国際情報

北朝鮮工作員報道の男性直撃「オレがスパイなんて認めへん」

“暴発寸前”の北朝鮮に対し米韓が超厳戒態勢を敷くなか、日本の捜査当局は昨年6月に詐欺事件で逮捕した運送会社社長の言行を注視していた。その男は当局が金正恩体制下第一号の工作員としてマークした人物である。公判の結審を目前に控え現在保釈中の男に、ノンフィクションライター・李策氏が独占直撃した。

 * * *
「久しぶりやな。いきなりでビックリしたで」

 2月のある日曜日の朝、突然の訪問だったにもかかわらず、男は愛想よく握手を求めてきた。会うのは12年ぶりだが、闊達さは昔と変わらない。促されるまま、近所の喫茶店に向かった。

「あんまり長い時間、付き合うことはでけへんぞ」

 そんな物言いとは裏腹に、男は数時間にわたり、私の取材に付き合ってくれた。口は重く、受け答えはあくまで慎重である。しかし、断片的に語られた言葉から垣間見えたのは、我々の見えぬところで進む北の情報工作の実態だった。

 その男・吉田誠一(42)は、私にとって朝鮮大学校(東京都小平市)時代の、同じ学部のひとつ上の先輩にあたる。朝鮮総連の幹部養成を目的とする朝大は全寮制であり、われわれは狭い寮内で3年にわたり寝食を共にした。

 卒業後は、総連の傘下組織で同僚だった時期もある。時には、私が中央省庁のクラブ記者たちと「勉強会」と称して開いていた飲み会に同席し、朝鮮半島情勢について夜を徹して話し合ったこともあった。

 その後、われわれはいずれも総連を去った。吉田は家業の運送会社を継ぐ傍ら学究の道へ進み、国籍も朝鮮から日本へ変えている。

 もっとも吉田の足跡を知ったのは、つい最近のことである。きっかけは昨年6月21日、大阪府警外事課によって逮捕された吉田が「北朝鮮の工作員である」と報道されたことだった。公安関係者が話す。

「吉田摘発は、警察の北朝鮮関連事案では久々の『大手柄』とされています。府警には長官賞が授与され、先日は捜査員ら約150人がホテルの宴会場で打ち上げを行なった。今後、外事捜査員の教本にも重要事例として載せられる予定です」

 吉田は1970年、兵庫県で在日朝鮮人として生まれた。地元の朝鮮学校から朝大に進学。卒業後は同大学の講師を経て、総連の英字版機関紙で編集長を約2年務めた。同社を退社して家業を継いだのは、2002年ごろのことである。その後、2006年に神戸大学大学院に入学し、翌年には日本へ帰化した。

 総連の機関紙編集長まで務めた人物が帰化するなど、在日社会では滅多に聞く話ではない。北の特殊機関員と接触し易いよう、海外で自由に動き回れる日本の旅券が欲しかったのだろうか。だとすると、吉田は一体いつ、本国からリクルートされたのか。私は、のっけから遠慮なく質問を浴びせた。

──報道を見て、本当に驚きましたよ。それにしてもいつからなんです?

「そう聞かれたら、10代の頃からと答えるべきやろな」

──それは世界観の形成過程の話でしょう。そんな話を聞きたいんじゃない。本国からの最初の“頼まれごと”は何だったんですか?

「その前に言うておくけど、オレは自分がスパイだなんて認めてへんし、違法な工作活動に手を染めていたわけではないんやで」

 吉田は今月末に、大阪地裁での判決言い渡しを控えている。ただし、そこで問われている罪状は「詐欺」だ。中小企業支援のための公的な貸付制度を悪用。兵庫県と日本政策金融公庫から融資金計約2500万円をだまし取ったというものだ。ただ、これが吉田の活動を知るための“入口”として立件されたものであることは明らかだった。

「(詐欺は)家業の資金繰りが苦しくてやったことで、非は自分にある。取り調べにも素直に応じた。なのに、ぜんぜん保釈が認められず約100日も拘置された。取調官は朝から晩まで、工作活動がどうのとそんな話ばっかりや」(吉田)

※週刊ポスト2013年4月5日号

関連キーワード

トピックス

東京都慰霊堂を初めて訪問された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年10月23日、撮影/JMPA)
《母娘の追悼ファッション》皇后雅子さまは“縦ライン”を意識したコーデ、愛子さまは丸みのあるアイテムでフェミニンに
NEWSポストセブン
2023年に結婚を発表したきゃりーぱみゅぱみゅと葉山奨之
「傍聴席にピンク髪に“だる着”姿で現れて…」きゃりーぱみゅぱみゅ(32)が法廷で見せていた“ファッションモンスター”としての気遣い
NEWSポストセブン
渡邊渚さんの最新インタビュー
渡邊渚さんが綴る「PTSDになった後に気づいたワーク・ライフ・バランスの大切さ」「トップの人間が価値観を他者に押しつけないで…」
NEWSポストセブン
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKI(右/インスタグラムより)
《趣里が待つ自宅に帰れない…》三山凌輝が「ネトフリ」出演で超大物らと長期ロケ「なぜこんなにいい役を?」の声も温かい眼差しで見守る水谷豊
NEWSポストセブン
ルーヴル美術館での世紀の強奪事件は瞬く間に世界を駆け巡った(Facebook、HPより)
《顔を隠した窃盗団4人組》ルーブル美術館から総額155億円を盗んだ“緊迫の4分間”と路上に転がっていた“1354個のダイヤ輝く王冠”、地元紙は「アルセーヌ・ルパンに触発されたのだろう」
NEWSポストセブン
活動休止状態が続いている米倉涼子
《自己肯定感が低いタイプ》米倉涼子、周囲が案じていた“イメージと異なる素顔”…「自分を追い込みすぎてしまう」
NEWSポストセブン
松田聖子のモノマネ第一人者・Seiko
《ステージ4の大腸がんで余命3か月宣告》松田聖子のものまねタレント・Seikoが明かした“がん治療の苦しみ”と“生きる希望” 感激した本家からの「言葉」
NEWSポストセブン
“ムッシュ”こと坂井宏行さんにインタビュー(時事通信フォト)
《僕が店を辞めたいわけじゃない》『料理の鉄人』フレンチの坂井宏行が明かした人気レストラン「ラ・ロシェル南青山」の閉店理由、12月末に26年の歴史に幕
NEWSポストセブン
森下千里衆院議員(共同通信社)
《四つん這いで腰を反らす女豹ポーズに定評》元グラドル・森下千里氏「政治家になりたいなんて聞いたことがない」実親も驚いた大胆転身エピソード【初の政務三役就任】
NEWSポストセブン
ナイフで切りつけられて亡くなったウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(Instagramより)
《19年ぶりに“死刑復活”の兆し》「突然ナイフを取り出し、背後から喉元を複数回刺した」米・戦火から逃れたウクライナ女性(23)刺殺事件、トランプ大統領が極刑求める
NEWSポストセブン
『酒のツマミになる話』に出演する大悟(時事通信フォト)
『酒のツマミになる話』が急遽差し替え、千鳥・大悟の“ハロウィンコスプレ”にフジ幹部が「局の事情を鑑みて…」《放送直前に混乱》
NEWSポストセブン
『週刊文春』によって密会が報じられた、バレーボール男子日本代表・高橋藍と人気セクシー女優・河北彩伽(左/時事通信フォト、右/インスタグラムより)
「近いところから話が漏れたんじゃ…」バレー男子・高橋藍「本命交際」報道で本人が気にする“ほかの女性”との密会写真
NEWSポストセブン