【書評】『セッシュウ! 世界を魅了した日本人スター・早川雪洲』(中川織江著/講談社/2625円・税込)
【評者】河合香織(ノンフィクション作家)
「喜劇のチャップリン、悲劇のセッシュウ」映画草創期のハリウッドでこう賞賛された早川雪洲(1886~1973)。これを陽の顔とすれば、彼には「国賊」と非難され続けた陰の顔があった。
房総半島の網元の家に生まれた雪洲は、海軍兵学校の試験に失敗したことから自殺未遂。だが、21歳で渡米してハリウッドに飛び込むと、東洋の貴公子と称された容貌が人気を呼び、トップスターに駆け上る。英国王室から国王の前で演じるよう求められるなど世界で活躍し、71歳で出演した『戦場にかける橋』(1957)ではアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。
これほど著名であるにも拘わらず、これまで出演作のリストさえ不完全なものしかなかった。今回初めて著者が映画、舞台、テレビ178作品の出演リストを作成し、故郷を訪ね、親族に話を聞いて回った。雪洲には知られざる空白の期間がいくつかあり、本人が書いたことでさえ辻褄が合わないことが少なくないというが、著者は粘り強い調査と考察でそれらを紐解き、雪洲が華やかさの裏に抱えていた葛藤を明らかにした。
雪洲が国賊と呼ばれた契機は『チート』(1915)という映画だ(チートは詐欺師の意)。雪洲は、黄色人種の男が白人女性の肩に焼きごてをあてる残忍な役を演じた。
このことが、当時、日本人排斥運動が盛んだったアメリカの日本人社会において、人種差別を助長するものだと大きな問題になったのだ。日系人が結成した「雪洲撲殺団」にいつ殺されてもおかしくないほど身の危険に晒され、映画を見ていない日本に暮らす日本人からも「国賊」と誹られた。
※SAPIO2013年3月号