芸能

歴史考証担当者 織田信長がタバコを吸う場面の変更をお願い

 歴史劇の時代考証とは、その時代にはありえないモノが出るのを押しとどめる役割も果たしている。タバコを吸う織田信長は、実際にはあり得るのか? みずから歴史番組の構成と司会を務める編集者・ライターの安田清人氏が、あってはならないモノが出ないようにアドバイスする時代考証の役割について解説する。

 * * *
 歴史劇としてのリアリティを担保するために存在すると理解されている時代考証だが、その果たしている役割を概観してみると、「あってはならないモノが出てくるのを押しとどめる」ことが、もっともわかりやすい時代考証の「効能」であるように思える。

 合戦のさなかに敵の弱点を見つけた戦国武将が、思わず「チャンス!」などと外来語を口走るのは論外。しかし、たとえ日本語でもその時代設定にそぐわない表現や、その時代には存在しなかったモノが、うっかり登場しそうになる瞬間は少なくないらしい。

 鎌倉時代から室町、戦国、江戸時代まで、中近世を舞台とするNHK大河ドラマに「風俗考証」として関わってきた二木謙一さん(國學院大學名誉教授)によれば、織田信長がタバコを吸う場面がシナリオにあるのをみて、タバコが日本に伝来したのは慶長期以降だからといって場面の変更をお願いしたことがあるという。

 似たような話はかなりあるようで、毛利元就が新妻とともに見上げる「花火」も、村上水軍が海上偵察に使用する「望遠鏡」も、豊臣秀吉がほおばった真っ赤な「スイカ」も、どれもみな、その時代の日本にはありえないものだとして、二木さんがドラマへの登場を水際で押しとどめたのだ。

 もちろん、信長がタバコを吸ったり秀吉がスイカを食べたからといって、視聴者に何か悪影響を及ぼすわけではない。国民の歴史認識に重大な過誤をもたらす……ほどのことでもなかろう。

 ただ、あまりに物わかりよく「なんでもアリ」を許してしまっては、そのうち信長がプライベートジェットで移動し、秀吉はスマホで情報を集めるような冗談のような場面が描かれないとも限らない。それはいくらなんでも極端にしても、伝統や型、あるいは作法といったものは、誰かが自覚的に「保持する」という意識をもたなければ、往々にして時代の変化やときどきの風潮によって改変されてしまいがちなものだ。

 言葉や歴史といったデリケートな相手には、やや保守的な対応をとるのが、一国の文明としては上等な気がするが、さてどうだろう。

■安田清人(やすだ・きよひと)/1968年、福島県生まれ。月刊誌『歴史読本』編集者を経て、現在は編集プロダクション三猿舎代表。共著に『名家老とダメ家老』『世界の宗教 知れば知るほど』『時代考証学ことはじめ』など。BS11『歴史のもしも』の番組構成&司会を務めるなど、歴史に関わる仕事ならなんでもこなす。

※週刊ポスト2013年6月7日号

関連キーワード

トピックス

運転席に座る広末涼子容疑者
《追突事故から4ヶ月》広末涼子(45)撮影中だった「復帰主演映画」の共演者が困惑「降板か代役か、今も結論が出ていない…」
NEWSポストセブン
殺害された二コーリさん(Facebookより)
《湖の底から15歳少女の遺体発見》両腕両脚が切断、背中には麻薬・武装組織の頭文字“PCC”が刻まれ…身柄を確保された“意外な犯人”【ブラジル・サンパウロ州】
NEWSポストセブン
山本由伸の自宅で強盗未遂事件があったと報じられた(左は共同、右はbackgrid/アフロ)
「31億円豪邸の窓ガラスが破壊され…」山本由伸の自宅で強盗未遂事件、昨年11月には付近で「彼女とツーショット報道」も
NEWSポストセブン
佳子さまも被害にあった「ディープフェイク」問題(時事通信フォト)
《佳子さまも標的にされる“ディープフェイク動画”》各国では対策が強化されるなか、日本国内では直接取り締まる法律がない現状 宮内庁に問う「どう対応するのか」
週刊ポスト
『あんぱん』の「朝田三姉妹」を起用するCMが激増
今田美桜、河合優実、原菜乃華『あんぱん』朝田三姉妹が席巻中 CM界の優等生として活躍する朝ドラヒロインたち
女性セブン
東日本大震災発生時、ブルーインパルスは松島基地を離れていた(時事通信フォト)
《津波警報で避難は?》3.11で難を逃れた「ブルーインパルス」現在の居場所は…本日の飛行訓練はキャンセル
NEWSポストセブン
別府港が津波に見舞われる中、尾畠さんは待機中だ
「要請あれば、すぐ行く」別府湾で清掃活動を続ける“スーパーボランティア”尾畠春夫さん(85)に直撃 《日本列島に津波警報が発令》
NEWSポストセブン
宮城県気仙沼市では注意報が警報に変わり、津波予想も1メートルから3メートルに
「街中にサイレンが鳴り響き…」宮城・気仙沼市に旅行中の男性が語る“緊迫の朝” 「一時はネットもつながらず焦った」《日本全国で津波警報》
NEWSポストセブン
モンゴルを公式訪問された天皇皇后両陛下(2025年7月16日、撮影/横田紋子)
《モンゴルご訪問で魅了》皇后雅子さま、「民族衣装風のジャケット」や「”桜色”のセットアップ」など装いに見る“細やかなお気遣い”
夜の街での男女トラブルは社会問題でもある(写真はイメージ/Getty)
「整形費用返済のために…」現役アイドルがメンズエステ店で働くことになったきっかけ、“ストーカー化した”客から逃れるために契約した「格安スマホ」
NEWSポストセブン
大谷家の別荘が問題に直面している(写真/AFLO)
大谷翔平も購入したハワイ豪華リゾートビジネスが問題に直面 14区画中8区画が売れ残り、建設予定地はまるで荒野のような状態 トランプ大統領の影響も
女性セブン
休場が続く横綱・豊昇龍
「3場所で金星8個配給…」それでも横綱・豊昇龍に相撲協会が引退勧告できない複雑な事情 やくみつる氏は「“大豊時代”は、ちょっとイメージしづらい」
週刊ポスト