華やかさが求められるようになり、ようやく女子アナも「ニュース」「朗読」「ナレーション」などへの参加が許された。「衣装やアクセサリーも派手になり、フリーの人たちが活躍する時代になっていきました。バブルに向かって、テレビ局もタレントなどをどんどん起用する。アナウンサーを採用する際にも、テレビ向きの華やかさのある人を選ぶようになっていきました」(見城さん) その象徴的存在が、民放でいえば1975年にフジテレビに入社した田丸美寿々(60才)、NHKでは1979年に入局した頼近美津子さん(享年53)だった。 当初、天気予報などを読んでいた田丸だったが、1979年に逸見政孝さん(享年48)とともに『FNNニュースレポート6:30』のメインキャスターに抜擢される。これが「女性キャスター」第1号となった。 頼近さんは、ゴールデンタイムの『ばらえてぃ テレビファソラシド』で「朗読の名人」と呼ばれたベテランの加賀美幸子さん(72才)とともにメイン司会を担当。タモリに「キャサリン」のミドルネームで呼ばれ、一躍人気者に。1980年には『NHKニュースワイド』のキャスターに抜擢された。1981年、フジテレビに電撃的に移籍した時には、1200万円とも噂された高額年俸が話題を呼んだ。※女性セブン2013年2月7日号
2013.01.29 07:01
女性セブン

トピックス

4Aに挑戦し続ける羽生結弦選手の今後はどうなる
羽生結弦、事実上の現役続行宣言「芸術性も技術も」不利なルール変更に挑む覚悟
女性セブン
バンド活動がいちばん楽しいと語っていた綾野
東京五輪のない今年も?『オールドルーキー』など夏ドラマのスタートが早くなっている理由
NEWSポストセブン
手錠監禁が行なわれたとみられる三瓶容疑者の別荘(時事通信フォト)
茨城23歳女性“手錠”監禁事件 2人を結びつけた「同人モデル」の危険な撮影実態
週刊ポスト
井上陽水の隠し子と言われた“消えた次男” 長男は「井上ファミリーとは関係のない人」と語る
井上陽水の隠し子と言われた“消えた次男” 長男は「井上ファミリーとは関係のない人」と語る
女性セブン
黒柳徹子と20年交際秘話
黒柳徹子、さだまさしと突然“共演NG”の謎 さだの鋭いジョークが原因か
女性セブン
広末がマッサージ店から出てきた
広末涼子が渋谷センター街に現れた!マッサージ受けてのんびり散歩、1人で寿司店に
女性セブン
松鳳山
人気力士・松鳳山「引退後は親方にならず退職」の裏に70歳再雇用と名跡不足の大問題
NEWSポストセブン
元タレント、アスリートから党首まで…参院選注目の女性候補者たち
元タレント、アスリートから党首まで…参院選注目の女性候補者たち
女性セブン
「ハウル・カラシニコフ」こと小川雅朝容疑者(本人の公式Twitterアカウントより)
NHKも騙されていた 淫行で逮捕「トー横のハウル」の巧みなメディア統制
NEWSポストセブン
沈黙を続ける井上陽水 16才の孫娘がデビューに向けて着々と準備か
沈黙を続ける井上陽水 16才の孫娘がデビューに向けて着々と準備か
女性セブン
眞子さまがデニム
小室圭さんの妻・眞子さん、海外メディアが「ユニフォームのようだ」と指摘する質素なファッション事情
NEWSポストセブン
井上陽水
井上陽水が進める引退への準備 個人事務所の社長は辞任、連絡が取れない状態か
女性セブン