高羽悟さんが向き合った「殺された妻の血痕の拭き取り」とは
自宅で身内が殺害されてしまった–––––。警察による初動捜査が行われ、遺体が搬送された後、血痕の拭き取りなどの後始末は誰が行うかご存知だろうか。実は、被害者の遺族が掃除せざるを得ない場合が多いのだ。
1999年11月、名古屋市西区に住む主婦の高羽奈美子さん(当時32)が自宅で殺害された事件では、夫の悟さんが1人、現場となったアパートで妻の血痕を拭き取っていた。ただ、玄関のたたきに付着した血痕だけはそのまま残した。その判断が結果的に、事件を広く世に伝えるきっかけになり、発生から約26年で今回の犯人逮捕にもつながった。事件を長年取材してきたノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、その背景をレポートする。【前後編の前編】
白い壁に血飛沫が付着
ドアの前には白い百合や黄色い菊の花が3束、さりげなく置かれていた。
「これが奈美子のキーホルダーです」
鍵を手にした悟さんがドアを開け、中へ入っていく。
奈美子さんを殺害したとして、悟さんの高校時代の同級生である安福久美子容疑者(69)が逮捕されたのは10月31日のこと。それから約1か月後の12月上旬、愛知県警から鍵を返却してもらった悟さんが、現場アパートの部屋を案内してくれた。
奈美子さんの赤い防寒着、かつて一家3人が囲んだ食卓、化粧台、子供用滑り台、おもちゃ、壁掛けカレンダー……。静まり返った部屋の中は、あの日からまるで時間が止まっているかのようだった。
壁掛けカレンダーは事件が発生した1999年11月のままで、日付欄には奈美子さんのボールペン字で「むしバ 1:15」、「母子手帳 タオル ハブラシ 720円」と予定が書き込まれている。台所の食卓に並ぶ椅子のひとつは、奈美子さんが安福容疑者に刃物で襲われた時に、当時2歳だった長男、航平くんが座っていたものだ。その距離、約2.5メートルだった。
「奈美子はここでうつ伏せになって、膝から下が廊下に出るような感じで倒れていました」
廊下とリビングの間に立つ悟さんが、当時の様子を身振り手振りで再現する。事件発生直後、悟さんは仕事場から駆けつけ、救急隊員や鑑識官が現場にいる最中に到着した。血溜まりの上に倒れている奈美子さんの遺体を現場で確認していたため、今でもあの凄惨な光景を覚えているのだ。
