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首都圏M7地震報道背景に“スゴそうな数字”に飛びつく癖あり

各種メディアで連日取り上げられる首都直下型地震。それらは、「4年以内にM(マグニチュード)7級が70%」という“衝撃の発表”に端を発している。

読売新聞が1月23日付1面記事で「首都直下型 4年内70% 地震活発 切迫度増す」と報じたのだ。記事は東京大学地震研究所の平田直・教授への取材をもとに、東大地震研の研究チームがM7クラスの地震が発生する確率を試算したとしており、その後、パニック的な報道が連日続いているのだ。

しかしこれは、そもそも新しい発表ではない。東大地震研サイトにこうある。

〈試算は、2011年9月の地震研究所談話会で発表されたもので、その際にも報道には取り上げられました。それ以降、新しい現象が起きたり、新しい計算を行ったわけではありません〉

昨年9月17日付の毎日新聞は「首都圏直下、急増『M7級、30年で98%』」と題して、この試算内容を報じている。「30年以内に98%」と「4年以内に70%」は同じ試算方法を用いた数値である。東大地震研のサイトが、1月29日に「試算結果に含まれる誤差」と題して発表した追記によれば、9月の試算以降、地震発生回数が減少したため、最近の回数で試算し直した場合、確率が大幅に下がるという。

読売の見出しで注目すべきなのは、「地震活発 切迫度増す」という部分だろう。

東大地震研の大木聖子・助教はこう指摘する。

「日本中どこでもM7級の地震は起こり得る。それは今日起きてもおかしくありません。しかも、震災以降、特に首都圏の切迫性が高まっていることは誰もが認めています。本来、切迫度が増したと報道するなら、どういう対策を取ればいいかも報じるべきではないでしょうか」

大木氏のいう「切迫性」も「対策」も特別なことではない。東京に大地震の危険があることは、おそらくほとんどの国民が知っていたことだし、だからこそ1981年6月1日以前の古い耐震基準の建物なら耐震診断を受けて、必要があれば補強する。家具類の転倒や落下防止をしておく――など対策を進めてきた。

首都直下型地震の場合、家屋の倒壊や転倒による死者が8割を占めるといわれる。逆に、その対策をしておけば8割の人は助かる。しかも、家屋やブロック塀が倒れなければ、火災も発生しにくく、発生しても消火活動はスムーズになることが指摘されている。

そうした必要な情報、国民が安心できる現実は伝えず、試算内容を検証することもなく、各メディアはなぜ古いデータに基づいた数値だけを垂れ流し、不安を煽ったのか。

日本新聞協会研究所所長などを歴任したジャーナリズム研究の第一人者、桂敬一・立正大学元教授は、「ジャーナリズムの質が劣化している」と一刀両断した。

「学者はあらゆる事態を想定した上で数値を弾き出す。その数値は様々な文脈の中から出てきたものなのに、全体を伝えず、一部を切り取って事実を増幅するやり方は、読者や視聴者から理性を奪う非常に危険な報道です。記者の無知と、ジャーナリズムの責任に対する無自覚が原因ではないか」

記者の無知、無自覚によるパニックは、放射能報道でも問題になったばかりである。記者クラブメディアは普段、「説明されたまま書く」ことしかしないため、自分で調べて書く技術も意欲もない。だから、「基準の○万倍」「汚染水○万トン」という“スゴそうな数字”だけを報じ、その数字がどれくらい危険か、そうでないかを解説できない。

報道する側が原子力や放射能について知らないのだから、国民にも本当のことが伝わらず、不安だけが広がっていった。それに悪乗りした週刊誌が、さらにセンセーショナルなデマを書き散らす構図も同じである。

「今やセンセーショナリズムは週刊誌より新聞のほうがひどい。新聞を読む人が減っているから、記者は読者が注目する数字を欲しがっている。だから、誰かが数字を出せば、すぐに飛びつく。新聞がその数字だけで扇動するから、さらにテレビや週刊誌によって、正確でない報道が増幅されていく。こうした状況は日本のジャーナリズムの末期症状といえるでしょう」

デマの本当の“震源”は、メディアの無知や無自覚ではなく、無反省なのかもしれない。だとすればデマの“群発地震”も、そのうち飛び出すであろう“大震災”も覚悟しておくべきだ。ただし、こちらの対策にはカネも時間もかからない。メディアを疑う目を持ちさえすればいいのである。

※週刊ポスト2012年2月17日号

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