国際情報

「事故車両隠蔽は中国共産党命令」はただの都市伝説にすぎない

 中国の鉄道事故に対する日本の報道はステロタイプではないのか。それでは正しく中国を理解することは出来ず、むしろ有害である。ジャーナリストの富坂聰氏は、そう警鐘を鳴らす。

 * * *
 中国が「世界一」と謳った高速新幹線で衝突事件が起きた。日本ではこのニュースに多くの人が溜飲を下げた。中国が日本から導入した技術にちょっと手を加えただけで――鉄道部の技術系幹部は地元紙のインタビューで「ほとんど独自技術はない」と話していたが――東北新幹線「はやて」にそっくりの車両を使い北京―上海の高速鉄道を開業させたことが日本人を刺激したからだろう。

 だが、一連の報道を概括して目立つのが、日本の対中観の“古さ”である。それも二十年前から何も変わっていないステレオタイプの表現がまかり通っているのだから驚きだ。

 まず日中の経済関係をゼロサムでとらえる見方だ。今回、多くの日本人が溜飲を下げたのは、中国の沈没が日本の浮上をイメージするからだが、これは一体いつの時代の話をしているのだろう?

 中国は毎年三兆円規模で日本から部品などを輸入する大切なお客さんだ。しかもその実態は、日本から中国に製造拠点を移した日本企業が部品などを輸入する「日―日貿易」や日本から輸入した技術の高い部品や材料を中国で加工してアメリカやEU向けに出す「三角貿易」だ。構造的に見れば日本が中国を利用しているに過ぎない。

 つまり現状のまま中国がおかしくなれば日本も大きなダメージを被ることが避けられない。この状況で中国の沈没を願うのは、反日デモの際に、90%以上が現地雇用でやはり陳列棚の90%以上の商品が国産のイトーヨーカ堂を襲撃した暴徒に似た愚かさだ。もう少し正しい日中関係が伝わらないものだろうか。

 さらに高速鉄道事故の絵解きで度々見られた共産党への過大評価だ。中国共産党の力が巨大な中国ではすべてを共産党がコントロールしているとのロジックから、「(事故車両を埋めた)隠ぺいは共産党の意思」となるのだ。

 だが、たかが一企業の不始末に党中央が真っ先に命令を出し処理を指示するだろうか。

 また日本の原発事故の処理を見てもわかるように、政治家は専門家ではない――大方、事故が起きてからシーベルトと言う言葉を知った程度だ――ため事故処理は一義的には現場に委ねるより他ない。同じく党中央の官僚が鉄道技術に精通しているはずはない。

 だが、共産党が何もかもお見通しと考える日本では、隠ぺいは共産党の指示となる。だから、再び掘り返し始めたときには、内紛が起きた政治闘争だとお決まりの都市伝説を振りまくのだが、それが何かの結果に結び付いたことがあるだろうか?

 つい前年の尖閣問題では、「温家宝総理が孤立して大変なことになっている」と党中央の政争が声高に叫ばれたが、あの話はどうなったのか?

 今回の件は、地方の一企業が事故を起こし、その企業と地方が自分たちが責任を問われないための事故処理をいつも通りにしただけのことで、それ以上でもそれ以下でもない。

 だが、誤算はいつもなら十分泣き寝入りさせられた被害者たちが強くなっていて、容易に屈しなかったこととメディアがそれに追随したこと。さらにその力を共産党が無視できなくなっていたことだ。

 党中央は、この事故で盛り上がった民意の台頭を変な形でこじれさせてしまうと、取り返しのつかない(ジャスミン革命のように)事態になりかねないと介入してきたのだ。

 車両を埋めるまでと、掘り返した後の反応が正反対になったのは、党中央が出てきたことによる変化だ。

 現在、死者39人と発表される高速鉄道事故だが、この前後にも事故は、死者41人を出したバス炎上事件(実は死者数はこっちの方が多い)など一ヵ月に5件も6件起きている。そして、そのいずれも事故の真相究明などと言う面倒くさい手続きなどなく、地方でひっそり処理されているのだ。日本では、これも政治闘争で説明できるのか?

関連キーワード

関連記事

トピックス

麻薬取締法違反容疑で家宅捜査を受けた米倉涼子
「8月が終わる…」米倉涼子が家宅捜索後に公式SNSで限定公開していたファンへの“ラストメッセージ”《FC会員が証言》
NEWSポストセブン
巨人を引退した長野久義、妻でテレビ朝日アナウンサーの下平さやか(左・時事通信フォト)
《結婚10年目に引退》巨人・長野久義、12歳年上妻のテレ朝・下平さやかアナが明かしていた夫への“不満” 「写真を断られて」
NEWSポストセブン
人気格闘技イベント「Breaking Down」に出場した格闘家のキム・ジェフン容疑者(35)が関税法違反などの疑いで逮捕、送検されていた(本人SNSより)
《3.5キロの“金メダル”密輸》全身タトゥーの巨漢…“元ヤクザ格闘家”キムジェフン容疑者の意外な素顔、犯行2か月前には〈娘のために一生懸命生きないと〉投稿も
NEWSポストセブン
司組長が到着した。傘をさすのは竹内照明・弘道会会長だ
「110年の山口組の歴史に汚点を残すのでは…」山口組・司忍組長、竹内照明若頭が狙う“総本部奪還作戦”【警察は「壊滅まで解除はない」と強硬姿勢】
NEWSポストセブン
バスツアーを完遂したイボニー・ブルー(インスタグラムより)
《新入生をターゲットに…》「60人くらいと寝た」金髪美人インフルエンサー(26)、イギリスの大学めぐるバスツアーの海外進出に意欲
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘の広告が消えた(共同通信)
【ハワイ別荘・泥沼訴訟に新展開】「大谷翔平があんたを訴えるぞ!と脅しを…」原告女性が「代理人・バレロ氏の横暴」を主張、「真美子さんと愛娘の存在」で変化か
NEWSポストセブン
小林夢果、川崎春花、阿部未悠
トリプルボギー不倫騒動のシード権争いに明暗 シーズン終盤で阿部未悠のみが圏内、川崎春花と小林夢果に残された希望は“一発逆転優勝”
週刊ポスト
ハワイ島の高級住宅開発を巡る訴訟で提訴された大谷翔平(時事通信フォト)
《テレビをつけたら大谷翔平》年間150億円…高騰し続ける大谷のCMスポンサー料、国内外で狙われる「真美子さんCM出演」の現実度
NEWSポストセブン
「第72回日本伝統工芸展京都展」を視察された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月10日、撮影/JMPA)
《京都ではんなりファッション》佳子さま、シンプルなアイボリーのセットアップに華やかさをプラス 和柄のスカーフは室町時代から続く京都の老舗ブランド
NEWSポストセブン
兵庫県宝塚市で親族4人がボーガンで殺傷された事件の公判が神戸地裁で開かれた(右・時事通信)
「弟の死体で引きつけて…」祖母・母・弟をクロスボウで撃ち殺した野津英滉被告(28)、母親の遺体をリビングに引きずった「残忍すぎる理由」【公判詳報】
NEWSポストセブン
部下と“ラブホ密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(左・時事通信フォト)
《黒縁メガネで笑顔を浮かべ…“ラブホ通い詰め動画”が存在》前橋市長の「釈明会見」に止まぬ困惑と批判の声、市関係者は「動画を見た人は彼女の説明に違和感を持っている」
NEWSポストセブン
バイプレーヤーとして存在感を増している俳優・黒田大輔さん
《⼥⼦レスラー役の⼥優さんを泣かせてしまった…》バイプレーヤー・黒田大輔に出演依頼が絶えない理由、明かした俳優人生で「一番悩んだ役」
NEWSポストセブン