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ビジネス、経済、マネーなどに関するニュースを集めたページです。注目業界・企業の最新動向や、世界の金融情勢、株式・為替のトレンドや投資術なども紹介します。

『鬼滅の刃』の人気キャラが機体にズラリ!
ANAに聞いた 『鬼滅の刃』ジェットで「推しキャラ」の近くに座る方法
 日本映画史の興行収入を塗り替えたアニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。全世界での興行収入は約517億円にのぼり、全世界累計来場者数は4135万人に及ぶ大ヒットとなり、昨年12月からはテレビアニメ『鬼滅の刃 遊郭編』がスタートし、高視聴率を記録している。原作漫画の連載が完結してからも、様々なかたちでファンの目に触れる機会のある同作だが、今度は「旅客機」にキャラクターたちの姿が描かれることとなり、ファンたちの間で大きな話題を呼んでいる。 ANAは1月31日より、「『鬼滅の刃』じぇっと -壱-」の国内線定期運航を開始した。『鬼滅の刃』のメインキャラクターである炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助をプリントしたラッピング機体が大空を飛び交う。 機体のラッピングだけではなく、機内で提供される飲み物には、鬼滅の刃とANAがコラボした限定デザインの紙コップが使用され、機内ビデオではテレビアニメ『「鬼滅の刃」竈門炭治郎 立志編』の全26話が楽しめるという。また、キャラクターによるスペシャルアナウンスも実施される。ファンの心をくすぐるサービスの数々に、20代女性ファンは「早く乗ってみたい」としたうえで、こう続ける。「どうせ乗るなら、ちょうど推しのキャラが描かれた場所の内側の席がいいです。機内から見えないのはもちろん分かっていますけど、せっかくなら“推しのキャラと隣り合う席”で旅したいじゃないですか。私は『善逸推し』なので、型を構えているときの善逸の近くに座りたくて、それが何番の座席になるのか教えてほしいけど、公式情報じゃ出てないみたいなんです」 公開された機体を見ると、この女性が推す我妻善逸のデカール(絵)が配されているのは機体の左側。問題はそれが何列目にあたるかということだが、ANA関係者は「なかなかはっきり断定するのは難しいが……」としながらもこう話す。「ラッピング機体の画像(別掲)とボーイング767-300ERにおける非常口の位置から類推すると、恐らく5〜18列目付近にかけて、炭治郎・禰豆子・善逸・伊之助の順にキャラの顔のアップが配置され、翼の上となるあたりを挟んで28〜37列目付近に、善逸・禰豆子・炭治郎の少し引いた絵柄が配置されているといえます。『型を構えているときの善逸』であれば、窓際のA-28~A-30のあたりがぴったりになるのではないか」 この関係者の指摘するように、別掲の機体の外観と機内の座席配置図から各キャラの位置を推し量っていくということになりそうだ。そうして割り出したうえで、「推しキャラ」の近くに座るために予約時から座席指定をするにはどうすればいいのか。ANA広報部は次のように説明する。「鬼滅の刃のラッピング機体に限らず、一般的なお話ではありますが、航空券をご購入いただく際に事前座席指定というものが可能です。オンラインでの予約やアプリなどを使用すれば、ご自身で座席を指定して予約することができます。空席があれば、自分が好きなキャラクターの近くに座って、機内から“推しキャラ”にそっと語りかけてもらうということも可能かもしれません」 “鬼滅ジェット”の定期便初便は1月31日の7時25分発、羽田発・福岡行のANA241便となった。どの便が鬼滅の機体となるかはANA特設サイトで確認できるという。推しキャラとの空の旅に期待が膨らむ。
2022.02.01 16:00
NEWSポストセブン
日本テレビは「ヤングディレクター」というADの新呼称を発表した(イメージ、時事通信フォト)
テレビ局がADの呼称変更 深刻な人手不足解消狙うも焼け石に水が実態か 
 テレビ業界におけるアシスタントディレクター、ADという略称の方が知られている肩書きは、演出補佐などと呼ばれることもある職種だ。だが一般的には、演出をする人というよりも、バラエティ番組でたびたび出演者にからかわれる下働きのイメージが強いだろう。その「AD」という呼称をテレビ各局が廃止する動きが相次いでいる。ライターの宮添優氏が、呼称変更の本当の目的を探った。 * * *「ADといえば、一番の下っ端、半人前ってイメージですかね。数年前からそれぞれの部署で、ADの呼称を変えようという動きはありましたが、日テレさんは社としてやるんだと。まあ、ふーんという感じですが」 日本テレビを始め、テレビ各局で「AD」という呼称を廃止する動きが出ているという報道を見て、日テレほか都内の複数キー局に出入りし、バラエティ番組制作を担当しているフリーディレクター・小島誠氏(仮名・40代)はフフン、と鼻を鳴らす。「日テレではADでなく『ヤングディレクター』とか、報道だと『ニュースアシスタント』などと呼ぶようですが、仕事内容が変わるわけじゃない。相変わらずの激務薄給。どの局でも似たようなもんで、呼び方だけ変えられてもね……と、呼び名が変わるAD本人たちは冷めた感じ。それに、年を追うごとにADの数が少なくなってきて、本来であれば20代後半で中堅のはずなのに、いまだにADから抜けられない人もいる。ADという呼称をなくすことが話題になっていますが、現実には、もうADの存在自体が希少なわけで」(小島さん) ネット上には「名前を変えるだけ」「本質は何も変わらない」という指摘が相次いでいるが、そもそもADのなり手は減少傾向にあった。会社に泊まり込むほど忙しく、しかし給与は安く、上司には怒鳴り散らされる悪質な労働環境と待遇のイメージが強いからだ。小島さんいわく、「ADの呼称変更」は、負のイメージを払拭して志望者不足解消を狙った取り組みだという。また、ある民放局の情報番組プロデューサー・佐々木直也氏(仮名・40代)も、同様の見方を示す。「10年くらい前までは、テレビ局の仕事はまだ人気だった気がします。ADは激務で辞める奴も多いですが、入ってくる人間もたくさんいた。でも、最近はテレビのブランド価値も低下し、ADから入って頑張ろうという若手も減ったんです。だから現場では、ADの負担を減らしたり試行錯誤したんですが、やはり人が来ない。今いるADに甘くなりすぎて、中堅ディレクターが疲労し、内部がぐちゃぐちゃになったという部署もある」(佐々木氏) そして、安くて簡単にコマ扱いできるAD、変えはいくらでもいるというAD、なんていう弱い立場の存在がないと制作現場がまわらない実態があった、と佐々木氏は正直に吐露する。もちろん、そんな現場の雰囲気は、AD本人が一番理解している。都内の民放キー局で情報番組を担当する元ADで、現在はAP(アシスタントプロデューサー)を務める丸井渚さん(仮名・30代)が絶望感を滲ませる。「ADの給与は手取り15万円程度でボーナスもありませんから、都内に住むにしても、局の近くには住めません。多忙だから、自宅に帰る余裕もなくなり会社に寝泊まりし、食事はほとんどコンビニ弁当。昔みたいに経費で食事ができるなんてこともなくなりました。昔は一番組に何十人もいたADですが、薄給激務に加え、一人のADが何人ものディレクターやプロデューサーの仕事をこなさなければならず、以前にもまして辞めていきます」(丸井さん) そんな待遇でもかつては次から次へと志望者がやってきたのは、しばらく我慢をすれば成り上がれる可能性があったからだ。苦楽をともにして親しくなった若手芸人が売れっ子になり、それとともにかつてのADも番組作りなどの権限を持てる地位になり、仲間と制作会社を立ち上げて活躍する人もいた。今でもそんな未来への希望を抱いていないわけではないだろうが、仕事を始めてしばらくすると、過去の成功パターンを追えるような状況にないと思わせられるらしい。 特に丸井さんが以前と違うと感じているのは、若いAD達が「将来が見えないのでやめる」といって、職場ではなくテレビ業界自体を去っていくパターンが増えたということだ。「若手が減り、中堅以上が増えると、番組構成に若手の意見がなかなか反映されにくいです。局によっては、前途有望な若者を育てようという取り組みもしていますが、はっきり言って焼け石に水状態。テレビ局で働く若いAD自身が『テレビは中高年向けでつまらない』とか、そもそも『テレビは見ないので部屋にない』というADさえいますから」(丸井さん) 丸井さんは他にも、ADになりたい若者も少なければ、現役のADがディレクターになりづらい、という実情についても指摘をする。中堅以上のディレクターが多すぎて、新人ディレクターの席が開かないという、どの会社にも存在する「高齢化問題」だ。中堅のディレクターの上世代も現役で昇進しづらく、かつ決して台所事情のよくない業界となれば、どのポジションにいても、若手だというだけでデメリットを感じるしかない。だから、業界で働く若者ほど「将来がない」と強く感じるのだという。 前出の佐々木氏は、この「呼称変更」を大々的に発表してくるあたりが、テレビ局が若い人々から「無視をされ始めている」証左だと断言する。「現場からは人が減らされ、社員は非正規社員に置き換わり、制作費もギャラも減らされているのに、DX(デジタルトランスフォーメーション)だSDGsだとあれこれ要求され仕事は増える一方。ADまでいなくなって、現場はさらに困窮して、だから番組のコンテンツとしてのクオリティも下がる。若い優秀なADがやってきても、こうした現場に幻滅し『これならYouTubeで個人で発信した方がいい』といってやめていく。若手にも時間とチャンスとお金を与えない限り、このまま無視され続けるのではという危機感はあります」(佐々木さん) たかだかAD、だがされどAD。かつて景気が良かった頃、そして今ほど世の中に「コンテンツ」が溢れていなかったからこそ成立したもの、それがテレビ局のビジネスモデルだった。それらが、音を立てて崩壊する中でのADの呼称変更で「どうにかなる」とテレビ局首脳が考えるのだとしたら……。 現場ADの本音はなにより、給与など「待遇を改善せよ」ということに他ならないはずだが、賃金アップや休暇増よりも先に、テレビ局経営陣が提示したのは「呼称変更」。若い局員やスタッフの減少、AD不足はダイレクトにテレビ局の存亡に関わってくる問題だとしても、両者の思考の差が埋まる頃には、テレビのようなメディアが存在し続けているのだろうか。
2022.01.31 16:00
NEWSポストセブン
反ワクチンというテーマはPVを稼げる(イメージ、AA/時事通信フォト)
「ワクチンは危険」陰謀論を唱えて稼ぐまとめサイト運営者の不埒な言い分
 アフィリエイトブログは言われるほど儲からない。情報商材ビジネスを喧伝する人たちに誘われて副収入を得ようとしたものの、教材代金で赤字となるのがかつては普通だった。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大によって世の中に広がる不安を利して稼ぐ不埒な輩がいる。ライターの森鷹久氏が、ブログをマイナーチェンジしたことで安定した高収益を確保できていると嘯く、まとめサイト運営者に話を聞いた。 * * * ネット上に拡散された新型コロナウイルスに関するデマや偽情報、いわゆる「陰謀論」と呼ばれる類の情報は極めて限定された数アカウントがその「発信源」となっている。そんな報告が、日米の研究者や識者の分析から明らかになっているが、こうした実情を逆手に取り、金儲けに勤しむ人々が存在する。 筆者は以前、とある「右派系まとめサイト」の匿名管理人を割り出し、電話取材して記事にしたことがある。管理人は北関東在住の30代男性・武田雄二さん。農家兼コンビニ経営という立場だったが、将来への不安などからネット上で販売されていた「情報商材」を購入し、その商材通りに「まとめサイト」を運営していたのだった。 取材や執筆の経験もない武田さんは「金稼ぎ」を目的に、適当な知見で集めたネット上の真偽不明の情報や書き込みをまとめて記事にし、ある程度の利益を上げている、とのことだった。そして、一番儲かるのが「右派向け」のまとめサイトであり、他に「左派向け」のまとめサイトも運営している実態を明かしていた。 取材に対し、一貫して悪びれたり、謝罪することはなく「あくまで金儲けのため」と言い張っていた武田さんだが、実は今「陰謀論」に特化したまとめサイトを運営している。「陰謀論まとめが一番コスパがいいですね。右派左派向けのように、政治的な整合性を気にする必要もないし、感染者が増えれば増えるほどPV(ページビュー)が上がる。一昨年の秋頃から初めて、過去最高の利益が出ている」(武田さん) コスパがよいという意味であれば、右派左派向けのまとめサイト運営においても、似たようなことを言っていた。それを上回るというのか。今は安倍より反ワクチンがPVを稼ぐ そもそも、右派向け、そして左派向けといったまとめサイト運営について、記事を公開しているだけで賛成の人も反対の人も、どちらもがまとめサイトを訪れる、と話していた武田さん。たとえば、左派向けの論調とされる「朝日新聞」を、右派を自認する人がわざわざ買ってまで読むことはないし、逆に右派向けとされる「産経新聞」を、左派を自認する人が買うことも極めて稀であろう。ところが、これが有料の紙面ではなく、無料で読めるネット記事であれば話が違ってくる。 無料で読めるのだから「敵状視察」も簡単、とばかりに、右派の人が朝日新聞のウェブサイトを、そして左派の人が産経新聞のウェブサイトを訪れることも多くなる。まとめサイトも同様で、記事内容に賛成の人も反対の人も、結局はサイトを訪れるから、アクセス数は増え、収入も増えるという格好なのだ。そして陰謀論についても同様のことが言える、と武田さんは断言する。「コロナは風邪、ワクチンは危ないと言った論調の記事は、記事内容に反対の人も賛成の人も見に来る。うちのサイトをデタラメのサイトだ、と指摘してくる人もいますが、そうした指摘によって炎上すれば、さらに見に来る人が増える。コロナ関連は政治ネタよりも身近に感じる人が多く、収益は右肩あがり。罪悪感? ないですよ。結局、誰かの意見をまとめているだけ。マスコミだってそうじゃないですか」(武田さん) 実際に武田さんがどうやって記事を書いているのかといえば、政治ネタを扱っていた時と同様、他人がSNSやブログに上げた記事や書き込みをコピぺし、それらに対する肯定的なSNSの反応をいくつか転載してきてサイトに貼り付けるだけ。冒頭で紹介した通り、陰謀論の根源になり得る日本語圏向けのアカウントは少なく、転載元をあれこれ調べる手間もない。さらに左派向けと右派向けを分けてつくる必要もないので、随分と手間がかからずにコスパが良いというわけだ。 コロナ情報まとめサイト向けにウォッチしているのは、コロナは単なる風邪だと主張する政治団体の代表や、ワクチンに否定的な医師などの医療従事者の投稿で、定期的な観測先は限られているそうだ。そして、燃えそう(炎上しそう)な書き込みがあればすぐさま記事作成に取り掛かる。「まとめサイトへの投稿は2~3日に一本程度と多くありませんが、PV数は増えています。政治ネタのまとめサイトは、安倍(晋三・元首相)が辞任して以降、アクセスは減りました。当時は『安倍』と書いていれば、右派の人も左派の人も見にきてくれました。今は安倍よりコロナは風邪、反ワクチンがPVを稼ぎます」(武田さん) 武田さんの書いた記事をいくつか確認したが、いずれも根拠が薄い内容のものばかり。識者や専門家とされる人々の見解もちらほら散見されるが、やはり「コロナは風邪」そして「ワクチンは危険」というものばかり。そして、右派左派まとめブログが盛況だったときは論争が絶えなかったものだが、陰謀論まとめブログをめぐっても全く同様のことが起きている実態は、特に興味深い現象だ。 たとえば、医学的な知識がゼロのユーザーが自身のSNS上で「ワクチンは危険」とSNS上で主張し、著書なども執筆している実在する医者のコメントを紹介する。このコメント文をよく読むと、危険であるという言葉には根拠がなく、さらに自著を販売したり、有料イベント、有料サロンなどの会員を獲得するための「宣伝行為」に他ならないと容易に類推できる。ところが、ハナから「ワクチンは危険なものだ」という前提で閲覧する人々にとっては、自身のぼんやりとした不安を補強する形で「やっぱり危険なんだ」と感じる衝撃は大きく、SNS上でも反響のリプライが多数、つけられる。 厄介なのはこの先だ。危険であることにばかり注目する人によるSNSへの投稿は、同調した人たちによって形成された一連のリプライ、また元コメントを発信した医者によって「こんなに賛同を得ている」などと紹介されさらに拡散される。すると「このように多くの人に肯定されている」ことがクローズアップされ、真偽の程を確認することよりも、賛同者が多い(ように見えることによって)、真実らしいと受け止める人が増える。Twitterでは、一つのツイートに対して返信ができるアカウントを制限する機能を、近年になって実装した。これは、特に有名人ユーザーなどに罵詈雑言が寄せられるなどのケースが相次いだり、多くのユーザーが不快と感じるシーンが増えたことに対する処置ではあろうが「肯定」しかない空間が生み出されるようなことになれば、どうなるのだろうか。「嘘も100回いえば真実になる」とはナチス・ドイツのプロパガンダを担当したゲッベルスの言葉だと言われているが、それを目の前で見せられているようなものだ。嘘や真偽不明の情報であっても、その内容を肯定する人々達の間でのみ「ワクチンは危険」という答えありきの議論(のようなもの)が展開され、いつしか「事実」として認定される。無責任な人が増えるほど、陰謀論は伸びる「フィルターバブル」とか「エコーチェンバー現象」とメディアでも盛んに言われるようになったが、それは知りたいものしか知りたくない、自分の願望に沿った見解だけが欲しい、そんな人々が増えているという時代の背景に他ならない。それが陰謀論であっても望みの内容であれば積極的に受け取る行動をとるため、テーマにした「まとめサイト」を多くのネットユーザーが訪れている、ということなのだ。だから、武田さんの懐も温まる一方だ。「陰謀論系の本もかなり売れているみたいで、ネット通販サイトのリンクを貼っていれば、それだけで幾らかアフィリエイト収入も入ってくる。あの手の本は書店にはあまり置かれていないですからね」(武田さん) コロナ禍の初期に「陰謀論」系の書籍が書店に平積みされているところを筆者は何度も確認をしている。多くの国民がコロナに対する危機感を抱いていて、書店員もそれなりの売れ行きがあることを認めていたが、最近は書店側もさすがに看過できないのか、陰謀論系の書籍を扱わないか、置いていても書棚の隅にコッソリ、というパターンもあるという。なにより、陰謀論系の書籍は読者にとっても実在の書店で買い求めるのは抵抗があるのか、ネットで購入されるのが常、と話していたことを思い出す。そういえば、収入はどうなっているのか。「以前よりは収益が出ていますよ。似たような傾向のサイトをいくつか持っていればいいだけなので。一定の期間分析して、ある程度の傾向がわかったところでサイトをオープンさせて、また分析しての繰り返しです」(武田さん) 武田さんは、以前取材した時よりも落ち着いているようにも感じられた。当時は、決して悪びれる様子は見せなかったが、正体を暴こうとする筆者に対して攻撃的だった。今の武田さんにはそれがない。淡々と「仕事」をこなしている、そんな雰囲気さえある。農家兼コンビニ経営という立場だったが、今ではコンビニ経営は家族に任せ「陰謀論系まとめサイト」運営が事業として成立してしまっているのかもしれない。 武田さんは、政治向け、そして陰謀論系まとめサイトの運営を通して、次のようなことを感じていると話す。「政治ネタでもコロナネタでも、政治家やマスコミ、公務員や先生など、責任があるゆえになかなか物事を決められない人たちを、無責任な人々が攻撃する、というパターンがは変わらないどころか、エスカレートしていってます。そうした人たちによる争いをみた人たちが、心の中でどう思ってるか、どう思いたいかということを考えれば、人が注目するポイントがわかる気がしている。無責任な人、言説が増えるほど、陰謀論ネタが伸びているんですから」(武田さん) 有責任者に対する無責任者の執拗な攻撃、思い込みに端を発するエビデンスなき反論、こうした醜悪な実態を拡大している勢力の一端に、武田さんの陰謀論まとめブログはある。コスパがよい副業としてよい思いをさせてもらっていると言いながら、金を儲けさせてもらっているはずのネットユーザーに対しての武田さんの見方は冷酷だ。「世の中が分断されているって言いますけど、自分の頭で物事を考えるか、そうでないかの差だと思いますよ。私がやっていることは犯罪でもないし、世の中で起きていることをただまとめているだけ。何度も言いますけど、オタクらマスコミだって同じことをやって金を儲けているわけで、僕らだけが悪者にされちゃたまんないですよ。そういえば、あなた(筆者)もどこからか金をもらって書いてることないんですか? テレビも新聞も絶対やってる、そっちを書かないって卑怯ですよ」(武田さん) 公正な報道などどこにもなく、どの記事も一部の利害関係者から報酬をもらって偏ったものを報じているのではないかという、あまりにも極端な言い分だ。その勝手な言い分はいったん置いておいておくが、陰謀論まとめブログというのは火事場泥棒が火をつけ回って大騒ぎしているようなものではないか、そう筆者が指摘すると、武田さんはそれ以上喋ることはなかった。「オミクロン株」を巡って、単なる風邪だとか依然として危険であるとか、世論はまた二分化されつつある。しばらくは、武田さんのような人々にとって「濡れ手で粟」の状態が続くのか。
2022.01.30 16:00
NEWSポストセブン
2022年の成人式に集う新成人たち(picturedesk.com/時事通信フォト)
若者に増える消費者トラブル被害 成年年齢引き下げで18・19歳は特に注意
 2022年4月より、成年年齢が満18歳に引き下げられる。これまでは親権者などの同意がなければ携帯電話や金融商品の購入などが不可能だった18歳、19歳の若者が、経験と知識の乏しさにつけ込まれ、消費者トラブルが増加することが懸念されている。「この年代は、SNSやネット絡みでのトラブルが多いのが特徴」という。ネット関連のトラブル被害に詳しい、成蹊大学客員教授でITジャーナリストの高橋暁子さんに、なぜ成年に達したばかりの若者がトラブルに遭いやすいのかについて聞いた。 * * * 4月より、成年年齢が満18歳に引き下げられる。これにより、高校生なども消費者トラブルに巻き込まれる可能性が高くなると注意喚起されていることをご存知だろうか。 Instagramなどを見ると、学生をターゲットとした「大学生が月100万円稼いだ方法」「コーヒー飲みながら月200万円稼ぐ大学生」などの甘い言葉があふれている。札束やブランドバッグなどの写真が使われていることもある。このような投稿を魅力的に思い、実際に手を出してしまう学生は少なくない。 学生の間では、SNSやネット絡みの消費者トラブルは普通に起きることと受け止められている。筆者が教員をする大学でも、「儲け話で数十万円騙されたことがある」「友達が情報商材の宣伝をInstagramに投稿していた」などと言っていた受講生が何人もいた。「友達が副業詐欺に引っかかっているがどうしたらいいか」という相談が寄せられたこともある。 そもそも、成人になりたての若者は、未成年の頃より消費者トラブルが大幅に増える。全国の消費生活センターに寄せられた消費生活相談件数は、未成年(18、19歳)の相談件数に比べて、成人になりたての若者(20~24歳)は1.5倍に増えている(国民生活センター調べ)。 成人になりたての若者は、契約に対する知識や経験に乏しく、内容をよくわからないまま契約してしまうことが多い。一人暮らしを始めたばかりなど、周囲に相談できる相手がいないこともある。経験が乏しく警戒心もないのに、成人だからと自分だけの判断でクレジットカードが作れ、ローンや借金も作れるこの年齢の若者は、業者や悪意ある大人に狙われがちな要注意の年齢なのだ。 未成年者が通販の定期購入やエステ、投資などの契約を結んでも、親権者の同意がなければ「未成年者契約取消権」により、原則として取り消すことができる。ところが成人になった瞬間から自分一人で契約が成り立ち、親が承諾していないからと取り消すことができなくなる。つまり、令和4年4月1日に成年年齢が18歳に引き下げられることで、20歳よりも契約についての知識や経験が乏しい18、19歳の消費者トラブルが増えることが危惧されているのだ。SNSのうまい儲け話・投資話に要注意 18歳以上の若者達は、実際にどんな消費者トラブルに見舞われているのか。いまも成年である「20~24歳」と、4月から成年とされる「18・19歳」が遭遇しているトラブルの違いはあるのか見てみよう。 現状、消費生活相談の傾向をみると「18・19歳」「20~24歳」とも、まず、ダイエットサプリメントやバストアップサプリメント、除毛剤などを商材として最初だけ格安、または無料とうたい、2回めから高額になったり、半年間解約できないなどの詐欺的な定期購入商法がある。そして、アクセサリーや洋服などの詐欺・模倣品サイト、アダルト情報サイトや出会い系サイトなど、インターネット通販トラブルが目立つ。「20~24歳」の相談内容を詳しくみると、「18・19歳」に比べて、エステティックサービスや医療脱毛、包茎手術等の美容医療のトラブルが増える。それだけでなく、情報商材、オンラインカジノ、暗号資産(仮想通貨)、投資学習用USBメモリーなどの儲け話のトラブルが多くなるという特徴がある。見た目をととのえたいのは、若者ならば当然の欲求だろうが、儲けることに執着するのはなぜなのだろうか。 20~24歳というと、大学や専門学校など成年したとはいえ学生も多い。彼らは不景気ななかで育ってきた経済的に恵まれているとは言いがたい世代で、漠然と将来の金銭的不安を常に抱いている。アルバイト代を遊興費ではなく生活費にしている学生も珍しくない。そんな経済状態にもともとあったのが、コロナ禍でバイトのシフトなども減らされ、保護者の収入が減って仕送りが減るケースが相次いでおり、苦しい生活を強いられている。100円ショップなどで上手に買い物する、フリマアプリを活用してお得にオシャレするなど、もともとコスパがいいことが好きな世代でもあり、投資や情報商材などで儲けたいという意識も強く、このような誘いにのりやすいというわけだ。 トラブルのきっかけとなるのは、以前は学校や職場の友人、知人など、リアルの交友関係から勧誘されることが多かった。しかし最近は、インターネット・SNSの広告・書き込み等を見てみずから連絡をするケースや、SNSで知り合った人から誘われるケースが目立つ。知りたいことはすべてSNSで検索するこの年齢の学生たちは、SNSの投稿を安易に信じてしまい、SNSで知り合った相手を信じてしまうことが多いのだ。 実際、Twitterで「#儲けたい」「#高収入」などで検索して見つけた投稿から、怪しげな話に乗ってしまう例は多い。相手に「絶対に儲かるから」と言われて、お金がないと断ったが、「消費者金融で借りればいい。すぐに元はとれる」と言われ、消費者金融で数十万円借りてしまった学生がいた。そのお金で情報商材を購入したものの、まったく儲からず、結局借金だけが残ってしまったという。知識・経験不足で、うまい話に弱い若者たち 若者が消費者トラブルに遭いやすい理由はいくつかある。まず、知識・経験不足につけこまれて契約してしまう点だ。契約の内容をよく理解せず、或いはよく確認せずに署名・捺印してしまうことで、不利な契約を結ばされてしまうというわけだ。 契約書も作らず投資し、LINEでのみやり取りしていて、相手にアカウントを消して逃げられてしまった被害者もいた。「LINEでやり取りしてとても信頼できる人だと思ったから」というが、金銭が絡む契約は契約書を残す必要がある。 InstagramやTwitterでつながった後は、秘密裏にできるLINEかDMでのやり取りに引き込まれることが多い。LINEグループにもサクラが仕込まれており、投資に対して乗り気な発言ばかりしていたため、「心配になっているのは自分だけ。みんな大丈夫と思っているのだから大丈夫だろう」と思わされていたケースがあった。SNSの「エコーチェンバー現象」(狭いコミュニティで、同じ意見を見聞きし続けることによって、自分の意見が強化されること)を悪用すると、クロージングが容易になるというわけだ。 うまい話に弱いのも問題だ。おいしい話を理由なく教えてくれるわけがないのに、明らかに大きすぎるリターンの話に乗ってしまうケースが目立つ。世の中でどのようにお金が動くのか、なんとなく分かるようになった大人であれば、その話のおかしさにすぐに気付けるはずだが、学生は「自分だけ特別」と素直に信じてしまう。 若者たちは相手がSNSなどで顔出し名前出しで利用していると信頼性が高いと考えている。実際には実名だろうと匿名だろうと、その内容で判断すべきなのだが、形式だけで若者は判断しがちなので、そこにつけ込むため、ポジティブな雰囲気作りを担当するサクラ役のアカウントも顔出し名前だしで投稿する。そして、札束やブランド物の写真などを投稿していることで、実際に儲かっていると信じてしまう。 迷っている人に向けて契約させるための雰囲気作りもされる。たとえば「今日中なら特別に安く契約できる」などと言われたり、そもそも友達や先輩の紹介が発端だと、断ると言いづらくなる若者は多い。そうやって、断りにくい状況に追い込むのは若者を狙うグループがよくとる手口の一つだ。「お金がない」を理由に断ろうと考える若者も多い。ところが前述の学生の例のように、「すぐにもとが取れる」「分割なら負担が少ない」などと借金やローン、クレジットカード契約などを勧められる。若者は強く言われると押し切られてしまいがちだ。契約前に相談、契約後でも諦めない 20代前半までの若者は、年齢的には成年でも、消費者として見た場合は非常に危うい存在だ。周囲にそのような年齢の若者がいたら、注意して見守ってほしい。 大切なことは、魅力的な話があっても、契約する前に、保護者など信頼できる周囲の大人などに相談することだ。契約内容や相手についてインターネットで検索し、評判を調べるのもいいだろう。 SNSで知り合った相手も信用しすぎず、個人情報を送りすぎたり、免許証データなどを送ったりしないよう、念押ししておきたい。 特定商取引法では、訪問販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引での契約や、特定継続的役務提供(エステティックや美容医療等)の契約では、クーリング・オフができる場合があるので、そのような知識を身につけておくことも必要だ。 契約によっては解約や取り消しができるものもあるので、契約後でも困ったり疑問がある場合は、消費者ホットライン(#188)に相談するよう伝えてあげてほしい。
2022.01.30 07:00
NEWSポストセブン
ホームの延伸工事が完了した舞浜駅は、東京ディズニーリゾートの玄関口(撮影:小川裕夫)
ディズニーの玄関口・JR舞浜駅が混雑緩和のためにとった裏技
 東京ディズニーリゾートの最寄り駅として知られるJR舞浜駅では、2022年1月29日始発から蘇我方面行きは東京寄りに、東京方面行きの電車は蘇我寄りへと停車位置が変わる。混雑のため入場制限がかかることも珍しくなかった舞浜駅の混雑緩和をねらって、ホームを約100メートル延伸したからだ。裏技のような今回のホーム延伸工事が混雑解消のために選ばれた背景をライターの小川裕夫氏がレポートする。 * * * 京葉線の舞浜駅は、東京ディズニーリゾートの玄関駅として知られる。同駅のホームは東京ディズニーランドやパークの閉園時間前後は、大混雑となるのが常だった。 これには、明確な理由がある。同駅のホームは一面2線という構造で、のぼり電車とくだり電車が同じホームを共有している。ゆえに、閉園時はディズニーから帰路に着く利用者が集中するのだ。 駅ホームや駅構内が混雑すれば、事故の発生率が高まる。事故が起きれば輸送障害が起こり、それは他線にも影響を及ぼす。そうした事情もあり、舞浜駅の混雑対策はJR東日本千葉支社や東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド、地元の浦安市にとって悩みの種になっていた。 混雑を解消する手段は、いくつかある。例えば、一面2線のホームを2面2線に改造してのぼりとくだりのホームを分離する、現在は10両編成で運行されている京葉線の電車を長大編成化する、といった具合だ。どちらも莫大な費用が必要になることは言うまでもないが、それ以上にこれらの大規模改良工事はダイヤや信号施設などの変更も伴う。京葉線全体ならともかく、舞浜駅だけのために着手することは非現実的だろう。 そうした事情から、JR東日本千葉支社とオリエンタルランドは混雑緩和を別の手段で解決することにした。「大規模な施設改良が難しいという事情から、現在は約200メートルのホームを約300メートルへ延伸しました。ホームが約100メートル長くなったことで、のぼり電車とくだり電車の停車位置をずらすことができます。これにより、乗降客の動線を分散できますので混雑の緩和になると考えています」と話すのはJR東日本千葉支社総務部の広報担当者だ。舞浜駅混雑緩和の最適解を探して 舞浜駅はホームに階段とエレベーターが2か所しかない。コロナ禍により、東京ディズニーリゾートの来園者数は減少し昨年は臨時休園もした。舞浜駅利用者の大部分は東京ディズニーリゾートへの来園者なので、昨年のような状況だったら駅施設を改良せずとも支障は起きない。しかし、コロナ禍が収束すれば、来園者数が以前のように戻る。「ホームの延伸工事は2020年4月に着工しましたが、以前からJR東日本とオリエンタルランド、そして地元の浦安市とも混雑緩和の協議を続けてきました。駅改良にかかる約44億円の工事費は、JR東日本とオリエンタルランドで折半して捻出しています」(同) 駅の混雑は、単に鉄道事業者だけの問題ではない。そして、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドだけの責任でもない。鉄道の駅は、ディズニーへの来園者だけが使うのではなく地域住民なども使うからだ。 地元の浦安市は、2018年度に舞浜駅の混雑対策として、ホーム延伸の調査・検討に1000万円の予算を計上している。 また、京葉線のホームとは別事業だが、南口バスターミナルの整備にも約6000万円の予算をつけている。これはバスターミナルを整備することで、副次的に京葉線ホームの混雑が緩和されることも含まれている。 舞浜駅には北口と南口があり、東京ディズニーリゾートの施設は南口に集中している。当然、混雑するのは南口だ。駅南側に南口以外の出入り口を設ける案も考えられるが「舞浜駅の南口はJR東日本の所有地ですが、すぐに弊社の所有地ではなくなります。所有権の問題もあり、駅の出口を増やすことは簡単ではないのです」(同) のぼり電車とくだり電車の停車位置をズラすためにホームを約100メートル延伸するという奇策は、さまざまな制約のなかでJR東日本千葉支社がたどりついた最適解でもあった。 ディズニーを楽しんだ後、混雑によって長時間も駅で待たされたらストレスに感じるだろう。まして、混雑に起因するトラブルに巻き込まれたら楽しい一日が台無しになってしまう。混雑の解消は、来園者のストレス緩和にもつながる。 コロナ禍という要因もあり、当面の以前のように舞浜駅が混雑することはない。それでも、収束後に多くの来園者が押し寄せることを見越し、今のうちから対策を講じる。しかし、ホーム延伸工事だけで、混雑を緩和することはできるのか?「工事が終了したばかりなので、現段階では今後の様子を見てという感じでしょうか。ホームの拡張や増設といった改良工事の予定は、今のところありません」(同)という。 舞浜駅の開業と東京ディズニーランドの開園した年は異なるが、舞浜駅は東京ディズニーランドとともに歴史を築き、発展してきた。そして、来年に東京ディズニーランドは開園40周年を迎える。 いつコロナ禍が収束するかは予測できないが、永遠に続くことはない。いずれ客足が戻り、ホームは来園者で溢れるだろう。そのとき、事前に駅ホームの延伸工事をしておいてよかったと思えるに違いない。その成果を発揮するにはいつになるのか? 混雑緩和策を講じたものの、東京ディズニーリゾートから帰る人たちで溢れる舞浜駅が戻ってくることを待ち望みたい。
2022.01.29 07:00
NEWSポストセブン
1995年創業のアマゾン・ドット・コムは、世界各地50カ所を超える物流センターを持つ。日本法人は2000年スタート(イメージ、ANP/時事通信フォト)
コロナ禍でも圧勝のアマゾン 「買い負け」日本との差はどこにあるか
 生活支援を必要とするフルタイム従業員が多いなど、雇用や労働環境についてたびたび非難されているインターネット通販大手の米アマゾン・ドット・コム。批判の一方で、世界の覇権を目指すアマゾンの物流システムには驚嘆するしかない。俳人で著作家の日野百草氏が、アマゾンがロジスティックの巨人としての力を発揮する背景と、買い負ける日本が学ぶべき方向性について探った。 * * *「アマゾンフレックス、いろいろ言われてますけど凄いシステムですよ」 関東で一人親方として運送業を手掛けているドライバーが語ってくれた。彼はかつてアマゾンフレックス、いわゆるアマゾンの直接業務委託契約をしていた。そう聞くと、Uber EATSのような仕組みが思い浮かべるかもしれないが、軽貨物車両を所有していることが条件なので法律を無視したグループが参入する懸念はほとんどないとされている。「デフォルトが『置き配』というのがアマゾン最大の武器です。ECサイトにおける売上拡大につながってます。また独自の配送アプリの開発で多くの荷物を短時間に誰でも配る事ができます。人間が配るものなのでセンスと体力次第ですけどね」 通常の宅配は、配達員が届け先に荷物を手渡しするのが基本だが、玄関先や宅配ボックスなど指定の場所に荷物を置いて配達完了とするのが「置き配」だ。最近は多くの通販や宅配業者で採用されている仕組みだが、手渡しが基本で置き配はオプション。まず置き配が選択肢というのはアマゾンならではだ。もちろん批判もある。「いろいろ言われて」という部分は配達員も利用する側も重々承知だろう。それでも全世界で40万人の配送ドライバーがアマゾンの仕事を請け負っている。「アマゾンフレックスは多量の荷物を効率よく配送できます。たまにとんでもないところに連れていかれますが(笑)、国内のあらゆる物流会社がありながら、どこも追いつける気配すらない。システムの進化は 配送員の収入をアップさせます。その環境を創り上げる仕組み、ビジネスデザインの秀逸さですね」 筆者も同感である。アマゾン、本当に凄い。従来の大手宅配業者は基本的に営業所という物理的な拠点を軸に、配達員の手配をしてきた。それを専用アプリひとつで実行し人手と時間を削減している。そして筆者は思うのだ。こうしたアマゾンの戦略は本来、日本がすべきことだったはずと。アマゾンの裏にはアメリカの国を挙げての全面協力がある。官民の露骨なまでの協調、これは中国も同様だ。戦争は綺麗事では勝てない。コロナでも通販体制は完璧に近い 日本は貿易での「買い負け」はもちろん、コンテナ船やコンテナの確保など国際物流で「取り負け」を続けている。あらゆるものが遅延し、品薄や価格高騰が続いている。日本は食料自給率が37%(カロリーベース)、67%(生産額ベース)と他国に食べさせてもらわなければならない国、かつ資源の限られた国である。そのような島国が物流をおろそかにする愚は『憂国の商社マンが明かす「日本、買い負け」の現実 肉も魚も油も豆も中国に流れる』『商社マンが明かす世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も』でこれまでも書いてきた。この日本のロジスティクス軽視は太平洋戦争の敗戦の一因ともなった。 歴史は繰り返すのか――これまでの「金払えば誰かが運ぶだろう」という感覚は、激安国家日本にとって第二の敗戦を招きかねない事態に陥っている。別の大手ECサイトに携わる営業マンの談。「アマゾンね、確かに凄いです。自分のところでコンテナも作ってます」 平易に言うならアマゾンは「他者に頼らない」主義であり、その実現を目指している。もちろん多くの協力企業を使っているが、こと輸送に関する方向性としては「なんでも自分でやる」ことを目指している。ひと昔前に流行ったコストダウンだけが目当ての「なんちゃってアウトソーシング」の流れとは逆行した取り組みだ。「貨物機を何十機も持っていて自社の専用空港まであります。だからコロナでも通販体制は完璧に近い。これ、本当に凄いことなんですよ」 アマゾンは「アマゾン・エア」という自前の航空会社で貨物機を運航している。現在の運用はリース機が中心だが、2021年からデルタ航空やウエストジェット航空から実機を多数購入して整備している。ケンタッキー州には専用の貨物空港「アマゾン・エアハブ」があり、利益率の高い商品はこの自前の航空機で運んでいる。そのアマゾンの空港には東京ドームの2倍近くの広さとされる仕分センターも併設されている。「私としてはコンテナが羨ましいですね。中国で大量に作ってます」 コンテナは物流の要。あの何の変哲もない鉄の箱をいかにかき集められるかが貿易戦争の勝ち負けに繋がる。アマゾンはこの戦争のためにいち早くコンテナを自社生産、これまで中国で数万個は作ったと言われる。今後は情勢に合わせて世界中で作るだろう。他人のコンテナなんか当てにしないということか。それどころか自社の輸送システムの余り分で他社の輸送も引き受けている。旧来の国際輸送大手、FedExやDHLに全面的に頼ったりせず、それどころか競合相手になろうとしている。国内では周知の通り、ヤマト、佐川、日本郵便と購入者への配送を天秤に掛け続け、現在のアマゾンフレックスの構築に至る。その労働条件、働かせ方が気に入らない人も多いだろうが、組織としてのアマゾンの完成度は認めざるを得ない。「混載したくないのでしょうね。自社で港も確保してますし、物流倉庫も増やしています。コロナ禍でも抜かりは無かったでしょう、とくに混載したくないのでしょうね」 複数の荷主の荷物を積み合わせた輸送方法を混載便と呼ぶが、誤配送のリスクや他社の荷物の都合に左右されるなどのデメリットがある。とはいえ、常に混載させない輸送手段を確保するには相応のコストが必要なので、従来の一般的な通販会社の規模で混載を完全に避けるのは難しい。まして現在のようにコロナ禍で不安定な状況では物流インフラ整備にまで手が回らない。そんな中でもアマゾンは入港地を5割も増やし、コンテナ処理能力を2倍に増やしたという。「コロナ禍だからこそです。金使ったほうが勝つって当たり前なんですけど、その当たり前ができないから負ける、使うべきところに使うという点でアマゾンは徹底しています」 大事な現場には金に糸目をつけない。至極当たり前の話だが、金があるほうが勝つ。金があれば他人に頼らずに済む。アマゾンはとにかく自社のものだけ運びたい。徹底した顧客主義、届けることに全力で金を使う。そうしたアマゾンで世界中およそ150万人が働いている。期間従業員を含めない数というのだから大変な数字だ。先の労働問題など山積だがここでは本旨ではないため言及しない。とにかく組織としては勝っている。「本当は日本こそアマゾンのような未来の物流を構築すべきだったんです。物流にお金を使わず、下に見る文化は本当に国を滅ぼしますよ」 営業マンの言う通りだ。今回のアマゾン賛美は本来、日本が国を挙げてこうした物流網を作るべきだったという一点にある。アマゾンは2000年に創業してたった20年で「世界のアマゾン」になった。いや、アマゾンの好きなフレーズで言うなら「地球のアマゾン」だろうか。アマゾンも結局はアメリカという後ろ盾がある 脆弱な日本の港や空港、蚊帳の外の日の丸海運、面倒事ばかり押し付けて金を出し渋る日本企業、30年間の負の積み重ねにより資源、食料、原材料の「買い負け」という事態に陥ろうとしている。米中ルートとハブ港を持つ一部の国、そして資源輸出国には寄っても日本はスルー、コロナ禍でこの流れは本格化している。誰かが運べばいいという浅はかな考えでいたら、いつの間にか誰も運んでくれなくなり始めた。 アマゾンは自前で船やコンテナ、貨物機から空港まで揃え、ついには配達用の電動自動車まで子会社、提携会社で開発している。なるべく自前で揃え、使うべきところに金を使う。日本は必要な現場に金を使わず、いちいち面倒なところに細かい。そんなやり方は日本が強かったとされた時代には通用したが、円も国力も落ちたいま、崩壊寸前だ。「もっと国の後押しが必要です。アマゾンも結局はアメリカという後ろ盾がある。中国政府はもちろん他の成長国は政府が率先して貿易の後押しをしています」(前出の営業マン) アマゾンを筆頭に貿易大国の威信をかけるアメリカと、世界の貿易大国の座を事実上握りかけている中国。日本も官民一体で取り組んできたはずだったが、かつてその中国になぜか民間技術を渡し、種子の流出を野放しにし、土地を自由に買える状態で放置した。これは現実だ。日本人みんなで本気になって物流を考える時が来ている。多くの現役の企業戦士はこの危機を、現場で十分に感じていることだろう。 貿易は戦争、物流は安全保障である。アメリカもアマゾンもそれをよく知っている。物流を他国に握られるというのは血管を他人に握られるのと同じである。流してもらえなくなれば、人間と同様に国も死ぬ。この間も中国はコロナ禍に乗じて官民一体で世界の穀物の約6割を買い占め続けている。日本、残された時間はそれほど多くない。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)ジャーナリスト、著述家、俳人。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題や生命倫理の他、日本のロジスティクスに関するルポルタージュも手掛ける。
2022.01.25 16:00
NEWSポストセブン
SDGsが目指す未来は正しいのだろうが……(イメージ、Sipa USA/時事通信フォト)
SDGsに忙殺されるテレビ局スタッフ「どこが持続可能なのか」とぼやく
 SDGs(持続可能な開発目標)と聞くと、そこまで関心が高くない人にとっては「環境問題のこと」「ジェンダーに関わること」と感じているかもしれないが、実際には環境だけでなく貧困、飢餓、保健、教育、ジェンダー、水、エネルギーなど多岐にわたるテーマを含んでいる。環境やジェンダーに関わることと勘違いする人が出現するのは、テレビでそのテーマばかりを何度も長時間、放送されている影響も大きいだろう。ところが、重要テーマとして繰り返し採用されているにも関わらず、テレビのニュースや制作現場ではしらけたムードが漂っているという。ライターの宮添優氏が、なぜそのような矛盾が生じているのかをレポートする。 * * * よりよい世界を目指す「持続可能な開発目標」を進めていこうという世界的な取り組み「SDGs」という言葉を、テレビで聞かない日はない。ニュースやワイドショーといった報道・情報番組はもちろん、ゴールデン帯のバラエティ番組などでも「SDGs」が取り上げられている。 いずれも、世界中の人々が人間らしく生きる未来を切り開くには欠かせないものということで、ある意味「ゴリ押し」であっても、正面切って異論を唱える人はほとんどいないだろう。だが、連日のように言い聞かせられると、反対なわけではないけれど、ウンザリする人たちも出てくるというもの。ネット上ではSDGsは「マスゴミ」による一種の宣伝だ、といった指摘もあるが、ではそのメディア関係者はどう感じているのだろうか。「ニュース番組、情報番組でも色々取り上げていますがね、はっきり言って数字(視聴率)はついてきません。それでも各社、どこもかなり力を入れてやっていますので、それなりに尺(放送時間)は取らざるをえなくなっている」 数字がついてこないテーマを取り上げ続けねばならない苦しい実情を訴えるのは、在京民放X局の情報番組ディレクター・齋藤優氏(仮名・40代)。それでも「SDGs」について扱うのは、会社としての決定があるからだと、いまの状況を分析した自論を展開する。「この流れは国が決めたことですからね。当然、大メディアである我が社の社長や役員も旗振り役に加わっていて、トップダウンでネタが降りてくる。これまでもそういうことはあって、いわゆる『ゼヒモノ』と言われるテーマです。普通は、世の中で話題になっているとか、関心が集まっていることが、そのテーマを取り上げるかどうかにおいては大きな判断材料となるのですが、ゼヒモノとなると、そういう実態がなくても取り上げなければいけない。上司の機嫌取りのため、実績作りのために無理やり企画をねじ込む、なんてことも」(齋藤氏)「ゼヒモノ」とは通常、会社が企画に参加しているイベントや、出資している映画の公開日にあわせてニュースとして取り上げるときに使われてきた言葉だ。露出したい時期がきまっていて、それを過ぎたら無理にでも取り上げなければならないものではない。ところが、SDGsについては、○月○日までといった期限が事実上なく、ずっと重要テーマとして取り扱わねばならないのだ。それが「数字が取れない」テーマであるにも関わらずというのが、事態をさらにややこしくさせている。 番組ディレクターにとって、自身の担当コーナーの数字が下がる、というのは死活問題だ。当然、数字が下がりそうなネタは扱いたくないというのが本音だが、「SDGs」などのトップダウンネタは、数字が取れなくてもやるしかない。そして、対外的な実績にはならないにしても、ゼヒモノを受け持つことで上司の覚えがめでたくなる……そんな思惑もあるのだと悲しげな笑みを浮かべる。 別の在京民放Y局で営業を担当する森本冬実さん(仮名・30代)にも、「SDGs」に関連するさまざまな企画などの話が持ち込まれているというが、その取り扱いには苦慮している。「マスコミだけでなく、各社さんが関連の企画をたくさん打ち出しておられますが、それはある程度の予算がつけられているからだと思います。大手企業ほどSDGsには敏感でなければいけないという空気があり、採算度外視でお金を使ってやる。でも、そこまでしても、消費者に影響を及ぼしているかといえば、どうなんでしょうか。ネタの供給量と需要のバランスがおかしく、ちょっと無理やりだなあと思うことは少なくないです」(森本さん) 在京キー局の子会社社員で、SDGs関連のニュースを数多く手掛けてきたという、人気情報番組の現役ディレクター・小泉敦氏(仮名・30代)が、投げやりに言い放つ。「SDGs関連を一生懸命やってるのは、大社員様ばかり。少数者、弱者の立場や権利向上をというのなら、俺たち外部スタッフの給与を少しでも上げてくれといいたいね(笑)。大手マスコミも経営状況が悪く、現場から人は切られる一方。若い奴は辞めていくし忙しくなる一方で、社員に言われてSDGsをとりあげるけど、どこが持続可能なんだよって思いますよ」(小泉さん) SDGsには17項目の具体的な目標があり、目標1などは「貧困」と名付けられ、「あらゆる場所あらゆる形態の貧困を終わらせる」とある。目標8は「経済成長と雇用」で、「すべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用を促進する」だ。SDGsの意義や重要性と説くならば、目標の一部項目ばかりを取り上げるのではなく、まんべんなく対象にするべきではないのか。 改めていうが「SDGs」で設定された目標は、世界の未来のためにはとても重要で、尊いものであることは間違いない。ただ、ここで紹介した現状がある以上、その理念が正しく共有されないだけでなく、一部の人たちのエゴとなり、また一部の人たちに目には「偽善」に写り、結局救われるべき少数者、弱者は置いてけぼりにされるのか。
2022.01.24 16:00
NEWSポストセブン
港に積まれたコンテナの山(イメージ)
なぜポテトはSのままなのか 日本の港がコンテナ船にスルーされる現実も
 ハンバーグレストランの「びっくりドンキー」が、全国の店舗でフライドポテトなど輸入品を使ったメニューの販売を休止すると発表した。12月24日から一部店舗ですでに販売休止していたが、全店舗に拡大することとなった。休止の理由として、新型コロナウイルスの影響で物流網が世界的に混乱、コンテナを輸送する船を確保できなかったことをあげている。俳人で著作家の日野百草氏が、世界の主要港から転落して久しいコンテナ不足の現場をたずねた。 * * *「これでも昔に比べれば少ないですよ、簡単に(向こうの)海が見えるでしょう」 東京港のコンテナ埠頭、時おりジョギングやサイクリングの人が通りかかる以外は関係者ばかり。日本を支える玄関口のひとつである。コンテナ不足で世界的な混乱となっているがコンテナはそれなりに積まれているように見える。カラフルで眺めていると楽しい。「いや少ないです。キャンセルが多いですね、船が入らなかったとか」 停車中のトレーラーヘッドに乗ったまま休憩中だというドライバーが語る。キャンセルとは船便が来なくなったことを意味する。遅延であれコンテナ船そのもののキャンセルであれ、買い負け以上に深刻なコンテナの「取り負け」はあらゆる日本の食材や資源、部品調達に影響を及ぼしている。彼もまたベテランだそうだが、昔はもっと活気があったという。「昔と言っても30年くらいですね、もっとすごかった。世界の中心って感じですね」 とても良い例え、「世界の中心」という言葉をいただいた。そうだ、日本はたしかに「世界の中心」であった。日本の港は「世界中のものが集まる」場所だった。いまも変わらずそうであるように錯覚してしまうが、本質のところでは大きく変わろうとしている。ついに日常生活でそれを感じるまでに至ってしまった。日本の港なんて世界20位にも入っていない「港、思ったより小さかったでしょ」 コンテナ港に行ったことを食料商社の商社マンにメールすると日本の港について教えてくれた。今年に入っても大型コンテナ船のキャンセル、遅延が続く厳しい情勢だという。「東京港は大井の他にもいくつかありますけど、どれも小さな港でよくやってますよ」 規模だけではないのかもしれないが、日本の港がいつの間にか世界から置いてきぼりを食らっていることは数字が証明していた。貿易戦争の拠点のはずなのに。「日本の港は20位以内にも入ってません。これ、もっと知られていいと思うんですけど」 国土交通省の『世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング』によれば1980年に神戸港が4位、横浜港が13位、東京港が18位だったのが2019年にはすべて圏外、つまり「世界的な港」というのが日本から消えて久しいということだ。出貨と入貨(輸移出入)の合計値だが、他の基準でも上位に日本の港は登場しない。ちなみに2019年は東京港39位、横浜港61位、神戸港67位、名古屋港68位、大阪港80位である。正直、筆者の記憶にあった「世界の中心」日本という国の順位とは遠くかけ離れている。「2020年なんてコロナ禍でさらに差がついてます。経済回したほうが勝ちなんです」 興味深いので電話に切り替えて資料をあたる。中国、本当に凄い。国土交通省の2020年速報値では1位上海、2位シンガポール、3位寧波(舟山)、4位深セン、5位広州、6位青島、7位釜山、8位天津、9位香港、10位がロサンゼルス(ロングビーチ)と世界の上位10位の中に中国の港が7つも入っている。現代の太平洋の主要港は中国と、シンガポールと韓国、そしてアメリカが握っているということだ。「だからアメリカと中国の間だけで運びたがるわけです。気軽に日本に寄ってもらうなんて昔の話ですよ、向こうからすれば日本に寄るのは割に合わないですからね」 筆者はこれまでも日本の「食の安全保障」について『憂国の商社マンが明かす「日本、買い負け」の現実 肉も魚も油も豆も中国に流れる』『商社マンが明かす世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も』で書いてきたが、こうした生活の実感として明確な事態と数字に対し、あまりに無頓着過ぎたのでは、という思いからである。「貿易は戦争ですからね、北東アジアのハブ港という立ち位置の韓国と、東南アジアのハブ港として圧倒的なシンガポール、両者は見越していたということですよ」 ほぼ世界の上位を占める中国の港とともに両港の存在は圧倒的だ。とくに韓国の釜山港は国家プロジェクトとして「北東アジアのハブ港」を目指した。日本のいわゆる京浜港(東京、横浜、川崎)、阪神港(神戸、大阪)に伊勢湾(名古屋港、四日市港)を足してもかなわない。それにしてもこの10年、日本は「気づいたら敗北」が多すぎる。「関税はかからないし、港は大きくて気兼ねなくコンテナが寄れる。中国と陸続きの地勢的な有利さもありますけど、ハブ港を作れば寄ってもらえるって賢く立ち回る小国ならではの発想ですよね」 確かに、関税も掛からない巨大で至便な港があれば寄るだろうし、韓国やシンガポールとしても大国ではない自分たちの国に物が届く「寄るメリット」としてハブ港はうってつけだったのだろう。日本も「スーパー中枢港湾」「国際コンテナ戦略港湾」として2000年前後から取り組んで来たが、先のランキングや数字が示すとおりの「敗北」である。「日本のロジスティクスは東南アジアより遅れてます。なんでこうも輸送を大事にしてこなかったのか」気づいたら敗北 もっともな話で、先ほどから中国、シンガポール、韓国の話ばかりだが日本の港なんて国内1位の京浜港(東京、横浜、川崎)ですらマレーシアのポートケランやタンジュンペレパスに及ばない。タイのレムチャバンやベトナムのホーチミンくらいの取り引き規模である。旧来の先進国でもアメリカのロングビーチ(10位)とニューヨーク(20位)、オランダのロッテルダム(11位)、ベルギーのアントワープ(14位)、ドイツのハンブルグ(19位)と以前ほどではないにせよ世界貿易港としての地位を守っている。海に囲まれ港湾こそ命綱の日本のはずが完全に蚊帳の外だ。「マリコン(港湾土木)を食わせるためだけの港とローカルな利権だけでやってきた結果です。港がしょぼくても金持ってる国なら来るだろうって、関わった老人は反省すべきですよ」 なにもかも遅れ始めた日本、さきほど筆者が言及した「気づいたら敗北」は間違いなく30年間賃金の上がらない日本における国家規模の「病(やまい)」だろう。かつて日本という国は優秀で世界的なランキングでは当たり前のように上位だったが、いまや「日本とアジア」ではなく「アジアの中の日本」になりつつある。まして食料自給率は37%(カロリーベース)、67%(生産額ベース)と、いずれにせよアメリカやカナダ、オーストラリアはもちろんフランス、イギリスには及ばない。他人に食を委ねている。「貿易は戦争です。安全保障です。円安容認も買い負けもそうですが、資源のない島国なのに肝心の港が立ち遅れている、取り残されているというのは大問題ですよ」 たびたび言及しているように、いまや中国とアメリカのドル箱航路以外は金を積まないと貨物船に寄っては貰えない事例が多発、日本国内の特定輸入品の品薄と値上がりの要因ともなっている。おかげで貨物機の取り扱いが増えているが運べる量には限界がある。そもそも日本の国際空港のしょぼさは港の比ではない。「十分な金を払えば寄ってくれますけど、米中ルートに割り込むだけの予算はどこも難しいですね。日本に寄ることはロスでしかありませんから。円安ですし、価格に転嫁しづらい国ですから」 メリットが無ければ取り引きの少ない日本の港になんか寄らない。ただでさえ貴重なコンテナがもったいない。面倒で安い荷主のために寄るくらいなら空コンテナのままアメリカなり、中国に引き返したほうが面倒はないし金になる。いまや日本航路は現場や個々の事情にもよるが、おおよそその程度の扱いでしかない。海運こそ生命線なのに。何度でも書くが貿易は戦争であり、港もまた戦場なのだ。「マクドナルドに限った話ではありませんがね、あれだけの巨大企業でもうまく回せないのが(現代の)コンテナ物流です。まして日本向け、当分ポテトはSのままですね」 筆者が聞きたかったマクドナルトの話を絡めてくれたが、2021年末のポテト(M・L)休止騒動も冷めやらぬ中、再びフライドポテトは約2900店舗でSサイズのみ提供に追い込まれた。この取材の直後、短期間とはいえハッシュポテトも休止だという。カナダの水害による港の混乱に人手不足とコンテナ不足でまともに船が出られない。コンテナ船があってもコンテナが足りない上に港湾作業員もコロナと人手不足による他業種との奪い合いで足りなくなっている。空輸で一時的にしのいだが、あくまで限定的な処置、長期化するとなれば今回のように一ヶ月の休止(予定)もやむを得ないということか。「マックとは別の話ですが、コンテナ船が港に入れないで一週間も洋上待機とかあります」 マクドナルドに限らず輸入関連はみな輸送費の高騰と混乱、それによるコンテナの「取り負け」に苦戦している。サントリーもまたワインの一部ブランドの販売休止を決め、その理由を明確に「コンテナ不足」による輸入ストップだと認めた。輸入関連の部品や小物も昨年から物にもよるが入ってこない事態に陥っている。まだ特定分野ごとの話になっているが、食料のみならず半導体や燃料、飼料といった広範囲に影響を与える輸入品の場合は限定的では済まなくなる。そしてあらゆる商材はいずれ輸送価格、他国に買い勝ちするためにさらなる価格の高騰は避けられない。結局のところ、過度の「安さ」は世界的にも曲がり角に来ているということだ。日本の「激安」はいまや社会悪と言ってもいい。 コンテナ、この何の変哲もない箱、しかしこの箱の一つ一つが私たちの生活を、命を支えている、まさに命の箱だ。そしてこの命の箱を日本は取り負けている。殺風景なこの貨物港、これもまた私たちの運命を握っている。中国や韓国が国策で大型港、ハブ港を整備している間にこの国は何をしてきたのか――いや、何かはしてきたはずだ。それは知っている。しかし現実は残酷だ。 脆弱な港湾政策、コンテナ船にスルーされる日本の港もまた、買い負け、取り負けの要因であり、いままさに食の安全保障の危機をはらんでいる。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)ジャーナリスト、著述家、俳人。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題や生命倫理の他、日本のロジスティクスに関するルポルタージュも手掛ける。
2022.01.18 16:00
NEWSポストセブン
百貨店従業員の胸には名札。店員名札に画像処理(イメージ、時事通信フォト)
接客業の名札は本名であるべきなのか 好きな名前選ばせるコンビニもある
 カスタマー(顧客)から受ける嫌がらせや過度なクレームであるカスタマーハラスメントを略した「カスハラ」について、小売・サービス業で働く5人に1人が受けたことがあるという調査結果がある(2020年、UAEゼンセン調査)。そのとき、従業員がつけている「名札」が悪用されることが少なくない。著作家で俳人の日野百草氏が、接客業の「名札」は果たして必要なのか、とくにアルバイト従業員は本名を示さねばならないのかについて実態と本音をレポートする。 * * *「店員に本名の名札って必要ですかね」 関東のスーパーマーケット、帰省ついでに旧知の男性店員と話し込むうちSNSの話になる。すると必然的に出てくるプライバシーの問題、多くの一般客は胸に店員の名前の入った名札があること、それが本名であることを当たり前のように思っているが、これが長年の接客業界の悩みのタネとなって久しい。すべての店員が本名を晒す必要はあるのか、と。「私は必要ないと思うんですど、うちは本名なんですよ。信用がどうこうって古いんです。パートやアルバイトの女性の中には嫌がる人もいるのでなんとかしたいんですけど」 店員に名札をつけるか、それを本名にするかは業種や経営者によってまちまちだ。たとえばバスやタクシーのドライバーなどは旅客自動車運送事業運輸規則で本名表記が定められている。タクシードライバーの中には「名前を憶えてもらって指名につなげる」という人もいる。一部の宅配便はトラックの後ろに配達員の本名が記載されている。「あれが嫌だからやらない」という軽貨物の配達員もいるが、すべては法令および「信用」を重要視しているのだろう。ただ車内掲示のバスやタクシーと違い宅配便は車外掲示で街中に名前を晒しまわっているようなもの、嫌がる配達員がいる気持ちもわかる。「似たようなものです。スーパーやコンビニのアルバイトで本名出す必要ありますかね、管理者や正社員ならともかく、名前を憶えてもらっても多くはアルバイトやパートですよ。だから責任は低いとか、それで仕事の手を抜くとかじゃないですけど、昔と違いますからね」 彼は正社員、まして管理職で名前を出すのは仕方がないと語る。現にこの店では店長や精肉、鮮魚の長は顔写真入りで店内に掲示されている。責任者であり、店の信用を考えればそれは仕方がない。しかし、アルバイトやパートまで本名を晒すというのはどうだろうか。この店では早朝や深夜の品出しのみの時短勤務のアルバイトまで、簡易な手書きとはいえ本名でなければならないという。とくに地方にこうした店は多いが、その意味は果たしてあるのか。昔は本名だったけど、いまは色々あるから 筆者は日を変えて都内下町のコンビニ、旧知のオーナー店長に話を聞く。「名前か、うちは好きな名前でいいってことにしてるよ。昔は本名だったけど、いまは色々あるからね」 もちろんコンビニチェーンや直営、フランチャイズなどで対応は変わるのだろうが、ここでは名前を好きに決めていいという。「よっぽど変な名前じゃなきゃいいよ。『たなか』とか『やまだ』とか、好きなの選んでかまわない。本名でも止めはしないけど、変わった名前だと憶えられちゃうし、言っちゃなんだがコンビニのバイトでそこまで個人を晒す必要ないでしょう」 相変わらずぶっきらぼうだが優しいオーナー店長、日本で一番多い名字とするなら「さとう」だろうか。それならいっそ、名札なんかなくしてしまえばいいのでは。「いや、名札がないとうるさいのがいるんだよ、『誰なんだあいつは』なんて文句を言ってくる。だからとりあえずつける感じだね」 今度は都内有数の歓楽街のコンビニ、こちらは外国人の店員も多い。見ればこちらは写真入りだ。日本人スタッフに話を伺う。「うちは決められてます。(バイトに)入りたてはとりあえずの名札ですが、あとで本部からバーコード入りの写真と名前の入った名札が届きます」 決められているなら仕方のない話だが、場所柄もあるし嫌がるスタッフもいそうだ。「そういう人はうちでバイトしようと思わないでしょう。店のスタッフを実際に見て、写真と実名の名札だってわかりますから」 そうした名札の店であることはスタッフを見ればわかる話で、この店では本名の名札をつける、つけないで問題になったことはないそうだ。「ただ絡まれることは実際ありますね。気に入らないとか」 聞けば「名前憶えたからな」と言われることもあるとのことで、店先で待ち伏せでもされたら堪らない。「あと、別の意味で絡まれることもありますね。気に入ったとか」 その逆もしかりで、とくに女性スタッフは「○○ちゃん付き合って」などの軽口はもちろん、これまた別の意味での待ち伏せもされたという。「個人的にはアルバイトの写真や本名なんて必要ないと思うのですが、やはり信用という点でやめられないみたいです」 ここでも「信用」という話が出たが、写真と本名の名札掲示と信用は、コンビニスタッフの信用を担保するものなのか。「いや関係ないでしょう。制服を着てレジに入っていれば店員ですし、普通は名前なんか気にして買いませんよ。コンビニですからね、ちょっと買って出るだけなわけで。むしろ(コンビニ店員の)名前を憶える、知りたがるお客さんって、申し訳ない言い方かもしれませんが特殊な例だと思います」スマホで撮影 『憶えてろよ』と言われた 普段からコンビニ店員の名前をいちいち確認して、まして憶える客なんて相当に「特殊な例」であり「特殊な客」である。しかしこの名前、本名が長らく他人に悪用され、よからぬ客にだけ好き勝手に使われている。複数の元コンビニの女性アルバイトに話を聞いた。以下の証言はそれぞれ別の証言である。「珍しい名前なのでネットで検索されました。中高と本格的にスポーツをしていたので当時の記録が出るんです。『凄いね○○ちゃん、○○(競技名)で○○(大会名)出るなんて』と会話のきっかけにされました」 その中年男性に執拗につきまとわれ、バイトは辞めたという。10代の時の競技写真がネットに掲示されていたこと、ユニフォームの際どさ云々の話をされてゾッとしたという。「私は本名をネットに書き込まれました。誰がやったのかもわからないし本当に怖いです」 地域に特化した日本最大級、を謳う匿名掲示板が晒しの場になっているという。例のごとく管理はずさん、弁護士を立てて開示請求も金銭的には割に合わない。本名を晒され、場合によってはアーカイブ化されて永遠に残る。名札で言えば一昔前は小学生も堂々と住所や電話番号まで書いてある名札で登下校していた。地方ではいまだに残っているらしく、佐賀県では2021年、小学生女児の登下校写真を名札入りで「同好」の集う匿名サイトに投稿し続けていた男が逮捕された。子供を守るために子供が晒されるのでは本末転倒、店員もまたしかりである。「やっぱりネットに晒されるのが怖いです。さっとスマホを出されて写真撮られて『憶えてろよ』と言われたときは本当に怖かったです」 これはコロナ前の話ということで、現在はほとんどのコンビニが遮蔽カーテンを設置しているのでこうした撮影は難しくなったかもしれない。それでもこれは冒頭のスーパーの話だが、品出し中に何の目的か撮影されたりもあるという。被害者はすべて若い女性店員。これを踏まえて都下のベテランコンビニ店長兼オーナーの談。「店長は仕方ないけど、バイトに本名(の名札)なんていりませんよ。いまだにやってるとこは考え方が古いと思います。不特定多数と短い間のやりとり、会計するだけの関係にそこまでいらないでしょう。そもそもレシートに名前が出るのですから」 なるほどコンビニでは会計を担当したスタッフの名前が出る(業態や店による。番号の場合も)ことが多い。これもまた悪用されるらしく、今回の本旨ではないので割愛するが番号でいい気がする。警察官などは胸に識別章がついていて、あのアルファベットと数字の組み合わせで特定できるようになっている(署の事務方や免許センターの警官などは本名の名札の場合も)。警察官すら捜査上の問題とはいえ番号なわけで、そこまでしてアルバイトに本名の名札という過剰な「信用」の責を負わせる必要があるのだろうか。「うちも自分で(好きな名前を)選んでもらってますよ。外国人スタッフもいるのでこちらから名づけたりはしません」 この店は先の下町のコンビニオーナー同様に本部の了解のもと偽名(ニックネーム)を許可しているという。外国人も同様で、その配慮は大事だろう。他者からのニックネームはセンシティブな問題で国籍や人種の差別につながる可能性がある。自分で日本人名を名乗りたいならともかく、外国人スタッフに日本人名をつけるケースなど大変危険だ。ちなみにベトナムのアルバイトスタッフは全員「ぐえん」と名乗るとのこと。ベトナムは半分近くの名字が「グエン」なのでこの点は便利だ。先の「さとう」とか「すずき」のようなものか。ニックネームで何の問題もない「一度名札が廃止されたんですけど、クレームで結局、元に戻りました」 こちらは飲食ではない販売店スタッフの話だが、上層部の英断で名札そのものを廃止したという。同じような取り組みは大手飲食チェーンでも行われたことがあるが、筆者が確認した限り結局元に戻った様子、この販売店スタッフの店舗もまた同じように戻ったという。原因はやはりクレーム。「名前を出さないのは卑怯というお客さんもいました。正直、わけがわかりません」 なんだかSNSみたいだが、本部にチクるにしろ、ネットで晒すにしろ店員の本名が欲しいということか。あくまで一時の店員と客という関係でしかないのに。客が店員に「名前を呼んでお礼を言いたい」というケース(高齢者に多いとのこと)も別に本名である必然性はまったくない。「みんなニックネームですよ、それで何の問題もありません」 ターミナル駅のおしゃれな飲食店はニックネームでみな可愛らしい名前がついている。メイド喫茶やコンカフェなどの源氏名と同じだろう。スタッフによればやはりプライバシーの問題とのこと、またスタッフに若い女性が多いこともあって店舗管理者以外はニックネームだという。業種や立場にもよるが、これで問題ないのでは。万が一のときはそれこそ店長や管理スタッフが出ればいいだけだ。コーヒーチェーン店のスターバックスなどはいち早く希望者には名札にニックネームを認めている。 本名を書いた名札を掲示することで仕事の責任感を持たせる意味や、客に信頼感を与える意味で常態化してきた店員の名札と本名表記、ネットで名前が検索できたり他者がその本名を書き込めたりする現代、この商慣習も社会全体で見直す機会が来ているのかもしれない。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)ジャーナリスト、著述家、俳人。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。著書に『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)他。
2022.01.11 16:00
NEWSポストセブン
東京湾をゆくコンテナ船。新型コロナウイルスの世界的流行が始まって以降、世界でコンテナの奪い合いが起きている(AFP=時事)
商社マンが明かす世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も
 日本は70年以上も戦争と関わらずにきたはずだった。しかしその日本がいま、世界で激しい「食料戦争」の渦中にある。俳人で著作家の日野百草氏が、「国の通貨が安いまま戦うのは厳しい」と焦る商社マンに、牛肉を中心とした日本の「買い負け」事情を聞いた。 * * *「どこより高い金を出せば買えますよ、ただ買い負けているだけです」 食品専門商社のA氏(40代)に話を伺う。以前、彼がこの国の食料問題に対する危機感を訴えた『憂国の商社マンが明かす「日本、買い負け」の現実 肉も魚も油も豆も中国に流れる』は思わぬ反響を呼んだ。筆者もそこまでとは思っていなかったのだが、現実に食肉や魚介類に次々と値上げ、不足のニュースが続いている。ただ一人の話だが、その一人の肌感は現に日本の危機を象徴している。多くの他国と「戦う」企業戦士も同様だろう。「それと船ですね。こちらは取り負け、日本に寄ってもらえない」 その食料を運ぶコンテナ船もコンテナそのものも不足している。食料争奪戦が「戦争」だとしたら、いまはまさに「戦時下」だ。「値上げはさらに続くでしょう。いつ相場(食肉、穀物)が落ち着くかわからない」 個別の値上げを見れば、魚介類でいえばウニ、イクラ、タラバガニ、ズワイガニ、数の子など、いずれも最高値かそれに近い値上がりを記録している。大手鮮魚専門店のスタッフいわく「あるだけマシ」とのことで、値段は高くても手に入れば御の字だという。「魚介は高くてよければ国内産でリカバリーできます。でも肉や穀物は厳しい」 日本の食料自給率(カロリーベース)は本当に低い。コロナ前の2018年の農水省データでアメリカ132%、フランス125%、ドイツ86%、イギリス65%、イタリア60%に対して日本は37%。1980年代までは50%以上を維持してきたのに30年間ずっと低水準、30年間変わらない日本の平均賃金と同じ様相だ。「フランスは自給率を上げるために努力してきましたからね。食料を掴まれるのは命を握られるのと同じって連中はわかっているのでしょう。私も同じ考えです」必要なところに必要十分な金を払う中国 この国の自給率は保守・革新関係なく「食の安全保障」を先送りした結果だ。それがコロナ禍はもちろん、名実ともに大国となった中国の徹底した「食の確保」によって露呈した。いまから約四半世紀前、『Who will feed China?』(だれが中国を養うのか?)という本がレスター・R・ブラウンによって書かれたが、彼の仮説であった中国人が豊かになり、世界中の肉や穀物を先進国同様に欲するという未来は現実となった。 ただし彼の「中国はそれで飢える」という予測は違った。誰より高く大量に買えばいいのだ。それを実現するため中国は時として途上国として振る舞い、下げたくない頭を下げて日本や欧米の会社の下請けとなった。そして「技術を教えてください老師(先生、の意味)」とこれまた下げたくない頭を下げて技術を蓄積した。いまや中国が日本に教わる技術などたかが知れている。中国は1996年に江沢民指導下で第九次五カ年計画を決定、長期目標として「2010年に経済大国となる」と掲げた。目標通り、その2010年に中国は日本のGDPを抜いて世界第2位となった。「(食料が)3億トン足りなくなるとか言われてましたが、中国はそれを見越して何十年もかけて国家レベルで取り組んだわけです。まあ、手を貸したのは日本ですけど」 1995年は日本の対中直接投資が最大になった年でもある。合弁企業を作り技術の「教え」の代わりに安価な労働力を求めた。日本国内の工場を閉鎖、新卒採用もせずに現地で中国人を大量に雇った。中国も1990年代はまだ企業メカニズムが未成熟で国有企業の赤字は増大する一方だったが、その日本の「教え」の蓄積で世界的企業をいくつも作り上げた。そうして三洋電機はハイアール(海爾集団)やアクアとなり、東芝の家電事業はマイディア(美的集団)傘下の東芝ライフスタイル、NECや富士通のパソコン部門はレノボ(聯想集団)の傘下となった。例を上げると切りがないが、とにかく中国が食料を「買い勝ち」できるのは今や日本と逆転した圧倒的な国力の差である。「気に入らないけど認めざるを得ません。彼らは必要なところに必要十分な金を払います。シンプルなんです。欲しいのですから、うるさいことを言わずに欲しがるだけの金を積めばいい、本当にシンプルです」 現在の中国はその「シンプル」が結果として現れている。合理的というべきか。悔しければ日本がかつてそうしたように金を積めば済む話だが、激安国家日本でそれは無理な話、円安もあり買い負けるしかないのが現実だ。アメリカ−中国航路がドル箱。日本の港に寄るのは無駄 2021年12月、日本ハム、伊藤ハム、プリマハムの食肉加工大手はついに値上げを発表した。そしてはっきりと幹部は「買い負け」を認めている。食肉に限らずあらゆる海外依存は「買い負け」だ。アメリカやEUはもちろん、とくに中国に勝てない。「中国に勝つなんて冗談、現場で買いつけていればその強さはわかりますよ。私の入社したころに比べて日本は弱くなったなあと感じます。むしろ競争相手は東南アジアや南米です」 もちろん今回の話は「食料に限れば」という前提だが、日本の現状はいかにこの両大国の「余りもの」を分けてもらうか、「取りこぼし」を狙うか、と言っても過言ではない。それは半導体や建材、樹脂など他の「買い負け」と同様である。「それぞれの国にも国内消費分がありますから全部売るわけにもいきません。その輸出分がアメリカや中国に取られるとなれば余り分を狙って調達するとか、金を出せない分いろいろ手は使います。各国の取り決めも違いますから一概には言えないのですが」 彼の言う通り、この話は非常に煩雑で個々別の品目や国情、時事に左右されるため「必ず」は存在しない。バイヤーの動向なども含め個々の細かい話は端折るが、あくまで「買い負け」の一点で話を聞いている。その買い負けの代表格、牛肉でみると中国はブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなど南米の他にニュージーランド、直近ではアメリカからも輸入を強化している。南米は中国の牛肉輸入の生命線で近年はチリやコスタリカからも輸入している。 もちろん中国にも大規模な牛の肥育施設は存在するし、広大な土地を生かした繁殖農家も存在する。古く中国は文化的にも牛肉をほとんど食べなかったため、出回る牛肉といえば農耕などに使い終えた廃用牛が多かった。それが、国民が豊かになると牛肉を食べるようになり、飼育コストや輸送コストも上がったために輸入に頼るようになった。「冷蔵、冷凍の牛肉はもちろん、生体で運ぶ分もあります。一度に船だと2000頭くらい、飛行機で400頭は運べますね。生体牛は中国国内で屠畜するんですが、需給バランスの難しい冷凍牛肉より生体のほうが自国で解体できますから、しばらく飼ったり屠場に送ったりの需給調整がきくんでしょうね。広大な国土、鮮度も重要ですし」 肉はみんな冷凍や冷蔵で加工されて運ばれてくるイメージがあるが、実際は生体、要するに生きたまま船や飛行機で運ぶケースも多く、世界では年間500万頭近くの牛が海や空で生きたまま運ばれ食卓に並ぶ。牛の生体そのものの輸入量は中国に比べて少ないが日本も例外ではない。何気なく食べているどんな食べ物も市場という戦場で買い勝った戦利品だ。 その戦場で「何でも食べちゃう」14億人の大国、中国が猛威を奮っている。それも20世紀の中国と違い、政治力と軍事力はもちろん潤沢な資金を背景に世界中から買い漁っている。肉も魚も油も豆などの食材だけではなく半導体、建材からウレタン、ゴム、プラスチックなどありとあらゆる素材やその原料まで「買い勝ち」している。「他にはアメリカですね。中国に負けじと買い漁って覇権を争ってます。このアメリカと中国の航路がドル箱路線で船がそのルートしか通りたがらない。これからもっとひどくなるでしょう。日本の港に寄るのは無駄と言われかねません」 まさに世界は食料戦争という戦時下、日本人にその自覚はあるのだろうか。日本の買い負けは悪しき円安のせい この原油高と需要増大の中、海運会社、とくに利幅の小さい海上コンテナ輸送は効率よく稼ぐしかない。日本はすでにこのコンテナ船事業という海運そのものには敗北(ロジスティクスによる敗北は日本の伝統芸)したため、現在の日の丸コンテナ輸送はONEジャパン1社と中小のわずかな船会社しか生き残っていない。天然資源はもちろん日本は何もかも他国頼み、大量消費と飽食を謳歌してきた数十年ばかりの繁栄は砂上の楼閣だったということか。それにしても改めて現場の声として聞きたい。この買い負けの原因はなにか。大まかで構わないので教えて欲しい。「まず日本人が商売相手としては面倒くさいってことですね。欲しがるくせに金をケチる。どれだけ値下げできるか、この価格内でなるべく多く売ってくれって要求が度を越してます。これは輸入業者に限らず日本のどんな産業だって、企業人として働いていれば感じることだと思いますよ。おまけにちょっとでも売り主、製造側に瑕疵があれば報告書を出せ、改善計画書を出せって居丈高に要求する。日本人でもうんざりします」 この報告書、改善計画書というのは本当に曲者で、大事なことかもしれないが度を越すと難癖、クレーマーになる。それも社内でやる分には勝手にすればいいが、取り引き先相手に要求するとなると他国では煙たがられることが多い。「それも含めた過度の品質要求ですね。この場合は輸入材の瑕疵や輸送の遅れとかですね。日本人は完璧にしろ、時間は守れと言いますが多くの国はそうではありません。日本人の感覚や都合を押しつけてもこれまた相手はうんざりします」 品質管理とクオリティの高さは衛生用品や自動車などを中心に消費者の信用を得ているが、時として過剰品質になりかねない。食肉についていえば日本は「この部位だけ切り分けろ」「形を均等にしろ」「色をよくしろ」と要求し、食べるに支障のない、おそらくエンドユーザーも大半は気にしないであろう部分まで要求する。中国は「なんでもいいからちょうだい」とうるさいことを言わない上に日本より金を出す。まして牛肉は内蔵どころか、近ごろは廃棄することが増えている皮などの部位まで持っていってくれる。売る側がどちらを選ぶかは自明の理である。「物流だってそうです。安くてうるさい日本の荷主なんか相手にしたくない」 相手がしぶしぶでも動いていたのは日本の金払いがよかったからであって、買い負ける、取り負けるということは金払いが悪くてうるさいから。他にもっと金を払うクライアントがいるからそちらへなびく。いたってシンプルな構図である。「それにコンテナ不足で船は取れても運べない。コロナはもちろん自然災害でダメージを受けるのが物流です。マクドナルドもそれですね」 日本マクドナルドは2021年12月、カナダの水害により港が混乱、コンテナも足りず加工ジャガイモが運べなくなったとして「マックフライポテト」のMサイズとLサイズをしばらく休止した。ごく短期間だが世間の衝撃は大きかった。当たり前に食べられたものが食べられない(実際はSサイズで食べられるのだが)、その実体以上のインパクトがあったのかもしれない。MサイズとLサイズ販売の最終日には行列ができた。漠然とした不安感がわけのわからない行動に走らせる。それほどまでに食の影響とは恐ろしいものなのだ。人間の動物としての本能を喚起する。「さすがにマックは今後対策するでしょうけど、2022年からはこうしたことがあらゆる食の現場に起きるでしょうね」 実際、ジワジワと食品の価格は上がり、値段据え置きでも中身の減る「ステルス値上げ」も増えている。とくに菓子類、ポテトチップスなどは顕著でちゃんと内容量の表示を見なければ「こんなに少なかったかな」と驚かされる。「でもね、それもこれも日本の買い負けは円安のせいだと思ってます。強い円の力で引っ叩いて買い勝って言うこと聞かせてたのに、いまの日本で通貨が安いって怖いことですよ。通貨の安さにも良し悪しありますから」 日銀の黒田東彦総裁は2021年12月23日、経団連の会合で「円安はメリットが大きい」と語った。どうだろうか、かつては円安のメリットがあったかもしれないが、輸出企業だって結局のところ燃料や原材料、部品の多くは海外から調達しなければ製品を作り輸出できない。そもそも非製造業の大半にとって円安はデメリットのほうが大きい。日本はかつての輸出一辺倒の国ではない。しかし日銀はいまだに円安容認。じつは本稿、この件でA氏が怒って連絡してきたことに端を発している。「いまの円安は悪い円安だと思います。もちろん強い国が自国通貨を操作、調整することはあります。人民元なんてまさにそれです。日本だってかつてはそうでした。でも現在の円安は日本の国力そのままの評価だと思っています」 現場で、現地で買いつけている彼にすれば後ろ盾となる通貨が安いことは不利。多くの日本の一般国民も物価高、まだ一部とはいえ報道される品薄に不安を感じていることだろう。食料の奪い合いも戦争、その戦争の感覚がないのが日本「いま中国は日本の和牛にも目をつけています。とくに富裕層に人気があります。カンボジアもいいけど日本の和牛を食べたいってね」 あまり知られていないが和牛はアメリカ、オーストラリアや東南アジアなど多くの国で生産されている。とくにカンボジアは中国にとって和牛の供給源、金に目のくらんだ徳島県の畜産農家が和牛の精子や受精卵を中国に持ち込んでいた件で2019年に逮捕されたが、いまさらな話でカンボジアの他にベトナムやラオスでも中国主導で和牛の生産が行われている。そもそも技術協力と称して日本人専門家も呼んでいる。すべて金の力だ。「日本で畜産やったって貧乏暮らしですからね、それでもいいって人もいるし儲けてる農家もありますが少数でしょう。365日、休み無く牛の世話して出荷なんて若い人はやりたがらないし、既存の農家は儲かる上に必要とされるなら中国でもどこでも手を貸しますよ。個人の事情ですからね、農家をそうしたのはどこの誰なのかと、そういうことですよ」 日本の畜産農家の戸数は絶望的なまでに減り続けている。農水省によれば肉用牛の飼養戸数は2012年に6万5200戸だったものが2021年には4万2100戸にまで減少している。なんと約10年で三分の一の農家が消えた。幸いにして1戸あたりの飼養頭数は減った分とはいかないまでも増えているが、つまるところ農家1戸あたりの負担は増大している。これは乳牛も豚も鶏も同じ、いや農家というくくりならコメ農家も同様で、高齢化と少子化はもちろん、国内の絶望的な「農業収入だけでは食えない」状態にしてしまった。「食料の奪い合いも戦争なのに戦争の感覚がないのが日本です。他人が売ってくれるのが当たり前と思ってる。安全保障には食料も入ります。その和牛だって飼料は輸入に頼ってるんですから」 先に紹介したフランスは、この食料戦争を見越して自給率を高めるために徹底して農家を保護、改革を繰り返し自給率100%維持し続けている。すでに40年前からこの政策に取り組んできた同国はさすがとしか言いようがないが、取り組んでこなかった日本は日々の食い扶持を他国に委ねたほうが安いからと自給率を下げ続け、旧態依然の政策ままに農家の生活を追い詰め、あらゆる種子や精子を海外に流出させた。「南米では自分たちの食べる牛が無くなって政府があわてて規制しましたが、それでも国内より高く買ってくれるならと中国に売り続けています。日本もそうなりますよ」 日本政府は農林水産物・食品の輸出額を年間1兆円に伸ばす目標を掲げてきたが、2021年12月3日公表の「農林水産物輸出入情報」によれば達成の見通しが立ったという。喜ばしい話だが日本人ではなく他国民を食わせるための輸出というのは国策として正しいのか。「カナダやオーストラリアみたいに売るほど食うものがある国なら農業輸出国もありでしょうが、日本みたいな小規模農業国では危ういと思います。一時的に農家は助かるでしょうが根本的な解決にはならないし、アルゼンチンみたいになったらどうするんですかね」 アルゼンチンは主食の牛肉を中国向けに輸出していたが2021年、中国の牛肉需要の急増により自国で消費する牛肉が高騰、地域によっては出回らなくなる異常事態が起きた。アルゼンチン政府は慌てて牛肉の輸出を30日間停止したが農業関連団体や生産者が反発、それは当然でアルゼンチンの中国向け牛肉輸出は全体の75%にまでおよぶ。金のない自国民より中国に売ったほうが金になるからだ。そうして自国民の主食が不足してしまった。 日本も将来的にそうならない保証はない。牛肉に限った話ではなく、まっすぐなキュウリ、形の均一なトマト、まったく傷のない果物、ちょっと見てくれが悪いだけの魚を排除してきた売り手とそれをエスカレートさせた潔癖な日本の消費者に、生産者が、農家が愛想を尽かしても仕方がない。まして激安まで求める。もやし1円で売ったスーパーが独禁法違反で公正取引委員会から警告を受けたが、その1円にまで下げたコストは誰かが損を被っている。1円もやしに群がる消費者によって被らされている。安売りは構わないが過剰な激安は社会悪だ。「コロナも収束するどころか世界でまた拡大ですからね、困ったことにアメリカと中国で広がり始めてます。私もまた仕事がしづらくなりました。ざまあみろと鬱憤晴らすのも結構ですが、この二大国がコロナまみれで地獄を見るのは日本ですよ」 アメリカと中国はいっそうの食料確保と自国中心主義を貫くだろう。それに追随する資源国や食料輸出国は金のある二大国との取り引きを加速させる。定期コンテナ船のルートは米中に集中し、日本は食料を買い負け、コンテナを取り負け、国内の物価は上がり続ける。30年間平均賃金の上がらない国でこれは確かに地獄だ。数少ない国内農家すら海外輸出に舵を切り出した。1兆円達成の次は5兆円だと農水省も鼻息荒いが、先のアルゼンチンのように国民の食べる分まで回されかねない。 食料の確保と輸送もまた戦争であり、安全保障の要である。軍事では「兵站」だが、日本はかつてこの兵站を軽視して敗北した。優秀な兵器も燃料がなければ鉄の塊、勇敢な兵士も食料がなければポテンシャルを発揮できない。また同じ鐵を踏むのか。「買い負けは戦場で負けたのと同じです。でも国の通貨が安いままで戦え、買い勝て、なんて無理ですよ」 市場は戦場、食料争奪は戦争のたとえは大げさではない。こうした商社マンをはじめとする多くの現場で奮闘する日の丸企業戦士が戦場で負け、その繰り返しの先に待ち受けるのは日本の「第二の敗戦」だ。買い負けを繰り返す中、再びコロナが世界で猛威をふるい始めた2022年、それは将来的な日本の食料危機の端緒となりかねない。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)他。
2022.01.01 16:00
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【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』第1回「内部告発」
【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』第1回「内部告発」
  覆面作家・梶山三郎氏のベストセラー小説『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』は、「小説ではなくノンフィクションなのではないか」と大きな話題になり、経済界を震撼させた。その続編となる第三弾『トヨトミの暗雲』をNEWSポストセブン上で特別公開。今作では巨大自動車メーカー「トヨトミ自動車」の周辺で不正な企みが進んでいるようで……。 * * *突然の訪問者【二〇二一年八月愛知県名古屋市郊外】 朝一番から言い合いになり、「うるせえ、クソ親父」と玄関のドアを乱暴に閉めて高校に出かけていった息子の隼人が、一分も経たないうちにまたドアを開けて戻ってきた。 週明けの朝にその週の昼食代を渡すことになっているのだが、前の週末にコンビニのATMに行ったところ、どういうわけか預金を引き出すことができず、小遣いを渡すことができなかったのが口論の発端だった。反抗期真っ盛りの高校生と父親の男所帯のせいか、最近はちょっとしたことで怒鳴り合いになってしまう。 昨晩から降りはじめた雨は明け方から小降りになっていた。仕事着のツナギに着替えて読みかけの新聞に視線を落としていた塚原保は、おおかた傘でも忘れたのだろうと放っておいたが、隼人がダイニングの入り口から顔を出したため、そちらに目をやった。「おい、外で変な奴らがうろうろしてるぞ」 変な奴らってお客さんじゃないのか、とたずねると「知らねえよ、自分で聞けよ」と、隼人はぶっきらぼうに言い、学生服の肩をいからせてまた出て行った。おおかたクルマの修理か車検の相談だろう。まだ営業時間前だが、個人経営の「塚原カーサービス」はそんなことも言っていられない。塚原は新聞を折りたたんで立ち上がると、息子が玄関を出た先の鉄の外階段をかんかんと駆け下りる不機嫌な音が聞こえた。駆け下りた先の一階が整備工場になっている。 玄関を出てみると、隼人の言ったとおりダークスーツ姿の男が二人、傘もささずに立っていた。彼らは店の前の幹線道路に沿った歩道から、中古車の展示スペースに並んでいるトヨトミ自動車のセダン「フローラ」の中を覗きこんでいた。 こちらに気づいた二人と目が合ったとき、おや、とひっかかるものがあった。こういう仕事をしていると、若い頃のヤンキー気分が抜けないガラの悪い客には慣れっこになる。フローラを覗きこんでいる二人は、一見どこかの勤め人のようだが、ヤンキー上がりの輩の横柄な態度とはまた違う、冷たい威圧感を放っていた。 警戒心を悟られないように顔を伏せながら階段を小走りに降りると、二人もこちらに近づいてきた。雨を避けて整備工場の中に自転車を停めていた隼人が出て行くのと入れ替わるように、敷地内に入ってくる。いらっしゃいませと声をかけると、二人は顔を見合わせる。「塚原保さんでまちがいないですか?」と二人のうち小柄な方がたずねてきた。細かな雨粒に顔をしかめているせいで、切れ長の瞳から放たれる視線が余計に鋭く感じられた。ええ、そうですが、と答える前に、もう一人の長身の方が懐から何かを取り出す。「愛知県警のものです。少しよろしいでしょうか」 塚原カーサービスは、特定の自動車メーカーと販売の独占契約を結んでいない「業販店」である。中古車を売買しつつ、各メーカーの軽自動車などの新車も扱っている。もともと整備工場だったから、車検や修理もやっている。だから日々、車種もメーカーもさまざまなクルマに触れることになる。 うちで扱ったクルマが何か犯罪に使われたか、あるいは犯罪に巻き込まれたのだろう。面倒な一日になりそうだと心を曇らせつつ「私に何か?」とたずねた。二人が塚原を見下すような薄笑いを浮かべたのはほぼ同時だった。「塚原さんね。あなたダメだよ、ヤクザにクルマ売っちゃ。暴力団排除条例、知ってるでしょ?」と小柄の刑事。「ヤ、ヤクザ? 暴力団?」  父親が死んで店を継いだのが十六年前。以来、まっとうな商売をやってきたつもりだ。ヤクザやチンピラがこの店に入り込む余地などない。「クルマを売るときは身元を確認していますが……」「こっちも調べはついてるんでね」小柄な方がもう一人に向けてあごをしゃくる。「ちょっと署のほうでお話をうかがえますかね」大柄の方が言った。「ま、待ってくださいよ、何かのまちがいでしょう。なんだったらうちの顧客のリストを見せますよ」ウソではなかった。しかし、整備工場の脇に建てたプレハブの事務室を指さした塚原を、刑事たちは冷たく鼻で笑った。母屋からは見えないように幹線道路わきの死角に停めていたクルマのほうへ向き直ると、大柄な方が愛想のよい猫なで声を出した。「なに、何事もなければすぐ終わります」 そもそも、自分の店が扱っている中古車や軽自動車と暴力団が結びつかない。彼らが乗るのは、鏡のようにピカピカに磨き上げた黒塗りの高級車じゃないのか。(もしかしたらあのときの。いや、そんなバカな……) ひとことの会話もなく名古屋の中心部へと走る警察のクルマの中で、塚原は今年の春先にあった奇妙な出来事を思い出していた。 嫌な予感がした。「春日組にクルマ売ったよね?」 クルマが向かった先は、近くの「警察署」ではなく、愛知県警本部だった。道中、塚原は、混乱する頭を必死に整理しながらここ最近の仕事を振り返っていたが、思い当たるとすればあのことしかなかった。(それしか考えられない……) 天井の青白い蛍光灯の光が直に当たる古い事務机とパイプ椅子。格子の入った窓の向こうには名古屋城の天守閣が見える。生まれて初めて入った取調室は刑事ドラマで見たまんまだった。ドラマと違いがあるとしたら、刑事たちと自分を隔てるように設置された感染症対策のアクリルボードと消毒用アルコールくらいか。 さて、と前置きして小柄な方の刑事が言った。机のかたわらに立ち、こちらを余裕たっぷりに見下ろしている。「塚原さん。春日組にクルマ売ったよね?」 愛知県内を拠点とする、武闘派で知られる暴力団の名前だ。別名〝殺しの春日〟。向かいの椅子に座った長身の方が、ノートパソコンを開いてこちらが何かしゃべるのを待っていた。うながされるままに話していいのだろうか。 ドラマで「弁護士が来るまで話さない」と開き直る被疑者がいたが、町の小さなクルマ屋に顧問弁護士などいるはずがない。こんなとき、どうすればいいんだろうか。刑事たちは暴力団排除条例がどうとか言っていたが、条例違反は刑事罰の対象なのだろうか。万が一懲役なんてことになったら、息子の将来はどうなるんだろうか。亡くなる前に、まだ小学生だった隼人を案じていた妻の顔が浮かぶ。 いきなり県警本部に連れてこられ、容疑者のような取り調べが始まると、湧き出る不安が新たな不安を呼び込んで、背中に嫌な汗が噴き出てくる。ただ、それよりなにより、こちらが条例違反を犯したと決めつけている刑事たちが怖かった。 いや、絶対俺はやっていない。潔白なのだから、何も臆することはないはずだ。「私は暴力団にクルマを売ったりなどしていません」 二人の刑事が顔を見合わせる。小柄な方が呆れたような顔をして、小脇に挟んでいたファイルを机の上に開いて見せた。「これね、トヨトミの“キング”の注文書と購入契約書。契約者の欄にある新井善治ってのが、春日組の構成員なんですよ。それで、見てよ。販売店は塚原カーサービスになってる。これもね……」 刑事は次々と契約書を机に並べた。キング、クイーン、ゼウス。いずれも、いかにもその筋の人間が好きそうな、迫力のある高級モデルだ。注文書の方にも目を通してみると、車体の色はすべて黒。幹部が座る後部座席をランクアップさせている。 高級ミニバンの「デルタード」のものもあったが、このクルマは職務質問にわずらわされたくないヤクザが近年好んで乗っていると聞いたことがある。一見家族が乗っていると見せかけて、飛行機のファーストクラスさながらに改装し、装甲を施した後部座席には組長がふんぞり返り、前を護衛の若衆が固めるというわけだ。 もちろん、どれも売った記憶がなかった。そもそも契約書にあるような高級車など扱っていないことは、さっき店の展示スペースを覗いていた刑事たちが目にしたとおりだ。ただ、どの契約書のクルマもトヨトミ車だったことで、自分の考えていたことは正しいと確信した。 まちがいない。あれだ。 腑に落ちたことがもう一つ。先週末預金が引き出せなかった理由もわかった。「反社会勢力」と取引があるとみなされて、口座が凍結されたのだ。GOGO車検「なにこれ……」 スマートフォンに送られてきた動画を見て、思わず目を見張った。 名古屋市郊外。目の前に男が座っている。一カ月前に匿名でメールが送られてきてからやりとりを重ね、どうにか面会にこぎつけた男。午後三時に指定されたのは、小牧市内のうらぶれた喫茶店だった。人目につきたくなかったのだろう。日本商工新聞名古屋支社トヨトミ自動車担当記者・高杉文乃は、向かいの席で弱々しく笑っている男を見た。内部告発をする人間は、同じ表情に同じ笑いを浮かべるのはなぜなのだろう。 男はスーツ姿だったが、肩幅が合っていないのかどこかおさまりが悪く、そのせいで所作までぎこちなく見えた。背中は曲がり、顔色も優れない。ひどく疲れた印象の男だった。「あの、横井さん……。これって」と、先ほどもらったばかりの名刺に書かれている名前を確認してから呼びかける。「トヨネット長久手店営業部横井一則」 東海地方全域でトヨトミ自動車のディーラー(販売店)を展開する「尾張モーターズ」傘下の店舗だ。頭の中で場所と外観を思い浮かべる。尾張モーターズはトヨトミディーラーの最大手。トヨトミ本体と資本関係のない地場ディーラーだが、名証二部上場の大企業である。「トヨトミ自動車を担当されている記者さんなら、この動画、わかっていただけますよね」 おそらく「トヨネット長久手店」の中の整備工場なのだろう、フリーローラーの上でタイヤを空転させているもの、サイドスリップテスターで車体の横滑り量を測っているものなど、動画は複数あった。「車検、ですよね?」 そのとき、入り口のドアについているカウベルがカランと鳴り、新しく客が入ってきた。横井は表情をこわばらせてそちらをうかがったが、こちらに向き直ると黙ってうなずいた。 不正車検だ。 入社と同時に名古屋に配属されて九年目の三十歳。自動車業界を取材するようになって五年目だ。メーカー各社の人事事情から部品サプライヤー、ディーラーのことまでひととおりわかるようにはなったが、車検となるとあまり自信がない。それでも横井が送ってきた動画を見れば、車検で本来行うべき工程をいたるところで飛ばしているのが一目瞭然だ。横井は周囲を気にしてか、声をひそめた。「車検とセットで義務になっている法定点検は、二十四カ月点検で五十六項目あります。でも、実際にやっているのは、いいところ四十項目です」「会社の上層部には伝えましたか?」「彼らに言ったところで無駄ですよ」 横井の目が暗くかげった。「私は先月まで車両整備部にいました。会社から車検一台にかける時間制限を設けられて、この不正に手を染めていた一人です。もちろん、好きでやっている整備士など一人もいない。でも、声をあげたら会社から目をつけられます。閑職に追いやられた人間、嫌がらせを受けて退職していった人間、これまで何人も見てきました」 悪質だ。明らかに組織ぐるみの不正である。私もそうです、と横井が続けた。「整備から外されて、やったことがない営業部にまわされました。古いスーツを引っ張り出して出勤したら、トヨトミ本体から出向してきた上司にそんな薄汚いスーツで顧客対応をする気かと言って帰らされた。営業部の面々はその上司が飼いならしていますから、誰も私に営業のいろはを教えてくれません。成績が伸びるはずもなく、若手の前で面罵される毎日です」 横井の服装がさまになっていないのはそのせいか。一年中作業着姿だった人間が、着慣れないスーツを着させられているのだ。「それだけではありません。尾張モーターズ本社にも私は“危険分子”として報告され、いじめにあいました。社長がお気に入りのホステスを口説くための贈り物を休日返上で買いに行かされましたし、それをそのホステスのいる高級クラブで社長が飲んでいるところに届けさせられたこともありました。挙げ句の果てに“これじゃない”と大勢の前で投げつけられ……」 ひどい話だが、このままだと横井の愚痴を延々と聞くことになりそうだ。話を不正車検に戻す。「会社ぐるみでやっているとなると、かなりの台数になるのでは……」 横井は自分が責められているかのような辛い表情になり、少しの間押し黙ったが、やがて覚悟を決めたように言った。「正確な数などとても把握できません。この数年間、まともに車検をしたクルマはほとんどないのです。それに、うちの店だけではないかもしれません。これはトヨトミの車検システムの問題ですから」 ふと、思い立って動画再生を止め、複数ある動画ファイルの合計時間を計算してみた。見覚えのある数字がはじき出された。 五十五分。「五十五分車検(GOGO車検)」は、トヨトミ自動車社長・豊臣統一がディーラーの業務改善をサポートする部署にいた頃に導入したものだ。「製造業の神髄」とも呼ばれる「トヨトミシステム」を車検にも採り入れて、入庫から車検までの流れを徹底的に効率化し、待ち時間を劇的に減らした。 一時間以内に車検が終わるのであれば、ユーザーにとって大きなメリットである。多くはクルマを預かり中一日おいて翌日返しの三日を要し、その間に代車を貸し出す他社の車検との利便性の違いは明らかだ。 しかし、その結果がこれか、と文乃は暗澹たる思いに駆られた。「五十五分で終わる」と掲げている以上、現場はそれに応えなければならない。そのプレッシャーが不正を生んだと横井は言いたいのだろう。(統一さん、「ユーザーのみなさまの笑顔が大事」とことあるごとに繰り返しているのに) コロナ禍を理由に廃止されてしまったが、文乃は統一の自宅で行われる「朝回り」という一種の囲み取材に、「キレイどころがいると統一さんの機嫌がいいから」という上司のパワハラでセクハラなご下命を受けて何度か顔を出したことがある。出勤前の統一を囲むため朝は早いしきちんと化粧はしないといけないしで面倒なことこの上なかったのだが、その場で統一が繰り返していたのが「ユーザーのみなさまの笑顔が大事」というセリフだった。(あるべき手順を飛ばし、正規の料金を取る。安全性はそっちのけ。なんのことはない、大事なのはユーザーの笑顔ではなくトヨトミの笑顔と自分の笑顔じゃない) おそらくこれは車検だけで収まる問題ではない。次の取材先としてひらめくものがある。 記者の鼻が利く文乃には、この件と今自分が追いかけているネタが、深々と根っこのところで結びついているのが見えた。(第2回「共食い」につづく)※登場する組織や人物はすべてフィクションであり、実在の組織や人物とは関係ありません。編集/加藤企画編集事務所 
2021.12.27 16:00
NEWSポストセブン
【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』第2回「共食い」
【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』第2回「共食い」
 覆面作家・梶山三郎氏のベストセラー小説『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』は、「小説ではなくノンフィクションなのではないか」と大きな話題になり、経済界を震撼させた。その続編となる第三弾『トヨトミの暗雲』をNEWSポストセブン上で特別公開。第2回では、巨大自動車メーカー「トヨトミ自動車」が独立系ディーラーに対して不当な圧力をかけている実態が浮き彫りになり……。(第1回「内部告発」から続く) * * *共存共栄から弱肉強食へ 【二〇二一年八月愛知県名古屋市・覚王山】「外車を売る前に、トヨトミ車を売られたし統一」 名古屋市内の高級住宅地・覚王山のトヨトミのディーラーを訪れた高杉文乃は、和紙の便箋に毛筆で書かれた手紙を見せられたとたん、マスクの中で吹き出してしまったが、笑いごとではない。文面からは、はっきりと怒りが感じとれた。それも、よりによってトヨトミのトップ直々の手紙だ。「こんなものが送られてきたんですか?」 ええ、と向かいに座る取材相手はうなずいた。署名の脇には、トヨトミ自動車社長の豊臣統一が自分をモデルにした「ヒデヨシ」というキャラクターのスタンプが捺されている。〝ヒデヨシぷんぷん、そこへなおれ〟の顔。音声付き動画のLINEスタンプもあるが、こちらのスタンプは怒気を発してじっとこちらを睨みつけている。その気まぐれさと、大企業経営者とは思えない軽薄さから、一部で「バカ殿様」「こども社長」とも評される統一が、自分のスタンプをトヨトミ社内の決裁書類や企画書にも捺しているという話を聞いたことがあるが、社外向けの手紙にも捺しているとは……。ナメてるのか、それとも、角の立つ文面を少しでも和らげようとしているのか。 応接室の大きな窓からは、覚王山通りを挟んだ向かいにある高級デパートが見えた。そのガラス張りのエレベーターの中は、平日の日中にもかかわらず混みあっている。道路を走るクルマは値の張る外車が目立つ。このディーラーにしても、ホテルのベルボーイ風の服装に身を包んだ駐車場の誘導員や、商談スペースのやわらかな本革のソファーなど、富裕層向けの趣がある。 文乃は内心でほくそ笑む。思ったとおりだ。 横井一則のスマートフォンに記録されていた「不正車検」の決定的な証拠となる動画。トヨトミディーラー最大手「尾張モーターズ」傘下の店舗が組織的に不正車検を行っているという「内部告発」が意味するものは何か。文乃がひらめいたのは、これが昨年から始まったトヨトミの「全車種併売」の影響にちがいないということだった。 二〇二〇年五月、トヨトミ自動車は全国の販売店で「全車種併売」をスタートした。 もともとトヨトミは、高級車を扱う「トヨトミ」、中級車の「トヨネット」、量販車の「フローラ」、コンパクトカー中心の「レッツトヨトミ」と4つあった販売チャンネルごとに、販売させる車種を割り当てていた。全車種併売は、この割り当てをなくすもの。つまり、国内に約五千店舗あるトヨトミディーラーのすべての販売店が、トヨトミ車なら高級車から大衆車まであらゆる車種を扱えるようにしたのである。 ユーザーにとって便利になるのは確かだが、大変なのはディーラーだ。これまでは、たとえ販売店が近接して商圏、つまり〝縄張り〟が重なっていても、共存共栄できたのだ。 全車種併売はこの棲み分けを破壊するもの。どの店舗も同じ商材で戦うことになるため、共存共栄していた商圏のなかで、店の特色がなくなり、差別化ができなくなる。次に起こることは誰にでもわかることだ。弱肉強食の世界、トヨトミディーラー同士の潰し合いである。「だから、外車を売る店を作ろうとしたんですよね」 文乃はノートにペンを走らせながら向かいの相手──名古屋市全域でトヨトミディーラーを展開している、「トヨトミムーブ北名古屋」の経営者・清城順平──にたずねた。 もともとは小さな自動車整備工場を営んでいた清城だったが、武田剛平がトヨトミ自動車の社長を務めていた1990年代後半、トヨトミが大衆車の新たな系列ディーラーを立ち上げる際に手をあげると、持ち前のバイタリティときめ細やかなサービスでクルマを売りまくり、瞬く間に商圏を拡大していったやり手経営者だ。「ええ、このままでは〝共食い〟ですから」 清城がトヨトミディーラー同士での潰し合いを避けるため、市内郊外の再開発が進む地域に、頑健さで知られるスウェーデンの自動車メーカー「ガルボ」の販売店を出店しようと考えたのは昨年末のこと。ガルボ側に伝手があったことで交渉はとんとん拍子に進み、さあ販売契約を結ぼうという段になって届いたのが、統一からの直筆の手紙だったというわけだ。「われわれはトヨトミと特約店契約を結んでいますから、他の国内メーカーのクルマは売れません。ただ、契約上外車については自由なんです。それなのにあの人たちは妨害してきた」 清城は怒りがよみがえってきたのか、手紙を一瞥すると吐き捨てるように言った。トヨトミムーブ北名古屋は地場ディーラーであり、トヨトミとの資本関係はない。トヨトミとの取り決めで禁止されていないのなら、清城のいうとおり外車を売るのは自由だ。(それに、至極まっとうなやり方じゃん) 文乃は先週の横井の話のメモに目を落とした。やはりトヨトミディーラーである「尾張モーターズ」が組織的に行っている不正車検を告発するメモだ。「車検」は、ただでさえ縮小している日本の自動車市場で、全車種併売化によって苛烈な競争の中に放り込まれたディーラーが目をつけた収益源だったのだ。車検は単価は安いが収益性が高く、数をこなせばこなすほどディーラーは儲かる。かつて豊臣統一が旗振り役となって導入した「GOGO車検(五十五分車検)」はその最たるもの。 トヨトミ自動車は、車検を手がける台数の多い店を表彰することで、競争を焚きつけた。清洲城の修復のために報奨金を出して人足の競争意識を煽った同じ苗字の戦国武将のように。五十五分という短時間でできるだけ多くの車検をこなし、収益増に貢献してきたクイック車検だったが、それは「質」と「安全」が伴ってこそ価値がある。いつしか収益と「五十五分で終わらせること」が目的化し、モラルハザードが起きた。安全性への配慮がおざなりになり、不正が起きる土壌が培われた。 そして地獄の釜のふたは、統一自身の経営判断──全車種併売──によって開かれた。たちまちのうちに全国のディーラーは上を下への大騒ぎとなる。それをわかっているのかいないのか、統一は、不正に手を染めず正当な手段で生き残りをはかる独立系のディーラーに圧力をかけるようなマネをしている。大老からの返信「しかし、手紙はともかく、実際には妨害などできるはずないでしょう」と言った文乃の声は、意図せず怒気をはらんだ。こんな理不尽があるだろうか。 ええ、と清城はマスクをずらし、秘書が運んできたコーヒーに口をつけた。「トヨトミ側がこちらの販売活動を妨害するのは、独禁法に触れる可能性が高い。〝世界のトヨトミ〟の経営者ですよ。そんな人間が独禁法も知らないなんてことがありえますか?」 ありえる、と文乃は内心でつぶやいた。統一のキャリアを思い出してみる。 城南義塾大学を卒業後、アメリカに留学してMBAを取得。外資系証券会社に数年間勤めてから一族のもとに戻り、トヨトミ自動車に入社した。トヨトミでは営業や生産管理、財務、か。たしかに法知識にうとそうなキャリアだが、そういえば大学は法学部じゃん、と思い至り、思わず苦笑した。「ガルボの件はどうなったんですか?」「こちらも、はいそうですか、とはいきません。独禁法違反ではないかと指摘する手紙を書きましたよ」 それはそうだ。いまやトヨトミディーラーの運営会社は、東京を除いてすべて地場企業。彼らはそれぞれがトヨトミと特約店契約を結んでいるだけで、運営会社同士は商売敵なのだ。そして、「全車種併売制」によって似たような店ばかりになった先には、トヨトミが掲げる「ディーラー再編」による店舗数削減が待っている。トヨトミにとって都合のいい運営会社だけ残し、あとは特約店契約を打ち切ったり、大手ディーラーに吸収させる。一見羽振りがよさそうな清城だが、内心では生き残りに必死なのだろう。 文乃がこの「ディーラー再編」を取り仕切っているトヨトミの重役の顔を思い浮かべたところで、清城がストライプの入ったスーツの懐に手をやり、封書をもう一通出した。「そうしたら、今度は副社長の林さんから手紙がきました。あの人はバカじゃない」 思わぬ偶然だった。清城が口にしたのは、文乃が今まさに思い浮かべた人物の名前だったのである。林公平は統一の若かりし頃に何度も上司をやった人物。周囲が創業一族の御曹司に露骨に阿諛追従するなか、遠慮会釈なく御曹司に罵詈雑言を浴びせて鍛え上げたといわれている。一度はトヨトミから関連会社の尾張電子に出向し、副社長・副会長まで上り詰めたのち、役員定年をとうに過ぎた七〇歳目前でトヨトミ本体にカムバックするという〝離れ業〟を成し遂げた、統一の右腕である。 統一の林への全幅の信頼と社内での役割の大きさから、林は〝大老〟とも評される。統一の長年の指導役であり、忠臣のトップ。脱炭素社会構築に待ったなしのEV(電気自動車)シフトや、自動運転といった新技術の大波に業界ごと揺さぶられている。存亡がかかる一大危機の時代における「将軍の補佐役」ということだろうが、外からだと見え方が違う。とかく激しやすく、気に入らないことがあるとすぐにヘソを曲げる創業一族のボンボン息子である統一の〝子守役〟とも見える。 その林だが、手紙を見ると平謝りである。 当然だろう。おそらくトヨトミの危機管理を担う渉外弁護士ファームにも相談したのだろうが、林は、これが独禁法違反、つまり資本関係のないディーラーの経営判断に対して圧力をかけるようなマネが許されるはずもないことは重々承知している。そこは丁重に統一の非礼を詫びてはいるが、その一方でガルボの販売店を出すのはあきらめてほしい、と「お願い」も添えられていた。「言い方が変わっただけで、メッセージは同じです」 文乃が返した手紙をまた懐にしまい、清城は言った。「受け入れたんですか?」 マスクが左右に揺れる。「結論からいうと、ガルボの話は立ち消えになりました」「なぜです? 話の筋からいって聞き入れる理由はないでしょう」 びびったんですよ、と清城は冗談っぽく目尻を下げたが、すぐに真剣な目つきに戻った。「うちはトヨトミディーラーとしての歴史も浅いですし、規模も小さい。今トヨトミからの印象を悪くしたくないというのが半分……」 他の理由もあるんですか、とたずねると、これ話していいのかな、と清城は少しの間思案したが、やがて「別のところから妨害が入ったのです」と切り出した。「別のところ?」よくない噂 「われわれはガルボの店を出すための土地を押さえていたんです。おっしゃるとおり、林さんからお願いされても、こちらは聞く道理はありません。最初はあくまで出店するつもりでした。トヨトミディーラー同士で潰し合うように仕向けたのはトヨトミ側ですが、売れなくなってもトヨトミが養ってくれるわけじゃない」「妨害とは何ですか。トヨトミからではないんですよね?」「尾張モーターズです」 尾張モーターズ。またこの名前だ。「私たちが地権者と売却で合意していた土地に、尾張モーターズが手を出してきたのです」 聞くと、清城は四人の地権者から買い取った土地の上に、メンテナンス(整備)とチューンナップを行う工場とグッズショップが併設された大型の店舗を構えるつもりでいた。ところが、地権者四人のうちの二人が、ある日突然態度を覆し、土地を売却する話はなかったことにしてくれと言い出したという。「もちろん、問いただしましたよ。金額面も十分に納得いただいていて、それまでまったく不満な様子はありませんでしたから」 どうしても翻意させることはできなかったが、その理由だけは教えてもらうことができた。二十年分の賃借料を一括で払うことを条件に、尾張モーターズが土地を売らないように求めていたのである。 尾張モーターズはトヨトミディーラーの最大手。名証二部上場の大企業である。 土地を売らずに破格の賃料を得ることができるのに加えて、「ウチがどれだけ大きいかご存じですか? あちらには失礼ですが、トヨトミムーブ北名古屋とは払える額が違います」と大手の信頼性と資金力をちらつかされた地権者は、一も二もなく寝返ってしまったわけだ。「四人の地権者はちょうど〝田〟の字のように土地を持っていました。尾張モーターズはそのうちの斜向いの地権者二人を懐柔して、我々が残りの二人から土地を買っても使い物にならないようにしたんです」 尾張モーターズとトヨトミ自動車の関係は古く、その源流は創業者の阪口富雄がトヨトミがつくった国産初の乗用車を売った一九三二年までさかのぼる。「かたや〝世界のトヨトミ〟と一世紀近く盟友関係にある上場企業。かたや新興の小規模ディーラーです。江戸時代で言えば親藩と弱小の外様藩くらいの差がありますよ。こういうやり方はあんまりだとトヨトミには抗議しましたが、相手にされませんでした」 つながりの深いディーラーを庇い、そうでないディーラーは冷淡にあしらう。トヨトミが地場ディーラーに苛烈な競争を課す一方で、その競争の不公平さはかねてから指摘されてきた。「トヨトミは、われわれなんて潰しても何とも思わないですよ。統一さんと林さんの〝お友達〟のディーラーだけ残せばいいと思っているんじゃないですか」 昨年、東北地方で小規模ながら高い販売実績を重ねてきたあるトヨトミディーラー運営会社の社長から聞いた話がよみがえる。その会社はトヨトミが現地の直営ディーラーを手放す際に手をあげたのだが、トヨトミが売却先として選んだのは、実績で劣る別の販売会社だった。売却先に選ばれた会社の社長は、若かりし林公平が営業部で「フローラ」を売っていた頃、ソープランドに連れ回す「接待攻勢」で関係を築いたと言われている。「尾張モーターズはなぜ土地の売買にまで首を突っ込んでガルボ販売店の出店を妨害したのでしょうか?」 統一の恫喝に屈せず、林の懐柔策も振り切って外車販売店をはじめようとした清城に腹を立てたトヨトミが、子飼いの尾張モーターズを使って嫌がらせをしたのだろうかと思ってたずねてみたが、清城の答えは違っていた。「尾張モーターズには、焦りというか、われわれトヨトミムーブへの危機感があるんですよ。彼らはトヨトミの〝親藩〟みたいなディーラーで、文字どおり〝殿様商売〟をしてきた。全車種併売はそんな彼らにとっても一大事なんです。実際、売り上げは落ちていると聞いています」 やはり不正車検はこの流れの中にあったのだ。自分の見立てが正しかったことを確信した。おもしろい記事が書けそうだ。「われわれは尾張モーターズのように、最新モデルをいち早く回してもらえるような〝役得〟はありませんから、サービスと接客で売ってきました。うちとあちらでは出店地域が重なるのですが、ことごとく我々の店が勝ってきましたし、あちらのお店からうちに乗り換えるお客さんも多い。それがおもしろくなかったのかもしれません」 マスク越しで表情はわからなかったが、その言葉には文乃というよりも自分に言い聞かせるような響きがあった。文乃はマスクをあごにかけ、すっかり冷えているコーヒーをひと口飲んだ。「ということは、この妨害工作には尾張モーターズの阪口社長が関わっているのでしょうか?」 それはわかりません、清城は言ったが、含みのある表情を浮かべた。尾張モーターズの現在の社長は富雄の孫にあたる阪口雄一。不正車検を内部告発した横井一則をパワハラしていたという人物だ。「ただ、彼についてはよくない噂を聞きますね」「よくない噂?」 少しの間逡巡した清城は、これです、と右手の人さし指で頬を斜めになでた。(最終回「名義貸し」につづく)※登場する組織や人物はすべてフィクションであり、実在の組織や人物とは関係ありません。編集/加藤企画編集事務所
2021.12.27 16:00
NEWSポストセブン
イラスト/大野博美
【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』最終回「名義貸し」
 覆面作家・梶山三郎氏のベストセラー小説『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』は、「小説ではなくノンフィクションなのではないか」と大きな話題になり、経済界を震撼させた。その続編となる第三弾『トヨトミの暗雲』をNEWSポストセブン上で特別公開。最終回となる今回は、巨大自動車メーカー「トヨトミ自動車」の系列ディーラー最大手・おわりも―ターズの社長にある“黒い噂”があるようで――。(第2回「共食い」から続く)  * * *親藩と外様大名 【二〇二一年九月名古屋市塚原カーサービス】 午後六時半。名古屋市の繁華街・栄で取材を終えた高杉文乃は、市内に住んでいる親族の家に立ち寄るために、クルマを大府方面に走らせた。思えばコロナ禍もあってずいぶんご無沙汰してしまっていた。 十五分ほどで、幹線道路沿いに「塚原カーサービス」の赤い看板が見えてきた。義兄が経営している中古車や軽自動車の新車を取り扱う店だ。 中古車展示スペースの脇からクルマを乗り入れると、奥のプレハブ建ての事務室にいた義兄の塚原保がヘッドライトに気づき、外に出てくる。パワーウィンドウを開いて顔を出すと、保は突然の訪問に驚きつつ、整備工場の方を指さした。そこにクルマを停めた。「よお、文乃ちゃん。久しぶりだな。どうした?」とツナギ姿の保が歩み寄ってくる。「お義兄さんも久しぶり。隼人に呼ばれてさ」 保は怪訝な顔をしたが、まあいいや、仕事片づけてすぐ行くから上がってて、散らかってるけど、と小走りで事務室に戻っていった。整備工場の二階が保と息子の隼人の家だ。外階段を昇り、玄関に入ると懐かしい匂いがした。姉の志乃が亡くなって十年。この家に来るとまだ姉の匂いが残っている気がする。 リビングの仏壇で線香をあげていると、隣の部屋で物音がした。ドアをノックして、はやとー、来たよー、と声をかけるとドアが開き、学生服のままの隼人が顔を出した。会うのは久しぶりだったが、時折LINEで進路の相談に乗っていた。歳は一回り以上離れているが、隼人は甥というより弟という感覚に近い。その隼人から「話がある」とメッセージが来たのは、昨夜のことだった。「何かあった?」と聞くと、隼人はしばらくもじもじとしていたが、やがて口を開いた。「おばさん、新聞記者やってるんだよね?」勉強机の椅子に腰を下ろし、隼人は言った。「おばさんはやめて」      「母さんの妹だから叔母さんじゃん」と口を尖らせる隼人の頭をげんこつでこつんとやって、文乃はベッドに腰かけた。「俺、見たんだ。変な奴らに親父が連れて行かれるところ」「連れて行かれるって、誰に?」「先月、俺が学校に行くときに男が二人店に来て、親父と話してた。ガラの悪い奴らで気になったから、出かけるふりをして店のクルマの陰に隠れて聞いてたんだ。ところどころしか聞こえなかったんだけど、〝ヤクザ〟とか〝暴力団〟とか言っているのが聞こえて……」「その人たちにお義兄さんは連れて行かれたってわけね」「うん。学校から帰ったらもう家にいたけど」「本人に聞いてみた?」そうたずねると、聞けるわけないよ、と隼人はこちらの語尾にかぶせるように言った。「盗み聞きしたのがバレるじゃん。それに、その朝は親父とケンカしてたんだ。だから結局聞けずにそのまま……」 そしてすぐに不安げな顔になる。「親父、ヤクザに脅されてるのかな?」 どういうことだろう、と塚原の商売を思い出してみる。中古車と軽自動車の売買に修理、車検。暴力団と取引があるようには見えないが……。そのとき、バカ野郎、あれは刑事だ、とドアの方から大きな声がした。そちらを見ると、缶コーヒーを両手に持った保が立っていた。 文乃が「お義兄さん、刑事ってどういうこと?」とたずねる声と、隼人が「あいつらヤクザじゃなかったの?」と驚く声が重なった。「文乃ちゃん、尾張モーターズってわかるか?」 保が差し出してきた缶コーヒーを受け取る。「もちろん。私、自動車担当の記者だもの」 答えながらどきりとする。先月からどうもこの名前と縁がある。実は、先ほどまで栄の繁華街で行っていた取材は、尾張モーターズ社長の阪口雄一に関するものだった。文乃は、先日会った「トヨトミムーブ北名古屋」の経営者・清城順平がほのめかしていた、阪口と暴力団との関係を調べていたのだ。 尾張モーターズもトヨトミムーブ北名古屋も、トヨトミ自動車のディーラー(販売店)運営会社だ。ただ、清城の言葉を借りるなら「向こうは〝世界のトヨトミ〟と一世紀近く盟友関係にある上場企業。うちは新興の小規模ディーラー」。会社の規模もさることながら、トヨトミ自動車との関係性もまったく違う。江戸時代で言うなら、「トヨトミムーブ」が外様大名なら、尾張モーターズは親藩大名だ。 ちょうどいいや、文乃ちゃんに聞いてもらおう、と保は自分の缶コーヒーを片手で開け、ひと口飲んだ。「半年くらい前なんだが、尾張モーターズの人間がうちに来たんだ。営業部部長の木下由紀夫っていう奴だ。そいつがうちに“名義貸し”を持ちかけてきた」「名義貸し?」「つまり、〝塚原カーサービス〟の名前で奴らがクルマを売るわけだ。売るのはあいつらだが、クルマの購入契約書上はうちが売ったことにする。一台売れるごとに三万円うちに支払うってのが、向こうの持ちかけてきた取引だ」「どうしてそんなまだるっこしいことをするんだろう」と言ってはみたが、文乃にはすぐにピンと来た。わざわざ他所の店の名前を借りてクルマを売る理由なんて、一つしかない。 売ってはいけない相手に売るためだ。名古屋経済圏のお膝元「あいつら春日組にクルマを売っていたんだってよ。〝キング〟に〝クイーン〟、〝ゼウス〟、トヨトミの高級モデルばっかりだ。クスリで捕まえた構成員がやけに羽振りのいいクルマに乗っているもんだから、調べたらうちから買ったことになっていて、組織犯罪対策課の刑事が俺を調べに来たってわけだ。暴力団排除条例で売っちゃいけないことになってるだろ」 春日組は愛知県を拠点とする武闘派で知られる暴力団だ。親を持たない一本どっこのヤクザだが、広域暴力団相手に刃傷沙汰も辞さない暴力性は全国に知られている。暴排条例で締めあげられ、暴力団は金回りが苦しいはずだが、トヨトミ自動車のお膝元であり最近ではJRリニア新幹線の工事もあって活況の名古屋経済圏だ。どこかに太い資金源を見つけたのかもしれない。「お義兄さん、うかつだなぁ」と内心が思わず口に出た。保は頭を掻く。「体よく尾張モーターズの隠れ蓑にされちまったよ。警察には名義貸しは違法性があるって怒られるし、銀行口座は凍結されるし、捕まった構成員とクスリのやりとりがあったんじゃないかって尿検査はさせられるし、最悪だ」「でも、よかったよ。疑いは晴れたんだよね?」義兄の脇の甘さに呆れつつ言った。「クルマを買った暴力団員に代わって陸運局にナンバープレートの登録申請をした人間がいるはずだからね。警察にそれを指摘したら、尾張モーターズとつながりのある司法書士事務所に行きついたみたいで、俺はそこで解放さ。えらい目に遭った」「一台三万円で、いくらくらい入ってきたの?」「多い時で三十万くらいか。助かってたといえば助かってたんだけどな」 確かに個人経営のカーサービス店には大きな額だ。「こいつの学費の足しにと思ったんだよ。志乃が病気で長いこと苦しんだだろ。亡くなったときに〝大人になったらどんな病気も治せる医者になる〟って。それからずっと医学部を目指してるんだ。医学部は金がかかるって言うからさ」 それは隼人からも聞いていた。誰に似たのか隼人は勉強がよくでき、県内屈指の進学校に通っている。「やめてくれよ!」隼人が立ち上がった。「金のために卑怯な会社の片棒を担ぐようなマネをする親父なんて見たくない。俺、学費が安い国立に行くからさ」「おまえな、国立の医学部がどれだけ難しいか知ってんのか? 高校もやっとこさ卒業した俺の息子なのに」 お義兄さん大丈夫だよ、と文乃は割って入った。「隼人の成績、見たことある? 大したもんだよ。理系クラスでトップだもの。国立の医学部、十分狙えるよ」 え、そうなの、と保は目を丸くして固まってしまった。この人、自分の息子の成績を知らなかったのだろうか。名義貸しの件もそうだが、どうもこの義兄は抜けたところがある。姉はそんな保を見て、いつもハラハラしていたっけ。「俺、母さんとの約束を守るよ。絶対医者になるからさ、親父も堂々と、かっこいい親父でいてくれよ」 隼人が言うと、保が言葉に詰まった。肩を震わせながら「すまん」と絞り出すのを聞いて、文乃はまた思い出す。そうだ、涙もろいところがかわいいって、姉は生前のろけていたな。古タヌキの直撃  一週間後。午後三時半すぎに愛知県豊臣市のトヨトミ自動車本社にやってきた日商新聞名古屋支社トヨトミ自動車担当記者の多野木聡は、全面ガラス張りの巨大な社屋を擁する広々とした敷地をぐるりと回り、正面玄関ではなく裏口に出た。 現在六十歳。今年の三月に定年を迎えたが嘱託記者として社に残った多野木は、今でも精力的に取材をこなしている。老獪な取材術でスクープを飛ばすことからついた〝古タヌキ〟の異名も健在である。 陽射しはまだ強く、社屋が反射した光が目を刺した。本社工場で三時五分までのシフト勤務を終えた工員たちが裏口ロータリー脇のサルビア花壇のへりに腰かけ、一様にスマートフォンをいじりながら帰りのシャトルバスを待っていた。 工員を乗せたバスが走り去ってから十分ほど経っただろうか。四時少し前になると、目当ての人物がやってくる気配があった。トヨトミのグレード2高級車種の「クイーン」が裏口に横づけされたのだ。 そちらに駆け寄ったところで自動ドアが開き、秘書を連れた痩身の男が姿を現した。白い短髪にグレーのスーツがよく似合う。七十を優に過ぎているが、身のこなしは若々しく、ロータリーまでの数段の階段を足どり軽く駆け下りた。トヨトミ副社長の林公平である。「林副社長っ」 呼びかけに振り向いた林は一瞬こちらを睨みつけたが、多野木の顔に気づくとすぐに相好を崩した。「ああ、誰かと思ったら多野木さん」 突然の直撃取材への不快感はなさそうだが、警戒していることはマスク越しでも伝わってくる。「ご無沙汰してます。今、少しお話をお聞かせ願えませんか」 秘書の目つきが尖り、林との間に割って入ろうとしたが、林はそれを制した。「どうしたの、多野木さん。日商さんはうちの職域接種の対象じゃないでしょ」 たしかにその日、トヨトミ本社にはコロナワクチンの職域接種を待つ人の長い列ができていた。しかし、自分がトヨトミでワクチン接種をするはずもない。多野木は林のこの軽口から、日商新聞に向けられたかすかな棘を感じた。 二〇二〇年、新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界中で人やモノの移動が著しく制限されたことで、自動車メーカーは甚大な影響を受けた。そのため昨年九月のトヨトミの中間決算は大いに注目されていたのだが、この決算の事前報道が気に入らなかったのか、トヨトミは決算会見に日商新聞を出入り禁止にしたのである。 新聞記者たるもの、この程度のジャブにひるんではいられない。「尾張モーターズの不正車検についてです」と本題を切り出すと、林の顔色が変わった。同僚の若手記者・高杉文乃が内部告発をもとにトヨトミディーラー最大手「尾張モーターズ」による組織ぐるみの不正車検を嗅ぎつけたのは先月のこと。 スクープの匂いを嗅ぎ取った日商新聞のトヨトミ自動車担当チームは、手分けして周辺取材を進めていたが、告発した元整備士・横井一則は、文乃と会った直後に不正の証拠を記録した動画を国土交通省に持ちこんだらしい。尾張モーターズ傘下のディーラーには抜き打ち検査が入り、組織ぐるみの不正が暴かれた。 車検で不正が行われたクルマは、合計実に五千台以上。多くの店舗で排ガスの一酸化炭素濃度の計測やサイドブレーキの制動力のチェックなど、必要な項目を検査しないまま車検を通していただけでなく、基準から外れた数値が出た項目の書き換えまで行っていた実態が明らかになり、不正を行っていた複数の店舗には、国から指定自動車整備事業者の認定取り消しの行政処分が下った。 多野木は林に質問をぶつける。「この不正車検でトヨトミが進める“ディーラー再編”に何らかの影響が出るのでしょうか」 この件について、トヨトミは「ユーザーの方々に多大なご迷惑をおかけしたことを心からお詫び申し上げます」と、ディーラーの不祥事に遺憾の意を示す一方で、それ以上のことは「取引先のことなので」とコメントを避けてきた。マスコミの報道も、忖度がはたらいたのか、トヨトミ本体の責任を問う声はまばらだった。 トヨトミはメディア各社に対して、毎年総額一千億円にも及ぶ巨額の広告を出稿している。カネでメディアを飼いならすことで不都合な報道を潰し、自社に利益のある記事を書かせようとするトヨトミの長年の戦略が、ここでも威力を発揮したわけである。 しかし、不正の土壌となったのは、トヨトミが「全車種併売」によってディーラー店舗を均一化し、「ディーラー再編」をちらつかせることでディーラー各社の危機感を煽りすぎたことだ。無関係などとはとてもいえない。だからこそ、再編を取り仕切っているとされる林に話を聞きたかった。「取引先が絡むことだ。ここでは言えないな」 木で鼻を括ったような態度を貫き、クルマの方に歩みを進める林に追いすがる。「では、不正車検の刑事事件性についてはどうお考えですか?」 不正車検によって尾張モーターズには行政処分が下ったが、やってもいない検査をやったことにして正規の料金を取っていたのだから、この不正は詐欺にあたる可能性がある。交換していない部品を交換したと偽って料金を取っていたという噂もあった。今後、ディーラーだけでなくトヨトミも警察の捜査の対象になる可能性がないわけではない。しかし、林は問いを無視して、クイーンの後部座席に乗り込もうとした。 逃げられてしまう。イチかバチか、多野木は文乃から小耳に挟んだネタをぶつけた。「尾張モーターズが春日組にクルマを売っているという話はご存じですか?」 林が振り返った。目つきから、マスクの下の顔がこわばっているのがわかる。「今、何と?」「尾張モーターズが町のカーサービス店を身代わりに立てて、暴力団の春日組にクルマを売っている話です。林副社長のお耳にも当然入っているかと」 文乃の話では、警察の取り調べから解放された塚原保のところに、尾張モーターズの営業部長が「警察に話すとはどういうことだ。おたくとはもう二度と付き合わない」と怒鳴り込んできたという。 暴力団にクルマを売っていたのは自分たちなのに、悪いのは警察に漏らした塚原だという理屈は笑止千万だが、塚原のところに怒鳴り込んできたということは、警察の捜査が尾張モーターズにも及んだと考えられる。しかし、いかにもマスコミが飛びつきそうなこのネタは、新聞はおろか雑誌やネットメディアも含めて一切報道されていない。おそらく、どこかで消されたのだ。近しい関係にある尾張モーターズに泣きつかれたトヨトミ本体が報道を止めたか、あるいは捜査を止めたかして。 林の手が伸び、多野木の肩をぽんと叩いた。「今のトヨトミなら〝人殺し〟以外は全部もみ消せる。そんなこと日商さんなら知っていると思っていたが……」 思わず、まじまじと林の顔を見た。眼鏡の奥の目は笑っていなかった。ふた呼吸ほど見つめ合っただろうか、不意に林が相好を崩し、もう一度肩を叩いた。「冗談、冗談。じゃあ、また」 そう言うと、クルマに乗り込み、走り去っていった。美人局  日商新聞名古屋支社。取材を終えて帰社した文乃は、喫煙所の前を通りかかったところで多野木と鉢合わせた。多野木はこちらに気づくと、タバコを持った右手を上げた。「おう、高杉。おまえが言ってた春日組のネタな、効果てきめんだったよ。林さんにぶつけたら、顔色が変わったわ」 そう言うと、ヤニで黄ばんだ歯を見せて愉快そうに笑った。「林さん『今のトヨトミなら人殺し以外は全部もみ消せる』ってさ。強気なんだか、強がっているだけなんだか知らないけど」 警察庁長官を天下りさせる会社ですからね、とトヨトミの近年の人事を思い出しながら文乃が言うと、多野木は「ああ、そうか」と目を丸くする。「そういえばそうだ。郡さんがいるから強気になっているんだな」 郡正義。四年前まで警察庁長官を務めていた人物である。 特定の業界との癒着を疑われることを避けるため、警察機構の2トップ、つまり警察庁長官と警視総監は、通常民間企業には天下らないのだが、トヨトミはこの人物をアドバイザーとして迎え入れた。 目的は明らかだ。「国の中枢に入り込むこと」である。 自動車の電動化(EV化)は国をあげての一大プロジェクトとなっているが、トヨトミはこの分野で経産省と考えが合わない。郡を引き込んだ背景には、彼を次期官房副長官として首相官邸に送り込み経産省に圧力をかけると同時に、自社に有利になる法整備を行いたいという思惑が透けて見える。 ただ鹿児島県警時代、武闘派として知られた暴力団「東郷連合」の壊滅作戦を指揮して功を成した郡である。各都道府県警の組織犯罪対策部署には睨みがきく。暴力団へのクルマの販売の捜査など、ひねり潰すのは造作もないはずだ。「これも“全車種併売”の影響なのかね」 誰に言うともなしに、多野木がつぶやいた。「全車種併売で売り上げが落ち、尻に火がついた尾張モーターズがなりふりかまわず春日組にクルマを売るようになった、か」「それは違うと思いますよ」 と、文乃は多野木に笑いかけた。自分しか知らないネタがある。トヨトミムーブ北名古屋の清城からの情報をもとに、栄の繁華街で取材をしてつかんだ情報だ。 尾張モーターズ社長の阪口雄一は、栄の高級クラブ「伽羅」のホステスをめぐって春日組とトラブルになった。阪口が口説いて関係を持ったホステスが、春日組の若頭の愛人だったのだ。そこに義兄の保から聞かされた、尾張モーターズによる春日組へのクルマの販売のネタ。春日組をめぐる二つのバラバラな情報を、さらに取材を重ねて一つにつなげた。「尾張モーターズの阪口は、春日組の若頭とトラブルになって、脅されていたんです。そこで持ちかけられたのが、彼らへのクルマの販売だった。でも、上場企業である尾張モーターズが暴力団にクルマを売るのはまずい。そこで身代わりが必要になったんです」 多野木が細い目を見開いた。辣腕記者として知られる多野木を驚かせるのは気分が良かった。「名義を貸した業者には一台売れたら三万円バックする約束で、月に三十万ほど入っていたそうです。月十台。春日組の規模にしたら多すぎませんか? あれ、絶対自分たちで乗るだけじゃなくて他の組や海外に流してますよ。ナンバープレートなしの〝さら〟の新車は高く売れるだろうなあ。かわいそうに、ヤクザの女を口説いたばかりに密輸の片棒を担がされて……」「すごいな、おまえ。どこでそんなネタを?」 感に堪えない、といった顔で多野木が言った。一人前として認められたようでうれしい。「トヨトミ社長の統一さんも若い頃、美人局にひっかかったんだよ。尾張モーターズの阪口も創業一族のおぼっちゃんだろ。世襲組ってのはどうしてこう脇が甘いのかね」 そして、肩をばんばんと叩かれた。「俺はもう何年かしたら引退だけど、おまえみたいなのが出てきてうれしいよ。今日から〝多野木二世〟を名乗っていいぞ」 多野木二世。トヨトミ自動車を追いかけ続け、独身のまま定年を迎えた記者の二世……。やっぱり全然うれしくない! 多野木に体当たりし、喫煙所の中に押し込む。な、何すんだよ、と目を白黒させる多野木に向かってにやりと笑う。「勘弁してください。私は結婚したいです」〈了〉※登場する組織や人物はすべてフィクションであり、実在の組織や人物とは関係ありません。編集/加藤企画編集事務所
2021.12.27 16:00
NEWSポストセブン
EV関連に4兆円を投資すると発表したトヨタ自動車・豊田章男社長
「業界の救世主」だった豊田章男社長はなぜ「EV推進派」に変貌したのか
  世界的なカーボンニュートラル(脱炭素)の潮流が加速するなか、自動車産業ではEV(電気自動車)へのシフトが加速している。そうしたなかこれまで「全方位戦略」と称し、ガソリン車、ハイブリッドやFCV(燃料電池車)など多様な選択肢を掲げ、EV化に遅れを取っていたリーディングカンパニー・トヨタ自動車もついに重い腰を上げた。これからトヨタ、いや、日本経済を支える屋台骨である自動車産業、ひいては日本そのものの未来はどうなるのか……。覆面作家にして経済記者、『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』の著者である梶山三郎氏がレポートする。 * * *「トヨタEV350万台販売 30年 世界目標大幅上げ 4兆円を投資」(『読売新聞』) 2021年の年の瀬も押し迫った12月14日、クルマのテーマパーク「メガウェブ」(東京・お台場のトヨタの施設)で、トヨタ自動車社長の豊田章男氏(65)がハデな説明会を開いた。翌朝の新聞主要紙は、トヨタが電気自動車(EV)の2030年における世界販売の目標を350万台に引き上げ、EV関連の研究開発費と設備投資合わせて4兆円を投入することを一面トップで報じ、NHKを筆頭にテレビニュースでも、「EVシフトに後ろ向きだったトヨタが動き出した」と大々的に取り上げたことは記憶に新しいだろう。 トヨタの2020年の世界販売台数は約953万台であり、この数字をベースにすると、世界販売の3分の1超をEVにするというわけだ。また4兆円のうち2兆円を、EVの重要部品の一つであるバッテリーに充てる。これも従来計画では1兆5000億円を投資する予定だったので、5000億円引き上げることになる。 この報道に接して、私は不思議な既視感(デジャブ)にとらわれた。というのも、巨大自動車企業を舞台にした拙著『トヨトミの逆襲』で主人公のトヨトミ自動車社長・豊臣統一(とよとみ・とういち)に、私はこんなことを言わせている。〈お待たせしましたと申し上げたのは、と統一は喜色を浮かべたまま続けた。「この日に至るまで、あまりに時間がかかりすぎてしまったということです。私たちトヨトミ自動車は本日、自社開発によるEV『プロメテウス・ネオ』をここに発表いたします」 記者席がどっと沸く〉 小説のなかの記者発表は2022年4月10日。マフラーなどエンジン車部品を製造する多くのサプライヤー・下請け企業を抱えて身動きが取れず世界の潮流に周回遅れだったトヨトミ自動車が世間の度肝を抜く衝撃的な発表をしたという設定である。 だからなのか、メディアは衝撃的に伝えていたが、私はこの発表に何の驚きもなかった。率直な感想を申し上げると、トヨタがついにEVをめぐる“二枚舌作戦”をかなぐり捨てて、EVシフトへの戦いに世界最強の自動車メーカーとして公式に参戦表明したな、というところだろうか。クルマの「スマホ化」 さて、“トヨタの二枚舌作戦”とは何か。トヨタはすでに水面下でEVシフトをしながらも、社長の豊田氏がEV嫌いな「エンジン車の守護神」を演じていたと、私は見ている。 EV技術には、電動車でもあるハイブリッド車(HEV)から転用できるものが多い。このため、HEVで最強を誇るトヨタはEVに関しての特許保有数は世界1位だと言われている。人材や資金力といったトヨタが保有する経営リソースを投入すれば、EVを造ることなぞ朝飯前だろう。 すでにトヨタの生産現場も開発現場も、EVシフトに向けて動いていた。たとえば、2020年1月にはトヨタ最大の国内エンジン生産拠点である下山工場(愛知県豊田市)の製造ラインを2本から1本に削減したほか、その前年にはエンジン車には付き物の燃料噴射装置の事業は、トヨタと系列のデンソー、愛三工業の3社にまたがっていたのを愛三に集約する計画を打ち出していた。 さらにエンジン車には欠かせないプロペラシャフトなどの鍛造品を造る三好工場(愛知県みよし市)を、同じようなものを生産している系列のジェイテクトに売却しようと動いていた。しかし、この計画は事前に漏れて社員の反発にあい、労務問題に発展する動きが出ていたために取りやめたが、このように水面下では来るべきEV時代に備えて生産体制の変更に着実に取り組んでいたのだ。 また、EVシフトの核心の一つは「クルマのスマホ化」にある。この点でもトヨタはすでに手を打っている。 EVで先行するテスラのクルマは、車体そのものは古くなっても、自動車内部のソフトウエアは無線技術によって常に更新され、最新技術がダウンロードできるようになっている。これはスマートフォンが、OSをアップデートすれば、新しい機能やサービスが使えるようになるのと同じことだ。この技術を「Firmware update over the air」と呼び、自動車業界ではその頭文字を取ってFOTAやOTAと呼ばれている。 この数年以内に、米アップルが自動車産業に殴り込みをかけてくると言われているが、いわゆる「アップルカー」の強みの一つが自社のiPhoneで培ったOSをアップデートするノウハウをクルマにも転用してくることだろう。「スマホ化」とは、一言でいえば、クルマが今まで以上にソフトウエアのカタマリになって、それを巧みに制御できるかどうかがクルマの性能や使い勝手を左右する流れが加速するということだ。私財から「50億円」を投資 トヨタは社内にOTA推進室を設置したほか、社内の開発体制を大きく変更しようとしている。今のトヨタには車種のカテゴリーごとにチーフエンジニアがいて、ソフトもハードも車種ごとに同時並行で開発しているが、それを改め、ソフトとハードの開発を分離し、ソフトウエアを先行開発し、後から開発する車体に流し込む手法に変えようとしている。この開発手法により、OTAの時代に対応しようとしているのだ。 トヨタの新しい開発手法は「アリーン」と呼ばれ、その開発を担当するのが、子会社のウーブン・プラネット・ホールディングス(旧TRI-AD)である。そこには、豊田社長の長男、大輔氏がシニアバイスプレジデントとして勤務している。 実は豊田社長は、この子会社に私財50億円を投資している。トヨタが重要なビジネスと位置付けているからこそ、トップ自らが身ゼニを切り、創業家の御曹司を配置していると見ることができる。将来的にはこのウーブン・プラネットが、エンジン車からEVへという100年に一度の産業革命後、「新トヨタ」となる可能性すらあると私は見ている。もちろん、私財の投入が利益相反だと指摘されるリスクを覚悟の上での行為ではある。 ことほどさようにトヨタは周到にEVシフトに備えながらも、EVの商品化には後ろ向きだ。数字がそれを物語っている。2020年の世界販売に占めるEVと、EVとHEVが融合したプラグインハイブリッド車(PHV)は約5万5000台で、世界17位だ。トヨタと常に世界トップの座を競っている独フォルクスワーゲンは約22万台売っている(世界第2位)。 トヨタというトップ企業がEVの商品化に後ろ向きであることが影響して、2020年の日本の国内市場におけるEV(PHV含む)の販売台数は約3万台に過ぎない。同じ自動車大国であるドイツでは前年比3.6倍の39万台売れたのとは大違いだ。トヨタが商品化で出遅れている原因ははっきりしている。豊田氏の存在そのものが「抵抗勢力」となっていたからだ。 これまで豊田氏は「EV嫌い」を表明してきた。日本自動車工業会の会長として、つまり、業界トップとして「自動車業界で働く550万人のために」を謳い文句に、「EVシフトを進めれば、日本の屋台骨の自動車産業が崩壊する」といった趣旨の発言を繰り返してきた。 発言の意味するところは、就業人口が全体の8%を占める部品メーカー、整備工場、ガソリンスタンドなどで働いて生計を立てている550万人の人々が、EVシフトでメシが食えなくなってしまう、ということだ。 日本自動車工業会の会長は通常、一期二年。豊田氏はすでに二期四年つとめたうえに、トヨタ→ホンダ→日産の“輪番制”の会長職をホンダに譲らずに三期目、つまり五年目に突入することが決まった。そこまで身体を張って豊田氏は「エンジン車からEVになってもカーボンニュートラルは実現しない。そんな欺瞞的な世界の潮流を阻みEV化の動きを少しでも止めてみせます」という構えを崩さなかった。100年ぶりに起きた「産業革命」 しかし「自動車業界の救世主」は、ここにきて一転、大胆なEV化を推し進める剛腕の経営者に豹変したのである。ヘタな芝居をやめて、本音をむき出しにしたともいえるのかもしれない。たしかにEVシフトすれば、部品点数が減り、不要になる部品も出てきて、自動車産業にこれまでのような雇用吸収力が失われる可能性は高い。いや、そうなるだろう。 EVシフトは、21世紀の産業革命である。かつての産業革命では人力が蒸気機関に置き換わった。19世紀初頭、イギリスでは機械の導入によって繊維関係の職人の仕事が奪われ、機械を破壊する「ラッダイト運動」が起こった。さらにその後、蒸気機関は内燃機関に置き換わったことで、移動の主役は、馬車から機関車だったのが、さらに機関車からクルマに交代した。このプロセスにおいては、「ラッダイト運動」のように職を失うことによる反発もあったろう。 しかし、新たな産業が生まれたことで、逆にそこで職を得て、それが社会を豊かにしていく一因になったことも事実である。そして立派な自動車を造れる国が世界で一流の経済国となった。日本もしかりだ。20世紀は、自動車が産業の盟主となったのである。と同時に、内燃機関に欠かせない石油産業が勃興し、石油の争奪戦が、国家の命運を握り、石油(エネルギー)を制する者が世界の覇権を握った。 しかし、現在、そうした産業構造に100年ぶりに変革の波が及び、動力源の主役が内燃機関から電気モーターに替わろうとしている。新たな産業革命が進んでいるのである。産業界で大きな変化が起これば、衰退する業界と勃興する業界が出てくるのは必然の流れだ。 こういう言い方をすれば反発を買うだろうが、時代の流れによって、消える業界もあれば、新たに誕生する業界もあるということだ。この動きをビジネスチャンスと見なければ、日本企業は、「ラッダイト運動」で暴動を起こした英国の職人と同じようになってしまうかもしれない。 衰退産業に携わる者が必ず抵抗勢力となって、勃興する産業の行く手を阻むのが世の常であり、とくに「失われた30年」の日本においては、「規制」という大義名分の下、既得権を守り、新興勢力の頭を叩いたため、米国におけるGAFAのような新しい産業が生まれてこなかった。 自工会会長としての豊田氏の発言は、“抵抗勢力の頭目”の振る舞いとしては正しいだろう。しかし、世間は、いや、世界は、自工会会長としての発言と、トヨタ社長としての発言を区別はしてくれない。 2035年にヨーロッパでは事実上ガソリン車などの新車販売が禁止される情勢下、主要海外メディアは「トヨタはEVに後ろ向き」と論じ始め、環境保護団体グリーンピースは、大手自動車会社の中でトヨタを気候変動対策では最下位に格付けた。豊田氏のCO2を吐き出すエンジン車を死守するという姿勢が、今やトヨタを環境後進企業と位置付ける事態に発展させたのである。「550万人の雇用を守る」と、自工会会長として旗をふっていたら、その発言がブーメランとなってトヨタ社長の自分のところに帰って来たのだ。「これから造るEVには興味がある」 ESG投資などを重く見る機関投資家らが騒ぎ始める気配を察知したのか、さすがに危機感が募ってきたのだろう。ここで救世主を演じる「二枚舌作戦」は打ち止めにしなければ、トヨタの企業イメージ、ブランドは傷つき取り返しのつかないことになると悟ったのかもしれない。 1997年、トヨタ社長だった奥田碩社長は、赤字を垂れ流しながらもハイブリッド車「プリウス」を世界に先駆け市場に投入、環境問題に敏感な米カリフォルニアから「環境はトヨタ」とのイメージを発信して世界に植え付けた。ハリウッドの名立たる俳優がこぞって愛車にした「プリウス」は、エコカーの代名詞となって、トヨタの屋台骨を支える商品となった。 言葉は悪いが「環境がカネになる」ことを最初に具現化した企業でありながら、豊田氏のスタンドプレイが過去の遺産を食いつぶしてしまったのだ。 くだんの記者会見で、豊田氏の内心が透けて見えるようなやり取りがあった。「豊田社長はEVが好きなのか、嫌いなのか」と聞かれるとこう答えたのだ。「素晴らしい質問ですね。あえて言うなら今までのトヨタのEVには興味がなかった。これから造るEVには興味がある」 トヨタ社長・豊田氏のEV宣言。トヨタディーラーでの大規模な不正車検、パワハラ問題、あるいは、日本製鉄に訴えられた電磁鋼板の特許侵害を巡る紛争など、このところ不祥事続きだった暗いニュースを吹き飛ばしてしまったほど衝撃的だったのは間違いない。
2021.12.27 16:00
NEWSポストセブン
【動画】Z世代は「かわいい上司」を求める “友達関係”が理想
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 1990年代の半ばから2012年頃に生まれた「Z世代」。上司に対して「かわいい」という褒め言葉を使うことが少なくないようです。 若者の消費・メディア行動研究を専門とする原田曜平氏は「上下関係を感じさせない、居心地のよさを意味していると考えられます。フラットな“お友達関係”を築いてくれる上司に対して、Z世代は親しみを込めて『かわいい』と言うのです」と説明。 かわいい、の条件の一つには「怒らないこと」があるそうです。【↑ 上の写真クリックで動画へ】
2021.12.24 16:00
NEWSポストセブン

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