ライフ

国語学ぶ理由 国語力の有無で他の教科の理解力が変わるから

 東大に多数の人材を送り込む西の名門・灘校。同校には橋本武という名教師がかつて在籍し、文庫本『銀の匙』をゆっくりと読む授業を行なっていた。教科書は一切使わない。そんな前例なき授業は、生徒の学ぶ力を育み、数多の人材がそこから巣立っていった。一見「回り道」にも見える「文庫本を読む」という授業だが、ここには重要な意図があった。橋本氏が語る。

 * * *
 銀の匙という、薄い文庫本に収まる作品をもとに、中学3年間の国語の授業を行ないました。一つの作品だけを扱うので、教えることが偏らないようにする必要がありました。

 そこで、横道に逸れることにしたのです。一つの言葉から、世界を広げていく。これこそが狙いでした。暗記で得た知識は、受験終了が終われば役目を終えますが、興味、好奇心から得たものは一生の財産になります。例えば、銀の匙には、駄菓子の描写が出てきます。

〈きんか糖、きんぎょく糖、てんもん糖、微塵棒。竹の羊羹は口にくわえると青竹の匂がしてつるりと舌のうえにすべりだす〉
 
 でも、今まで勉強ばかりしていた生徒たちのなかには、駄菓子を食べたことのない子もいた。そこで生徒には、書かれている通り飴や羊羹を配り、食べさせてあげました。
 
 すると、教室の間で「共感」が生まれるんです。生徒たちが胸を熱くする瞬間です。
 
 そうやって主人公の見聞や感情を追体験していくというのが、私の授業の柱でした。
 
 あえて捨てる、あえて徹する、あえて遠回りする――なんでこんな授業が成立したかと言えば、生徒たちが、遊ぶ感覚で学んだからです。遊びだから、参加しなかったら面白くない。遊びながら考えていくことで、興味が広がる。疑問が出てくる。解決しようと自分で考える。
 
 明るく、楽しく。でも徹底的に。

 どうしてかわからなくても、わからないものはわからんままで残しておいていい。後になって何かの時に、わかることがありますから。
 
 私は“学ぶ力の背骨”を身につけてほしかったんです。国語力のあるなしで、他の教科の理解度も違う。深く踏み込んで、テーマの真髄に近づいていこうとする力こそが国語力です。
 
 それは“生きる力”と置き換えてもいい。言葉の使い方を教えることだけが国語の授業ではありません。今の、他の学校の先生も、どんどんこういうことをやったらいいと思います。大切なのは脱線する「ゆとり」なんです。ゆとりは目的ではない、結果です。結果としてゆとりを持てる教育こそ、真の「ゆとり教育」ではないでしょうか。
 
※週刊ポスト2011年6月24日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン