ライフ

幕末の美貌尼・太田垣蓮月 言い寄る男を拒むため歯を抜いた

 利己主義、個人主義の蔓延は、血縁や地縁の絆が強かった時代に比べて社会の弱体化を招いている。しかし、これは日本人本来の姿ではない、と日本史家の磯田道史氏はいう。江戸時代に生きた人々の「無私の精神」は、とかく利益や我欲に傾きがちな現代日本人の人生観に深い余韻を与えるはずだ。焼き物で稼いだ金で橋を架け、書画を人に与えた美貌の尼・太田垣蓮月の生き様を、磯田氏が紹介する。

 * * *
 太田垣蓮月(1791~1875)は幕末の乱世に京都で生き、無私を実践し尽くしました。蓮月は大変な美貌のうえ、詩作から陶芸、書画と幅広く手を染めています。ただ、彼女の作品が一流かというと、首を傾げたくなる。各界の達人の逸品と並べると、どうしても見劣りします。でも、彼女の人生と無私を希求した姿勢は間違いなく超一流。高潔で清廉、誰にも真似のできないオリジナリティに満ちています。

 中でも、二度の不本意な結婚に破れ、得度(出家)してからの後半生が凄まじい。陋屋(ろうおく)に住まい、言い寄る男どもを排するために、歯を抜いて美しい顔を台無しにしてまで、無私の境地へと疾走していくんです。

 彼女は、世俗的には汚く無価値である泥をこね、焼き物という価値あるものを作り出すことに力を注ぎます。ことに彼女の埴細工は安政の頃、結構な値で取引されました。その金を使わずに貯め、京都の鴨川に今もある丸太町橋を架けます。

 本人は家財道具を持たず、来客があると木の葉の上に飯を盛っていた。しかも、埴細工や書画を人にくれてやる。挙句の果てには、贋作にまで自分の作だと保証を与えて他人を儲けさせました。蓮月の無私が際だったのは、江戸無血開城への提言です。彼女は西郷隆盛に和歌を送りました。

「あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の人と思へば」

 この一首が西郷を感動させ、江戸を無益な殺戮と破壊から守りました。かような芸当ができたのも、彼女が無私に生きていたからにほかなりません。蓮月こそ、泥の池に咲いた美しき蓮といっていいでしょう

※週刊ポスト2013年1月25日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

鉄板焼きデートが目撃されたKing & Princeの永瀬廉、浜辺美波
《デートではお揃い服》お泊まり報道の永瀬廉と浜辺美波、「24時間テレビ」放送中に配慮が見られた“チャリT”のカラー問題
NEWSポストセブン
経済同友会の定例会見でサプリ購入を巡り警察の捜査を受けたことに関し、頭を下げる同会の新浪剛史代表幹事。9月3日(時事通信フォト)
《苦しい弁明》“違法薬物疑惑”のサントリー元会長・新浪剛史氏 臨床心理士が注目した会見での表情と“権威バイアス”
NEWSポストセブン
海外のアダルトサイトを通じてわいせつな行為をしているところを生配信したとして男女4人が逮捕された(海外サイトの公式サイトより)
《公然わいせつ容疑で男女4人逮捕》100人超える女性が在籍、“丸出し”配信を「黙認」した社長は高級マンションに会社登記を移して
NEWSポストセブン
2才の誕生日を迎えた悠仁さま(写真/宮内庁提供)
【9月6日で19才に】悠仁さま、40年ぶりの成年式へ 御料牧場、小学校の行事、初海外のブータン、伊勢新宮をご参拝、部活動…歩まれてきた19年を振り返る 
女性セブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
「同棲していたのは小柄な彼女」大麻所持容疑の清水尋也容疑者“家賃15万円自宅アパート”緊迫のガサ当日「『ブーッ!』早朝、大きなクラクションが鳴った」《大家が証言》
NEWSポストセブン
当時の水原とのスタバでの交流について語ったボウヤー
「大谷翔平の名前で日本酒を売りたいんだ、どうかな」26億円を詐取した違法胴元・ボウヤーが明かす、当時の水原一平に迫っていた“大谷マネーへの触手”
NEWSポストセブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
《同居女性も容疑を認める》清水尋也容疑者(26)Hip-hopに支えられた「私生活」、関係者が語る“仕事と切り離したプライベートの顔”【大麻所持の疑いで逮捕】
NEWSポストセブン
サントリー新浪剛史会長が辞任したことを発表した(X、時事通信フォト)
大麻成分疑いで“ガサ入れ”があったサントリー・新浪剛史元会長の超高級港区マンション「かつては最上階にカルロス・ゴーンさんも住んでいた」
NEWSポストセブン
賭博の胴元・ボウヤーが暴露本を出版していた
大谷翔平から26億円を掠めた違法胴元・ボウヤーが“暴露本”を出版していた!「日本でも売りたい」“大谷と水原一平の真実”の章に書かれた意外な内容
NEWSポストセブン
ロコ・ソラーレ(時事通信フォト)
《メンバーの夫が顔面骨折の交通事故も》試練乗り越えてロコ・ソラーレがミラノ五輪日本代表決定戦に挑む、わずかなオフに過ごした「充実の夫婦時間」
NEWSポストセブン
サークル活動にも精を出しているという悠仁さま(写真/共同通信社)
悠仁さまの筑波大キャンパスライフ、上級生の間では「顔がかっこいい」と話題に バドミントンサークル内で呼ばれる“あだ名”とは
週刊ポスト
米カリフォルニア州のバーバンク警察は連続“尻嗅ぎ犯”を逮捕した(TikTokより)
《書店で女性のお尻を嗅ぐ動画が拡散》“連続尻嗅ぎ犯” クラウダー容疑者の卑劣な犯行【日本でも社会問題“触らない痴漢”】
NEWSポストセブン